里帰り14
夢を見ている・・・。
周りに何もない空間。そこに私がいて・・・。
突然、私の正面に黒い影がもやもやっと浮かび上がった。
右手に持ったマチクの筒。
私は、その先端を黒い影に向かって構える。
なぜならば、それは『敵』だからだ。
そう認識すると、黒い影は人型のシルエットに変化した。
私は一番狙いやすい胸の中心に狙いを定め、そして魔言を唱える。
《広がれ》
筒から弾が出たのか、そして当たったのか、よくわからなかった。
でも人型のシルエットは胸を手で抑えている。
だから命中したに違いない。
次の瞬間。人型のシルエットは口から血を吐いた。
徐々に目、鼻、口がはっきりと写し出されていき、苦痛に歪む顔が現れた。
私が撃った男だ。
私が、殺した、男の顔だ。
その男と、バチッと目が合った。
「うわぁぁぁあああ!!」
声を上げた私は、悪夢から覚めた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
身体をむくりと起こすが、動悸と息切れが止まらない。
背中はびっしょりと汗をかき、心臓がばくばくと音を立てている。
父さんと母さんが埋葬された日の夜。
私はこの夢を見た。いや、見るようになった。
忘れられないのだ。
私が撃ち殺した男の、死んでいったときの、あの表情が。
憎悪の込められた、あの目が。
何度も寝直すが、深く眠ることができない。浅い眠りに就くたびに同じような夢で目覚めてしまうからだ。
朝になったとき、私は酷い頭痛と倦怠感に苛まれていた。
「熱があるね。昨日までの疲れが出たのだろう。今日は寝てなさい」
「・・・はい。すみません」
ワッツさんにそう言われ、床に伏したまま掠れた声で返事をする。
朝、起床の時間。
体調は最悪。私は熱を出してしまい、起き上がることができなかった。
「おねぇちゃん。後でスープ持ってくるよ。それまで横になっててね」
うう・・・。姉として妹を守らなきゃ、と思っていた矢先に。
情けないなぁ、私。
「半年ぶりに村へ戻ってきたエルナに、こう言うのも変なんだけどさ。弱っているのは本当に久しぶりに見たよな。もう随分と見てなかった気がするんだ」
ダフにもこんなことを言われた。
5歳で前世の記憶を思い出してからというもの、周りの人間に甘えることが少なくなっていたからだ。
村では頼られることも結構あったから、つい大人びた行動を取ってしまったりもした。でも肝心なこのタイミングで、逆にみんなのお荷物になるなんて・・・。
・・・それにしても。
リンもダフも、両親を亡くして間もないというのに、ショックから立ち直りつつある。
少なくとも塞ぎこんだりしてないし、一昨日より昨日、昨日より今日と、着実に言葉数が増えてきているのだ。
私は・・・ううん、こんな弱気じゃ駄目。
私が頑張らなくてどうするのっ!
こんな体調不良、さっさと治さなきゃ。
寝床からのっそりと体を起こし、リンが持ってきてくれた朝食のスープを啜る。
腹に物が入れば自然と軽い眠気がやって来て、少しでも頭痛から楽になりたい私はまた横になった。
けれど、数刻後。
「うわぁあっ!・・・はぁっ、夢か・・・」
私は昨夜と同じ悪夢に襲われ、すぐに目を覚ます羽目になった。
参った。
眠いのに眠れない。寝ても寝た気がしない。
その日は一日中そんな調子で、寝ては起き、起きては寝てを繰り返したが、私の頭痛は酷くなる一方だった。
さらに次の日の朝。
体調は一向に改善しなかった。
「うーん。熱、下がらないねぇ。エルナ、今日も安静にしてなさい」
「・・・はい」
私はワッツさんの言葉に力無く返事をする。
「ダフー。今日は私、おねぇちゃんに付き添ってるよ」
「そうだな。それがいいだろ。片付けは俺だけ行ってくるよ」
リンとダフは、昨日から家の片付けに行っている。
備蓄していた食料で痛みやすいものを近所に配ったり、親の仕事道具をひとまとめにしたり、家の中の金目の物をかき集めて一旦ワッツさんに預けたり、など。
大人が不在の家だから、時間が経てば泥棒や荒らす者が出て来るかもしれない。
だから早目に片付けをする必要がある。
ある程度片付けば、村の衆の手を借りることもできようが、最初は残された遺族自身の手でやっておかねばならないのだ。
昨日と同様に、リンが持ってきてくれた朝食のスープを寝床で頂く。
飲んだらすぐ横になる。起きていると兎にも角にも頭痛で辛いのだ。
辛いのだから寝るしかない。
なのに、また夢を見るのだろうか。
もう、いい加減に許してほしいのに!
「うわぁぁああっ!・・・はぁっ、はぁっ」
数刻後。お馴染みとなった悪夢に襲われ、叫び声を上げて目を覚ます。
もう嫌だ!こんなに苦しいのに!どうしてっ!
私にどうしろって言うの!?
「おねぇちゃん!どうしたの!?」
私の叫び声が結構響いたのだろうか。
隣の部屋に居たリンが、寝ていた部屋に駆け込んできた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「わ、汗びっしょり。ねぇ、おねぇちゃん。怖い夢でも見たの?」
横たわる私の枕元で膝をついて、昔、母さんがあやしてくれたように・・・。
「もう大丈夫だよー。私がいるからねー」
リンは私の頭を優しく撫でてくれる。
二回、三回と撫でられている内に、私は色んな感情がごちゃ混ぜになって、涙腺が崩壊してしまった。
「う・・・うあっ・・・リンっ!うわぁぁぁあん!」
「よーし、よーし。おねぇちゃんは良い子だよー」
身体がだるくて十分に起き上がれない私は、リンの膝元に転がるように抱きついた。
リンはその小さな体で私を受け止め、あやし続けてくれる。
堰き止めていたものが決壊してしまった私は、言葉を口からぼろぼろと零してしまう。
「うっ・・・うぁっ・・・私がっ」
泣きながら、嗚咽混じりの声で。
「どうしたのー?どこか痛いのー?」
「私がっ・・・殺したから・・・父さんと、母さんが・・・死んだんじゃないかって!」
「え?」
「罰が・・・当たったんだって・・・そう思ったら、自分が嫌で!怖くなって!しんどくて!」
腹の底に貯めていた思いをぶちまけてしまう。
「私のせいでっ!父さんと母さんがっ!死ん・・・」
「違うっ!!」
リンは大声で叫び、私の言葉を遮った。
遮られた私は、考えていたこと、思っていたことが、頭からすべて吹き飛んでしまい、一瞬ぽかんとした顔を晒してしまう。
そんな私を、リンが頭からガバッと抱え込み、そして言ったのだ。
今度は、ゆっくりと、はっきりと、優しい声で。
「おねぇちゃん。違うよ」
私の肩を掴み、抱え込んでいた私を少し引き離して、目線をしっかり合わせようとするリン。
私は、視界が涙でぐしゃぐしゃになっていたが、じっとリンに見据えられているのがわかった。
「おねぇちゃん。私との約束、覚えてる?」
「約・・・束・・・?」
「私が困ったときは必ずお姉ちゃんが助けにくる、って。おねぇちゃんが言ったんだよ」
・・・・・・。
ああ、思い出した。
あれは半年前。私がオルカーテに旅立つとき。
泣いていたリンに、笑顔で見送ってもらおうと言った言葉。
「おねぇちゃんは、私を助けに来てくれた。私との約束を守ってくれたんだよ!」
そうか・・・。
私は、約束を守れたのか。
罪の意識を溜め込んでいた。無自覚に。それは胸の奥に絡みつくように。
取り除く術を知らない私の心は、ずっと沈み続けていたのだ。底なしの深い海へと。
その沈みゆく心が、この瞬間ふわっと浮き上がった。
「おねぇちゃんが街に行っちゃった後にね、父さんと母さんも、同じ約束してくれたんだから。父さんと母さんも、私の事、助けにきてくれるって。守ってくれるって。私が今、生きているのは、父さんと母さんと、おねぇちゃんのお陰なのっ!家族みんなのお陰なのっ!」
私、一人で背負い込もうとしていた。
そうしなきゃ駄目だって・・・。
でも、そうじゃない。
父さん、母さん、リン。家族みんなで背負うよ、とリンは言ってくれているのだ。
『私が何とかする』ということと、『だれにも頼らない』ということは違う。
私は、リンに、頼ってよかったんだ。これからも頼っていいんだ。
「だから、ありがとう、おねぇちゃん。約束を守ってくれて・・・」
私の心に嵌められていた重り付きの枷のようなもの。
その枷が外れた気がした。
そう、私は救われたのだ。
リンの感謝の言葉に。
「今度は私の番だからね。おねぇちゃんが困ったときは必ず私が助ける。約束するよ」
「・・・リン」
手の甲で目元を一度だけ、ぐいっと拭った。
拭いきれない涙をそのままに、私はリンを見据えて告げる。
「私もね、約束する。何があっても、リンを守るよ」
嗚咽混じりの声になってしまった。でも、一語ずつ、はっきりと伝えた。
リンはそのたびに大きく頷いてくれたのだった。
「あ、そうだ・・・。私が弱音吐いて泣いちゃったこと、恥ずかしいから、ダフやワッツさんには内緒にしておいてね・・・」
「え・・・。それは、約束できない、かな?」
「ふぇっ!?ちょ、ちょっとぉ!今って、『うん、約束するよ』って言ってくれる流れだったよね!?」
「ふ・・・ふふふ。あははっ」
「ふふ。あはははっ」
二人で、ひとしきり笑い合った後。私は安静にすべく、また寝床で横になり、目を閉じて眠りに就く。
深く、深く。外部との感覚、その一切を遮断して、無防備となって。
そうして、事件以来ようやく熟睡することができた私が、悪夢を見ることはもう無かった。




