里帰り16
気を取り直すように、サーチェおばさんは私からダフに姿勢を向けた。
「それじゃ、残るはダフタスね。ダフタスはどうしたいの?」
「ごめん。まだ決めれてない・・・。前は親父のように門番をやろうと思ってた。でも今は、他のこともやってみたいって思うようになって・・・」
「迷っているのかしら?でも・・・そうね。あなたが最近とてもよく勉強しているのは色々と聞いているわ。だから私としては、あなたを使用人として、うちで雇い入れたいと思っているのよ」
それはダフにとって良い話なんじゃないか。
わたしはそう思ったのだが、ダフ本人の反応は少し鈍かった。
「自分が、まだ一人じゃ生きていけないのはわかってるんだ。村長さん家の使用人になれるんだったら、そうするのがいいんだろうって・・・思う」
ダフにとっての選択肢とは、独立して一人で生きていくか、カロンの家で使用人になるか、ということだ。ぶっちゃけ、後者の選択肢があるということは恵まれていると言っていいだろう。
だがこの様子・・・。何か気掛かりなことでもあるのだろうか。
やや膠着しそうな雰囲気。
そんななか、サーチェおばさんとダフの間に、カロンが質問を投じてきた。
「なぁ、ダフタス。お前、本当はオルカーテに行きたいんじゃないか?エルナやリンと一緒に勉強したいんじゃないか?」
「・・・なんでそれを」
「少し前からそんな感じだったしな。今のお前見てたら、やっぱりそうじゃないかって思ったからさ」
ダフの考えが一部垣間見えた。
オルカーテに行って勉強したかったのか。
ちっとも知らなかったよ・・・。
カロンはダフに続けて質問する。
「お前は勉強して、それで何かしたいことがあるのか?」
「俺・・・字を書く仕事をしたいんだ」
横で聞いていた私は、なるほどと思う。
でも、これだけだと少し説得力が弱い。
この村でも村長さんの使用人になれれば字を書く仕事が回って来るからだ。
だが、カロンは何か納得したようだった。
「・・・母さん、俺はダフタスを応援してやりたい。何か方法はないのか?」
「お金が無ければまず無理よ?仕事目的で一時的に街に入るのだってお金は掛かる。転入しようと思ったら、さっき言ったように最初に銀貨10枚が必要になるの」
何か方法はないか。と、サーチェおばさんに漠然と尋ねるカロン。
意図するところは、ダフがオルカーテで独立する、あるいはそれに近い待遇となる道を示すことはできないか、ということだ。
そんな息子からの言葉を、サーチェおばさんは子供の戯言扱いせずに、正確に汲んで答えてくれた。
「エルナはオルカーテで仕事があるけれど、ダフタスは仕事を探すところから始めないといけないわ。最初に保護者となる大人が居ないと難しいでしょうね」
サーチェおばさんの回答は至極当然だ。
でも・・・。私の脳裏に、今まで係わった大人達の姿が浮かんでくる。
そう。忘れちゃいけない。
私は恵まれていたということを。
私はたくさんの大人達に助けてもらったのだ。
だから・・・
今度は私が、誰かを助ける側に回りたい。
この思いは、お世話になった大人達に報いることに繋がるのではないか。
そう思った私は、自然と言葉を発していた。
「ダフ・・・。ダフも一緒に来る?オルカーテに」
「え・・・それは・・・いや、行けるなら行きたいけど・・・。銀貨なんてどうすれば・・・」
突然の提案に、言われたダフはもちろん、周りのみんなも一様に戸惑いの表情を見せる。
うん、そりゃそうだよね。
私は椅子から少し腰を浮かせ、サーチェおばさんに体を向けて座り直す。そして、姿勢を正してから言った。
「サーチェおばさん。ダフが独立できるまで、私が面倒を見ましょうか」
改まった態度を見てか、サーチェおばさんはそれが冗談でないと瞬時に理解してくれる。
「エルナ。もしかして、あなたが保護者となって、ダフにオルカーテの入街料や生活拠点を用意してあげるつもりなの?」
「はい。そうしてあげてもいいかな、って思っています」
サーチェおばさんは口元に手をやり、やや俯いて少し考えた後、視線を私に戻した。
「あなたができると言うならできるのでしょうね。でもね、それはこの村の代官としては許可できないわ。あなたとダフは他人同士。ここの村人を他の街へ無償で譲り渡すことになってしまう。この村もあなたも、王国法や領法に違反してしまうわ」
リズニア王国内で生活拠点を移す場合、制限や条件が科せられている。
そしてそれは王国法や領法で定められている。
であるならば、法に則り、その条件をクリアすればいいのだ。
「では・・・私がダフの身請けをする、というのはどうでしょうか」
「・・・え?」
「最初の説明にあった三番目の選択肢。あれって、親戚じゃなくても身請けできるんですよね?たぶん、身請け料が高くなるだけで」
私は知っている。そういう実例があるということを。
例えば、ビルナーレさんと結婚したジュネさんがそうだ。
彼女は元々、副長の実家で身請けされた孤児だった。
貴族や裕福な商家が孤児を身請けして使用人にするのは、珍しいことではない。
そんな話をストラノスさんからも聞いていた。
完全に想定の外から投げられた問いに、サーチェおばさんは間を置いて答える。
「・・・できるわ。身請け料は銀貨で50枚。うちの村の孤児を血縁が無い他人が引き取るときの最低金額よ」
その金額を聞いて、ダフ、カロン、リンは目を大きくして息を呑む。
村の中ではまず聞くことのない額であり、まして子供にはどうやっても得られる額ではないからだ。
しかし間髪入れず発っせられた私の次の言葉に、三人の視線は一斉に私に向くことになる。
「払います。ダフを私に任せてください」
「エルナ・・・」
私はダフを何とかしてあげたかった。
ダフはリンと一緒に山から村まで逃げてくれて、賊からリンを守ろうとしてくれた。
リンのヒーローだと思えたのだ。
すごいかっこよかったし、とても感謝している。
何よりもここ数日で、リンがダフに対して、全幅の信頼を寄せていることが見て取れたからだ。
私の言葉に、始めはピンとこなかったサーチェおばさんだったが、私が身請け料の支払い能力があるのだ、ということを徐々に察知する。
だが、まだ確信は持ててなかった。
「ふぅ・・・。一応ちゃんと確認すべきね。ダフタスの身請け料と三人分のオルカーテ入街料。これだけでも銀貨で80枚。向こうで生活をするなら、ここからさらにお金が必要よ?・・・エルナ、あなた支払えるのね?」
「はい」
「・・・わかったわ」
サーチェおばさんは、そこでようやく柔らかい表情になった。
サーチェおばさんが逐一確認を取ってきたのは、私にいじわるしようとしていたわけではない。法に則り、必要な金額を提示し、必要な手続きをする。そうしなければ互いに罰せられてしまうからだ。
繰り返しになるが、身請け料の最低金額はホラス領の領法で決められているものである。
そしてここから先は補足になるが。
孤児の身請けについてはリズニア王国の王国法で定めているのだが、身請け料については各領ごとに制定されている。
領内の村でほぼ一律だったり、あるいは村ごとに金額が大きく異なったりすることもあるが、大体は安くない、それなりの額が設定されている。
それなりの額が設定されているのは、立場的に弱い身請けされる側が、相手から付け込まれて安く買い叩かれることを防ぐため。もしこの金額が低いと、人身売買が横行して、村が廃村になりかねないからだ。
ゆえに村側は手続きを正しく踏む。知人だからと情に任せて安くすることはできないのである。
「エルナ・・・。俺、何て言ったらいいか・・・」
「ううん。私の勝手でやった事だよ」
「ありがとう、エルナ」「おねぇちゃん。ありがとう」
ダフは何度も頭を下げて礼を言う。
でもね、私はあくまで最初の関門を潜る手助けをしただけだ。
夢や希望を持ってオルカーテに行こうとしている少年の、その夢や希望まで叶えてあげたわけじゃない。
本当に大変なのはこれからなんだよ、ダフ。
・・・ふふ。でもこんな人生の先輩風吹かせた台詞、今ここで言わなくてもいいだろう。
リンも一緒に礼を言ってるし、やっぱりダフとお別れしたくなかったんだろうな。新天地へ向かうリンのためにも、ダフが一緒だと助かるよ。
さて、と。
これで残る問題は・・・。
「サーチェおばさん。身請け料の支払いはどうしましょうか。流石に手持ちで銀貨50枚は無いんですけど」
「第四ホラス村に冒険者ギルドの出張所があるのは知ってる?そこに納めてもらえれば、後はこちらが確認するんだけど・・・」
冒険者ギルドの出張所?
それは知らなかった。
あれ?もしかしたら・・・。
「その出張所って、冒険者ならお金を引き出すことができますか?」
「できるけど・・・。ひょっとして、エルナは冒険者登録しているの?」
「はい。冒険者の口座にお金が入っているので。私もオルカーテに行って知ったんですけど、冒険者として仕事をすることが目的ではなく、単に口座を作ることが目的で冒険者登録する人も多いそうです」
まぁ、仕事受けない冒険者は、更新料を多めに取られるんだけどね。
私は冒険者タグを取り出しサーチェおばさんに見せて、自分が冒険者登録することになった経緯を説明した。
ちなみに、マーカスさんやサーチェおばさんは冒険者登録をしていない。
村長家が管理している村の運営資金の一部をガルナガンテさんを通して第四ホラス村に預けていて、それをさらに冒険者ギルドの主張所が預かっている、とのこと。冒険者という立場で預けているわけではないそうだ。
第七ホラス村は立地的な条件から、交易というと隣村の第四ホラス村しかない。
そんな村同士の交易では、現金のやり取りを簡略化するため、予めまとまったお金を規模の大きい方の村に預けておくのはよくあることだ。
「なるほど。それなら第四ホラス村に行って、そこで身請けの契約を取り交わすのが良さそうね」
サーチェおばさんにそう言われて、私は先のスケジュールを思案する。
一瞬だけ考えたのが、先生達がこの村に戻ってきてから、私、リン、ダフ、先生達、そしてサーチェおばさんのみんなで第四ホラス村に行って決済するのはどうか、ということ。
だが、この案は問題があった。
先生達がこの村に到着する日が確定的ではないのだ。
「先生達・・・いえ、護衛の冒険者さん達がこの村に戻って来るのが、今日から6日後の予定なんですけれど、1、2日程度前後する可能性があるので、やはりその前に決済してしまうのがいいと思います」
「そうね。では明日、私とエルナで行ってきましょう」
代官として村長の業務を引き継がなければならないサーチェおばさん。
これから村で一番忙しい立場になる。
こちらの都合より、サーチェおばさんの都合を優先すべきだよね。
こうして私とサーチェおばさんは、ダフの身請け料を決済するため、一緒に第四ホラス村へ行くことになったのだった。




