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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り12


この世界は理不尽だ。


ここ最近、ラミアノさんから冒険者時代の体験談を聞く機会が増えた。

その度に私は思った。そう思わされたのだ。


人の命が失われるのはほんの一瞬の出来事。そんな一瞬で、産まれてからずっとつむいできた人生の糸が断ち切られてしまう。

でもそれが命のことわりというものだ。


そのことわりはどんな世界でも変わらないはずなのに。

この世界は、その出来事に遭遇する頻度が高いのだ。

今までも、人生の糸を断ち切ろうとするはさみがいたる所で待ち構え、幾度となく目の前を通っていった。

いつか自分の糸にもはさみれられるのではないかと心にめる一方で、自分だけはそうならないのではないかとバイアスが掛かり、そして実際に我が身に降りかかってようやく理解できた。


この世界は、本当に、理不尽だ。







「・・・父さん。・・・母さん」


斎場の一室。暗い部屋の中。

数本の蝋燭ろうそくの灯によって、壁に写し出された私とリンの影が、ゆらゆらと揺れる。

ドナン父さんとトーナ母さんの亡骸なきがらを前にして、私は静かに泣いていた。

私の懐に顔をうずめているリンを抱きしめ、頭を撫で続ける。さっきまでわんわん泣いていたリンだが、今はようやく落ち着ついてきた。


私とリンから少し離れた位置に、幼馴染のダフがいる。

ダフも泣いていた。別の二体の遺体の前で、膝をついて。

服の袖で何度も擦ったダフの目元は真っ赤になっていた。


時はよいの口。

外は昼過ぎから降り出した雨が、今もしとしとと降り続いて・・・。

でもその雨音のお陰で、部屋の中は静寂に包まれずにいられた。


私の父さんと母さんは、夕刻の頃、遺体袋に包まれてこの斎場に運び込まれた。

運んできたのは村の狩人達。彼らは、遺体の発見現場となった山中から、雨の中回収してきてくれたのだ。


なぜこうなってしまったのか。

今日は村の山菜採りの日だった。村人総出で山に入り、山菜採りをしていたその最中に、村人が賊に襲われる、という事件が発生した。

そして、襲われた村人の中に、父さんと母さんが含まれていたのだ。


今回の事件で亡くなった村人は4人。

ドナン父さん、トーナ母さん。そして、ナスタさん、エーダおばさん。

つまり、私の両親と、ダフの両親だった。


襲われた現場から村まで逃げ延びた村人も3人いた。

大怪我をしながらも村の東門に辿り着いたマーカスさん。

賊に追われ、斎場の裏手にある崖から滑り落りて村に戻ってきたダフとリン。

彼らから聞いた話を繋ぎ合わせた村の衆は、腕っぷしの強い狩人達に集合を掛けて、現場へと応援に向かわせた。


・・・と、この辺りまでが、事件当日に私が把握できた経緯だ。

ここから先は、後日、かなりオブラートに包んだ形で聞いた話になる。


賊と村人が争った現場は、凄惨せいさんであったらしい。

母さんとエーダおばさんは、一太刀で斬られており、逃げる間も無かったようだ。

一方で、父さん、ナスタさんは相当抵抗をしたらしく、二人とも、傷だらけの体に小剣が二本ずつ刺さった状態で死んでいたそうだ。

そして、『相当抵抗した』という証拠が現場の周囲にもしっかり残されていたと言うべきか。賊も5人死んでいた。

ドナン父さん、ナスタさんの2人で賊5人を返り討ちにしたのは、ほぼ間違いない。頭が変形するほど石で殴られていた賊の死体もあって、現場に行った狩人達が一目見て、同じ狩人の父さんがやったものだとわかったそうだ。


現場に行った村人らは、周囲に生存者が居ないことを確認した後、村の仲間の遺体だけでも運び出そうかと考えたのだが。

その矢先のこと。村とは逆の方向からリズニア兵の部隊が現れて、現場は一時騒然となってしまう。

リズニア兵の部隊は、賊を追いかけるために国境砦からやって来た。

村側は、襲ってきた賊に応戦するためこの現場に集まった。

それをお互いが説明し合い、状況が整理されて混乱が収まると、現場の賊の死体は部隊が回収し、村人の遺体は村側に引き渡されることで双方話がまとまった。


この話し合いの流れで、村側は部隊の意向に従う意思を示し、部隊も村側から反感を招くことは本意ではなかったので、その場で双方による簡単な情報交換が行われた。

部隊が追っていた賊の人数は、多くて10人ともくされており、現場に残された死体が5体だったことから、現場から離れた賊も数名いると推測されていた。そこに村側から、村に侵入した賊を村内で討伐したことが追加情報として部隊に伝わった。


部隊は、村にある賊の死体も回収する方針を示す。

すぐに隊が再編成され、ここの現場を処理して国境砦に戻る部隊と、村まで戻る村人らに同行する部隊に分けられた。

可能なら、まだいるであろう賊の生き残りの追跡にも部隊を割きたかっただろうが、ちょうど雨が降り出してきたため追跡は断念。日を改めることにしたようだった。


一方で村側としても、部隊のそうした思惑は歓迎するところとなる。

村人が襲撃され、一時は村内に侵入までされてしまった。当面は警備を強化せねばならない。

そういった状況下で、少なくとも今日は、領軍の兵士が村に来てくれるのだ。住民の不安が高まっている今、これはありがたかった。

さらに、賊が討伐されるまで駐留してもらえないかと協力を願い出ると、『上の者に掛け合う』と返事がもらえたのだった。


かくして。

降り出した雨の中、応援に出ていた村の者達は、再編成されたリズニア兵の一部隊と共に第七ホラス村に戻ってきた。


先述の通り、こういった経緯を私が知るのは後日になるのだが。

ともかく、到着したリズニア兵の部隊が真っ先に取った行動。それは、村に侵入して討伐された賊2人の回収。そして当事者からの聞き取りだった。


聞き取りは、斎場の一室で行われた。

対象となる当事者は次の4人。

賊を討伐した先生とダルセンさん。

賊から村まで逃げてきたダフとリン。


私はというと、その場に出くわしただけ、ということで、聞き取りの最中はダフとリンの付き添いをしていた。先生の勧めで、私が賊の片方を殺したという事実を、先生とダルセンさんに肩代わりしてもらうことになったのだ。

それがどういう意味を持つのか。

『聞き取りを受けなくて済む』以外の理由があるのだと何となく気付いているが、ちゃんと説明はされていない。先生から『そうした方がいい』と言われたので、素直に従うことにしたのだった。


そうして、当事者への聞き取りが一通り済んだところで、私とリン、ダフにそれぞれ両親の死が告げられた。

聞き取りの時から覚悟はしていたつもりだった。でも、いざ現実を突きつけられてしまうと、すんなりとは受け入れられず、私の感情はぐちゃぐちゃになった。

この後、自分がどう歩いてどう動いたか、よく思い出せないのだ。かろうじて覚えているのは、泣いているリンを抱き締めていたことくらいか。


遺族の立場となった私達3人は、斎場に運び込まれた両親の遺体と対面してから今に至るまで、ずっと遺体の前で涙に暮れていたのだった。


「・・・三人とも、いいかい?食事を用意したから、こちらの部屋へ来なさい」


遺体が安置されているこの部屋の入口から声を掛けられて、私は回想から今へと立ち返る。

声の主は、斎場の管理者である司祭見習いのワッツさんだ。


斎場には祭事を行う部屋以外にも幾つか部屋がある。

昼間、村の鐘が乱打された非常時には、主に女子供が別の部屋に一時避難していた。その後事態が落ち着いたところで、避難していた村人は皆帰宅していき、先生とダルセンさんも宿『木の葉亭』に戻っていった。

今、建物内に居るのはワッツさんと私達3人だけだ。


「何でもいいから口に入れないと、明日までに倒れてしまうよ」

「・・・はい。リン、ダフ。行こう?」


かすれた声でワッツさんに返事した私は、リンとダフに移動を促す。

遺体はここに一晩安置され、明日になったら村の西にある共同墓地に埋葬されることになっている。埋葬では遺族としての務めがあるのだ。だからワッツさんの言う通り、ここで無気力になってしまうわけにはいかない。


正直、空腹感は無い。というか忘れている。

悲哀の感情が胸のあたりをき止めているせいで、食欲がちっとも沸かないのだ。

リンとダフも同じ感じがする。


私の袖を掴んで寄り掛かるようなリンと、うつむき加減のダフを伴って、三人でよろよろと別室へ移動する。

悲しいだけじゃない。今日一日で色んなことがありすぎて、頭も体も疲労困憊であった。

だがそれは私達だけじゃない。

ワッツさんもそう。この村に住む村人全員、誰もがヘトヘトになっている。皆、命の危機を感じたからだ。


こんな状況だからこそ、私は心に芯を通そうと思った。

手が差し伸べられるまで、じっと待っていては駄目。

必要なのは、差し伸べられたときに動ける準備と心構え。

でもそれをリンとダフに求めるのは酷というものだろう。

私は半年間親元を離れていたが、二人はずっと一緒に暮らしていた両親が、急にいなくなったのだから。

ならば、ここで私がしっかりしなくてどうするのだ。


食事が用意された部屋に入ると、真っ暗な部屋に蝋燭の灯りが一つ。

テーブルの上に一人一皿のスープが乗っていた。

肉とキノコがごろごろ入っている。ただそれだけ。この村では割とメジャーな食事だ。

三人で席に着き、しゃもじのような木のスプーンを使って、皆ゆっくりと食べ始める。

オルカーテの食事より塩味が薄いが、具材から旨味は出ている。この村でずっと慣れ親しんできた味。


だがそれゆえに、この村の夕食、いや、家族との夕食を思い出してしまう。


「すんっ・・・美味しいよぉ」


涙と言葉がこぼれ出た。

スープをずずずとすする。鼻もすんすんと啜る。


「うん・・・。美味しいね」

「そうだな・・・。俺たち生きてるもんな」


リンとダフも呟くように返す。

人間の生存本能だろうか。食べ始めたら、体が空腹だったことを思い出してくれた。

それから私達は食事に集中した。


孤児となってしまった私、リン、ダフの三人。

今後の身の振り方が決まるまでの期間、私達三人を誰がどうするかについては、村の大人達が決めてくれた。

それが、『当面はワッツさんが私達の面倒を見ること』と『斎場の一室で寝泊りすること』である。

住み慣れた我が家で生活できるならそれが一番なのだが、村の周辺に賊の生き残りがいる可能性があったため、大人がそばに居て、寝るときに一ヶ所に固まれる場所がいいだろう、という理由からだ。


食事の後は、その寝泊りする部屋へ移動する。

寝床はゴザの上に毛布を一人ずつ。私とリンと、少し離れてダフ。

そんな位置関係で三人横になったが、疲れているはずなのになかなか寝付けない。

普段なら直ぐに寝られるものなのだが・・・。


暗い部屋の中、ダフも寝苦しそうに三回くらい、ごろんと体の側面を入れ替えている気配がする。

そんなダフは、この村では珍しく兄弟姉妹がいない一人っ子だった。

ダフの家では、ダフより先に二人の子を授かっていたが、いずれも産まれてすぐに亡くなったのだという。この世界ではよくあることだ。


私とリンには互いに姉妹という繋がりが残っているが、ダフは天涯孤独の身となってしまったのだ。


「ダフ・・・眠れないのー?」


寝付けないダフに、やはり寝付けないリンが声を掛ける。

寂しいのは一緒だよ、と言いたいのだろう。

その先を私は代弁する。


「こっちに来なよ。三人で固まって寝よ」


私達三人はリンを真ん中に置いて、川の字になった。


「なんか・・・寝れそう・・・すぅー、すぅー」


何か安心したのだろうか。リンはすぐに寝息を立て始め、私とダフは両側でくすっと頬を緩ませる。その途端、体全体がふわっと脱力し始めた。


リンに・・・釣られたのかな・・・。


ようやく訪れた眠気に誘われて、私とダフもゆっくりと眠りに落ちてゆくのだった。


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