里帰り20
先生とダルセンさんが村に到着した日から一夜明け、私達は旅立ちの日の朝を迎えた。
「今までありがとうございました」
「エルナ、リン、ダフタス。三人とも道中気を付けるんだよ。元気で行っておいで」
「はい。ワッツさんもお元気で」「行ってきまーす」「行ってきます」
斎場の出入口前で、荷物を背負った私達。
ここ10日余り、寝食をお世話してくださったワッツさんに感謝を伝え、別れの挨拶をする。
司祭見習いのワッツさん。この世界で、私が先生と呼んだ初めての方だ。
読み書き、計算などの基礎知識。そして礼儀作法。
色々な事を教えてくださった。
迎えに来てくれた先生とダルセンさんは、今は私達から少し離れた位置で待っている。
私達にワッツさんとの別れの時間を設けてくれたのだ。
長くもなく短くもなく、適度な時間を使って別れのやり取りを一通り済ませた私達は、ワッツさんに手を振りながら、待っていてくれた先生とダルセンさんに駆け寄る。
「先生、ダルセンさん。お待たせしました」
「おう。もういいのか」
「はい、出発できます。昨日軽く顔合わせしていますけれど、改めまして。こちらが幼馴染のダフタス。こっちが妹のリンです」
後ろにいるダフとリンを、先生とダルセンさんに紹介する。
ダフとリンは姿勢を正して大きな声で挨拶した。
「「護衛の冒険者さん、よろしくお願いします!」」
「ははっ、任せとけ」「元気いいな。よろしく」
子供の元気な挨拶は、先生とダルセンさんにも好印象。
これを嫌いだという大人は、まずいないだろう。
斎場を後にした私達は、先生とダルセンさんに付いて行く形で村の中を歩き出す。
村の南門までやってくると、門前に門番のミッテンさんが立っていて、その横でカロンが待っていた。
カロンは私達を見つけると、手を挙げて挨拶してくる。
「おう。見送りに来たぜ」
「カロン、来てくれてありがとう。・・・あ、ミッテンさん。おはようございます。村を出るので手続きお願いします」
「おはよう。えーと、出村するのがエルナ、ダフタス、リン、それと冒険者のお二人っすね」
私は前に出てカロンに挨拶を返しつつ、ミッテンさんに出村手続きをお願いした。
ミッテンさんはすぐに門横の小屋に入っていき、きびきびと動いて手続きを進める。
なんだかやる気に満ちている。そんな風に、私からは見えた。
それほど待たずに手続きは終わり、カロンとミッテンさんに改めて別れの挨拶をする。
「カロン、いい村長になってね。ミッテンさんもお元気で」
「エルナも、またいつか村に帰ってこいよ」「エルナ、道中気を付けてな」
私の挨拶の後、ダフとリンもそれぞれ、カロン、ミッテンさんと二言三言言葉を交わす。
そうして彼らと別れを済ませた私達は、村の門を潜り、村の外へ。
時々振り返って、手を振って。
少し涙ぐむリンの歩調に合わせながら、私達は村を後にした。
さて。
目的地は第四ホラス村なのだが、その前に立ち寄る場所がある。
村の西の丘にある共同墓地。
最後に両親の墓参りをすることになっている。
歩くことしばし。私達は、その共同墓地にやってきた。
今いる場所は入口から入ってすぐのところ。辺りは古い墓ばかりだ。墓が増えるごとに奥の土地を使っていくので、奥に行くほど新しい墓ということになる。
墓標となる木の杭が立ち並んでいるが、区画がきっちりしていないので、村に住む者からしても誰の墓なのか見分けが付きにくいのは困りものだ。
とはいえ・・・。
埋葬したのは数日前。記憶に新しいのでもちろん場所は覚えているし、今なら新しめの墓標が目印ですぐわかる。
両親の墓がある奥の方へ、私が進もうとしたときだ。
先生から声が掛かった。
「・・・っと。エルナ、悪ぃが少し待ってくれ」
先生はちょっと立ち止まって周りを見渡すと、脇に逸れたところにあった一つの墓標の前に立ち、そこで黙祷を始めた。
墓標はボロボロだし、先述の通り入口付近の墓なので、古い墓であることがわかる。
十数秒程度の黙祷を終えた先生と入れ替わりに、ダルセンさんもその墓標の前で黙祷を始めた。
一連の様子を立ち止まって眺めていた私、ダフ、リンの三人。
こういう時は騒いだりせずに大人しく待っているべきだ、と子供ながらに理解している。
「随分古いお墓みたいでしたけど、どなたのお墓だったんでしょうか?」
「俺の昔の仲間さ」
近くに戻ってきた先生に、私はささやき声で尋ねてみる。
まだ黙祷中のダルセンさんに気を遣うように、先生も小さな声で返してくれた。
「もう10年以上前になるか。この辺の墓には、第七ホラス村を開拓したときに死んだ連中がまとめて眠っていてな。一緒にパーティーを組んでいた仲間の冒険者。そいつらも、こん中に含まれているってわけだ」
先生の、かつての冒険者仲間・・・。いわば同僚だ。
その同僚を開拓事業で失っていると聞いて、踏み込みすぎないようにと思った私は、少しだけ話を逸らす。
「私達の村は、先生のお陰で作られたんですね」
「その言い方は大袈裟だぜ。俺なんざ、大勢いる開拓メンバーの一人だったってだけさ。ほら、こんな話よりお前達両親の墓参り、してこいよ」
「あ、はい。こっちです」
いつの間にか黙祷を終えたダルセンさんが合流していたことに気付いた私は、落としていた声のトーンを戻すと、自分が先導する形で移動を始めた。
何人も亡くなっているなんて・・・。村の開拓って、やっぱり大変な事業なんだなぁ。
細い道を歩きながら、私は先生との先程の会話を思い返していた。
私が初めて魔法士の存在を知ったのは、7歳のとき。
教えてくれたのがマーカスさんで、村を開拓するときに魔法士の力を借りた、という話だった。その魔法士とは、もちろん先生のことだ。
そうそう。マーカスさんは先生のことを『魔法士様』って呼んでいたんだよね。
様付けで呼ぶくらいだから、マーカスさんも先生の業績に対して感謝とか敬意の気持ちがあると思うんだよ。
オルカーテまでの数日間。
チャンスがあれば、開拓されてた頃の話を色々聞いてみたいなぁ。
・・・おっと。
あれこれと思いを巡らせていたら、目的の場所の近くまで来ていたよ。
歩きながら先生とダルセンさんの方に顔だけ向けて、墓標を指し示す。
「あれが両親の墓です。先生、ダルセンさん。お祈りしてくるので、ちょっとお待たせしますね」
「急いでねぇからゆっくりでいいぞ」「そうそう。ちゃんとお祈りしてきなよ、エルナちゃん」
「ありがとうございます。行こう、ダフ、リン」
ダフとリンを引き連れて、三人で両親の墓前に立ち、一緒にお祈りをする。
「「「安らかに」」」
父さん、母さん。私達を見守っていてね。
これからは、私がリンを守るよ。
黙祷して、心の中で何度か繰り返す。
思いを心に刻むように。
目を静かに開け、墓前から離れようとした時、
『いってらっしゃい』と、
両親の声が聞こえた気がした。
今までありがとう。
行ってくるよ。
私は今一度語り掛けるように祈り、今度こそお墓を背にした。
顔を上げ、進むべき方向を見据え、その一歩を踏み出す。
ロッツアリア歴609年。エルナ九歳の秋。
新たなる決意のときであった。




