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落書き、先人の遺産

 毎度お馴染みカクヨムサポの短編です。御笑覧ください♪

 四巻の加筆訂正、あと半分。頑張ろう。うん。


「資金難?」


「そ」


 まぐまぐとオヤツを頬張る小人さんに、ロメールは神妙な顔で帳簿を差し出した。それは芸術劇場の建設費。

 ここは伯爵邸。巡礼から帰還した千尋は、もうじきオープンする芸術劇場の計画をロメールと詰めていた。


「基本的には国の事業だ。不足分は王家が出すけど、問題は御菓子のお城」


 小人さんはテーブルの御菓子や御茶を端に寄せて帳簿を広げる。芸術劇場や森林公園に問題はない。だが、それの端に千尋が捩じ込んだ御菓子のお城の建築費が足りないらしい。

 元々予定に無かったモノだ。そのうえ、中の構造が一番複雑な建物でもある。御菓子工房や体験厨房。ライブクッキングまで詰め込んだ小人さんの夢のお城。

 さらには季節やイベントに併せて中の装飾がリアルタイムで変わる仕様だし、アルカディアでも例を見ない建物の建設には思いの外金子がかかるらしい。

 むーっと帳簿とにらめっこをする少女に苦笑してロメールは静かに御茶を啜る。


「まあ私が出しても構わないんだが、そうすると黙っていないお歴々が多々いるのでね。どうする?」


 今の小人さんのポケットマネーでは賄い切れない金額。貯めていた小金を少し前にクラウディアで吐き出してしまっていたため、現在の千尋はかなり手元不如意。それがあったなら、なんということもない金額なのだが。

 今のところはロメールが立て替えてくれているらしいが、ここをハッキリさせておかないと経理に回せない。

 ロメールが立て替えていると知れば、王家や伯爵家が黙っていないからだ。揉め事になる前に何とかしておきたいらしい。

 千尋の望みとあれば、是が非でも叶えたい面々が掃いて捨てるほどいる。そんな人々からしたら、すでに立て替えているロメールが羨ましくて仕方なかろう。

 頼ってもらえなかったと人知れず嘆く熊さんが容易に想像出来るから、苦笑しか浮かばない小人さん。


「君が望んだという形にすれば、王家も伯爵家も黙ると思うよ? 私は君の婚約者なのだし、不自然ではないから」


「どうしよっかなぁ..... あ」


 ふと何かを思いついたかのように、千尋はクローゼットへと駆けていく。そこには過去の彼女が身につけていたあらゆるお衣装がしまわれていた。


「これさ、手離しても良いかな?」


 彼女の手にはシャンパンゴールドのドレス。小人さんがファティマだった頃、ロメールが贈ってくれたドレスである。

 懐かしいお衣装に眼を細め、ロメールは微かに首肯した。


「九歳にもなる君には、もう着られないし? 別に構わないけど?」


 いったい、それで何を?


 千尋も、いずれ何かに仕立て直して使おうと思っていたのだが、如何せん、モノが絹で色がシャンパンゴールドだ。小物にしても服にしても艶やか過ぎて悪目立ちしてしまうため、今までタンスの肥やしにしていた。


「んふーっ、ちょいとひらめいたさぁ♪」


 にまーっと笑う彼女を見て、ロメールはいつものだな、と仕方なさげな顔をする。


 そして翌日。千尋が運営する演劇事業テントに大きな看板が立てられた。


『当たるも八卦当たらぬも八卦、宝くじ開催っ! 特賞は王族御用達、金色の王、初御披露目のドレス。他、彼の方由来な品々~』


 看板の内容を読み、人々がざわりと騒ぎ始める。御貴族様の衣装といえば一財産だ。少なくとも金貨数枚、あるいは数十枚か、それ以上。

 誰ともなく劇場テントへと足が向き、気づけばカラフルな山の人だかり。

 その様子をテントの端からこっそり見つめ、千尋はにんまりと微笑んだ。


 にししっ、マザーテレサの二番煎じだけど、良いよね? 天にまします我らがマザー。貴女のアイデアに感謝いたします。


 人知れず空を拝み、合掌する小人さん。


 彼女の予想は当たり、多くの平民らが宝くじに熱狂した。

 大盤振る舞いを通り越した商品のラインナップに人々は騒然とする。それはそうだろう。王家由来の品を贈られるなど、余程の功績か実績が無ければかなわない。


 それが当たるかもしれない? たった銀貨一枚で? 買わない選択肢はないだろう。


 この看板は王都のみならず、フロンティアの主要領地全てに立てられ、さらには各地で限定五万枚ずつしか販売されないという宝くじを求めて人々が殺到する。

 我先にと慌てふためく平民達。それに遅れて貴族らも参加したが時すでにおそし。くじの殆どは街の人たちに買われてしまった。

 絶望で顔をおおう貴族らより、さらに遅れたのは王家だ。全く何の噂もなしに突如として始まった宝くじだ。その情報が届くまでにタイムラグがありすぎた。


 当然、憤慨したお歴々が伯爵家に突撃する。


「どういうことだ、チィヒーロっ!!」


 激も顕な王太子殿下。


「どういうも何も、アタシの服を賞品にしただけにょん」


 しれっと見上げる小娘に、ウィルフェはグギギっと奥歯を噛み締めた。


「いや、アレは、ある意味、ファティマの物ではないですか? そりゃあ伯爵家に贈られた品ですげど.....」


 しどろもどろな口調のテオドールに答えたのはロメール。彼は慇懃無礼にも近い眼差しで、まだ立志もしていない甥っ子を睨め下ろす。


「私はチィヒーロに贈ったのだ。他の誰にでもない。事実、あのドレスにはチィヒーロのネームが刺されている。何をしてファティマ様のモノだと言うのかな?」


 うっと喉を凍りつかせ、テオドールはひきつった。だが、それに負けじと息子二人を掻き分けて出てきた人物に、思わずロメールは眩暈を覚える。


「兄上.....」


 アンタもか.....


 異口同音を脳裡に描き、ロメールと小人さんは呆れ顔をした。


「兄上ではないわっ! 王家の姫が所有する品々を平民に賜らせるなど有り得んっ! 即刻中止せよっ!!」


 おや? 珍しく正論だ。


 茹でダコみたいに真っ赤な顔をしているが、その言い分に間違いはない。ふむ。と同時に指を口許に当て、千尋とロメールはお互いをチラ見した。


「演劇事業の一部で資金が足りなくなりましたの。これは国民のために建てられる施設ですから。国民の皆様に御協力頂こうと考えたしだいですわ。各地で販売されたくじの殆どは外れです。皆様に夢を売る。演劇事業に共通する趣旨で始めただけですの。だから.....」


 高位の者達には不必要な催しだと、小人さんは言外に含ませる。これは庶民の娯楽であって、王侯貴族の見栄を満足させるためのモノではない。


「だいたい、わたくしの幼い頃の品ばかりでしてよ? 庶民には高嶺の花ですが、王家には無用の長物ですわよね?」


「いやっ! しかし、我が子の思い出の品だぞ? 大切に取っておきたいだろうっ?」


 あわあわと両手を動かす国王に、小人さんは胡乱げな視線を送る。


 誰が我が子や、誰が。今世は遺伝子すら繋がってないやん。


 ドレスや髪飾りなどなど。どれもこれも千尋が子供の頃に使っていた品々である。ついでにと千早の物も混ぜてあるから、人々は男女ともに楽しみなようだ。

 目玉のドレスにいたっては金貨数百枚の価値がある。平民にしたら一攫千金にもなろう。

 他の小物とかも金貨数枚はくだらない。宝くじ事業は夢を売る仕事であって、個人の我が儘を満たすモノではないのだと辛辣な説明を加える小人さん。


 実際、ドラゴやアドリス、ザックなど、千尋に近しい人々はこの催しに参加せず、雰囲気を楽しんでいた。


「必要と不要の判別くらいおつけ下さい。よい大人でありましょうが、皆様」


 推しのアイテムなら何でも欲しいという心理は分からなくもないが、どうにも千尋には理解し難い。

 はあっと大仰な溜め息をつく小人さんの前で、国王陛下は、しょんぼりと項垂れた。


「せめて、くじが買えたなら..... 教えてくれても良かったのではないか?」


 濡れそぼった子犬のような眼を向ける国王に、思わず冷酷な笑みを浮かべ、千尋は面倒臭げに吐き捨てる。


「.....で? 金子にあかせて、くじを買い占めるおつもりですの?」


 辛辣な言葉で図星をつかれたのか、国王のみならずウィルフェやテオドールまでが眼を泳がせた。


 おまいらなぁ.....


「そういう事を危惧していたから、あえて知らせなかったのですわっ! 過去の所業を省みなさいっ!!」


 大衆娯楽を根こそぎ奪う行為でも、悪意なくやらかす。これが王侯貴族という生き物なのだ。

 前世と今世あわせて、散々学んできた千尋は、悪意ない彼等の横暴を心の底から嫌悪する。

 

 がーっと小人さんに叱りつけられ、意気消沈して帰路につく三人。同行していた従者らは揃って苦笑い。

 これも王宮の風物詩になりつつある平和なフロンティアで、とぼとぼと歩く国王は、『晴れ着が..... 娘の初ドレス..... 二代も続いたのに.....』とか、ずうぅぅっと呟いていた。


「そんなん言って、どうせ子や孫が産まれたら、鼻息荒らげて新しいドレス作るくせに」


「.....新年はおろしたての衣装をまとうのがしきたりだからね。洗礼の衣装を贈れなかったことも、ずっと根に持っていたし、その延長かもね」


 困った顔で笑うロメールを見上げ、小人さんも苦笑する。

 こんなに暴れ回られても憎めない。面倒臭いなぁと思いつつも、ついつい相手にしてしまう少女。

 自分と近しいモノを感じて、ロメールは柔らかな笑みで千尋を見つめた。

 国王達は知らないのだ。小人さんが、どうでもよい人間には限りなく無関心であることを。

 叱り、怒鳴り、宥められている今の環境は、決して悪い状況ではない。

 少なくとも王家の面々が困っていたら、助けてやろう程度の情が、彼女には垣間見えた。


 千尋本人も気づいていないかもしれない、その情の存在をロメールは心地好く思う。


 こうして台風一過。


 百万枚以上も売れた宝くじの売り上げで小人さんはにわか金持ちになる。

 前宣伝もしなかったうえ、一人十枚制限がつけられていたため大きな買い占めもなかったらしく、賞が当たった人らは大喜び。

 外れた人々も落胆はしたものの、当選発表のさいに、外れくじは参加賞と交換出来ると聞いて歓喜した。

 参加賞はモノノケ達の宝くじ限定ストラップ。

 鋳型で量産された小さな鉄のチャームがついた品である。紐の部分はキルファン製の組紐。

 チャームは取り外し可能なため、複数をストラップにつけたり、ペンダントトップや髪飾りにしたりと人々は色々創意工夫をして楽しんだ。


 原価、銅貨一枚程度の代物だが予想外に喜ばれたようで嬉しい小人さん。


 地球の宝くじでも百円くらいは当たるようになっていたし、損した感がないよう誰でも身に付けられる限定ストラップにしてみたのだ。

 それでも経費を差し引き、一枚につき銅貨七枚の儲けである。ありがたやと千尋はかしこむ。


 彼女の人生の大半は過去の先人らの遺産で賄われていた。今回の宝くじや、演劇事業、料理や甘味、その他諸々。

 その全ては過去に研究、研鑽、拡散してくれた先人達の知識である。


 記録し語り継ぎ後世に伝えることの大切さを噛み締めつつ、今日も小人さんは元気です♪


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― 新着の感想 ―
[良い点] 小人さんは相変わらず小気味良いですね 知識チートはこういうふうに使って欲しいものです
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