村長の息子カロン1
山から雪が消え、新緑の風が花の香りを運んでくる季節になったある日の朝。
私の家にカロンがやって来た。
父親であるマーカスさんの伝言を預かっていて、「エルナに用があるから昼の鐘が鳴ったら村長の家に来るように」とのことだった。
私は了解とカロンに伝え、カロンは元気に走って戻って行った。
その約束の時間。昼の鐘が鳴り、私はマーカスさんの家を訪ねる。
「村長さん、こんにちは」
「やあ、エルナ。昨日も仕事で来てもらったばかりなのに、またすまないね」
昨日、私は父さんと第四ホラス村へお使いに行ってきた。
いつもの文書配達である。第四ホラス村の村長、ガルナガンテさんにお届けするだけの。
ただ、あの日は配達した後が少し違った。
こちらの文書をお渡しして、受領印をもらったところまではいつも通りだったのだが、ガルナガンテさんは、続けて文書一通と銀貨一枚をこちらに渡してきたのである。
その文書一通の届け先はマーカスさん、銀貨一枚は報酬の先払いとして。
私と父さんは即答で了解し、自分達の村に戻ってマーカスさんにちゃんと文書を手渡した。
中身を詮索しないのが配達のお仕事のルールだ。私と父さんは、仕事の報告を終えるとすぐにマーカスさんの家を後にした。
それが昨日のことだ。
マーカスさんが言葉を続ける。
「君は以前、魔法士様に会って話をしたい、と言っていたね」
「はい」
どきん、と胸が跳ねる。
私は次の言葉を少し期待して身構えた。
「しばらくしたら、この村を通るらしいよ」
「本当ですかっ!?」
思わず右手の拳をぐっと握ってしまった。
魔法が!見られるかも!しれない!
「いつですかっ!」
「はは、まぁ落ち着いて」
「あ、つい・・・」
マーカスさんは両手を小さく挙げて、抑えるような身振りをする。
私は椅子から少し浮いた腰を下し、姿勢を整えた。
「まず、これから話すことは我が国の軍事情報を含んでるんだ。だから、知っていても話せないことがあるよ」
「わ、わかりました」
マーカスさんはこくりと頷き話を続ける。
「恐らく七日後に第四ホラス村だ。確定ではないがね。うちの村はその翌日になると思う」
「滞在されるのでしょうか?」
「わからない。天候や、同行している輸送部隊の状況にもよるだろう。ただ第四ホラス村に滞在されるのは確実だ」
「輸送部隊・・・ですか・・・?」
「うん。人員の人数や構成は、宿屋にしか教えられないからエルナは聞いちゃダメだよ」
マーカスさんが冗談めかして言うので、私はくすりと笑う。
「でも、うちの村を通過するだけになったら、魔法士様とお話する時間なんてないですよね」
「ああ、ないだろうな」
状況次第かー。自分ではこれ以上どうにもできないからもどかしいなー。
「そこで、だ」
ん?
「第四ホラス村で会えるように便宜を計ってもらえないかと、私がガルナガンテに頼んであげよう」
「え?」
「知っての通り、私と違ってガルナガンテは魔力持ちだ。魔法士様と魔力について話そうと思ったら、魔力に造詣があるあいつからの紹介の方がいい」
マーカスさん、少し素が出て『あいつ』って呼んでるけれど、そこはスルーしておこう。
「あの、大変ありがたい申し出なのですが・・・なぜ私のためにそこまでして下さるのでしょうか」
この世界の常識を学んできて、少しはわかる。
この村の村長さんが、別の村の村長さんにお願いする。
その内容が、「うちの村の娘をそっちの村に滞在している魔法士に紹介して、話ができるように取り計らってくれ」だ。
いや・・・ダメでしょ、こんなの。仲介料がいくら発生するのかわかったもんじゃない。
「た、対価はおいくらになるのでしょうか・・・」
それを聞いてマーカスさんは目を丸くして、次に腕を組んで眉を寄せた。
「そうだねぇ・・・。なぜか、という質問については、私が依頼した仕事をいつもこなしてくれているから、たまには君の依頼を聞いて返しておこうかと思ってね」
いや、それは報酬受け取っているから返す必要ないと思うんだけど。
「対価は、という質問については、うん、今思いついた。エルナ、今日一日カロンの勉強相手になってやってくれないか」
「勉強相手、ですか?」
「うん、今さ、二階の部屋でサーチェがカロンに勉強教えているんだけど、そこに行ってカロンと一緒に勉強してきてほしい。それだけでいい」
「えっと、別に構いませんけれど・・・」
普通は教えてもらう方が対価を払う側だから、本当は私がさらに払うべきって話じゃないかな。これじゃあ私は一方的に施されているような・・・。
「それじゃ、さっそくいいかな。部屋へ案内するよ」
私は前を歩くマーカスさんに付いていきながら思いを巡らす。
第一夫人のサーチェおばさんはカロンの実の母親だと聞いている。
前世の知識で、偉い人が自分の子供に英才教育を施すとき、実の親がやると情が入って邪魔になるから教育係は他人に任せることが多い、って聞いたことがあるんだよね。
もしかしてサーチェおばさん、甘い教育になってたりしないかしら。
「さ、着いたよ。この部屋だ」
そう言って、マーカスさんは部屋の扉をノックする。
「失礼するよ。ささ、エルナも入って」
「えっと、失礼します。サーチェおばさん、カロン、こんにちは。お邪魔してます」
「あら、エルナ。こんにちは。どうしたの?」
「え、エルナ!?なんで?」
サーチェおばさんは、私を見てにこりと笑い挨拶してくれた。
カロンはなんか凄く慌ててる。
「エルナには別の用事で来てもらったんだけどね、それは一旦終わったんで、こっちで一緒にカロンの勉強相手になってもらおうかと思ってね」
「勉強相手・・・わかりました」
「え、え?勉強相手って、なんだよ、それ」
マーカスさんの説明に、サーチェおばさんはなぜかすんなりと了承する。
もう少し説明求めるかなと思ったんだけど、いいのかな。
カロンは戸惑ったままだ。
「じゃ、後は任せたよ。サーチェ、エルナ。何かあったら下にいるから呼んでくれ」
そう言ってマーカスさんは部屋から出て行った。
私は視線をサーチェおばさんに移す。
「それじゃあエルナ、カロンの隣に座ってくれる?」
「はい。あ、その前に」
私はサーチェおばさんの正面に向き、右手を胸に当ててお辞儀をした。
「サーチェ先生、よろしくお願いします」
途端にカロンの息を飲む音が聞こえた。
そして・・・
「よろしい。ではエルナ、席につきなさい」
サーチェおばさんの声は、少し弾んでいた。




