冒険者ギルドと小人さん ~ふたつめ~
お盆商戦と親戚の新盆が重なり、しばし執筆から離れておりました。更新遅くなり、ごめんなさいです:::
「......懐かしいわねぇ」
書類にとめられた蜂蜜色の輝石を見つめ、ギルマスは軽く眼をすがめた。
彼が若い頃に起きた数々の改革。
その全てに関わったとされる幼い王女。
今でこそ王女と知られているが、その頃は男爵令嬢と呼ばれていた。
多くの文化を王都に広め、一世を風靡した小人さん。
甘味や刺繍などは市井を中心に広まり、未だに人気は衰えない。
むしろ新たな発展を見せ、フロンティアの一大産業になりつつある。
その当時を思い返して、ギルマスは感慨深げに眼を閉じた。
ギルドのカウンターに置かれた募金箱。これは貧しい孤児のために据えられたモノである。
街の人々にやれる事は少ない。出来る事と言ったら、こういった募金箱を設置して、集まった善意を届けるくらい。
なのに小人さんは、教会から爪弾きにされ、貧困で喘いでいた孤児院を救い、富を生む手仕事を与えて立て直した。あの手腕は見事なモノだった。
小気味良いくらいに教会をバッサリと切り離し、孤児院の自由を確約し、護衛の蜜蜂まで潜ませていた用意周到さ。
その頃、まだ中堅の冒険者だったギルマスは、あまりの手際の良さに感嘆した。
ズタ袋に入って翔んでいく小人さんを見上げながら、自分も、ああでありたいと憧憬の眼差しを向けたものである。
血の滲むような努力をし、一端の冒険者となり、それが認められてギルマスになって数年。
何年たとうと、あの頃の気持ちは色褪せない。
「チィヒーロ・ラ・ジョルジェね」
書類に書かれた幼女の名前。それが彼の男爵令嬢と同じであり、その家名が件の小人さんの家名である事をギルマスは知っていた。
いや。冒険者ギルドの多くの冒険者が知っていた。
海の森を訪れ、キルファン帝国を傘下に収め、王宮深くに巣くっていた他国の毒虫を蹴散らしたとか、小人さんの武勇伝には事欠かない。
今でも吟遊詩人が謳う数々の壮大な物語。
当時の小人さんに憧れ、騎士や冒険者の道を志した者も少なくない。
誰かの助けになりたい。弱者を救いたい。
そんな志を胸に冒険者ギルドの扉を叩いた多くの若者達。
きっと彼らの眼にも同じ姿が映っただろう。
色目は違えど、年齢が合わねど、あれは間違いなく小人さんだ。
あの快活な笑みと自由奔放な雰囲気。あれを見誤るなど有り得ない。
「いったい、どんな奇跡が起きたのかしらねぇ。まあ、小人さんですものね」
昼間の鮮烈な出来事を思い出して、ギルマスは一人、グラスを傾けつつ、クスクスと笑った。
半信半疑で双子の登録をしていたギルマスだが、幼女の出した蜂蜜色の輝石を見て確信する。
見掛けの色は変えられても、魂の色までは変えられなかったのだろう。
彼女はきっと、失われた小人さんの生まれ変わりだ。
「輪廻転生だったかしら。まさか、現実にお目にかかるとは。人助けはしておくものよね。なんて言ったっけ? 情けは人の為ならずだっけ?」
建国中のキルファンへ、手の空いている冒険者らは、よく手伝いに参加していた。
言うにおよばずギルマスも。
キルファンには独特の文化や信仰があり、人は死ぬと浄化され、新たに生まれ変わるのだと信じられていた。それを輪廻転生という。
前世で良い行いをして徳を積むと、来世で幸せが約束されているのだそうだ。
それが情けは人の為ならずや、因果応報などという言葉の語源らしい。
良い行いは良い事で、悪い行いは悪い事で己に返ってくると。
その時には、なるほどと、軽く流したが、まさか、それが目の前で展開されるなど思いもしなかった。
「お帰りなさい、小人さん」
ギルマスはグラスを掲げ、カランと氷を鳴らす。
至福の極みな彼の呟きは、静まり返ったギルドの中に転がり、誰の耳にも拾われなかった。
「さぁて、お仕事するよっ」
朝食を終えた小人さんは、意気揚々と右手を上げる。
ここ数週間、騎士団の早朝訓練に参加し、日々のローテーションも整い、早寝早起きな双子は、邸裏の鶏達よりも早く目覚め、陽が暮れる頃には舟を漕ぐ生活をしていた。
非常に規則正しい昼型生活。
それに慣れた頃、双子は冒険者登録をした。
無理はしない。ひとつずつ確実に。
酷く堅実な小人さんの行動に、周囲もダメとは言えず、快くとはいかないまでも、仕方無さげな苦笑で送り出してくれる。
城下町へ向かう双子の背中を見送り、ドラゴは不安そうに呟いた。
「大丈夫だろうか? 子供二人で」
「安心おしよ。二人に見えないあたりでドルフェンが護衛してるんだし。何より、子供なんざ転んでナンボだろう? 家の子供らは起き上がり方をちゃあんと知っているよ」
クスリと笑う美しい妻を抱き締めて、ドラゴは頬に軽く口づけた。
すっぽり腕の中に収まる小さな身体。
ドラゴは婚姻前に桜の過去を聞いた。包み隠さず、洗いざらい全て。
そして、その凄絶な人生に言葉を失った。
この細腕で多くの困難を乗り越え、自力で自由を勝ち取った彼女を、ドラゴは心の底から尊敬している。
金色の王の力添えがあったとはいえ、故国に反旗を翻し、それをなし得るなど、生半可な覚悟ではなかっただろう。
娘であった前世のチィヒーロも、フロンティアでは苦労の連続だった。
何故、こんなか弱い女性や子供が、苦難の連続に立ち向かわねばならぬのか。
男として、父として、何の力にもなれなかったドラゴは、悔しげに臍を噛む。
だからこそ、大切にして甘やかして、誰よりも幸せにしたい。
「どうしたんだい?」
抱き締めたまま無言なドラゴの背中を、桜がポンポンと叩く。
その細い指に至福を感じて、ドラゴは何とも言えぬ心地好さに浸った。
幸せにしたいと思っているのに、いつも幸せにしてもらっている。
「......幸せだなぁと。うん、俺は幸せ者だ」
「やだよ、この人はっ。......当たり前じゃないか。人間は幸せを掴みとるために生まれるんだから。神様からだろうと、ぶんどるためにね」
チィヒーロの事をさしているのだろう。
ドラゴにとっては桜もその対象なのだが、とうの本人の眼には、子供らしか入っていないようだった。
ならば、その分、ドラゴが彼女を幸せにせねば。
双子の姿が見えなくなるまで、ドラゴは桜を抱き締めたまま、頬ずりをする。
さも幸せそうな熊親父に乾杯♪
「どれにしようか?」
「採取とか? ほら、これ森の花」
千早の指差した依頼書には、冬のみに咲く森の花の採取が記されている。
この花は、森の奥深くの洞窟で咲くらしく、陽の光と高温を嫌う。
洗礼前に習った知識にある花だった。
何故ならこれには毒がある。毒も薄めれば薬となるが、危険な植物として千尋らは教師から学んだ。
依頼主は薬学ギルド。
城下町に存在する複数のギルドの内の一つである。
「これでいっか。他に森の依頼あれば、ついでに受けよう」
他にも冬限定のキノコや、虫の採取など、三つほど依頼書をはがし、双子はカウンターの受付嬢に差し出した。
「森へ? 森は野獣や魔物がいるのよ?」
「ダイジョブ、慣れてるから」
「うん」
にぱーっと笑う子供達。
慣れてる?
複雑な顔で、受付嬢はクエスト受注の手続きをした。
「期限は三日間。失敗した場合、依頼料の半額の違約金が発生します、気をつけてね」
まあ、御貴族様っぽいし、そのへんは大丈夫なのだろう。
依頼を受けた二人は、ギルドの外に出ると森に向かって走り出した。
ギルドの三階の窓から、ギルマスが二人を見送っているとも知らずに。
「キノコ、あったぁ」
「こっちも」
真っ白なキノコは、枯れ草の中にも鮮やかで良く目立つ。
指定された五個を紙に包み、森深くの洞窟を目指しながら、双子はクエストの品物を採取していった。
虫も枯れ枝の辺りにぶら下がっていたし、クエストは順調に進んでいく。
「緑のミノムシ..... 不思議な色」
染料になるのだと言うミノムシは、地球のモノとは全く違う緑色。
これ一匹で一反を染められ、冬の人気な手仕事なんだとか。
他にも赤になる虫や、黄色になる虫もある。
こちらでは、大抵の染料が虫から抽出されていた。
あれか。地球でもコチニールとか虫を染料にした物があったし、こちらではそれが主流なんだな。
森の多くが獣の支配下だというのも大きいのだろう。
植物の採取が困難なため、確実性のあるモノを重要視しているのだ。
冬の森は獣が少ない。草花の萌える春から秋は獣が多い。
だから冬の採取物しか出回らず、草花を利用した文化が発達していないのだ。
花とかも同系統の改良品しかないものなぁ。その辺もテコ入れしたら、良い商売になりそうかも?
品種改良には多くの種苗が必要だ。
それらを冒険者に採取させ、さらに増やし、改良、生産させようと思ったら、湯水のごとく金子と時間を使う。
その最初の段階で、大抵の人間は資金に行き詰まる。そこまでして花や染料の開発に乗り出す酔狂な人はいなかったのだろう。
新たな事業の片鱗を見つけて、にんまりする小人さん。
如何なる時も資金集めに余念のない小人さんである。
金子は、大抵の事を可能としてくれるのだ。地獄の沙汰も金しだいとは上手く言ったモノだ。
ホクホク顔で洞窟を目指す千尋に、やや呆れ顔の千早がついていく。
妹がこういう顔をしている時は、何かを企んでいる時。
生まれてから、ずっと一緒にいた千早は、小人さんの思考を、ある程度読めるようになっていた。
そして諦めもする。
この妹は、思いたったら止まらない。
軽く空を見上げ、千早は眼をすがめた。
それでも僕は、にぃにだ。可愛い妹を守らなくては。
大人達と対等に渡り合う千尋。でも彼女は子供なのだ。千早の妹なのだ。
千早には分からない色々があっても、可愛い妹が大人に利用されないように。変な輩に騙されないように。
もっと強くなって、賢くなって守らねば。
子供心に、妹が普通ではないと感じていた千早だが、その心は一貫している。
愛情深いドラゴを見て育ってきた千早は、無類の家族思いな子供だった。
前を行く妹を見つめ、千早は拳に力を込める。
絶対に守るから。
千尋を取り巻く色々を学習しつつ、千早は力を付けていく。ただひたすら、妹を守りたい一心から。
妹の周りには、常に不穏な空気が渦巻き、それらは幼い千早にも感じ取れた。
小さな誓いを天に捧げる兄に気付きもせず、小人さんは、相変わらず我が道を征く♪




