異国の王子と小人さん よっつめ
急に寒くなりましたねぇ。暖かいお座布団買っといて良かった。ぬくぬくなワニが通ります♪
「うおおおおぉぉっ?!」
立ち上る火柱。
「キープっ! そのまま、ゆっくり誘導して?」
仰け反るマーロウを小人さんが叱責する。
はっとした王子は、燃え盛る三メートルほどの焔を固定し、ずるっと動かした。
ずるずると動く焔。その熱さに顔をしかめ、小人さんは指でつうっと焔を裂く。
「このまま維持して? もっかいやるよ?」
さらに四等分に裂き、細い焔が蛇のように周囲をのたうち回った。
「この感覚を忘れないで? これがマーロウの基本形だよ」
四本の燃え盛る蛇。それを各々自在に動かせる。これが彼の特徴であり、利点だ。
あとは安全性。
「焔の周りを囲むように魔力を。安全装置だよ。攻撃に転ずる時は外せるように、薄くね」
言われてマーロウの額に汗が浮かぶ。外界と切り離すように薄い魔力の膜を焔に張った。
それを確認して、小人さんは焔の蛇に触れる。
「ヒーロっ?!」
ぎょっと眼を見張る千早の前で、小人さんは焔の蛇の頭を撫でた。
仄かに温かいそれは、上手く魔力コーティングがされている。
「魔力操作もピカイチだね。良い魔法だにょ」
ほにゃりと笑う小人さんに、マーロウは驚嘆の眼差しを隠せない。
「これが、俺の魔法..... やった。やったぁぁぁっ!!」
両手を天に掲げて絶叫する王子。御学友の二人も魔力を溜めて、それなりの魔法が使えるようになっていた。
「本来、魔力操作が一番難しいんだけどねぇ。それが完全に出来てるもの。あとは簡単よね」
クスクス笑う小人さんに、ドナウティルの三人は言葉もない。
これが魔法.....
マーロウは焔。残る二人は水と土。
それぞれに特化した魔術を学び、三人はメキメキと力をつけていった。
魔術に自信がついた事で拍車がかかり、初級だったクラスは全て中級、モノによっては上級となった彼等は、僅かな時間を破竹の勢いで駆け抜ける。
双子と一緒に奮闘する三人が、各々形になったころ。
ドナウティルから親善大使が訪のうた。
「初めまして。ドナウティル王が次子、マサハド・ド・カレリィーシャです」
「遠路遥々ようこそ。旅の疲れもありましょう。宮を御用意いたしました。ごゆるりと」
やってきたのは第二王子。御付きの者らを十数人。護衛兵士が一部隊。
その人数に対応するため、フロンティアは離宮を用意し、親善大使らを歓待した。
「弟は何処でしょう?」
問うマサハド王子にロメールが答える。
「マーロウ殿下は学院でございます。王都から一刻ほど離れておりますゆえ、今は馬車に揺られているところでしょう」
人好きするロメールの笑顔に鷹揚に頷き、マサハド王子達は用意された離宮に向かう。
それを見送り、国王陛下は細い溜め息を吐いた。
「兄君直々に来られるとは。やはり連れ帰るおつもりなのだろうな」
「たぶん」
王宮に届いている情報によれば、王太子である第一王子が病床にあるという。
あまり容態は芳しくなく、万一を危惧した第二王子派が、密かに暗躍し出したとの事だった。
これを受けて、第一王子派も動き出す。
目下は、第二王子の同腹の弟であるマーロウの確保。
どちらも、第二王子の可愛がる弟を手中にせんと動いていた。
第二王子派はマサハドの安寧のため。第一王子派は逆にマサハドを牽制するため。
自国にあれば、第一王子の要求が無条件に通る。マーロウを奪われれば、マサハドは動けなくなってしまう。
だから、留学中の今、マサハド側はマーロウを隠してしまおうと考えているのだ。
リアルタイムの情報がフロンティアに届いているとも知らず、いけしゃあしゃあと第二王子が大使として訪れた理由は、それだろう。
「余所様の御家騒動だ。成り行きを見守るだけで良かったのだが..........」
「アレが関わってしまっては。傍観も出来ますまい」
ロメールが胡乱な眼差しで天を仰ぐ。
なーんで、あの子はピンポイントで揉め事の渦中に飛び込んでいるかなぁっ?
この情報をロメールらが手に入れた時、すでに小人さんはマーロウ側で熱心に色々教えていたのだ。
昼食すらも同席して、カトラリーやマナー、所作などの指導を毎日やっていた。
フロンティアの間者は魔法が使える。
水鏡や風送りを使い、ほんの数分でリアルタイムの情報を送ってくるため、ロメールらは、あちらの実情を知っていた。
しかし、ドナウティル側では、一ヶ月のタイムラグが発生する。
なので第二王子達は、一ヶ月前のマーロウの情報しか知らなかった。
「マーロウ様の成績は上がっていないようです。これを理由に連れ帰りましょう」
「帰国のさいに南の離宮へマーロウ様を隔離し、鉄壁の護衛を配します。マサハド様は、何の憂いもなく王宮で兄君と対峙なさいませ」
「うむ。苦労をかけるが、玉座が近いとなれば、動かぬ道理はないからな。頼むぞ、そなたら」
秘めやかに行われる密談。しかし、それが覆される未来を、今の彼等は知らない。
「駄目だっ! 別の誰かに頼めっ!」
「頼める誰かがいたら、頼まねーよっ!! この通りだ、頼む、ヒーロっ!!」
盛大に拒絶する千早の前で、マーロウは拝むように手を合わせた。
その正面には小人さん。
エスコートする同伴者として、明後日の夜会に同行してくれとマーロウは千尋に頼んでいた。
社交界デビューしていない者は夜会に参加出来ない。
しかし、王族は公務の一環として、それに参加する義務を持つ。
洗礼を終えた王族に発生する義務だが、準王族な小人さんには強制されない。
だが、強制されないだけであって、参加資格はあるのだ。
マーロウは、そこに眼をつけた。
「今回来てるのは兄さんなんだ。俺がちゃんとやれていると見せたいんだよ。だから、エスコートから、全部やりたいんだ、習ったとおりにっ!」
デビュー前の未成年だ。同伴者なしに単独で広間に入るのも恥ではない。
うーんと首を傾げ、小人さんは考える。
「毒を食らわば皿までかな。教えたんだし、最後まで付き合おうかにょ♪」
「ヒーロぉっ?!」
驚愕に眼を見張る千早を尻目に、マーロウは喜色満面で瞳を輝かせた。
その頭と背後にピコピコ動く犬耳や尻尾が見えたのは、幻覚だろう。
「俺にドレスを贈らせてくれっ! すこぶるつきなのを用意するよっ!!」
がしっと小人さんの両手を取り、マーロウが嬉しそうに捲し立てる。
「今からじゃ仕立ても間に合わないしね。既製品で良いにょ」
貴族が既製品などは着ないが、小人さんは厭わない。
質の良い土台があれば、リフォームは桜やサーシャが、嬉々としてやってくれるだろう。
反論を捲し立てる千早を宥めながら、小人さんは夜会への参加を決めた。
それが随所に騒ぎを起こすのだが、今の小人さんは知らない。
その夜、色目だけを選び、桜やサーシャが速攻で飾りの制作を始めた。
摘まみ細工の花々や、ちんころや組紐を使った飾り結び。他にも縫い付けるだけの立体刺繍など、眼にも止まらぬ速さで制作していく。
「余分に作っても他で使えるからね。アタシらに任せておきな」
ニヤリと笑う桜の後ろで、ピンセットを使い、チマチマと摘まみ細工に没頭するナーヤが見えたのは気のせいだろうか。
娘の晴れ舞台に全力投球の伯爵家。一人、千早のみが頭をかきむしっていた。
「何で皆、やる気満々なんだょうぅぅっ、ヒーロを止めてよぅっ! お父ちゃーんっ!!」
半べそかきながら二階に上がる千早を見送り、小人さんは小さく肩を竦めた。
一気にお祭り騒ぎになった伯爵家を見渡して、マーロウは呆然と呟く。
「なんか..... 凄いな、おまえん家」
「まあ、お祭り好きなんでね。技術大国キルファンの本気が見られるにょ」
にっと笑う幼女。その言葉の意味を知り、マーロウが絶句するのも御愛嬌。
「キルファンの元皇女殿下ぁ?? じゃ、おまえも皇女じゃないかっ!!」
はくはくと唇を戦慄かせるマーロウ。
それを悪戯気に一瞥し、小人さんは首を横に振った。
「キルファン皇国は滅んだんだよ。今はキルファン王国。アタシらには関係ないよーだ」
詭弁である。
今現在も、キルファンは桜を本家と定めているのだから。
でも、そんなのは関係ない小人さん。
絶句するマーロウと、千早に呼ばれて慌ててやってきたドラゴが、さらに大騒ぎして、今日も賑やかな伯爵家。
阿鼻叫喚の序章は、ジョルジェ伯爵家から始まり、一気にフロンティアを呑み込んでいく。
千早が雄叫びを上げた頃、遠く離れた城下町の冒険者ギルドで、ギルマスが顔を上げたとも知らずに。
妖しげな羊皮紙の古い本が、その手に握られているとも知らずに。
「ヤバいわ、コレ。.....どうしましょう?」
一人、冷や汗を流すギルマスは、事態が勝手に動き始めているのを知らない。
各々勝手に動いているのに、何故か示し合わせたかのように揃っていく大きな流れ。
その流れに運ばれているはずの小人さんは、今日も元気に筏の上で盆踊りを踊っていた♪
えーと、なぜか筏に、櫓と、誤字報告が来ております。小人さんが乗ってるのは筏です。舟ではないです。




