助っ人エルナ1
ロッツアリア歴613年。季節は春。
私はエルナ。魔法をこよなく愛する12歳。
領都オルカーテの冒険者ギルドに所属する魔法士として、日々お仕事に勤しんでいる。
私がリンとダフをこの街オルカーテに連れてきて、かれこれ三年半。
三人一緒に転入手続きをして、途中色々あったけど、無事に街の住人となれた。開拓村育ちだったはずの私達は、それはもう、あっという間に街の生活に馴染んでしまって・・・。子供の順応性、すごいよね。
私なんかはリン、ダフの二人よりも半年前から出稼ぎに来ていたわけだから、オルカーテ生活はなんやかんやで丸四年。時の経つのは早いものだ。
思い返すは、三年半前の秋。9歳だったときの里帰りの旅・・・。
故郷の村からオルカーテに辿り着いて、私が真っ先に頼った人はギルド長だった。
ギルド長に事情を全て詳らかにして、孤児となった私達三人の保護を求めたのである。
当時、私達三人は大小様々な問題に直面していた。
中でも一番の問題は住居。次に働き口。
この2つの問題は、すぐに解決しなければならなかったのだ。
子供の身には何とも重たい。
ある意味差し迫った状況だったが、ギルド長のご厚意に恵まれて、本来ギルドの業務で使う空き部屋を特別に寝泊りに使わせてもらえることに。問題解決に向けて時間を稼ぐことができたのはありがたかった。
とはいえ、それはあくまで緊急避難措置。不安定な立場は悩ましいけど、稼いだ時間を有効活用して一つずつ問題解決していくしかない。
そう覚悟していたのだが、ここからの収束は意外と早かった。
この二日後、王都に行っていた副長とラミアノさんがオルカーテに戻ってきて、私とギルド長との話し合いに加わってくれたからだ。
その結果。
今まで出稼ぎの立場で職員待遇を受けていた私は、正式にギルドに就職して職員となる。
私の自室をリンと一緒に使う。
リンはギルドの雑用をする。
ダフをラミアノさんが預かり、住み込みでミルドーラフ子爵家の使用人見習いとして働いてもらう。
・・・といったことが決まった。
なぜそうなったのか簡単に説明すると、まず幾つか決めねばならない事がある中で、『魔法士である私をギルド内で住まわせること』が最初に確定事項となった。職場と住む場所が離れるほど私の危険が増すわけで、自分で身を守れるようになるまではそうするのが一番安全だったからだ。
その代わり、私に『ギルド職員になること』が求められた。
出稼ぎの立場が無くなるのだからある意味当然であり、建前としてはこのまま住み込みを継続させてもらう交換条件のような形になったが、実際のところ『ギルド職員になること』は私の望む着地点でもあった。
そうなると妹のリンもギルド内で面倒を見ることが必然的に決まってしまう。
とはいえ、リンの自室をすぐに用意することはできないから、『当面は私と一緒の部屋』でいいだろう、となった。
無論、無条件というわけにはいかない。リンが当時7歳の少女だったといえど、ギルドに住み込みさせてもらうからにはギルドで働かなければ体裁が整わないからだ。
よって『ギルドの雑用をすること』が条件となった。
で、最後にダフをどうするか、となり・・・。
私の自室に三人は狭すぎるし、そもそもダフは男の子。
街の宿に泊まろうにも、仕事が無ければすぐに金は尽きてしまう。
何か良い案はないかと色々思索していたら、ラミアノさんが「うちで預かろうか?」と提案してくださったのだ。ラミアノさんには本当に頭が上がらないよね。
私は、そのご厚意に甘えさせてもらうことにした。
かくして・・・。
リンはギルドに、ダフはラミアノさんの屋敷に住むことになり、二人は真面目に、かつ一生懸命にそこでの仕事に取り組んだ。
そんな二人の仕事ぶりが認められたのだろう。秋だった季節が冬に変わる頃には、リンは私の隣の部屋を自室として与えられ、見習いだったダフも正式に使用人として採用されたのだった。
それまで季節一つ分の間、狭いベッドをリンとシェアして寝てた私だったが、リンが部屋を与えられたことで、以前のように一人で快適に寝られるようになった。それが少し寂しかったのは内緒だ。
兎にも角にも、直面していた色々な問題は軒並み解決されて、私達はこの街に徐々に溶け込んでいき・・・。
今振り返れば、月日は三年余りが流れていたのであった。
「ふわあぁ~ぁぁ」
うららかな春の陽気が、仕事中だった私の緊張感を緩ませる。
「なんだい、エルナ。寝不足かい?」
「いえ、すみません。柔らかな日差しが気持ち良くて、つい・・・」
「駄目だよ、子供はよく寝なきゃー。ほれ、これ片付いたら昼食だよ」
「はーい」
あくびした私に声を掛けてくれたのがラミアノさん。
ミルドーラフ子爵家の第三夫人で、『光』と『火』を扱える魔法士。
私にとって仕事の上役であり、剣術の先生でもある。
毎日仕事場で顔を合わせ、お話をしてくれる、私の良き理解者。
いつも母親のように優しく、時に父親のように厳しく。
孤児となった私が寂しくないのは、ラミアノさんが近くにいてくれたお陰だ。
コンコン。
不意にこの部屋の扉がノックされた。来訪者だ。
私とラミアノさんが仕事しているこの部屋は、冒険者ギルド本館に併設されている『素材工房』の二階に位置する。
業務機密の観点からギルド職員でも入室が制限されているのだが、例えば私が魔法を使えることなんかも業務機密に含まれる。
なので滅多に人は来ないが、それでも来る者といえば、大抵の場合が一階に常駐している運搬作業員だ。顧客から預かった空の魔石を運んで来たり、魔力充填が終わった魔石を納品するために引き取りに来たりする。
「どうぞー」と返事するラミアノさん。
それ以外の人物となると、三人だけ。
ギルド長と副長、そして・・・。
「失礼しまーす。ギルド長から言伝です。ラミアノさんとエルナは本館二階の第三作業室まで来るように、とのことです」
私の妹、リンである。
今は10歳。ギルドの制服が似合っている。可愛い。
先に述べた通り、リンの立場はギルドの雑用係だ。掃除をしたり、片付けをしたり、厨房で食器を洗ったり。私より忙しいときも多々ある。
仕事中は私と同じように髪を後ろで束ねたポニーテイル。その髪型もよく似合っている。とても可愛い。
そんなリンは、私が魔法を使えることを知っている。だからギルド長や副長からの連絡役として、私の仕事場まで遣わされることがあるのだ。もちろん、それ以外の理由でここに立ち入ることはできない。
ちなみに、公私を分ける意味で仕事中は私のことを『エルナ』と呼ぶようになった。でも仕事が終われば『お姉ちゃん』と呼んでくれる。嬉しい。
「あいよー。すぐ行くって伝えておいてー」
「了解ですー。失礼しましたー」
入口にいるリンから部屋の中央にいるラミアノさんまでは、そこそこ距離がある。
だから、お互いに少し声を張る必要があるのだ。
用件を終えたリンは、表情を少し緩めると扉を静かに閉めて去っていった。
と同時に、ラミアノさんが私に向く。
「というわけだ。一旦作業を中断して本館行くよ!」
「はい!」
やや強めのトーンで出された号令に、私も緊張の糸を張り直して返事をする。
元冒険者でもあるラミアノさん。その指示はいつもわかりやすい。
何せ、声のトーンだけで「気持ちのスイッチを入れろ」という意図が伝わってくるのだから。
春先のこの時期。陽の当たらない廊下はまだまだ冷えるので、私とラミアノさんはマントを羽織って仕事場を出た。
素材工房の二階から、渡り通路を通ってギルド本館の二階へ。
途中、窓から見える街をちらちらと眺める。
まぁ、二階からでは隣の建物くらいしか見えないのだが。
私の住む街、領都オルカーテ。活気ある良い街だ。
この街に対する愛着が年を追うごとに湧いてくる。
私は単身で街に出ることはない。ギルドの大人達から止められているし、私自身ももう少し体が大きくなるまでは我慢することにしている。
それは私が魔法士だからだ。12歳の小娘が魔法士と知れれば、簡単に攫えて金になるのではと考える輩がいないとも限らない。
時折、一人でぶらぶらと街を散策したらどんなに楽しいか、なんて思うこともあるけどね。
ラミアノさんに護身のための剣術を教わっているが、それは万が一襲われたときに役立つものであって、襲われないようにするためのものではない。
はっきり言おう。襲われないためには、『強そうに見えること』の方が『実際の強さ』よりも大事なのだ。
要するに、外見である。背丈であったり、筋肉であったり、武装であったり。子供よりは大人の方が、女よりは男の方が強そうに見えるのは、論じるまでもないだろう。
残念ながら12歳の小娘である私には、まだ『見た目の強さ』が備わっていない。
とはいえ、8歳だった頃と比べれば12歳になった今はだいぶ成長しているわけで。
オルカーテに来て最初の一年はギルドの建物からほとんど出ることはなかった私だが、年を追うごとに縛りを緩和していき、街に出られる機会は増えてきているのだ。
大人が同伴する、という条件は必須ではあるが。
コンコン。
「失礼するよー」
おっと。先を歩いていたラミアノさんの発声で我に返ってみれば、いつの間にか第三作業室の前まで来ていたよ。
部屋は最初から開け放されていたが、ラミアノさんは開いている扉を一応ノックしたのだ。そしてそのまま部屋の中に入っていく。
「失礼します」
私もラミアノさんに続いて中に入る。
まず目に入ったのは、テーブルを挟んで奥の席に着いているギルド長。手前側の席には外套を纏った背中しか見えないが、2人の冒険者さんが座っていた。
「おう、来たか。扉は閉めてくれ」
ギルド長にそう言われ、私は一度振り返って部屋の扉を閉めてから、あらためて室内へ向けば・・・。
「・・・あっ!」
「エルナ、久しぶりだな」「やぁ、エルナちゃん」
「先生!ダルセンさん!」
椅子に座ったまま、上半身だけ私に振り向いて挨拶してきた2人の冒険者さん。
彼らは、私がよく知っている人物だったのだ。




