落書き、新たな神々の試練 ~困った時は日本人召喚♪~
お久しぶりです、美袋です。
三巻の入校終わりました。ただいま絶賛四巻の加筆修正中。これももう少しです。年内に四巻まで出るようで、ようよう肩の荷が下りますね。
.....しかし。こちらのWeb版では三十万字ちょいだった~御飯ください~が、書籍四冊でトータル六十万字越えてます。ほんと、どんだけ粗筋な物語だったのか。販促の短編も入れたら、有り得ない量。.....ま、いっか。
三巻は七月発売予定です。お求め頂けると嬉しいワニがいます♪
その昔、神々は混沌の織り成す大地から人間を生み出した。
しかし、数多の狂暴な生き物が跋扈する大地で、人間はか弱き劣等種族でしかない。常に襲われ、時に食われ、人々は隠れ住むように身を潜めていた。
そんな人間達を憐れに考えたのか、神々は人類に祝福を与える。聖霊の加護による魔法の行使を許した。
火を得て料理や道具を作り、土を得て田畑を耕し、水を得て大地を潤す。そして得た風を世界に巡らせ、あらゆる場所に緑が芽吹き溢れた。
今は昔と称される神話の時代の話である。
人間達は知恵と勇気を振り絞り、試行錯誤の魔法を駆使し、必死の努力で安息の地を得た。
そして時代は移り変わり、長い時間をかけて開拓され、人間と野生動物らとの住み分けが出来上がった頃。
ある人物が、ある発明をした。
それは神々から賜った魔法の属性を示す方法である。
人々は個々で得手とする魔法が違うのを漠然と感じていたが具体的な内訳までは分からず、得意な魔法や苦手な属性を何となくくらいにしか理解していなかった。
だがこの方法により、自分が何の属性を賜ったのか知るに至る。
その方法は簡単。無色透明な針水晶を掌に握りしめ、己の魔力を流すだけ。そうすると水晶の色が属性の色に染められるのだ。
赤は焔。青は水。黄は土。緑は風。なんともシンプルである。さらに複数の属性を賜った者は混合色となる。
この画期的な判別方は瞬く間に人々へと広がり、何かにつけ色々な指標になった。
焔属性なら鍛冶屋や料理人。土属性なら左官や農夫など、己の属性を生かせる職に着いたり、魔力が高いならその属性に合った高度な教育を受けたりと、人間達は合理的な暮らしを営み始めたのだ。
しかしここで、一つの問題が浮かぶ。
数万人に一人程度の確率で、水晶の色が変化しない者が現れたのだ。
これを見て識者は考える。色がない=属性を賜れなかったのだと。それはつまり、神々からの祝福を拒まれた咎人なのではないかと。
憶測の域を出ないものの、それは理屈として通る話である。識者の言葉を鵜呑みにした無知な人々により、七つの洗礼で色を賜れなかった者は日陰へと追いやられるようになった。
神々の祝福を得られなかった慮外者だと。何もしていないのに咎人との烙印を押されて職も得られず、物ごいに身をやつすか、日雇いの浮浪者にでもなるしかない無色な者達。
そんな無色な人間を、周りの人々は侮蔑を込めて《無印》と呼んだ。
《.....という訳なのです。彼等は決して祝福を受けられなかったのではありません。むしろ全属性を持ち、誰よりも祝福を浴びた者達なのに》
さめざめと泣き濡れる大の男。彼はアナーキーと名乗り、前述の話を少年にした。
だから、どうしろと?
胡乱げに眼を彷徨わせるのは黒髪黒目の少年。少年の姿をしているが、実は中身、アラフォー成人男性。名前を工藤寿という。
ネカフェでまったりと寛いでいたところへ、いきなり飛び込んできたダンプの影とライト。そこで彼の記憶は途切れている。
だから多分だが、その時に自分は死んだのだろう。
気付けば深い森の中。
訳が分からず呆然と立ち尽くしていた寿を迎えに来てくれたのが、目の前のアナーキーである。
破天荒って..... 意味を知ってて名乗ってるなら大した強者だな。
寿は彼に案内されるまま、この館までやってきた。
途中、何度かアナーキーに声をかける者もいて少年は軽く眼を見張る。誰もが金髪金眼の人々ばかり。慈愛に満ちた柔らかな眼差しが印象的な人達で、なんとなくだが寿は安堵に胸を撫で下ろした。
悪い奴等ではなさそうだ。いったい何が起きたのだろう。
そんな寿にソファーをすすめ、アナーキーの使用人らしい人がテーブルに御茶を用意してくれた。
温かな御茶を口にし、アナーキーが神妙な顔で寿を見る。
《実はね。君は頂き物なのだよ。地球の神に頼んでね。私の世界を掻き回して欲しくて移動させた魂なのだ》
眼を丸くする寿の前で、アナーキーは淡々と説明する。
可愛い小さき命が泣いていると。不条理に怯え、迫害され、痩せ衰えて死んでいくと。
前述されたように、《無印》と判断された者の末路は悲惨だ。大抵は家から追い出されて路頭に迷い、多くの幼い者は命を落とす。
稀に地下牢や離宮に幽閉などもあるらしいが、それはかなりの富裕層だけ。親の温情から生かしてはいるが、愛情や教育を与えるでもない。
監禁して人と交わらせることもなく、ただ生きているだけの状態では、とても長くはもたない。殆どが精神に異常をきたして発狂する。
それまでが幸せであったために、突如とした掌返しの冷遇は辛酸を極めるのだろう。小さな子供ならなおのこと。家族から与えられた突然の恐怖は想像を絶する。
おいおいと鼻をすすりつつ、アナーキーは長く続く迫害の歴史を嘆く。かれこれ数千年はその状態なのだそうだ。
《私は下界に降りられない。神は生み出し見守るだけだ。生きた人々と関わるのは御法度なのだよ。出来ることと言えば、当代に一人程度だが神託や加護を与えられる。それだけ。.....無力なものさ》
『神? アンタ、神様なのか?』
あ、とばかりにアナーキーは鼻をかんで、居ずまいを正した。
《申し後れたね。私はガーディーという世界の創世神。先ほど説明したように、君には私の世界で暴れて欲しいんだよ》
まともな顔なら凛々しく逞しい男性である。だが、まさか、神様とは思っていなかった寿は思わず眼をしばたたかせた。
『ここがその異世界かと..... 森や街もあるし、沢山の人がいるし。じゃあ、ここは?』
森の中まで迎えに来てくれたアナーキー。さほど遠くもなかったが、てっきりここが件の説明にあった世界だと勝手に寿は思っていた。
その疑問に薄い笑みを浮かべ、アナーキーは窓に近寄り、しゃっとカーテンを開く。
そこから見える風景は平凡そのもの。やや田舎の牧歌的な空気が漂っていた。
《ここは天上界。あらゆる世界の神々が住まう場所さ》
天上界っ?!
じっと外を凝視し、寿は我が眼を疑った。
そこにある光景は地球世界と大差無く、唯一違うのは空の雲が金色なことぐらい。むしろ生活感に溢れ、対峙していたのが神様だということも忘れてしまいそうな光景である。
『.....随分と所帯染みた生活してんだね、神様って』
《あはは、それは誉め言葉だね。.....うん、良い暮らしになったよ》
言外に何かを含む物言い。不思議に思って尋ねた寿に、これまたアナーキーは信じられない話をした。
いわく、自分と同じように異世界転生した日本人が暴れまくり、神々を生み出したという親神様に喧嘩を吹っ掛け、見事な勝利をおさめたのだという。
それにより天上界はその日本人を主と認め、その人の望む世界に天上界を造り変えた。
《彼女はアルカディアという世界で御先をやってはいるが。まあ、この天上界の創世神みたいなものだからね。アルカディアが滅んでも生きているような気がするよ》
アナーキーは仕方なさげに苦笑した。それを呆然と見上げる少年。
いや、それおかしすぎるだろ? え? 神々に逆らい、叛逆し、天上界を造った? 奇跡ってレベルはるかに凌駕してね?
唖然とする寿を炯眼で見据え、アナーキーは本題を切り出した。
《私の世界には、まだ私が若輩者だった頃の置き土産がある。それを破壊してほしいんだ》
『置き土産?』
やや首を傾げる寿。
アナーキーは唇を噛みしめながら、過去に己が犯した過ちを口にした。
それは凄絶な話。
その昔、碌に法も整備されていなかった無法な時代には、奪う、犯す、殺すが当たり前に蔓延し、人々を苦しめていた。
そんななか、アナーキーから力を与えられた時の指導者の一人が、神に慟哭のような祈りを捧げる。
血には血のあがないを。死には死を。罪には罰を。何卒、この荒んだ世界に神々の審判を!!
涙の飛沫を飛び散らせながら切なる祈りを捧げる指導者。数日前、彼の息子が、どこぞの無頼漢に眼を潰されたのだ。
調べてみたところ、相手は強国の貴族。一辺境領主でしかない自分では歯がたたない相手である。その貴族の背後には強国がいるのだ。下手に揉めたら戦争の口実にされかねない。
だからといって腹の底から湧き出る憤怒を呑み込みきれず、その指導者は血の涙を流すかのように深く嘆いた。
これを聞き入れ、アナーキーは一本の果樹を彼に与える。
『果樹?』
《地球でいう林檎みたいな実がなる木だよ。.....私の失策だ》
さらに苦渋を舐めるかのような顔でアナーキーは結果を話した。
その実は、被害者の血を根本に足らすことで実る。そして、実った果実を口にした者を被害者と同じ目に合わせるのだ。
ただここで、通常の怪我と違うのは、同じ状態になった被害者と加害者の両方の傷が癒されること。
つまり犯した罪をあがなわせ、神々の慈悲を与え、否応なしに贖罪させる実だった。
これを使い、息子の眼を潰された指導者は、相手を息子と同じ目に合わせて、さらに息子の眼を癒す結果となる。
贈られた果実を疑いもなく食べたらしい相手は怒り狂ったが、後の祭り。すでに癒されてしまっているのでどこに話しても取り合ってもらえない。眼を潰し返されたと叫んだ処で、確たる証拠がないのだから。
しかしその恐怖は身体に刻まれたのだろう。それ以降、木を授かった指導者の周りは、ことのほか平穏になったという。
『.....まあ。えげつない遣り口とは思うけど。良いんじゃないか? やらかしたことには責任を取らせるべきだし、癒しのアフターケアあるんなら至れり尽くせりじゃん』
《.....そのはずだったんだよ。でもね、その時には気づかなかった。あの木は欠陥品だったんだ》
そう。正しく使われているうちは良かった。相手を罰し、被害者を救う奇跡の果実。人々の間に噂が広まるのは早かった。
『腕がっ! 失くなった腕が戻ったぞっ!』
『あああ、良かったぁぁっ!! すまなかったな、本当にっ!』
己の過失で同僚の腕を欠損させてしまった男性は、必死な面持ちで辺境領主に嘆願した。
奇跡の果実を使わせてくださいと。罪を償い、同僚の腕を癒してくださいと。
それに快く応じてくれた領主により、果実を食べた加害者は、贖罪によって同じように欠けた腕を振り回し歓喜する。そしてその欠けた腕も、すぐに癒された。
『おまえこそっ! 痛かっただう? ありがとうなっ!』
御互いに肩を掴んで大泣きする二人。罪を認め、罰を受け、取り返しのつかない過ちを覆せる果実のなんと甘美な誘惑か。
人々の悲喜交々を見守りつつ、アナーキーは当時の指導者で御先となった領主から名前をもらい、正しく神へと変わった。
その後も頻繁に使われていた贖罪の果実だが、いつの時代にもズル賢い人間はいる。
ある時、リンチの果てに虫の息となった被害者が代替わりした領主邸へと駆け込んできた。
酒場での喧嘩だったらしく、加害者は逃げてしまいどうにもならない。泣き叫ぶ親を見かねた領主は、ふと道端に座り込む少女に眼をつけた。
いわく《無印》と呼ばれ家を逐われたであろう子供だ。
領都ではよく見かける。あちらこちらで迫害を受け、《無印》どもは、人に紛れることが可能な大きい街へと辿り着くのだ。
そんな一人である少女を見据え、領主は陰惨に眼を細めた。
.....試してみるか。
彼は言葉巧みに少女を騙し、虫の息となった被害者の血で実った果実を食べさせる。
そこまで聞いて、寿の目が限界まで見開いた。
『まさか.....』
《そのまさかだよ。私は果樹に食べさせる相手の選定までは設定していなかったんだ》
果実を食べた少女は、全身が砕け内臓が破裂する激痛に悶絶する。ミシミシと音をたててあらぬ方向へと歪んでいく彼女の四肢。阿鼻叫喚の地獄絵図に絶句しつつも、少女が虫の息になると同時に被害者は癒された。
『ああ、ありがとうございますっ! 領主様っ!!』
涙ながらに感謝を述べる親子。それを見送り、領主は虫の息から復活した少女に利用価値を見出だしていた。
誰かの不幸を肩代わりさせる人形としての使い道を。
ここから、人々の生け贄としての道を歩かされるようになった《無印》達。元々、数万人に一人くらいという希少価値だ。集めるにはかなりの労力を要する。
この少女は家を追い出され、たまたま領主邸を訪れていた。家族に見捨てられて、幼いながらも領主様に助けてもらおうと考え、やってきたのである。
まあ、領主は門前払いした訳だが。
『よくやったね。君は彼を救ったんだ。御褒美として、お腹一杯食べさせてあげよう。これからも人々を救うなら、温かい寝床も、おやつもあげるよ?』
号泣した涙の跡でカピカピな少女の頬を撫で、領主は人好きする笑顔で誉め讃えた。
空腹をかかえ明日をも知れなかった少女は、その言葉に眼を輝かせる。
こうして御互いの利害が一致したかのように見える状況から、《無印》の使い途が決められた。
《あの子達は、誰よりも尊重されるべき人材なのにぃぃいっっ! 勝手な大人達に良いように使われて、それが当たり前になっちゃって、でも私は、もう降臨出来ないから助けてあげられなくてぇぇぇっ!!》
再び滂沱の涙を流すアナーキー。
御先になったとかいう元領主が誤解を解こうと奮闘しているようだが、芳しくないとか。無色が、実は全属性所持なのだと世間に触れ回るものの、やはり既存の概念は覆しがたいらしい。
なにより彼が神々の眷族という部分や、それをやたらと敬う輩が多く、なかなか人々の前にも出づらい。
あ~~、なんか分かるわ。アレコレ推しとかの無遠慮な輩が、そんな感じだったもんな。
己が正しいと信じて疑わず、その信念のためなら犯罪じみた行為すら躊躇しない確信犯的な狂信者ども。
こちらは地球よりも大分遅れた文明みたいだし、思い込んだらガチでヤバい連中だろう。
そんな連中の前に、神の遣いなんてモンが現れようものなら、目も当てられない事態になるのは必須だなと寿は予想した。
《だからねっ! 君にさ、既存の概念をブチ破って欲しいわけさっ!》
『ええええええっっ?!』
無茶ぶりキタコレっ!
戦く寿の姿に、アナーキーは首を傾げる。
《だって、日本人って、そういう生き物でしょ?》
どこの誰だっ! そんな謎情報を神々に植え付けたのはっ!!
わきゃわきゃする青年を見て、アナーキーは懐かしげに眼を細めた。
『全力で踊らないと損なんだよっ!!』
彼の瞼の裏に、にょんにょん跳び跳ねていた幼女が浮かぶ。
《踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら、踊らにゃ損々♪.....だっけ?》
クスクスと呟くアナーキーを見て、寿はげんなりと顔を歪めた。
誰だよっ! 神に踊り念仏なんて教えた馬鹿野郎様はっ!!
そう脳裡に浮かべるあたり、寿も小人さんと同類である。普通は踊り念仏と気付きもしないし、馬鹿野郎様とも思わない。
適材適所。神々の仕事にソツはなく、当然、寿も我が儘一杯にガーディーを回していく。
涙を笑顔に変えるため、寿は、天高く積まれた問題の数々と格闘する新たな人生を始めた♪
天上界でまことしやかに流れる、本当の噂。
《困った時は、日本人召喚》
これを地球の神が知るのも、また暫くしてからの話。