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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り15


「うん。熱はすっかり下がったね」

「はい。ご迷惑お掛けしました」


ワッツさんに返事をする私の声は、だいぶ調子が戻っていた。


「治って良かったな、エルナ」

「今日は一緒に食事できるね、おねぇちゃん」

「寝込んでいる間、色々とありがとうね」


心配してくれたダフとリンにも、私は感謝の言葉を返す。


悪夢から解放されたのが前日のこと。そこから一夜明けて。

わたしの体調は回復し、熱も引いて、起き上がれるようになっていた。

ちょっと寝過ぎて体の節々が固くなってるような。でも動き回っていれば、その内ほぐれてくるだろう。


私が寝床から出ることができて、久しぶりに皆と一緒に取った朝食。

その食事を終える頃、ワッツさんが私達三人に伝達事項を伝えてきた。


「さっき、カロンがこの斎場を訪ねてきてね。これから三人で村長の家に来るように、だそうだ」


呼び出しである。

今後の身の振り方についての話、かなぁ。たぶん。

・・・あ、そうだ。


「ワッツさん。その・・・村長さんの容態ようだいについては・・・」

「カロンが来たときについでに聞ければ良かったんだが、とても急いでいる様子だったのでね。用件を聞くだけしかできなかったよ」


村長のマーカスさんが負傷して倒れて、跡取り息子が忙しくないわけがないよね。

でももしマーカスさんが命を落としてしまったのなら、最優先の伝達事項になるはずだ。だから恐らくは・・・。


「じゃあ、村長さんの家に行ったときに聞いてみますね」

「うん、頼んだよ」


目の前のスープの残りを腹に流し込んだ私達は、手早く食器を片づけて支度を済ませ、早足で村長さんの家に出向いた。

村長さんの家を訪ねるのも久しぶりだ。


着いて直ぐ通された応接室には、サーチェおばさんとカロンの二人が待っていた。


「いらっしゃい、三人とも。そちらに座ってね」


サーチェおばさんとカロンに挨拶して、みんなで席に着く。

サーチェおばさんは、私達の体調について軽く触れて、場を和ませてから本題に入った。


「まず最初に、こちらからあなた達に報告ね。マーカスの容態についてなのだけど・・・」


おっと。

聞こうと思っていたことをサーチェおばさんの方から話してくれるみたいだ。


「マーカスは昨日意識が戻ったわ。まだ危険な状態だけど、峠は越えたんじゃないかと思うの」


それを聞いて、私達は一様に表情を緩めた。


「村長さん助かったんですね。・・・ほっとしました」


マーカスさんを逃がすために、私の父さん、ダフのお父さんが賊を引き受けていたという。

だから本当に良かった。

村に非常事態を伝えられたのだから父さん達の行動は無駄じゃなかったし、マーカスさんの命を救えたならば尚更だ。


『無駄死にではなかったこと』について、私の考えを言うならば・・・。

遺族だからそう思いたい、という部分があるのは否定しない。けれど、心が悔しい思いで埋め尽くされたままでは精神衛生上よろしくないのだ。

肉親の死を受け入れる。その心の負担を考え方一つで軽減できるなら、それは悪い事ではないだろう。


「ただ、マーカスは両腕の怪我が深刻で、回復したとしても、村長の仕事を続けるのは難しくなりそうなの」


サーチェおばさんの報告は、かなりオブラートに包んだものであった。

怪我の具合いについて直接的ではなく迂遠な表現になったのは、私達三人が子供であったこと、そして両親を失った直後であったことに配慮したためだ。

実際のところマーカスさんは、依然として極めて深刻な容態であった。私達がマーカスさんの怪我の具合いを正確に知るのは、しばらく先のことになる。


「手続きがあるから正式な発表は先になるけれど、今後は私が代官となって、村長の仕事を代行することになるわ。カロンが成人するのが三年後。その時に村長を継いでもらおうと考えているから、それまでの間ね」


そこまで言ったサーチェおばさんの視線がカロンに向けられる。私達三人も一斉にカロンに注目すると、カロンは椅子からすくっと立ち上がった。


「俺はっ・・・俺は親父の跡を継ぐ。もう逃げねぇ。今はまだ全然足りないけど、三年で村のみんなから認められるよう一生懸命勉強する」


拳を握りながら、カロンは力強く言った。


「正直、勉強しなきゃって思うようになったのが去年からでさ。ダフタスやリンや妹達と一緒に勉強したら、段々面白くなってったの覚えてるんだ。でも、親父が大怪我して意識戻らねぇってなったら、すっげぇ後悔した。もっと早くやってれば、ってな」


聞いていた私は、口をぽかんと開けてしまった。


「ダフタス、リン、それとエルナ。三人にはとても感謝している。確かに勉強を始めるの遅れて後悔したけど、まだ間に合う。いや、俺は間に合わせてみせる」


『誰だよ、お前!?』って思った。

いや、カロンなのはわかっているが、カロンのことを『半年間会っていなかったから忘れていた』というわけではない。

『人は半年でこんなにも成長する』のだ、と。

私はそれを目の当たりにして、驚愕したのだ。


「もちろん簡単だなんて思ってないぜ?でも三年後、村長を継げるように、死に物狂いでやる。決意表明って言うんだよな、こういうの」


そして驚愕していたのは私だけではなかった。

同じ村で一緒に遊んでいた子供が急に大人びていく様を見せられたダフとリンも、同様に驚かされていた。


「後で同じこと村のみんなにも言うと思うけど、お前達には最初にちゃんと言っときたかったんだ」


おー。

ぱちぱちぱち。


気付いたら私は拍手をしていた。

ダフとリンも、私に続いてカロンに拍手を送る。

私達の前で堂々と演説したカロンは、そこでようやく子供らしい表情に戻り、少し照れ臭そうにして椅子に座った。


「さて。まだ終わりじゃないわ。あなた達を呼んだ用件はこれで半分。もう半分は、あなた達の今後の身の振り方についてお話するためよ」


次の話に移るサーチェおばさんは、少し嬉しそうに見えた。

私の気のせい、ではなかっただろう。


「あなた達三人は孤児となりました。この村の孤児として、今後の選択肢が三つあります。といっても置かれてる立場によっては、選択できないものもあるのだけどね。今から一つずつ説明するわ」


私達にとって大事な話だ。

自然と前傾姿勢になって、サーチェおばさんの話に集中する。


「一番目は、村にある親の財産を受け継いで生計を立てる」


これは、親の稼業をそのまま引き継ぐ生き方だ。

今まで住んでいた家にそのまま住める、というメリットがある。


別に親と一緒の仕事でなくてもいいのだが、この村において親から継げる財産とは現金ではなく仕事道具や畑になる。

だから、親の財産を受け継ぐならば親の稼業を引き継ぐことがほぼ必然であるのだ。


「二番目は、村長家の・・・つまり我が家の使用人となる」


親の稼業を継ぐのが難しい場合もある。

年齢が幼すぎたり、父親の力仕事を残された娘が継ぐには無理があったり、など。


そういう場合は、村の施設で手伝いをさせて自立の手助けをする。

村の施設と言ったが、よくあるのが孤児院だ。

だがこの村には孤児院はないので、村長が孤児を引き取る役目を担うことになっていた。

ただし、能力的にある程度見込みがないと駄目。

つまり、力が強いとか、賢いとか、器量が良いとか。


村長の裁量次第で、今まで住んでいた家から通ったり、村長宅に住み込みしたり、と融通が効く。


「三番目は、親戚に引き取ってもらう」


村の中に親戚が居る場合は、財産の半分を村に納め、もう半分を受け継いで親戚の元で暮らすことができる。

よくあるのが、住んでいた家を村に納め、家財道具の一部を持って親戚の家で世話になる、というパターン。


村の外の親戚に引き取ってもらう場合はもっと大変で、基本的に財産の持ち出しはできない。そして、引き取る親戚が村に身請け料を納めなければならない。


孤児に限った話ではないが、村人というのは村の財産、というのがこの世界の考えなのである。

だから村の外から引き取るには、村に十分な対価を支払う必要があるのだ。


「確かエルナの家もダフタスの家も、交流ある親戚はいなかったという認識なのだけど合ってたかしら。一応聞くけれど、引き取り手となる親戚っていらっしゃる?」

「いえ」「いないです」

「そうよね。じゃあこの選択肢は考慮しなくていいわね」


私の家もダフの家も、村内に親戚はいない。

村外ならばいるのかもしれないが、ウチなんかは家族でそういった話をしたことがなかったので、両親が意図的にしなかった可能性もある。

今となっては確かめようもないが。


「・・・以上を踏まえて、まずエルナから。エルナは今オルカーテで生活しているけれど、立場上は丁稚奉公でっちぼうこう。あくまでここの村人よ。先に述べた一番目と二番目の選択肢を取ることができるのだけど、丁稚奉公のままオルカーテで仕事を続けるということも可能よ」


『選択肢が三つ』と前置きしていたサーチェおばさんは、さり気なく四番目の選択肢を添えた。


「私はオルカーテでこのままお仕事を続けます」

「なるほど。・・・それで、リンはどうするの?」

「おねぇちゃんに付いて行きます」


私とリンは迷いなく答える。

村を出て、私がリンを養う。

これは昨日の時点で決めていたことだった。


私が今オルカーテでお仕事ができるのは、村の許可があるからだ。

村が私に丁稚奉公の立場を与えて出稼ぎに出しているのである。


丁稚奉公の立場のままではリンを連れて行くことはできない。

なぜなら、リンはここの村人だから。

だからリンを連れて行くということは、私の丁稚奉公の立場を返上してリンと共に村を出る、という意味になる。


さり気なく添えてくれた四番目の選択肢とも微妙に違うのだ。

当然ながら、サーチェおばさんは正確にその意図を汲み取った。


「エルナは既に向こうで仕事をこなしているようだし、できるのであればそれがいいでしょう。ただ幾つか確認をするわよ。主にお金の確認だけどね。エルナとリンの転出に伴って、残った家は村に納めることになるけど大丈夫?」

「はい」

「それと、オルカーテに転入するためには、入街料として1人銀貨10枚をオルカーテの役所に支払う必要があるの。この村で家財道具を処分しても、銀貨を入手するのは難しい。つまりエルナが向こうでどれだけ稼いだ分があるか、という問題になるわ。どう?足りるの?」


サーチェおばさんから示された金額に、カロン、ダフ、リンは目を丸くする。

村の経済のことを理解していない子供達でも、村で銀貨10枚を揃えるのがとても難しいことはわかっていた。

この村は物々交換が基本であり、貨幣の流通量が少ない。

だから銀貨を入手するのが本当に難しいのである。


私はサーチェおばさんの言葉を咀嚼そしゃくして、ゆっくり返事をする。


「入街料が2人分で銀貨20枚。向こうに行ったら、生活拠点の確保と諸々買い物が必要だけど・・・なんとかなりそうです」

「「「えっ!?」」」


驚きの声を漏らしてしまったのはカロン、ダフ、リンの三人。

サーチェおばさんは声には出さなかったが、やはり驚いたようで目を丸くした。

やがてサーチェおばさんは、ふぅーっと息を一つ吐くと、呆れたような声で言った。


「そう・・・。凄いわね」


私はオルカーテで半年間、ギルド職員として働いてきた。

サーチェおばさんはその事を把握していたが、オルカーテに転入する資金が貯まっているかどうかは、五分五分ではないか、と予測していたらしい。

だが、実際にその資金があると言われたら、やはり驚くしかなかったのだ。


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