落書き・ドルフェン宅の居候
毎度お馴染み、カクヨム番外編です。御笑覧ください。
「ここが新たな我が家だ」
「ジョルジェ伯爵邸が見える位置にあるなんて。好条件ね」
王宮外郭にずらりと並ぶ、城勤め用の居住区の一角。そこを二人は並んで見上げた。石を基本にして壁面は煉瓦造りの瀟洒な建物。同じ造りの物が外壁に沿って建ち並んでいる。
伯爵邸に近いこと。それを一番の基準で選んだドルフェンだ。サーシャも小人さん命なので御互いに利害が合致する。
ジョルジェ伯爵邸は戸建てだが、ドルフェン達はアパルトメント。王宮をぐるりと囲む外郭下側全てが城勤めな者の居住区になっていた。
正確にいうと、外壁があり、それに沿った内側にアパルトメントが建てられた。そのアパルトメントの屋根を利用して軍備倉庫や外壁上部の回廊などが設えられている。半要塞的な造りだった。
居住区は、さらに身分によって区分けされていて、正面の大門に近いほど身分が高く、裏門に近いほど身分の低い者が住む。騎士団の殆どは専門の寮に入るのだが、結婚して所帯を持つと外壁アパルトメントを使わせてもらえた。
.....まあ、艶っぽい夜の営みを考えれば、当たり前だろう。
そんなこんなで、新婚ほやほやなドルフェン夫妻は、新居の家具を揃えたり、それに付随する細々した作業に明け暮れ、今日ようやく入居した。
小さいながらも楽しい我が家だ。
感慨深く眼を細めるドルフェン。だが彼の実家が侯爵家で馬鹿デカイだけであり、二階建てのメゾネット6LDKを普通は小さいといわない。
その証拠にサーシャは大きな部屋が沢山あるアパルトメントに興奮気味だ。
今まで彼女の部屋はジョルジェ家の奥まった一室だった。もちろん不自由はなかったが、やはり我が家というモノは特別なのだろう。
ここが私の家。私とドルフェンの.....
品よく整えられた応接間。その右の扉は大きなキッチンに繋がっていて、左の扉はドルフェンの書斎兼武具倉庫。正面の扉を抜けると左右に小さめの部屋二つと階段。階段を上がれば主寝室とクローゼット部屋や空き部屋だ。
一階の小部屋は子供達の寝室に。二階の空き部屋は、いずれ勉強部屋にしましょう。ああ、楽しみだわ。
新生活に心を躍らせるドルフェンとサーシャ。
しかし数日後。二人は妙な気配を感じるようになる。
「ドルフェン、洗濯した?」
「いや? 君じゃないのか?」
アパルトメント玄関の正面は各部屋の庭になっている。そこに各々物干しなどのスペースもあるのだが、ドルフェン宅前でひらめく洗濯物。
サーシャが確認すると、それは間違いなく自宅の洗濯籠に入っていた洗い物である。しかし、どちらも洗った覚えはない。
.....誰が?
ハタハタと揺れる洗濯物を、二人はゾッとした眼差しで見つめていた。
「.....貴方じゃないわよね?」
「もちろん.....」
応接間のテーブルに畳んで並べられた洗濯物。これも二人の知らぬ間に置かれていた。
誰かが勝手に部屋に入り込んでいる?
サーシャは腹の奥を冷たい何かで撫でられたかのように身体が震える。
幸せ一杯だった新居が、得体の知れないおぞましい場所に思えてきた。
「やだっ、気持ち悪い.....」
「訳が分からないな、どういうことだ?」
ドルフェンは狼狽しつつもサーシャを連れてジョルジェ伯爵邸に向かう。
「.....というわけで、何者かが出入りしているようなのです。誰の仕業か判明するまでサーシャをこちらに置いていただけませんでしょうか」
話を聞いて、眼を丸くする伯爵親子。
「王宮内部にそんな不埒ものが?」
ドラゴは驚愕に顔を強ばらせる。それはそうだろう。鉄壁の守りを誇るはずの王の居城を好き勝手に歩き回り、鍵のついたアパルトメントに入り込む輩など想像もつかない。
.....いや、一人だけいたな。そういう生き物が。
ちろりと眼を滑らせ、ドラゴは愛娘を見た。気づくとドルフェンとサーシャも小人さんを見ている。伯爵親子の背後に立つナーヤやザックもだ。
「うえっ?」
いきなり受ける視線の集中砲火に、千尋は眼をしばたたかせた。
「アタシじゃないにょっ! そんな悪戯はしないよっ!」
「分かっておりますわ。ただ、御嬢様のように自由な何かが他にもいるのだなぁと.....」
クスクス笑うサーシャに、ドルフェンもつられて笑う。
「そうですな。正直、気持ち悪くはあるのですが、悪い感じは受けないのですよ。何しろ洗い物を洗濯して、取り込み畳んでくれただけですから」
たしかに。
それだけなのなら、むしろ家事を手伝ってくれているわけで、有難いかもしれない。有り難迷惑ともいえるが。
ふむ、と思案する小人さん。
だが、そういった周囲の警戒を余所に、件の何者かはドルフェン宅を我が物顔で闊歩し始めた。
気づけば食事の支度がされている。
気づけば掃除が終わっている。
しまいにはドルフェンの書類仕事が片付いていたりとかもあり、さすがに黙っていられなくなった。
「これは騎士団の書類だ! 何処の誰とも分からない者に見られたとあれば報告しないわけにはいかぬっ!!」
顔面蒼白でハロルドに報告したドルフェン。報告を受けたハロルドも顔色を失くし、大慌てでロメールへと連絡した。
そして今、なぜか伯爵邸に人々が集まっている。
「どうしてこうなった?」
胡乱な眼差しで、がやがや騒がしい男どもを眺める小人さん。デカイ図体がたむろうむさ苦しい空間にいたたまれない。
救いはサーシャの可愛らしい姿くらい。
「ん~? でもさ、これってチィヒーロが噂になった時と似てるよね?」
「そうですな。いつの間にか色々終わってるというのには覚えがあります」
苦笑を禁じ得ない熊親父。
「では、似たような境遇の誰かがいて、我が家か王宮に住み着いていると?」
「けど、御嬢様は御飯のためになさっておられましたわ。我が家の何者かは、何が目的なのでしょう?」
不思議顔を見合せるドルフェンとサーシャ。
「どちらにしろ不問には出来ん。騎士団の書類仕事までされては、うかうかとドルフェンに仕事を割り振れん」
「てか、ドルフェン? 仕事は仕事場でやれ。なぜ持ち帰るか」
苦虫を噛み潰すハロルドと、呆れ気味で脳筋騎士を睨み付けるルーカス&ユーリス。
「.....いや。書類仕事は苦手で。時間がかかるのだ」
大きな背中を悄然と丸め、ドルフェンは居心地悪げにみじろいだ。
勝手に宿題にするなと釘を打ち込みつつ、ロメールは軽く天を仰ぐ。
「なんとかしないとねぇ。とりあえず正体くらいは知りたいよね?」
難しい顔をしたまま、彼は小人さんの横で御茶を口にする。そして、ふと眼を見開いた。
その視線の先にはポチ子さん。他にも麦太やミーちゃんが部屋をノタノタ動き回っていた。
すでに王宮では日常的な風景。
「そうだよ、モノノケがいるじゃないか。ジョルジェ邸の周りに幾らでもいるモノノケ達が何か見ているんじゃないか?」
ドルフェン宅は伯爵邸から見える位置だ。邸の周りを縦横闊歩しているモノノケらが何かを見ていてもおかしくはない。
ああ、とばかりに千尋も眼を輝かせた。
「そっか、みんなぁーっ!!」
小人さんが叫ぶと、あちらこちらからモノノケらがやってくる。栗鼠や兎、鶏や蠍。さらに蜘蛛や百足がやってきたあたりで、慌ててユーリスが席を立って逃げ出した。
小人さんのお供達には慣れたものの、未だにモノノケに対して免疫が出来ていないらしい。
下手を打つ前に逃げることを覚えたユーリスを生温い眼差しで見送り、小人さんは集まったモノノケらに何か変わったモノを見ていないか尋ねた。
すると何匹かのモノノケが何処ぞへと消えていく。
そして暫くして、消えたモノノケらが何かを抱えて戻ってきた。
「.....なん? それ」
ジタバタ暴れる小さな何か。よく見るとタコのように触手が何本も生えた生き物だ。正確にはスライムにタコの足が生えたような奴。
ふよんふよんと揺れる胴体。たぷんと瑞々しいソレはあからさまに怯え、プルプルと震えている。
「そいつがドルフェンの家に入っていたの?」
こくこく頷くモノノケ達。呆気に取られる大人達の視界の中で、どこからともなく運ばれてくる謎生物はみるみる数が増え、あっという間に伯爵邸のリビングは正体不明のスライムモドキに占拠された。
「うええぇぇっ?! どんだけいるのさっ!!」
ざっと数えても二十匹はいる。思わず、一匹みかけたら三十匹なアレを思い出す小人さん。
「これって何なんだ?」
物怖じもせず、謎生物を突っつくルーカス。ひぃぃぃっと声が聞こえてきそうなほど狼狽えるスライムモドキ。
これも魔物なのだろうか。この情感豊かな雰囲気は主の一族とよく似ていた。
小人さんは心の中でメルダを呼ぶ。彼女の願いは思念として主らに伝わるのだ。然したる時間もおかずに飛来する巨大蜜蜂様。
やってきたメルダは、一瞬固まったが、すぐに柔らかな眼差しでスライムモドキどもを見つめた。
《これはまた懐かしい。お城妖精ですね》
「お城妖精?」
きょんっと呆ける小人さんに、メルダは鷹揚に頷いた。
聞けば古くからある建物に住み着く妖精なのだそうだ。見掛けどおりの軟体動物で、隙間の多い石材が大好き。暖かい心が好物で、そういった家族の家に住み着き、色々と御手伝いをしてくれるらしい。
長く続く家に発生することが多く、子守りや雑事もこなす万能職として有名らしいのだが、昨今の近代化から住むべき古い建物が減り、最近はあまり見掛けなくなったとか。
さすが語り部の一族。フロンティア建国より前からの記憶を継承しているだけはある。アルカディアのことならば、知らないことはないのだろう。
《少なくとも築数百年は越えないと発生いたしません。生まれてから、棲み家を失うまで生きるので、非常に長寿で賢い生き物です》
「ほえ~、凄いね」
ってことは、フロンティア王宮に住み着いてるってことかな? でも、今まで見たことなかったけど。
思い付いた疑問を小人さんが口にすると、メルダは少し思案げに首を傾げた。
《それは多分、餌となる温かい感情が無かったせいかと。これらは人の感情を餌にします。好物は温かい気持ち。幸せな家庭を好み、混ざろうと寄ってきます》
混ざろうって..... まるで座敷童子みたいだね。アレも確か、気づけばいるんだよね。そして素知らぬ振りでもてなしてやると、その何倍もの幸運を授けてくれるんだったかな?
前世の世界の妖怪を思い出しつつ、によっと顔を緩める小人さん。ホントに、変なとこで似たような事象が起きるモノだ。
そんな千尋を余所に、あ~..... とロメールが得心げな眼をすがめる。
「それが条件ならば、王族は毛嫌いされただろうね。つい最近まで温かい感情とは無縁な場所だったから」
陰謀詭計渦巻く魑魅魍魎の棲み家。小人さんが掻き回し、泡立て、ぽこぽこなまったりシェイクにするまで、親子でも月一くらいでしか会えないような稀薄な場所だった。
今では何の気なしに御茶会をするくらい柔らかな家族になりつつあるが、それでもまだ温かい場所にはほど遠いだろう。
「伯爵邸は新規に建てられたものです。持ち主が変わるたび常に新築されるので、その条件に合わなかったのでしょうね」
ハロルドも情報を捕捉した。
王宮外郭は数千年を越えた建物だ。補強はされるが建て替えはされない。
「.....今まで誰も知らないモノノケが、ずっと王宮にいたわけですか」
「ずっといたわけだねぇ。少なくとも数千年以上」
「どうりで書類仕事までやれるわけです。それだけ長生きなら、知識も相当でしょうな」
乾いた笑いで頷き合う男性陣。だがメルダは難しそうな顔で呟いた。
《しかし、これらは非常に臆病で滅多に人前には現れないし、気配も残しません。なぜ、こんなに大量に?》
何かを尋ねるように、メルダはお城妖精を見た。すると、なんとスライムモドキが言葉を発する。
『.....主。我々ヲツカウ権利。モツ』
「主?」
ぎょっと顔を強ばらせる大人達を余所に、小人さんは平然とお城妖精に話しかけた。
今までもメルダや多くのモノノケと会話してきた千尋だ。今さら謎生物が言葉を発したとしても慌てる理由はない。
『石ヲモツ。我々ノ主』
ウニウニと触手を蠢かし、スライムモドキどもはサーシャを指し示した。
「私?」
『ソウ。大切ナ石』
おずおずと頷くポヨポヨスライムモドキ。それを見つめながら、サーシャは、はっと眼を見開いた。
「ひょっとしてコレですか?」
彼女が胸元から出したのはドルフェンから貰った婚約指輪。普段の仕事に差し支えるので指にははめず、鎖に通して首に下げていたのだ。
それを見てドルフェンも眼を見開く。
「これは母上から頂いた石を加工したモノ。我が家は子供が生まれた時に、誕生石として瞳と同じ色の石を贈るならわしがあるのです」
スタールビーに鏤められたアクアマリン。ドルフェンの瞳と同じ色の石。これが謎生物らの大切な石らしい。
『水ノ石。それヲモツおまえハ、我々ヲツカウ義務ヲモツ』
「使う義務?」
『我々ハおまえニツカワレル権利ガアル』
「使われる権利.....? って?」
どや顔でゆらゆら揺れる謎生物達。
唖然とした顔で、言葉の紡げない人間達。
使われる権利の要求って.....下僕志願かな?
意味不明なお城妖精の自己主張。彼等はサーシャに使われたいらしい。その一端が勝手な御手伝いだったようだ。
《どうやら、その石を持ち、この城に住まう人間にのみ彼等は興味を示すようですね。さぞ仲の良い御夫婦なのでしょう。これだけの妖精らを引き寄せたのですから》
ずらっと並んだスライムモドキらの数は、ドルフェン達の幸福指数の現れらしい。
思わず緩む周囲の眼差しに、二人が顔を赤らめたのも御愛嬌。
仕えたがる、お城妖精達。普通ならば仕事手が増えるわけで『願ったりかなったり』の状況だろう。
こうして新たな生き物を迎え入れ、事は終息した。
.....ように、見えた。
事態が斜め上半捻りするのは小人さんに関わった者らの宿命である。『事は踏んだり蹴ったり』に変わる。
「だからぁぁーっ! 洗い方が甘いのですっ! 染みが抜け切れてないではないですかっ!!」
今日も絶叫の上がるドルフェン宅。
どうやらスライムモドキらの仕事は雑らしい。
「塩っ! 塩が足りませんっ! 味がぼやけてしまっていますっ!」
「窓のサンも拭きなさいっ! 窓掃除はガラスを拭けば良いというものではないのですっ!!」
どこか抜けた仕事の居候らを叱責し、びしびしと鍛え直すサーシャ。
叱られ、右往左往するスライムモドキ達。
こうして新たな縁を結び、今日も平和なアルカディアである♪