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二巻販促用SS 恋の陛


「だから、御嬢様はあのままで良いと言っておりますのっ!」


「しかし、貴族の子女としてはだなっ!」


 喧々囂々、捲し立てるのはサーシャとドルフェン。


 平民気質の強いジョルジェ男爵家の中でも、元々奴隷で仕え慣れていたナーヤや、生粋の御貴族様なドルフェンは、千尋を全うな淑女に育てようと、やっきになっていた。

 しかし当主であるドラゴや、幼くからメイドとしてドラゴに仕えるサーシャは、人間、あるがままで良いと、前者の二人に苦言を呈する。


「俺は元々平民だ。チィヒーロだって、それに毛が生えた程度でかまうまい」


「左様でございます。御嬢様は十分賢いし御可愛らしいですわ。これ以上、必要ございません」


 そう宣う二人に、ナーヤとドルフェンが真っ向から対立した。


「賢いからこそ学ばせるのです。今のうちに終えてしまえば、この先の人生を楽に過ごせましょう。習うより慣れろとは申しますが、基本を疎かにしては何も身に付きません」


「然なり。ナーヤ殿の言うとおりでございます。いたらなければ嘲笑されるのが貴族です。チヒロ様のためを思うのならば、今から始めるのが一番宜しいですぞ」


 熱弁をふるうドルフェンに圧され、ドラゴも思案げに髭を撫でた。


 しきたりでがんじがらめな貴族社会。ドラゴは王宮料理人として城に上がってから、独自に礼儀作法を学んできた。

 これも仕事の内である。上流社会で働くのならば、その御客様たる貴族の方々に不快な思いをさせるわけにはいかない。

 ゆえに、身につけた高位な立ち居振舞い。それは叙爵した今も大いに役立ってくれている。

 自身の経験がドルフェンの言葉の正しさを裏付けた。


 世の中は厳しい。その洗礼を受けるには幼すぎる愛娘。

 だが、王族となってしまったチィヒーロは、否応なしに世の中の汚濁へと叩き込まれるのだ。

 少しでも武装をさせてやりたいという気持ちと、もっと、のんびり気ままにさせてやりたい親心の狭間で、悶々とドラゴは悩む。

 そんなドラゴを一瞥し、ドルフェンは炯眼な眼差しでサーシャを睨みつけた。


「そなたは知らぬのだろうが、上流階級とは甘くないのだ。ましてやチヒロ様は王族。王の中の王、金色の女王であらせられる。通常の子供のように無知蒙昧は通らぬ御方なのだよ」


 知らぬ知らぬとドルフェンに連呼され、サーシャはギリギリ奥歯を噛み締める。

 彼女は遠国から拐われた子供。奴隷商人に売られたが、運良くフロンティア騎士団に救われてフロンティアまでやってきた。

 そこでまた、運良くドラゴに使用人として雇ってもらえ、世の不条理に触れることもなく、穏やかに暮らしていたのだ。

 それを鋭く抉られた気がしたサーシャ。

 ドラゴに守られ、ナーヤに学び、ぬるま湯のような生活をしている自分には分からないのだと。お気楽な戯れ言を抜かすなと。

 そのような含みをドルフェンの言葉の端々に彼女は感じた。


 だがそれは穿ちすぎである。


 後に彼女も知ることになるが、ドルフェンは騎士団筆頭の猛者であると同時に筆頭の脳筋。

 侯爵令息としての知識や教養はあれど、女性の機微を慮るなどの情緒が盛大に欠落していた。

 だから歯の衣が綻びだらけで、ずけずけとした物言いをする。


 そんな彼の性質を知らないサーシャは、ドラゴまでがドルフェンの言葉に傾倒しつつあるのを見て、悔しげに眉根を寄せた。

 じっとりと重い雰囲気を満たす応接室に、ポチ子さんを連れて千尋が入ってくる。

 そして今にも泣き出しそうなサーシャを見て、あからさまに顔を怒らせた。


「なんっ? 皆でサーシャを虐めてるのっ? お父ちゃんまでっ?」


 思わぬ叫びを耳にした面々の視線が、小人さんに集まる。


「いやっ、虐めてなど.....っ」


 狼狽えるドルフェンに頷き、ナーヤやドラゴも千尋に説明をした。

 その話を聞き、みるみる小人さんの憤怒が影を潜める。


「なんだぁ。そんなことかぁ。ありがとうね、サーシャ。アタシはダイジョブだにょん」


 にししっと笑い、小人さんはサーシャの足にしがみついた。

 

「どんな暮らしをしていたって、しがらみはあるさぁ。貴族の贅沢を甘受するなら、そのしきたりも守らないとね。等価交換だよん」


 サーシャを見上げながら、理路整然とされる小人さんの説明。


 そうだ。どんな暮らしをしていても、やるべきこと、やらざるをえないことはある。ただ、それだけ。当たり前のことである。


 あまりの恥ずかしさにサーシャは頬を染めた。


 こうして小人さんから聞けば理解出来る。同じことをナーヤやドルフェンは言っていたのに、まるで子供のような我が儘を自分は口にしていた。なんと恥ずかしい。

 貴族として生きる以上、そのしきたりや儀礼を学ぶのは義務である。早くに身に付ければ、この先、困ることもあるまい。

 鉄は熱いうちに打てだ。そんな簡単なことも分からなくなっていた。


 羞恥に染まり、御茶を淹れてきますと慌てて場を後にするサーシャ。


 それを困惑げに見送るドルフェンの瞳に浮かぶ潤み悩ましい光を見て、小人さんは、にんまりと悪い笑みを浮かべた。


 恋は熱病、きっかけは些細なこと。今宵放たれた可愛い小鳥は、いったい誰の小枝で眠るのか。


 千尋を挟み、犬猿の仲として定着していくドルフェンとサーシャ。


 その結末を、今は誰も知らない♪



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