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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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里帰り11


走った先で、ドナンが目にした光景。

それはドナンの、いやドナン達の日常を奪うものだった。


後ろ姿のマーカスとナスタ。その周りを、武器を持った数人の男達が取り囲んでいたのだ。

村長のマーカスを守ろうと、前に出て剣を構えているナスタ。彼の肩は激しい怒りに震えている。


「村長!危ないっ!!」


そう叫ぶナスタの背後の位置から、取り囲んでいた男の一人が小剣でマーカスを斬りつけた。


「ぐおぉあああっ!」


血しぶきが飛び、マーカスが悲鳴を上げる。

反射的に、顔と身体の前で腕を盾にしたマーカスは、両腕をざっくりと斬られてしまったのだ。


そしてドナンは視界に入れてしまった。

争いの現場のその奥で、折り重なるように倒れている2人の女性の姿を。

それは、トーナとエーダ。

倒れたまま動かない2人の周りには、斜面に沿って血痕が伸びていた。

しかも・・・。トーナとエーダの傍に居た男は返り血を浴びており、手にしている小剣は血塗られていた。


村長を斬りつけたこの連中が、トーナとエーダを・・・。

こいつらは賊か!


「トーナァッ!!」


ドナンは叫び、争いの現場へ突進する。

そして勢いそのままに、マーカスに小剣を振るった男の頭めがけて殴りつけた。


ドゴッ!

ズザザザーッ!


背後から突進されて完全に不意を付かれた賊の男は、振り向いた顔面でドナンの拳をもろに受けてしまう。そのまま横に吹っ飛び、受け身を取ることもなく地面を背中で滑っていき、仰向けの姿勢で止まって動かなくなった。

その吹っ飛びざまを見ていた誰しもがわかった。生死の区別はともかく、すぐに起き上がれる状態ではない、と。


ドナン達村人から見ての『賊』。

その正体は、リズニア王国に潜入してきたティータラント帝国の工作員達であるが、ここでは、あえて『賊』と呼ぶとしよう。


その賊側にとって、ドナンの登場は想定外の事態だった。一様に動きを止めてしまったが、混乱からいち早く脱した賊のリーダーは、急いで思考し始める。


最初に村人らしき女2人に見つかり、始末したら後から2人の男がやって来た。しかも1人は武器を持ってやがった。

とはいえ俺達は8人。囲んじまえばこっちのもんだ。こういう場合はまず武器を持ってないやつから始末して頭数を減らすのが常套手段。

そう思って攻撃を仕掛けたら、囲みの外からさらに1人来た。しかも仲間を素手でぶっ飛ばしやがった。

これが今の状況だ。

村人と出くわすことがあるかもしれない、とは思っていた。だがこの状況は・・・。


まったく、次から次へと想定外の事態が起きやがる。どうすりゃいい?

状況は悪化する一方。既に泥沼化しかけている。正直、これ以上嵌まり込む前に撤退したいんだが、ぶっ飛ばされた仲間を放置して逃げることはできねぇ。

捕らわれでもしたら、情報を吐かされる可能性があるからだ。

ならいっそ死体にしちまう方が・・・。いや、所持品からでも情報が漏れるかもしれねぇ。


・・・となれば、やはり全員やっちまうしかねぇか。ちくしょう!


「お前ら、腹括れぇ!この三人も始末するぞ!」

「「「おう!」」」


即座に考えをまとめ、号令を掛けて、仲間を混乱から立ち直らせる。

賊側は一斉に覚悟を決め、村人をこの場で全て排除する道を選んだ。

のされた仲間1人を除く7人で村人側3人を囲み直し、一斉に襲いかかろうとする。


「ダフタス!リン!逃げろ!村まで振り返るな!」


ドナンの後方、少し距離を置いた位置にいたダフタスとリン。ドナンの叫び声を聞くや否や、ダフタスはリンの手を引いて逃げ出した。


ガキ2人だと!?まだいやがったのかよ!


駆けてゆく子供の後ろ姿を見た賊のリーダーは愕然とした。

本日何度目の失望だったであろうか。


「ボーエム、ギーブ!逃げたガキを追えっ!村に行かせるな!」

「おう!」「わかった!」


賊のリーダーは、逃げた子供2人を追いかけるよう仲間に命じた。


戦力の分散が愚策だとわかってはいる。だが、腹を括れと言ったのは俺だ。

この場にいた村人を全て始末する。それができなければ任務は失敗するだろう。


ガキどもの始末に関しては、仲間を信じるしかねぇ。

こっちはこっちで目の前に集中だ。


村人側は、武器持ってるのが1人。素手だが強そうなのが1人。負傷してるのが1人。

こっちは1人戦闘不能だから、実質5対2。まだ数的優位だ。

そういや武器持っている奴は、負傷したのを『村長』って呼んでたな。だとすれば村長の護衛の兵士かもな、こいつ。まったく厄介やっかいだぜ・・・。


仲間が2人抜けた影響で包囲が甘くなっている。まずは、今いる5人でもう一度包囲を整えよう。

そう思った賊のリーダーが、指示を出そうとした。


しかし、そのタイミングで村人側が動いた。


「村長、今だ!走れ!」


ナスタが叫ぶ。それが合図となった。

ナスタ、ドナンが前面に出て村長マーカスを守る隊形を取ると、三人で一斉に村の方向へ走り出した。

目指したのは間隔が広がっていた賊と賊の間。包囲網で隙が生じた箇所だ。


ナスタ、ドナンに挟まれて走る村長マーカスは、直前まで死を覚悟していた。

彼は両腕を深く斬られており、特に左腕は肘から先が上がらない状態になっていたのだ。

だが、ナスタ、ドナンが自分を逃がそうとしていることがわかり、ここで死ぬわけにはいかない、と心を奮い立たせた。


「行かせるなっ!斬れ!」


賊のリーダーが叫ぶが、その声が届くより速く、ナスタとドナンは賊と賊の間に割り込んだ。

村長マーカスから見た二人は、まるで両開きの扉のようだった。

賊を受け止めた二人が左右に分かれ、その間から現れた、村への道筋。


「村長!そのまま村まで行けっ!」


賊を引き受けるから逃げろ、とナスタは言っているのだ。

その言葉の意味がわからない村長マーカスではなかった。

血まみれの左腕を右手で抱え込み、一度は諦めかけた生への執着を新たにして、二人の間を通り抜け、全力で山を駆け下りていく。


何が何でも、村まで逃げるっ!


走る村長マーカスは、負傷した腕の激痛と、身を挺してくれた二人に対する気持ちとで、溢れ出る涙を止められなかった。


ナスタとドナン。二人の考えは一致していた。

この場に留まって、賊を足止めする。この身を犠牲にしても、だ。


そう考えた第一の理由。

村に住む者として、村長の身は最優先。

なんとしても逃がさなければならなかった。


第二の理由。

父親として、子供をこの場から逃がすのは当然。

今2人の賊に追われている最中だろうが、それはもう祈るしかない。

残りの賊をしっかり足止めして、ドナンの娘リン、ナスタの息子ダフタスが無事に逃げ切る可能性を高めるまでだ。


そして、最大の理由。

ドナンの妻トーナ、ナスタの妻エーダ。

まだこの場所に、彼女たちが倒れているから。


もちろんナスタとドナンにはわかっていた。

既にあの出血量。トーナとエーダは助からないだろう、と。

だが仮にそうだとしても、男として、倒れたままの妻を残してこの場から逃げることなどできなかったのだ。


賊のリーダーは、村長マーカスを追う命令を、即座に下すことができなかった。

なぜなら、この場に残った2人の村人、ナスタとドナンが手強かったからだ。

素手だった村人ドナンも両手に石を握り込んで、しぶとく抵抗しやがって、なかなか片を付けることができない。

こいつらをここできっちり仕留めてからでなければ、村長マーカスの追い討ちに戦力を割くわけにもいかなかった。


だが、そうこうしているうちに、逃げた村長マーカスの姿はとうとう視界から消えてしまう。それは、追い掛ける選択肢までもが消滅してしまったことと同義であった。

賊のリーダーは任務の失敗を悟った。

恐らく、仲間もそう思っただろう。


村人、それも村長に逃げられては、この場に長居することはできない。

国境砦からの追手が予想される中、村からも応援が来れば、間違いなく賊側が討伐される羽目になる。

もはや任務失敗はくつがえらない。だから、ここでの戦闘をこれ以上続行する意味がない。

なら、倒れた仲間も放置して逃げてしまえば・・・。


・・・全てから逃げるというのか?この敵国で?


馬鹿を言うな。

これで仮に案内人と合流できたとしても、足取りを掴まれた工作員がどのように遇されるのか。ていよく処分されるのがオチだろう。

いや、それ以前に俺達自身の自尊心プライドが耐えがたいし、許せやしない。


俺達は全力を尽くしたんだ!

目の前の相手も、だ!

お互いが望まぬこの状況は、お互いが役割を全うしようとした結果なのさ。


だからこそ、開き直った。


「・・・お前らにも一緒に付き合ってもらうぜ」


これが宴なら、剣は盃か。

乾杯を交わそうぞ。いざ参らん。


仲間と斬り合い、殴り合いになっているナスタとドナンを見ていた賊のリーダーは、無意識に口角を持ち上げた。そちらへゆっくり歩みながら、鞘からすらりと小剣を抜く。


「地獄の底までなぁっ!」


読んでくださる方、ありがとうございます。

次回の投稿は、少し間が空きます。それほど長くはならない・・・はず。

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