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落書き、それからのシャデラ

 もうじき、小人さん三巻発売です。あっという間でしたねぇ。コミカライズも順調になりました。担当様には足を向けられないワニがいます。


「これまで、よく仕えてくれたね、シャデラ」


 薄く笑みをはき、ロメールは長く使い込んだ邸を一瞥する。彼女を侍らせるようになってから十年以上。随分と穏やかな暮らしを得た邸だ。


 千尋との婚姻が形となり、式も披露宴もすっ飛ばして神々に誓いをたててから、彼はじっくりと新居やその他を吟味していたのだが。思わぬ報告に吃驚仰天し、慌ててシャデラとの関係を整理する。


 原因は一通の手紙。


『ジョルジェ伯爵令嬢より、季節の御挨拶と進物を頂きました。返礼は如何にいたしましょう』


 シャデラから寄越された手紙でロメールは眼が点になる。


 え? 季節の御挨拶? 進物? え? えっ?


 アルカディアにそのような風習はない。フロンティア王宮でも、今の王妃様の懐が深いのと貴人が複数の妻を養うのは当たり前という慣習から、妾や側室に寛大なだけでそれぞれ確執はあるものだ。

 過去の後宮でだって、妃らの軋轢や虐待、暗殺に暇はなかった。通常の貴族らの妻達も仲良くなどはしない。それぞれライバルのようなモノだ。

 如何に旦那様から寵を頂くか。それが己の地位を確たるモノとする唯一の武器。諸外国と比べて平和なフロンティアでさえ、女達の争いには熾烈なものがある。

 表立ってやれないせいか、その遣り口は陰湿だ。

 

 そんなアルカディアの夫婦事情の中で、愛人に季節の御挨拶? ……有り得なさすぎる。


 便箋に眼をすがめ、ロメールはハッと手を握りしめた。


 ………待って? 待て待て待て待てっ! これって……っ!!


「違うんだ、チィヒーロっ!!」


 突然叫びながら立ち上がったロメールに驚き、眼を見張る部下達。そんな彼等を置き去りにして、ロメールは取るものも取り敢えず執務室を飛び出した。


 倒つまろびつジョルジェ伯爵邸へと向かう彼。


 うわああぁぁぁっ! まさか、チィヒーロにシャデラのことを知られたとはぁぁぁっ!! いったい、どうしてっ?!


 あらゆる最悪な脳内妄想に怯えながら、彼は伯爵邸に飛び込んだ。




「違うんだ、チィヒーロっ!!」


 先触れもなく飛び込んできて、ナーヤの案内も待たずに二階へとやってきたロメールは、開口一番言い訳を口にする。

 キルファンで手に入れたちゃぶ台でお茶をすする小人さん。その前に跪き、小さな両手を握りしめて額づける大の男。

 まるでスライディング土下座のようなソレに眼を丸くし、千尋は訳が分からないとまでに首を傾げた。


「いきなり何なん?」


「あ…… そのっ、……シャデラのことだけど」


 恐る恐るといった風情で小人さんを見上げるロメール。そのキュルンとした眼差しに、千尋は思わず沸き上がる笑いを噛み殺す。

 

 なにこれ? えらく必死みたいだけど、可愛いなぁ。


「ああ、お妾さんのこと? もう十年以上も御世話してるらしいね。大切な人なんだね」


 何の含みもない千尋の言葉。彼女にしたら、よい歳をした成人男性が愛人の一人や二人持っていてもおかしいとは思わない。ましてロメールは王族だ。正室、側室と降るような縁談もあると聞く。それを考えたら、愛人一人しかいないというのは、随分と慎ましく感じた。

 だが、何の感慨もなさそうな少女の姿に、ロメールは心底怯える。


 心無い男だと思われただろうか? 不実な…… 女性をモノのように見る男だと?


 ある意味、間違いではない。フロンティア王族である自分にとって、彼女は夜の営みを担当する女官のようなモノだ。特段の感情もないし、お気に入りな魔道具と大差ない存在である。

 だがまあ、人間は感情の生き物だ。お気に入りである以上、それなりの愛着も湧いているし、シャデラの不幸など望まない。幸せになって欲しいし、幸せにしてやりたいという相反した感情もロメールは抱いている。

 なんとも複雑怪奇な彼の思考。ごくりと固唾を呑み、彼の御仁に珍しく、ロメールはしどろもどろの口調で説明した。 


「……貴人の男子は。……その、……年頃になると閨の指導が入るんだよね。シャデラは、その相手だったんだ。で…… 彼女なら面倒もないし、そのまま、仕事として情人をお願いしたんだよ。……うん」


 閨の指導か。そういうのもあるんだねぇ。まあ、男性上位な世界だし、面子もあろうしなぁ。女性側だって、あわよくばという気持も持つよね。子供でも出来たら将来安泰で、御の字だわ。


 過去の地球世界でも、よくあった話である。権力をかさに着て無理やりなんてのもあるが、それ以上に多いのが、その権力のおこぼれを貰おうと媚びる者達だ。

 親の思惑とかも絡み、要人に仕掛けられるハニートラップは枚挙ない。

 だからロメールに愛人がいたとしても何とも思わない小人さん。仕事として金子で雇った相手だというなら、なおさらだ。

 不特定多数を相手にする風俗とかに通われるより、よっぽどマシである。得体の知れない病気の方が怖い。


 そんな冷静な思考の千尋に気づきもせず、未だに、つらつらと色々呟くロメール。


「……だからね? 君とシャデラは別物なんだよ。なので失念していたんだ。……ひょっとして彼女が気になるのかな?」


 情けない顔で見つめるロメールの後ろで、ふいに扉が開いた。


「お越しやす、王弟殿下」


 そこにはサーシャを連れた桜。御茶を持ってきたらしく、トレイを携えたサーシャは目の前の光景に眼を見張った。

 ちゃぶ台で座布団に座る小人さんと、それに土下座するかのように正座するロメール。

 

「……なにごと?」


 思わず胡乱げな顔をする桜に、小人さんは斯々然々と説明した。




「まあ、よくあるこったねぇ? 何か問題でも?」


 訝しげに首を傾げる桜。それを信じられないモノを見る眼差しで見つめ、ロメールは狼狽える。


「いやっ、そのっ! ……娘御の結婚相手が女性を囲っているなど、そちらには不愉快なのでは?」


 シャデラから届いた手紙の話をし、愛人宅へ挨拶に訪れたというのは牽制のためではないのかと、困惑げに眉を寄せるロメールを伯爵家の二人は不思議そうに凝視した。


「へあ? お妾さんでしょ? 妻として御礼を入れるのは当たり前じゃない?」


「まあ、古いしきたりだけど、キルファンでも貴族はやってたねぇ」


 極普通な感じの二人。


 キルファンの古いしきたり?


 はああぁぁぁっと肺の中の淀んだ空気を全て吐き出し、ロメールは泣き笑いのような顔で小人さんを見た。


「……良かったよ。君の男性不信に拍車をかけたのではないかと……… 気が気じゃなかったんだ」


 脆く揺れる灰青の瞳。


「そんなん思うわけないじゃない。ロメールだって健康な男子なんだもの。そういった女性の一人や二人、必要でしょ?」


 あっけらかんと言い放つ少女にロメールの方が赤面しそうだ。あけすけ過ぎて疑う余地もない。むしろ逆に、彼は肩透かしを食らった気分である。……事実、そうなのだが。


 ……少しくらい悋気があっても良くない?


 安堵に胸を撫で下ろしつつ、身勝手な己の思考を振り払い、数日後、ロメールは別邸をシャデラに譲り渡した。




「今まで世話をかけたね。これからも幸せに暮らしてくれ。邸にかかる費用は全て私が払うから。年給代わりに毎月のお手当てもそのままにしてある。良い人と縁付くことを祈るよ」


 そう微笑み、ロメールは別邸を後にする。


 遠ざかる馬車を見送り、シャデラは一人啜り泣いた。


「……分かっていた結末じゃない。……でも」


 残酷な人……


 こうして、彼女にとって夢のような日々は終わりを告げたのだった。




「なのに、なぜ………?」


 御茶の支度をしつつ、首を傾げるシャデラ。


「お構いなく、ちょっと所用のついでに寄っただけなので♪」


 シャデラの住む別邸の応接室に、ちょこんと座る小人さん。少女は無邪気に声をあげた。


「ロメールから解雇したと聞いたの。自分勝手よねぇ? 情をかけるなら、最後までかけないと」


 御茶を差し出すシャデラに微笑み、千尋は彼女の心を代弁する。思わず見開いたシャデラの眼には、それを納得する色が浮かんだ。


 そのようなことは考えもしなかったわ。けど……


「……ですわよね。本当に勝手な方」


「男なんて、そんなもんさぁ。割り切って、これからを楽しもう? たまに遊びに来ても良いかな?」


 権力者のアレコレに振り回されるのは世の常だ。だが、そんなものに唯々諾々と従う必要はない。ばっさり切り捨て前を向く。それが小人さんクオリティー。


 そして小人さんクオリティーは伝染るんです♪


 シャデラは目の前の雲海に光が差し込んだ気がした。


 ロメールに捨てられたという絶望。その原因たる少女。どちらにも抱いていた酷い蟠り。喉の奥に居座り、呼吸すら妨げられていた粘りつくような昏い気持が、スルリと腹の奥に落ちていく。

 恨み言など畏れ多いと思っていた。そんな気持ちを抱く己を恥じていた。

 

 だが、少女は言うのだ。彼が身勝手だと。そんな男は忘れて楽しく暮せば良いと。


 簡単に割り切れるモノではない。けれど、少女を見ていると、不思議にそのようなモノだと思えてくる。

 ロメールの訪れがなくなってから、初めてシャデラは笑った。微かにはかれた淡い笑みだが、なぜか彼女は自然に笑えた。


「そうですわね。今度、公園にでも参りませんか? キルファンから贈られたというサクラが見頃だそうですわ」


「良いねっ、ロメールはハブって、女子会しようっ」


 女子会?


 聞き慣れない言葉に首を傾げつつ、シャデラは、妹がいたらこんな感じだろうかと、胸が温かくなる。

 和やかな春の日差しを浴びながら、二人はとりとめもない話をした。日常のアレコレや、過去の失敗談などなど。

 その中にはロメールの黒歴史もあり、後日、シャデラの元に彼が血相を変えてやってくる。




「シャデラぁぁぁっ! 君、何してくれたのっ?!」


 半分涙目なロメールを驚いたように見つめ、彼女は彼との新たな関係を予感した。


「はて? 何のことでございましょうか」


 ふふっと含み笑うシャデラ。それに憤慨し、喚き立てるロメール。

 そのロメールの後を追いかけてきた小人さんが、騒ぎに乱入するのも御約束である。

 こうして新たな関係を紡ぎ、シャデラは長く千尋と遊んだ。良い人と縁付き、遠方に嫁ぐその日まで。


 情人としての感情しか持っていなかったロメールと決別したシャデラは、自然と友人のような関係に落ち着いたのだ。

 本人達にも不可思議な繋がり。身体を重ねた男女に有るべからぬ友愛。

 いや、知っているからこその静穏かもしれない。周りが狼狽えるほど自然と親友同志に落ち着いた二人。


「男女にだって、友人関係は成り立つさぁ」


 まことしやかに二人を勘繰る不埒な噂を、ばっさり一刀両断する小人さん。


「.....信頼されていると喜ぶべきか、無関心過ぎると嘆くべきか」


 相変わらずな小人さん無双に眼を遠くするロメール。


「だからこそ、彼女に御執心なのでありましょう? 御馳走様です」


 くすくす笑うシャデラ。噂の渦中であっても、千尋とロメールが理解してくれるならそれで良いと、彼女も小人さん無双に加わる。


 酸いも甘いも噛み分けたシャデラの人生は小人さんによって賑やかに彩られ、幸せな晩年を迎えた。


 優しい人にはハッピーエンドしか用意されていないフロンティアである。で、あるある♪

 

 あちらを更新したので、こちらにも投稿です。気まぐれエピソード、御笑納ください♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に同居する側室で良かったのにな。
[良い点] 本編でロメールなにしてくれちゃってんの!?と思ってたけどお妾さん笑顔で暮らせたようでよかったよかった
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