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77番目の使徒  作者: ふわむ
第一章
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プロローグ

堀江ほりえ 瑠奈るな。それが私の名前。

中小企業の事務職で働いている普通のOLだ。


職場は、朝は早かったがほとんど残業がなく定時帰りができる、実にホワイトな環境だ。


私が入社したタイミングというはちょうど社内でIT化を進めようとしていた時期で、私は業務を覚えながら同じフロアのおっちゃん達やおばちゃん達にパソコン操作を教えて回っていた。

おっちゃん達やおばちゃん達は優秀な方ばかりで手順が分かるとどんどん使いこなしていったけど、たまに「音が鳴らなくなった」とか「マウスカーソルがどっか行った」とか言って私に尋ねてくるのが面白かった。

みんな優しくて私を可愛がってくれていたと思う。


そんな私も三年目に入りだいぶ仕事を覚えたけど、相変わらずほとんど残業はない。


年度末だけはいつもめちゃめちゃ忙しかったのだが、今年は随分楽になったものだ。

今まで人間が二重チェックしていた工程をボタン一つでチェックできるようにしたり、紙でのやり取りしていた工程をメールに代えたり。要は会社がシステム改善を進めた結果、この一番忙しかった時期に余裕がでてきたのだ。

システム改善すごいなぁ。


今日も仕事を終え、そんなシステム改善を取り入れた偉い人に心の中で感謝しつつ、私は浮かれ気分で家路に就く。


さーて、今日もやりますかー。

帰宅した私はスマホを取り出し、ここ最近ハマっている乙女ゲームを起動する。


『ティナル王国物語』。

剣と魔法が交わる異世界。ティナル王国はそんな異世界にある小国のひとつだ。

ティナル王国は中世ヨーロッパ風の貴族社会で、貴族の多くが魔法を使えるため貴族と平民には身分差がある。

このゲームは、そんなティナル王国を舞台にしたファンタジー恋愛シミュレーションゲームだ。


平民出身の主人公アリスが魔法の才能を見い出され、貴族の子女らが多く集う魔法学園に入学するところから物語は始まる。

11才の春に入学し卒業するまでの三年間に攻略対象の素敵な男子と恋の駆け引きをしたり、その男子を巡ってライバルの悪役令嬢と恋のバトルを繰り広げたりするのだ。


前回は青髪クールなハルターク第二王子を攻略したんだっけ。一週間くらい掛かったけど良かった。実に良かったなぁ。


今日は改めて新規スタートだ。よし、前回途中から狙っていた金髪熱血なカイゼル第一王子を攻略しよう。カイゼル第一王子の攻略ルートは見当がついているし序盤はサクサクと進めようっと。


サクサクサク・・・。

おっと、悪役令嬢であるエステリーナ公爵令嬢視点の選択肢だ。

このゲーム、主人公アリス視点でゲームが進んでいくんだけど、序盤、中盤、終盤にそれぞれ悪役令嬢視点に切り替わる場面があって悪役令嬢としての選択肢が出るんだよね。どれも主人公に対してどんな嫌がらせをするか選択するんだけど、何度かプレイしてみて感じたのは、結局どの選択をしても大差ないっぽいってこと。


中盤の選択肢では、どれを選んでも悪役令嬢自身の好感度が下がるんだけど、選択によって誰から嫌われるのかが変わる。だから主人公が攻略中の男子から嫌われるような選択肢を選べば、相対的に主人公の好感度が上がり攻略の一助になる。とはいえそこまで狙ってやらなくても、ちゃんと攻略はできるようになっていた。


終盤の選択肢はもっと悲惨で、選択によって悪役令嬢の退場の種類が変わる。国外追放されたり、断罪されて処刑されたり。毒殺なんてのもある。

この選択肢が出る場面に至っては、もはや退場する未来が覆ることのない状況になってるからなぁ。


さて、今出ているこの序盤の選択肢は、入学式の前日に主人公と初めて出会う場面だ。

学園に下見に来た悪役令嬢と、日付を間違えて入学式前日に学園に来てしまった主人公。

一目で平民出身と分かる姿の主人公を見つけた悪役令嬢は、彼女に嫌がらせをしてやろうと考える。


どの嫌がらせを選んでも主人公がそれなりに困ることになるんだけど、今回はどんな嫌がらせをしてやろう。ふっふっふっ。


その時の私は、かなり悪い顔をしていたに違いない。

しかし、選択肢を選ぼうとしたその時だった。


ピンポーン。と家のチャイムが鳴った。

おや? 荷物の配達とかあったかな。

はいはい、今行きますよー。


瞬間、胸に痛みが襲う。

玄関へ向かおうと立ち上がった私は、膝から崩れ落ち床に伏すことになる。


え?


・・・私の記憶は、そこで途切れた。






遠くから鳥や獣の鳴き声が山の木霊となって響いてくる。


季節は冬。辺りは雪。そして樹氷が立ち並んでいる。

その樹氷の合間を通る一本の道を、荷物を背負った親子が足元に気を遣いながら一歩一歩進んでいた。


山間やまあいにあるこの道は、村と村を繋ぐ貴重な交通路だ。

親子は朝早く自分達が住む村を出発し近隣の村へ遣いに出ていた。


村から村まで、雪がない季節ならば大人の足で片道二時間くらいだが、雪が積もればさらに一時間余計に掛かる。

天気が荒れた日などは移動がさらに困難になってしまうが、今日は雪が止み風も穏やかで、冬の天気としては貴重な好天だった。


昼頃までに近隣の村で用事を済ませた親子は、朝通った道を戻り自分達が住む村へ帰る途中だった。


時刻は昼を回って三時頃だろうか。さっきまでは少し陽が出ていたが、もう既に山の陰に隠れてしまった。

ここから山の気温は一気に下がる。

すると、陽が出ていたときに少し溶けた積雪の表面が、日陰になった瞬間凍り始めるのだ。

そのとたん歩きにくくなってしまう。


積もった雪を足で押し退けながら歩いていた父親は、肩越しに後方へ声を掛ける。


「付いてきてるかー。村まであと一息だ」


娘は被っていたフードを少しめくりながら顔を上げ、父親の背に向かって応える。


「はぁはぁ、ここまでくればわかるよー。父さんもう少しゆっくりー」


娘の名はエルナ。歳はまだ7つ。背丈は前を歩く父親の腰くらいしかない。だが幼いながらも父親の足で作られたばかりの道をしっかりと歩いていた。


「ふー。村の入り口が見えてきたね」


エルナが歩みを遅らせた父親に追いついたとき、ようやく親子の住む村の門が見えた。


門に近づくと門の横にある小屋の扉が開き、フードを被った男が槍を持って出てきた。


「おう、帰ってきたっすね。ドナンさん、それにエルナ」


男は親子を確認するとフードを取ってにかっと笑う。

親子もつられて目を細め、白い息を吐きながら挨拶を返す。


「ミッテン、門番が門の前にいないでどうするんだ」

「ミッテンさん、戻ったよー」

「この寒さの中、流石に休憩取りながらじゃないと持たないっすよー。大丈夫、ちゃんと監視はしてるっす」


門番の若い男、ミッテンは、誤魔化すように頭をかきながら二人を通し、また小屋へ入っていく。

ドナンとエルナはそれを見てふふっと笑うと、村の中へ歩き始めた。


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