【SSコン:穴】 いつかこの手を
いつも通りの朝が来る。
「舞ー、遅刻するわよ〜」
「はーい」
母に急かされながら家を出て、私は空を見上げた。
「まだ、”穴”の底、か…」
私の街に太陽の光は当たらない。いや、当たりはするけど、それはほんの数時間。
数ヶ月前、この街は地底に沈んだ。
幸いにも穴の境目の建物は一つも倒壊せず、一定の区域内だけが沈んだらしい。
街が沈んでからというもの、私は家を出るたびに「今日こそは元に戻っているのではないか」という期待を抱いているようになった。元の生活を取り戻したい。その願望が実現するのを待ち続けて。
「舞〜!おっはよ〜!」
聴き慣れた声に背中を押された気がした。
「うわっとと…。もぅ〜やめてよ理恵〜」
「えっへへ…ゴメンゴメン」
振り返ればやはり、幼馴染の二宮理恵がそこにいた。小さい時からあっけらかんとしたマイペースな性格で、常に笑顔を絶やさない。
「おはよう。今日もアンタはニコニコ平常運転ね。」
「そういう舞は今日も生気ゼロなんだねぇ〜」
「ハァ…今日も街は地上に戻っていないのよ?誰だって憂鬱な気分になるじゃない。」
「そうかなぁ〜、私は楽しんでるよ?だってこの街の外にいた人は誰も、こんな経験できないんだからさ」
「ハァ…ほんっと、気楽そうね。」
ため息をつかない日が欲しい。地底での生活が始まってから生まれた願望の一つである。に沈んだとはいえ、決して外に出られないわけではない。岩の壁面に設置されたエレベーターを使って地上に上がることはできるし、照明も大量に設置されているおかげで、昼夜の感覚は保たれている。でもやっぱり、太陽が恋しくなるのは必然だろう。
「舞はもっと今をポジティブに捉えなきゃ。おひさまの光を待ち焦がれ続けるだけじゃ、何にも変わんないよ〜?ほらほら、もっと笑って!ムギュ〜」
「ん〜!いはいっへはぁ(痛いってばぁ)」
「だってこうでもしないと舞笑ってくれないんだもん」
「フゥ…もうちょっとマシな方法ないの…?まぁでも、今ので少しは気が晴れたかも。ありがとね。」
「な〜に!礼には及ばないさ!」
街が沈んでしまった原因は依然不明のまま。それでもまぁ、いつ来るかわからない未来より今を楽しんでみようと、少しは前向きな気持ちになれた…のかな?
「ほ〜れ舞〜!バスきたよ〜!置いてかれてまうぞ〜!」
「わわっ!ちょっと待って〜!」
日の下に戻りたい。願望は変わらない。たとえ叶わない希望だとしても、私は希望を持ち続ける。穴の外に見える青空に向かって、手を仰いでみた。