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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
110/123

里帰り18


第七ホラス村から真っすぐ北へ。険しい獣道けものみちを掻き分け進み、山を二つほど越えた場所に、ひっそりと建っている炭焼き小屋がある。

炭焼き小屋といっても、併設しているかまどは壊れた状態で長らく放置されており、一見すると放棄された廃屋はいおくにしか見えない。


数日前からその小屋の中に、身を潜める者がいた。

腹部に深い傷を負い、風邪で肺を病んでいるその男は、体に毛布一枚を掛けて、時折苦しそうに「ごほっごほっ」と咳込む。


男の正体は、リズニア王国に潜入してきたティータラント帝国の工作員。

その、潜入してきた工作員の、最後の生き残りであった。


男は、身軽で手先が器用だった。樹や崖を登ったり降りたりするのも得意であった。

だが任務遂行中に崖上から水溜まりに着地して、濡れた体を冷やしてしまったがために風邪をひいてしまう。

そしてその風邪は、今やかなり悪化していた。


今日で5日目・・・。いや、6日目か?

一時は死を覚悟したが、何とか生き延びてるな。

干し草と干し肉であと数日は持つか。

だが、歩けるようになるのはいつになるやら・・・。


「ごほっ!げほっ!・・・ぅ」


ちくしょう。咳込むと腹の傷に響きやがる。

仕方無ぇ。今日も大人しく横になっているか・・・。


工作員の男が諦めたように深く息を吐き、目を軽く閉じたその時だった。


むっ!?


不意に小屋に近づく人の気配を感じた。

上半身を起こし、枕元に備えていたナイフを掴むと、周囲から直接ナイフが見えないように体に掛けていた毛布を手に被せて隠す。


ザッザッザッ。


足音が小屋の入口までやって来て止まり、


・・・ガラッ。


一拍置いて小屋の戸が引かれた。


「・・・誰だ」


開かれた戸に向かって、工作員の男が低い声でただす。

相手はまだ戸の陰。姿が確認できない。

工作員の男は、半身はんみの姿勢で毛布の下のナイフをギュッと握り、いつでも飛び掛かれるように身構える。


「・・・よお、生きてたか」


その声と共に、戸の陰から一人の冒険者風の男が現れた。

冒険者風の男は、両手を軽く上げてひらひらさせ敵意のないポーズを取りながら、小屋の中にずけずけと入ってくる。

工作員の男が警戒の視線を鋭く飛ばしているのに、だ。


「・・・う・・・お前は?・・・そうか、お前がリズニアに潜伏してる案内人か」

「ああ、そうだ。・・・随分とヘマしたようだな。何があった?話せ」


案内人。工作員の男にそう呼ばれた冒険者風の男は、工作員の男の側まで近寄ると、片膝を突いて話を聞く体勢を取る。

その際に、首から下げているタグがキラリと光った。


そういや、商業ギルドが発行している商人タグを首に掛けているのが案内人の目印だったな。


工作員の男は、任務中に聞かされた事を思い出す。

改めて、冒険者風の男が掛けているタグを見直せば、それは確かに商人タグ。

目印を確認した工作員の男は、ひとまず警戒心を緩めると、ふぅーっと一つ息を吐いて語り始めた。


「レコールテ連峰は過酷だったぜ。生きて抜けてきたのは俺を含めて8人だ。まぁそこまでの犠牲も含めて、リズニアに辿り着いたところまでは、ほぼ計画通りだったんだがな」

「・・・続けろ」

「その8人で夜明けと同時に移動を開始して、このアジトまで向かっていた。だが移動中に、巡回していたリズニア兵士に見つかっちまってな。その兵士を取り逃がしたのが、俺たちにとってケチのつけ始めだった」


兵士を取り逃がす。それは応援を呼んでこられることを意味していた。

俺たちは、追手から逃げる『賊』になっちまった。


「俺たちは移動を急いだ。だが焦っていたんだろうな。斥候せっこうをおろそかにして、今度は村人と出くわしちまったんだ」

「村人・・・。それで?」

「女2人だったから、さっさと始末したんだが、周囲に他の村人も居やがってな。女の悲鳴を聞きつけられて、そこから収集が付かなくなった」

「おい、そこは正確に話せ」


そう言われた工作員の男は、思い出したくもないあの時の状況を思い返さざるを得なくなり、苦々しい顔になる。

記憶を辿るための時間が流れ、やがて思い出したところから断片的に話し始めた。


「駆け付けてきた村人は5人。ガキ2人と大人3人で帯剣してたのは1人だけ。こっちは8人だ。だから全員始末しようとした。だが包囲できずにガキ2人と大人1人に逃走された。そして、その場に残った2人が強かった」


工作員の男がギリッと歯噛みし、拳を床に押し付け震わせる。


「衛兵と、・・・たぶん狩人だったんだろうな。俺以外の仲間、全員持っていかれた。俺も脇腹やられてこのザマだ。・・・クソがっ!」


思い出すごとに沸いてくる怒りで顔が紅潮していった工作員の男は、とうとう悪態をいた。


補足しておくと・・・。

工作員の男が言うところの衛兵とはナスタのことであり、狩人とはドナンのことだ。

実際にはナスタは衛兵ではなく門番であったが、それは大した違いではない。

また『俺以外の仲間、全員持っていかれた』と発言したが、工作員の男は逃げた子供を追い掛けた仲間2人が殺されたことを知らない。だがこのアジトに辿り着いていないのだから、捕まったか殺されたか。いずれにしても無事ではないと確信しているがゆえの発言だ。


話を聞いておおよその事情を呑み込めた案内人は、工作員の男の周囲に素早く視線を飛ばす。

工作員の男の腹部に巻かれた布の血のにじみ。あるいは下半身に掛けられた毛布に付着している血痕。他にも床のいたる所に残っている血痕。

それらは、目の前で話した工作員の男がこうむった、腹部の傷が深いことを示していた。


村人と争った場所からこのアジトまでよく辿り着いたものだ。


・・・と、案内人は感心した。感心はしたが、それは表には出さない。

変わらぬトーンで静かに語り掛ける。


「だいぶ血を流したな」

「血痕を辿られる心配ならいらねぇよ。雨が降ったからな。降らなかったらここには来ちゃいねぇ」

「そのことだがな。国境砦から村に兵士が派遣されて、山狩りが始まっている。ここもいずれ見つかるだろう」


一瞬の静寂。

風が通ったわけでもないのに、小屋の中の温度がひゅぅっと下がった。

両者は視線を合わせない。合わせようともしない。


「そうか・・・。一応聞くが、俺を運ぶ余裕はぇよな?」

「ああ、悪いな。ここで始末させてもらう」


工作員の男がさらりと問えば、案内人も淡々と答える。

再び静寂の時が過ぎるなか、遂に工作員の男が口を開く。


「しゃあねぇな。俺がお前でもそうするだろうから・・・なあっ!」


工作員の男は忍ばせていたナイフを握りしめ、腹部の傷が開くのも構わず飛び掛かり、


ズシュ!


肉を突き刺すナイフの音を聞いた。


「ち、畜生・・・。最後の最後まで・・・しくじったぜ・・・。ごふっ!」


最初から見切られていたのだろう。工作員の男のナイフはするりと躱され、逆に案内人のナイフが工作員の男の胸に刺さっていた。


工作員の男の口から鮮血が飛び散り、ナイフが刺さったままの体が静かに床に崩れ落ちて動かなくなった。

足元の毛布が真っ赤に染まってゆく中、じっとしてた案内人は、ナイフを拾い上げた。それは、工作員の男の手から落ちた、案内人を刺すことが叶わなかったナイフ。

無論、感傷に浸ろうとしたわけではない。


「・・・出てこい」


案内人は、拾ったナイフの切っ先を小屋の戸の方に向けて呟いた。


「ロキッド。俺だよ」


戸の陰から大柄な冒険者風の男が姿を現す。

それを見た案内人ロキッドは、表情一つ変えることなく床にナイフを放り捨てた。


「キーガルか。生き残りが居たんだが、怪我で動けなかったから、ちょうど始末したところだ」

「そうか。お疲れさん。生き残りはこいつだけだったか?」

「リズニアに辿り着いたのが8人って言っていた。砦の兵士に回収された死体が7体。つまりこいつで最後だ」

「りょーかい」


大柄な冒険者風の男キーガルは、飄々とした態度でロキッドと会話を交わしながら、小屋の中に入ってくる。血を流して倒れている男を一瞥するも、特に気にすることもない。


ロキッドとキーガル。

彼らは『餓狼の牙』という冒険者パーティーを組む仲間。

ただしそれは表の顔だ。


彼らには案内人という裏の顔があった。

彼らは補給部隊に随行しながら、領都オルカーテから第四ホラス村まで移動してきた。それがつい先日のこと。

当初の目的は、案内人としてこのアジトで仲間と合流することであったが、随行した補給部隊から漏れた情報で工作員の潜入失敗を知り、このアジトを引き払うことを決めたのだった。


キーガルは適当に腰を下ろすと、やや声を落としてロキッドに報告を入れる。


「こっちは第七ホラス村で情報収集してきたぜ」

「・・・何か聞けたか?」

「村からの山狩りが思ったよりも進んでいる。今日明日というわけではないが、やはりこの場所は時間の問題だ。証拠になりそうなブツは回収。回収できないものは埋めるか燃やしていくぞ」

「ああ。わかった」


証拠隠滅。

今回の件では、それがどれほど効果があるかわからない。

なぜなら、工作員である仲間の死体を7体、既にリズニアに回収されてしまったからだ。

だが、他を放置して良いことにはならない。隠滅できるものは可能な限り隠滅しなければならないのだ。


「それと普段居ない山に村人が居た件だがな。どうやらその日は、村総出の山菜採りが行われていたらしい。季節に2、3回程度実施される村の行事だった、てことだ」

「そりゃ・・・ツイてなかったな」


『ツイてなかった』は、命を落とした『工作員』に対して向けた言葉ではない。

自分達の『組織』にとって、今後の作戦行動に影響するであろうからだ。


「もう一つ。村の中まで入って村人に返り討ちに遭った仲間が2人居てな。ちょっと気になる話が出た」

「・・・」

「なんでも、村の子供にやられたって話だ」

「・・・子供だと?」

「そいつからもっと詳しく聞こうとしたら、周りの村人に『余所者に話すな』って止められててな。残念ながらそれ以上は聞けなかった」

「今、村には砦の兵士が駐留している。これ以上変に動き回るのはやめとけ。情報収集は時間を置いた方がいい」

「仕方無ぇが、そうするとしよう」


二人は情報交換を終えると、小屋の中を物色し、足が付きそうな物を集め始めた。







数刻後。

日暮れ時になり、ちょうど炎と煙が目立たぬ時間帯。


隠滅すべき物品が、壊れた炭焼すみやがまの隣に積み上げられ、最後に工作員の男の死体が乗せられた。

裾野から着けられた火が、折からの秋風に煽られ、物の山を駆けあがっていく。

火は一気に強くなり、火柱が立つほどの炎となった。


「引導を渡す結果になっちまったがな・・・」


その火の勢いを前にしても、特段表情を変えることのないロキッド。

仲間の死体を包み込む炎を、その瞳に宿しながら、


「・・・いずれかたきは取ってやるよ」


小さく、だがはっきりと呟くのだった。


今年最後の投稿になります。

皆様良いお年を。来年もよろしくお願いします。

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