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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り13


翌朝。

昨日からの雨は止み、空を一面覆っていた雲に切れ間が現れていた。これから天気は上向いていきそう。そんな朝だった。


起床した私、リン、ダフの3人は、斎場の一室で揃って朝食を取っていた。朝食はワッツさんが用意してくれたものだ。

ちょうど私が食べ終えたタイミングだっただろうか。来訪者がやって来て、斎場の出入口で応対したワッツさんが私を呼んだ。

来訪者は先生とダルセンさんだった。


「エルナ。俺達はこれから国境砦に行ってくる。次にこの村に来るのは10日後だ。色々大変だろうが、身の振り方を決めておいてくれ」

「・・・はい、先生」


出入口で迎え出ると、挨拶も前置きも無く、いきなり本題から入られた。


先生とダルセンさんは、仕事で国境砦に行く。これは予定通りのものである。

予定に狂いが生じたのは私の方。里帰りしたら、両親の死と直面することになってしまったからだ。

10日後、私は先生達と共にオルカーテに戻る予定だったが、予定を固めるためには『ある決断』をしなければいけなかった。


すなわち、

『残された家族であるリンと、これからどうやって生きていくのか』

ということだ。


それによって、一旦村に残るとか、リンも一緒にオルカーテに連れて行くとか。要するに、今後の生き方の選択次第で、直近のスケジュールは簡単に左右されてしまうわけである。


「それと、斎場の裏手でお前が出くわした2人組の男達だが・・・。とどめを刺したのは俺とダルセンだ。いいな」


相変わらず先生の言葉に説明は無い。けれど、私のために動いてくれているのはわかる。

恐らくは、私が人をあやめた、という意識を薄めようとしてくれているのではなかろうか、というのが一夜明けて出した結論だった。

なので、私は素直にこくりと頷いておいた。


「あと、これな。一応拾っておいた」


あ・・・。

昨日の騒ぎの最中に紛失してしまったマチクの筒だ。

これで賊の1人を撃って・・・。

で、その後もう1人に襲われたときに落として回収できなかったのだ。


「ありがとうございます」

「おう」


差し出された筒を私が受け取ると、先生は「じゃあな。行ってくるぜ」と言って、ダルセンさんと共に村の東門の方へ歩き出した。

筒の用途については何も聞かれなかった。


はぁ・・・。色々、気を遣ってもらった気がするなぁ。

もしかしたら先生は、私が魔法を使ったことを気付いているのかも・・・。


先生から掛けてもらった言葉は、最小限のものだったと思う。でもそれで良かった。

前日に両親を亡くしたばかりの私。今は多くの言葉よりも時間が欲しい。

実際、まだ先の事を考える余裕など全然ないのだから。


先生達の背中を見送った私は、ぽっかりと穴が空いたような心に、朝の秋風が冷たく通り過ぎてゆくのを感じた。


「エルナ。そろそろ支度をしなさい」


どれくらい斎場の出入口で立ち尽くしていただろうか。

背後からワッツさんに声を掛けられ、意識が現在に引き戻されてハッとなる。


「は、はいっ」


そうだ。この後、亡くなった父さん達の埋葬があるんだった。

リンの側に居てあげなきゃ。


支度と言っても、身嗜みだしなみや服装を整えるくらいである。

喪服などを着るという慣習はないので、着用するのは普段着だ。だから、別に着替えを手伝うわけではない。

とはいえ、今はリンの側に常に居てあげることが、姉である自分の役目だと強く思っていた。

賊に追い掛けられたり、父さんと母さんを亡くしたり、と。昨日あれだけショックな出来事が続いたのだから。きっとまだ心細い思いをしているに違いない。


「リン。ごめんごめん。冒険者さんを見送っていたの。支度できてる?」

「おねぇちゃん・・・?うん、大丈夫だよ」


ところが、だ。

昨夜、寝付くまでずっと泣いていたリンは、今朝はすっかり落ち着いていた。

少なくとも私にはそう見えた。


ひとまず精神的に不安定だった状態からは脱したみたいだけど・・・。

でも一時的かもしれないし、しばらくは注意深く見守っていこう。

私がリンを守るんだ!


そうこうしている内に村の大人達が葬儀の手伝いにやってきた。

遺体袋に包まれた父さん達の遺体が斎場から運び出され、荷車に乗せられていく。

村で人が亡くなったら、斎場で葬儀を行う場合もあるが、今回は遺体の損傷が激しかったこともあり、葬儀は行わずすぐに埋葬する運びとなっていた。

埋葬に関して、私、リン、ダフの三人が手伝えることは少ない。

村の大人達がほとんどやってくれるからだ。

荷車に乗せられた遺体は、これから村を出て少し西にある村の共同墓地まで運ばれることになっているが、私達はそれに付いて行くだけである。


さらにしばらくして。

参列する村人がある程度集まったので、皆で移動を開始することとなった。


広場から村の外周へ向かって、水溜まりを避けながらぞろぞろと歩く村の衆と私達。

村の外に出るため南門を通ろうとすると、門の前で門番をしているミッテンさんを見掛けた。

後から聞いた話だが、昨日の騒動のとき、南門に居たミッテンさんは東門まで様子を見に行っていたそうだ。その後南門に戻ったのかどうかはわからないが、夕方、同じ門番で上役のナスタさんが遺体となって村に運び込まれた時は、また東門に居たらしい。立ち会ったミッテンさんは、号泣してうずくまってしまい、そのまましばらく立ち上がれなかったというのだ。

だが、こんな時だからこそ門番の役目を果たさなければならない、と奮起して、この南門に戻って昨日の夜遅くまで、涙を流しながら門番をしていたという。


そのミッテンさんだが、一夜明けた今日は兵士さんと何やら立ち話をしている。

兵士さんの方は、国境砦から派遣されているのだそうな。

村人が襲われ、村内に賊の侵入を許したこともあり、今は警備強化の真っ最中。狩人のような武闘派の村人が交替で見回りとかもしているんだけど、警備のプロである兵士さんに協力してもらえるというのはありがたいことだよね。

この村に今一番必要なのは、外敵に対する防衛力なのだから。


ミッテンさんや兵士さんを横目に、私達は門を出る。

しばらく歩き、小高い丘の上にある共同墓地に到着した。

墓所には既に大きな穴が掘られていた。村の大人達によって今朝掘られたものに違いない。


その墓所を囲む形で埋葬の式は始まり、おごそかに進められていく。

行程はシンプルだ。

大きな穴の底に遺体を一体ずつゆっくりと納めていき、四体全て納まったら土を掛けて埋めてゆく。

墓標として木の杭を立てたら、司祭見習いのワッツさんが死者に対して祈りの言葉を捧げ、皆で数十秒黙祷するのだ。


これでほぼ終わりだが、最後に最も親しい者が今生の別れを告げる意味での儀式があり、後はそれが残っている。

ダフが桶から柄杓ひしゃくで水をすくって、墓標の根本に掛け、死者に別れを告げる。


「安らかに」


続いて、私とリンも同じように墓標の根本に水を掛け、別れを告げる。


「「安らかに」」


これで本当に終わりである。


共同墓地を順番に出ていく村の衆に付いて行き、来た道を通って村まで戻る。南門を通過して村に入ったところで解散だ。

遺族である私達は、家路に着く村の衆に、参列の礼と埋葬を手伝ってもらった礼を言って回った。

スムーズに埋葬を終えられたのは、一重に村の衆のお陰。残された遺族だけでは、絶対に無理だった。


そうしてほぼ全ての村の衆を見送ったところで、最後に声を掛けられた。


「ダフタス、エルナ、リン。少しいいかしら?」


私達に声を掛けてきたのは、村長マーカスさんの第一夫人であるサーチェおばさんだ。


「両親のことは残念だったわね」

「父さんも母さんも、村に尽くすことができて幸せだったと思います」


一番近くに居たダフが応答する。

このやり取りは、遺族に対する労いの言葉と、それに対する遺族の返礼の言葉でワンセットになっている。

私やリンもそうだが、今日は村の衆と何度となくこのやり取りをしている。

こういう決まり文句があるのは、正直助かる。もし無いと、お互いに余計な気遣いが増えてしまう。

心がこもってるとかこもってないとか。決してそういうことではない。

村社会で挨拶は必要不可欠。でも今この場においては最低限で済む方がありがたいのだ。


サーチェおばさんのすぐ後ろには息子のカロンも居て、カロンとも同じようにやり取りを交わす。それを確認したサーチェおばさんは本題に入った。


「ナスタとドナンが賊を抑えてくれて、マーカスが村まで戻ってこられた、と聞いています。お陰で村に警鐘を鳴らすことができました。だからせめて、あなた達にお礼を言わせてね」


サーチェおばさんは私達三人と順番に目を合わせてから、


「ダフタス、エルナ、リン、ありがとう」


そう言って、横のカロンと一緒に、頭を下げた。


サーチェおばさんの話自体は、既に村の人達から聞いて知っていた。

父さん達がマーカスさんに命を繋いだからこそ、マーカスさんはこの村に住む者に危機を伝えることができたのだ、と。


ただ、そのことでマーカスさんの家族から直接お礼を言われてしまって、私はどう返したらいいかわからなかったのだ。少しの間だけ沈黙の時が流れたけれど、程なく二人の頭が上がったので、あまり気まずい空気にならず、内心ほっとする。


そういえば事件当日にカロンから、マーカスさんは怪我をした、って聞いていた。この場に居ないのは、単純にマーカスさんが忙しいせいかもしれなかったが、怪我したことが理由かもしれない。

気になった私は、サーチェおばさんに聞いてみることにした。


「あの・・・村長さんの怪我の具合は、どうなんですか」

「マーカスは、昨夜から意識がありません。今日明日が山場でしょう」

「えっ!?」


驚いた私は二の句が継げなかった。

何か掛ける言葉がないか探してみるも、どうにも見つからず、またしても沈黙の時間を作ってしまう。

ダフとリンも目を大きくしたまま、どうしようといった感じだ。


「三人とも、そんな顔しないで。まだ死ぬと決まったわけではないわ」


そんな私達にサーチェおばさんは穏やかに語り続ける。狼狽していた私達は少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「村に尽くすのが村長の役目。だから、マーカスは村長としての役目を果たした、ということでしょうね」


それは言うほど簡単ではない、と私は理解している。

人の上に立つ者が持つべき責任と取るべき行動。

それがあるからこそ、下の者が付いて行くことができるのだと。


持つべき責任を持ち、取るべき行動を取ったマーカスさんが村長だったことは、この村の住人にとって幸運だったのだろう。

もちろん、私にとっても、だ。


そんな風に考えていたら、なんとなくギルド長のことが頭に浮かんだ。

思えばギルド長もそうだったなぁ、と。

次に会ったら、ちゃんと感謝の言葉を掛けてあげよう。


サーチェおばさんは、黙って聞いている私達に言葉を続ける。


「今はあまり難しいことは考えなくていいの。ただね、ちゃんと食事をして、ちゃんと眠りなさい。時間がたてば、少しずつ元気が戻ってくるからね」


・・・サーチェおばさん、優しいっ!

埋葬を終えて遺族としての務めを果たしたこのタイミング。ちょうど肩の荷が下りたこともあって、少しうるっと来ちゃう。


「マーカスが倒れた今、村長の仕事は私が代理で務めているわ。元々、マーカスに何かあったら、私が仕事を引き継ぐことになっていたの。何かあれば言ってちょうだいね」


最後にそう言ってサーチェおばさんは立ち去っていき、カロンも「じゃあな。元気出せよ」と言い残して後を追う。


両親を失い孤児となった私達がこれから大変なのは当然のこと。

しかし村をまとめる立場のサーチェおばさんは、それ以上に大変なのではなかろうか。


遠ざかるサーチェおばさんの後ろ姿に、私は自然と頭を下げていた。


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