異国の王子と小人さん むっつめ
兵の規模を書き間違えていました。すみません。
アルカディアでは、一個師団五千人。一師団千人です。
マサハドが連れてきたのは七百人くらいなのですが、王族の護衛なので師団と呼んでいます。一国、数十万ていどの人口ですから、このように設定しておりました。各領地に数千の戦力な形で。.....なのに間違える。尻尾を丸めるワニがいまふ。
「はーい、はい。さっき届いた報告ね」
会議室に揃った面々は、ロメールの手にしている書面を一斉に凝視する。
そこには国王陛下とロメール、ハロルド王宮騎士団長と、キャメロ近衛騎士団長。暗部の総括に、小人さん。
そして何故かドナウティルの王子二人もいた。
「何故、我々まで?」
疑問顔のマサハド王子に、ロメールはいたく不憫そうな眼差しを向ける。
「あ~。お気の毒というか、たぶん謀られたのでしょうが。貴殿方はフロンティアから出ない方が宜しいかと。なので説明のために同席していただきます」
怪訝そうなマサハド王子。
しかし、ロメールの説明で、その顔はみるみる凍りついていった。
なんと昨日、ドナウティル国王が亡くなったというのだ。
落馬事故だったらしい。
結果、現王太子の即位が決まった。
病床にあれど、れっきとした王太子だ。さらには既に妃もおり、男三人、女一人の子供らもいる。
王太子本人に不安はあれど、系嗣永は磐石だった。
これにより、数日後に葬儀を兼ねた戴冠式が行われ、第一王子が王となる。
愕然と話を聞いていたマサハド王子の口から、絶望的な呟きがまろびた。
「あ..... それでは」
「そう、貴殿方の命はない。そういう国でしたよね? ドナウティルは」
気の毒そうなロメールの顔で、小人さんは過去のオスマントルコの世襲を思い出す。
たしか王が決まると、その兄弟は全て処刑されるのだ。王統は常に一人。分家や、近しい血筋は残さず、妊娠中の胎児まで完全に抹殺される。
許されるのは、同腹の兄妹のみ。それも、悉く臣下に落とされるはずだ。
つまり.....
「王太子と同腹でない貴殿方は処刑される。そうですね?」
真っ青な顔を微かに俯かせ、小さく頷いたマサハド王子。
これを避けるために、病床の兄を蹴落として王位につこうと、彼は狙っていたのだ。
「間に合わなかった.....」
頭を抱えて頽おれる兄の肩をマーロウが抱き締める。
「仕方ありません、兄上。こうして遠方にあったが幸い。二人で追っ手から逃げましょう」
ドナウティルからフロンティアまでは、馬で一ヶ月の距離である。すぐに行動を起こせば、追っ手から逃げ延びる事も可能だろう。
しかし、ソレを躊躇わせる話をロメールが始めた。
「それなんだけどね。地下に収監した連中を締め上げたところ、どうやら王の落馬事故は、第一妃の謀のようなんだ。そしてマサハド王子の護衛についた師団は、その息のかかった者達らしい」
ばっとマサハド王子が顔を上げる。
「.....父上が殺された?」
神妙な面持ちで頷くロメール。
「っっ! 馬鹿なっ! それでは簒奪ではないかっ!! 許されぬぞっ?!」
わなわなと震える両手に眼を落とし、マサハド王子はマーロウに視線を振った。
一回りも歳の違う弟。第二王子は、この小さな弟を絶対に守りたかった。
くしゃりと顔を歪めて、彼はマーロウの頭を撫でる。
「弟を御願いしても良いだろうか?」
「貴殿は? 如何なさるおつもりか?」
ぐっと拳を握り締め、マサハド王子は炯眼に瞳を輝かせた。
揺らめく焔は昏く、醸された冷たい覇気が室内に漂う。
真実を知ったからには逃げる訳にはいかない。
「父親殺しを見逃す訳にはまいりません。何としても証拠を掴み、兄を玉座から引き摺り下ろします」
「しかし、お連れになった兵の殆どは妃の手の者でしたよ?
駐屯していた兵士達の半数以上は逃げ出した後でしたし」
どうやら、マーロウ拐取の実行部隊二百人と逃走準備をする兵士らに別れていたようで、騎士団が離宮に踏み込んだ時、離宮は既にもぬけの殻だったのだとか。
失敗したら、そのように計画されていたのだろう。
残されていた十数人はマサハド王子の腹心で、ガッチリ縛り上げられ、離宮に転がされていたらしい。
さらにマサハド王子は資金を持たない。力をつけるにも、反旗を翻すにも、何もかも足りない状況だ。
このまま時間がたてば、事故の真相も風化し、全てが手遅れとなるかもしれない。
その自覚はマサハド王子にもある。だが、他に手だてもないのだ。
誰もが口をつぐむ中、暢気な声が衆目を集めた。
「なら、うちの子らで突撃しようよ。どうせロメールの事だもの。証拠を掴んでんでしょ?」
ニヤリと眼を細めたのは小人さん。
それに軽く嘆息し、ロメールは侍従に指示し、大きな水鏡を持ち出した。
なだらかな鏡面にあたる部分は水面な鏡。そこに映るのは浅黒い肌に偽装した暗部の間者である。
「証拠は手に入れた?」
『ここに』
間者が持ち上げたのは小さな皮袋。中には赤黒い丸薬が入っていて、それを分析した結果、強力な筋弛緩剤である事が判明したらしい。
『これを第一妃が王の薬とすり替えたのを侍従が見ておりました。まだ妃は、この薬を所持しております。.....万一、処分されても、再びコレを潜ませておきます』
「その侍従は?」
『確保済みです。王の事故から、感づいたところを妃の手の者に襲われかかりましたので』
最初は分からなかった侍従だが、王の事故で薬のすり替えに気が付いた。
彼は慌てて上に話を持っていったのだが、その相手が妃と繋がっていたため、危うく消されるところだったらしい。
「上等。証人、証拠、どちらも揃っている。後は役者だけだね。これを行うために、貴殿を遠ざけたのだろうし」
ふわりと微笑むロメール。しかし、その瞳には為政者特有の残忍で狡猾な光が浮かんでいた。
ぶっちゃけ、証拠や証人など捏造し放題な時代だ。それを敢えてキチンと揃えたのは、マサハド王子の行動に正統性を持たせるため。
計画の邪魔をされまいと、第一妃は弟を慕うマサハド王子につけこみ、親善特使をやらせたが、逆にソレが幸いする。
事件当時、マサハド王子はドナウティルにいなかったのだから。
兵士らと共にフロンティアを訪れ、王宮に滞在していた。夜会にも参加していた。
これ以上ないアリバイだ。
手の者にやらすにしても、現場にいなかったのは強みである。
「でも、よく兵士らから言質を取れたね」
不思議顔な小人さん。
仮にも王家に忠誠を誓う兵士達だ。王位を狙う第二王子すらをも逆賊と罵った彼等から、よくぞ黒幕が第一妃だと聞き出せたものである。
小人さんの言葉に、ロメールの眼が、うっそりと弧を描いた。
「人間、何につけ限界はあるモノさ。五寸刻みを繰り返したりとかね。あ、大丈夫、ちゃんと治癒しておいたから」
笑顔で宣う王弟殿下、
その綺麗な笑顔に、思わずブルリと背筋を震わす小人さん。
何処が大丈夫やの。それって、治癒しては繰り返し刻んだって事でしょ? 怖っ!
切り刻まれる修羅場を、繰り返し見ていた仲間らも、すぐに心折れた事だろう。
話の意味を察した人々は顔を青ざめさせ、察せれないマサハドとマーロウは、ただただロメールと小人さんを交互に見つめていた。
「事は時間との勝負だにょっ! 急ぐよっ!!」
ばっと踵を返し、小人さんはドレスの裾を翻してマーロウを引っ張った。
オマケのようについてくるマサハド王子。
「ちょっ? どういう?」
「道すがら話すから。とりあえず、急ぐにょっ!」
ポチ子さんに手紙を持たせて伯爵家に飛ばし、小人さんはマーロウに蛇を出すよう頼んだ。
出された蛇の鎌首に乗っかり、そのまま騎士団まで運んでくれるようマーロウに言う。
マーロウとマサハドも蛇に乗り、馬ほどの速さで王宮を駆け抜けていった。
「魔法とは、こんな使い方も出来るのだな」
自身の魔法を操りつつ、眼を見開いて感動するマーロウ。
「魔法はイメージだにょ。強い思いが具現化されるの。マーロウは良い魔術師になるにょ♪」
周囲に結界を張り、風の抵抗を殺しつつ、小人さんは楽しそうにマーロウを振り返った。
その柔らかい笑顔を見て、マーロウの目元に朱が走る。
立て続けの色々に翻弄されていたマサハドだが、弟の微笑ましい仕種は見逃さない。
これはこれは。事が済み、私が王位についたら、フロンティアに婚姻の申し入れが必要かも知れぬな。
千早に負けない兄馬鹿なマサハド。
弟の仄かな恋心を察した彼だが、その思惑を木っ端微塵にされる未来が用意されているなど分かりようもない。
ふふっとほくそ笑むマサハドを連れて、三人は騎士団に到着し、小人さんは何時ものメンバーを頼んだ。
「準備出来しだいに出発してね。たぶん、アタシ達のが先に着くと思うけど、後続もありったけ宜しくっ!!」
「は? え? 待ってください、これってまるで戦争のようではないですかっ?!」
小人さんから指示されたのは一個師団。
アルカディアの軍隊は、一部隊百人。一大隊五百人。。
人口百数十万のフロンティアでも、滅多に出さない数である。
遡っても数百年前。近いところではカストラートでの戦い。四部隊で追いかけた、アレが最後だった。
一個師団とは王都に常駐する騎士や兵士、ほぼ全てを集めた人数である。
「使うかは分からないけど、居るなら居るだけで威嚇になるしね。全速力で頼むにょ、必要経費はアタシに回してね」
そう言い残し、小人さんは伯爵家に向かう。
マサハドとマーロウは離宮に残してきた臣下を確認してから合流する事にした。
「なるべく早くね。用意して待ってるから」
頷く二人を見送り、小人さんは戻ってきたポチ子さんに掴まって家を目指す。
んっもーっ、ホント落ち着かないったらっ!!
ブチブチ文句を言いつつ、ブラブラする幼女。
月を背景にした、そのシルエットを呆然と眺め、マサハドは全身が粟立った。
魔法や人に従う魔物、そのどれもが未知のモノである。
辺境に近いドナウティルは、多くの魔物に襲われる国でもあった。
さすがに王都にまでは来ないが、ドナウティル国境端の街や村からは、毎年多くの被害報告が寄せられている。
それを操り従わせる幼女。
マサハド王子の衝撃を余所に話は進み、小人さんらが出発した後、王宮にギルマスが駆け込んでくるのは余談である。
それにより、ロメールが早馬をたてるのも御愛嬌。
こうして小人さんは、なし崩し的に新たな巡礼へと旅立った。
本人に自覚のないまま始まった巡礼の旅に、一人、事態を憂えるレギオンが、辺境の森で月を見上げている。
 




