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落書き。~ドルフェンと父侯爵~

あちらに新作を投稿したので、旧作をこちらに。茶番な親子劇場、御笑覧ください♪


「お慕いしております、キグリス侯爵令息様」


「......迷惑です」


 心の底から軽蔑するような眼差しを隠しもせずに、ドルフェンは可愛らしい御令嬢の告白をぶった切った。


 唖然とする御令嬢。


 端から見ても細く柔らかな印象を受ける少女は、みるみる顔を赤らめて怒りの形相を浮かべる。可愛い顔が台無しだった。


「酷いっ! わたくし、ありったけの勇気を出しましたのにっ!!」


 半泣きで叫ぶ少女だがドルフェンには響かない。むしろさらに嫌悪感を増した彼の瞳は、蛇蝎を見るがごとき心情を隠しもしない。


「妻帯者に告白する倫理観の無さが分からぬのです。勇気の使いどころを間違ってはおられませぬか?」


 そう。ドルフェンには最愛の妻がいる。なのに、この手の女性が引きも切らない。

 高位の貴族らが複数の妻を持つのは珍しくもないが、現国王陛下が三人しか妻を持たぬこともあり、暗黙の了解で今のフロンティア貴族らの間では、妻は二人までとなっていた。

 国王陛下よりも多くの妻を持ってはならない。これが貴族達の常識である。

 別にドルフェンもそれを非難するつもりはないし、持てる者が多くを養うのは正しいことだと思っていた。

 だが、それが我が身に降りかかるのは御免被る。

 今のドルフェンは一介の騎士でしかない。身の丈に合った暮らしをし、可愛い妻と子供らを心から愛している。

 しかし周囲はそう思ってくれていないようだ。未だに誰も彼もがドルフェンのことをキグリス侯爵令息と呼ぶ。

 これは彼の父親が悪い。家を出奔して貴族籍を返却したつもりだったドルフェンは後で知ったのだが、どうやらキグリス家は彼の貴族籍を温存していたようなのだ。

 きっと息子は後悔して戻ってくる。そう信じていたらしい。

 ドルフェンにこれが伝わったのも騎士爵を賜った時。


 王宮にやってきたドルフェンを困惑げに見つめる国王陛下に、あらためて聞かれたからだ。


「騎士爵は貴族爵より身分が低い。侯爵家には他にも爵位があるし、騎士爵より分家の爵位を譲られる方が良くはないか?」


 暗に示される侯爵家の分家爵。確かに父侯爵は複数の爵位を保持しているが、侯爵家を出奔した自分には関係のない話だと思っていた。


 何かが噛み合っていない。


 そう感じた彼が実家に突撃したところ、判明したのはドルフェンの貴族籍が抜かれていないという事実。

 愕然と顔を凍らせたまま、彼は家族を怒鳴り付けた。


「すでに私はサーシャと結婚しているのですぞっ?! なんたることかっ! 神々に盟約の婚姻したというのに、国王陛下から許可を得てもいないではないですかっ!!」


 そうなのだ。貴族の婚姻には国王の承認が必要で、知らずにそれをブッチした形のドルフェンは不敬罪に問われてもおかしくない。

 さらにいうなら、キグリス侯爵家そのものが連座を食らいかねない状況である。


 こんな簡単なことが分からぬ父上らではあるまいにっ!


 呆れの滲む苦悶を浮かべ、ドルフェンはギリギリと奥歯を噛み締めた。

 そんな彼を穏やかに見つめ、怒鳴られたキグリス侯爵は疲れたかのように小さな溜め息をつく。


「御存知であるよ、陛下は」


「は?」


 ドルフェンの顔から思わずするりと表情が抜け落ちた。


「.....王女殿下がな。口利きをしてくださったようなのだよ」


 やや眉根を寄せて、キグリス侯爵は己の仕掛けた罠が壊された瞬間を思い出す。


 貴族籍を持つ者の婚姻には国王陛下の承諾が必要だ。それを逆手に取り、ドルフェンが獣人の女性と結婚したとしても無効だと進言し、国王陛下の強権で二人を別れさせるためにキグリス侯爵はドルフェンの貴族籍を残していたのだ。

 その機会を今か今かと待ちわびていたドルフェンの父親は、ある日、王宮から召喚を受ける。

 何事かと登城した侯爵が見たのは、国王陛下に寄り添い座る小人さん。彼女は微かな笑みをはき、キグリス侯爵を見上げてきた。


「ドルフェンについて、少々御尋ねしたくて」


 にっこり笑う少女は、探り合いもなしに本題を切り出してくる。

 背筋にヒヤリとした悪寒を走らせ、侯爵は二人の向かいに座った。


「ドルフェンの籍が妙なので確認ですわ。わたくし、彼の申請でドルフェンは貴族から籍を抜いたと聞き、平民として登録したのですけど..... ドルフェンの貴族籍、王宮に残ってますわね?」


 通常なら貴族と平民では御給金の額が変わる。さらにはその保証や待遇も。

 何でも平等な小人隊では無縁な事柄だが、やはり規定として区分けはしていた。その台帳に記された両方にドルフェンの名前があったのだ。

 片方は王宮に申請する貴族名鑑に照らし合わせたモノ。もう片方は本人らの申請によるモノ。

 それらの齟齬を見て、小人さんは確認するためキグリス侯爵の召喚を国王陛下に願い出たのである。


「これって、どちらかが虚偽の申請をしていることになりますわよね? 王宮を謀ろうとしているのは、どちらなのかしら?」


 にっと笑みを深める少女。己の姑息な企みを看破され、心の中でだけ冷や汗を垂らしまくる侯爵。

 そんな侯爵を気の毒そうに見つめる国王が、まあまあと助け船を出す。


「.....子供を思う親心であろう。そう尖るな、チィヒーロ」


 ふくりと相好を崩して、国王は愛娘を宥めた。

 今は血縁関係にないが、前世では多大な苦労をかけた我が子である。今世も神々に依頼されて再び苦労の連続で、国王は前世より過保護になっていた。

 以前出来なかったアレコレを、今度こそ何でもしてやりたい。

 思わず潤む国王の視界の中、小人さんはズル賢い侯爵を炯眼な眼差して睨みつけていた。


「そうですわね。親心ですか。.....一歩間違えば、ドルフェンが罪に問われる状況を作り出しかねない親心。わたくしには理解出来ませんわね」


 ふうっと扇の下で嘆息し、少女は顔面蒼白な侯爵に忌々しげな三白眼を向ける。

 それに含まれる鋭利な棘に全身を引っ掻き回され、侯爵は微動だに出来ない。

 まさかこんな事になるとは、彼も考えなかったのだろう。

 ドルフェンが本気で平民となり、獣人の妻を娶るなんて彼にとって悪夢でしかない。

 現実を受け入れられぬドルフェンの父親に、少女は致し方無さげな顔を向ける。


「今回のことは、わたくしの胸にしまっておきましょう。わたくしの専属護衛騎士ですもの。両方に籍があっても宜しいですわよね? お義父様」


 にっこり微笑む愛娘に目尻を下げ、国王は鷹揚に頷いた。


「良いとも。そなたの専属なのだから、どのようにも好きにしたらよい」


「ありがとう存じます。彼は愛する婚約者と結婚式が近いのです。こんなことで二人の未来に水を差したくありませんものね」


 はっと顔を上げたキグリス侯爵は、目の前の少女の瞳に極寒の侮蔑を感じた。虫けらのように高みから見下ろされる不可思議な感覚。


 国王に具申して息子の結婚を無効にしようと企てていたことを見透かされていたのだろう。


 国王陛下が許可したからには、ドルフェンの結婚に誰も物申せない。これに何か言おうものなら、彼女はドルフェンの籍を白日のモノとする気に違いなかった。

 つまり平民とし、侯爵の手が届かない状態にだ。

 このまま黙って頷けば、きっと息子の籍だけは手元に残しておける。


 そう判断したキグリス侯爵は、秘密裏に行われた小人さんの相談を粛々と受け入れたのだ。


 父親から淡々と説明を受け、ドルフェンの眼が真ん丸に見開く。


「.....私など捨て置けば宜しいものを。なぜですか?」


「.....子供は幾つになろうが子供だ。わしが死ぬまで、そなたはわしの息子。侯爵家の一人なのだよ。これは変わらん」


 歯に物の挟まったような口調で呟く侯爵を、ドルフェンは信じられない眼差しで凝視した。

 貴族にとって大切なのは家である。子供らはその道具。如何にキグリス家に利益をもたらすかが重要であり、個人を鑑みるようなことはない。

 そう育てられてきたし、両親もそう明言していた。

 次男坊な自分は、兄に万一が起きた時のスペアであって、何事もなくば何処か良い縁組みで結婚しろと。常々そう言ってきた父親が、どの口で自分を息子だと宣うのか。


 駒の間違いだろう?


 そんなドルフェンの心情が伝わったらしく、キグリス侯爵はあからさまに気まずげに顔をしかめた。


「.....わしは昔から厳しいことをそなたに言ってきたな。それは認める。.....だからといって.....情がなかったわけではない。.....そんなはずないに決まっているではないか」


 貴族籍を抜けば本当に他人となる。貴人と平民の格差は非常に大きい。それだけは避けたかったのだと、小さな声で侯爵は呟いた。

 悄然として背を丸める父親の後ろ姿に、ドルフェンは目の奥が熱くなるのを止められない。


 なぜに今さら? 今まで何の感慨や情を欠片もみせなかったくせに、何故今になって父親でありたいと申されるのですか?


 幼い頃から父親は厳しい人だった。まさに貴族然とした筆頭侯爵。数ある貴族家をまとめ、貴人の中の貴人である侯爵は父親らしい姿など息子達に見せたことはない。

 常に貴族としての矜持を叩き込まれ、己の立場を教え込まれ、決して家の名誉を損なうことがないようにと日々口喧しく説教された記憶しかドルフェンにはなかった。

 唯々諾々とそれに従ってきた。


 なので初めてのドルフェンの反抗に父親は眼を回したことだろう。

 サーシャと婚約すると言ったドルフェンは酷く恫喝され、罵られ、父侯爵から勘当を言い渡された。

 当然だろうと、ある意味、安心したドルフェン。

 煩わしいことも多いが、それなりに楽しく生きてきた貴族としての人生を全て切り捨て、彼は愛しい婚約者との暮らしを始めた。

 騎士団には多くの平民が所属している。ましてやドルフェンは騎士団に名だたる猛者だ。遠征もあるし、その関係で夜営や自炊も覚えてきた。

 だから平民慣れもしており、ややぎこちないものの、サーシャと共に王宮外郭の一室を借りて暮らすのに不具合はない。

 二人は伯爵家の近くに部屋を借りて小さな暮らしを始めた。


 その暮らしが幸せ過ぎて、実家のことなど思い出しもしなかったのに。


 ここにきて、まさかの事態である。


「.....王女殿下が如何様にもしてくださるはずだ。平民として騎士爵をとるもよし、望むなら侯爵家の分家として子爵あたりを譲ろう」


 不器用な父親の申し出に、ドルフェンの瞳が大きく揺れる。


「.....爵位はいりません」


「そうか」


 少し気落ちしたような父親の返事。それに満面の笑みを浮かべてドルフェンは口を開いた。


「国王陛下が許可してくだされているのでしょう? 私はキグリス侯爵令息としてサーシャと結婚いたします。いずれは騎士爵をとりますが、父上が亡くなるまでは息子でいてさしあげますよ」


 平民に家格はない。名字を持つのは貴族だけ。だから平民と結婚しようとも、貴族籍を失っていないドルフェンはキグリス侯爵令息を名乗れるのである。


「.....御気持ちと名前だけ頂きます。大切にします」


 一端の男に成長した息子の言葉を耳にして、侯爵は大きく肩を震わせた。


「.....そうか」


 先程とは温度の違う、何かの想いがこもった同音。


「はい」


 幼い頃は果てしなく大きく見えた父の背中。それがいつの間にか小さくなっていた。

 

 ああ、私が成長したのだな。


 父親より十センチ以上大きな背丈のドルフェン。しかしそれは身体だけではない。こうして父親の心情や機微が窺えるほどに、彼の中身も成長したのだ。


 子は巣立つモノである。


 思わぬ邂逅を果たしたキグリス侯爵親子は、少しずつ歩み寄っていった。

 ジョルジェ伯爵家の垣根の陰に、時々現れる謎の紳士。ある日はご婦人連れだったり、ある日はドルフェンに良く似た男性連れだったりと、数日おきに姿を見せる男性に、サーシャは苦笑する。


「あ、じーじだ」


 だいぶ流暢にしゃべるドルフェンの息子達は無邪気に声をあげるが、サーシャはシーっと人差し指を子供らの口許に立てた。


「そのうちお父さんが紹介してくれるわ。それまで知らないふりね?」


「うんっ!」


「わかった!」


 三つ子のいる賑やかなドルフェン一家。その家にキグリス侯爵家の人々が加わるのも、たぶん遠い話ではない。

 

 時は何物にも勝る特効薬。


 こうして、めでたしめでたしで終われば幸せだったのだが、話は冒頭に戻る。




「だからっ! 第二夫人を持つつもりはないと言っているでしょうっ!!」


「.....自由恋愛だろう? わしは知らぬ」


 しれっと嘯く、じーじ。


 キグリス家の家格に見合う第二夫人をドルフェンに持たせようと、あの手この手で侯爵が噂を広めているのだ。

 唯一無二であり、第一夫人のサーシャは平民。それも獣人だと侮り、キグリス侯爵家と縁繋がりになりたいと目論む貴族どもが娘達を煽っている。


 引きも切らない告白や色仕掛けにウンザリして、ドルフェンは再び実家へ突撃した。


 ふんっとそっぽを向く父親のふてぶてしさ。まるで気難しい子供のようである。

 これもまた、初めて見る父親の一面だ。.....歓迎は出来ないが。


「こんな事が続くなら、本気で騎士爵を取りますよっ!」


 苦虫を噛み潰して絶縁宣言をかますドルフェンに負けじ劣らじ、キグリス侯爵も背筋を怒らせて叫んだ。


「ならんっ! そなた、わしが死ぬまで息子であると言ったではないかっ! 男の一言、鋼のごとしであれっ!!」


 ぎゃんぎゃんやらかす親子喧嘩に眼を丸くして、侯爵の孫見学に付き合うドルフェンの母親と兄は、驚いたような顔を見合わせた。


 人は変われる生き物である。


 進化したのか退化したのか分からない侯爵親子の新たな関係は、長く人々の茶の間を賑わせた。


 その陰で、にんまりとほくそ笑む小人さん。


 大切な二人の幸せに粉骨砕身し、今日も彼女は元気です♪


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