落書き。~ドルフェンの試練~
お久です。三巻の入稿も終わり、ゲラ待ちのみ。残すは四巻の加筆修正とSSのみ。もう少しだ。頑張れ、自分。
「なんだとっ? サーシャが兵士に連れて行かれたっ?」
一体、何が起きたのか分からない騎士は、慌てて自宅へと駆けつけた。
だが家の中はもぬけの殻。何処にも最愛の妻の姿は見えない。
「サーシャぁぁぁああっ!!」
猪突猛進に兵士らの屯所へ向かう騎士。
彼の名前はドルフェン。王宮騎士団の一人で、騎士爵を持つ準貴族だ。
元々は侯爵令息だったのだが、彼の選んだ恋人が獣人である事から婚姻を反対され、思いきり良く侯爵家をおん出た彼は、愛しい恋人のために平民となって結婚した。
そこからも紆余曲折あったが、夫婦仲は良好。子宝にも恵まれ、可愛い妻は臨月を迎えた。
いつ産まれるか気が気でないドルフェンは、毎日、時間があればサーシャの様子を伺う。
足りない物はないか? 気分はどうだ? 安静にしておれよ?
微にいり細をうがち、そわそわと心配する夫に、サーシャも苦笑いで微笑んでいた。
そんな平和な日常がいきなり壊される。
ドルフェンが周りに聞いたところ、馬車で来た兵士らが身重の妻を連れ去ったらしい。
どかんっと音をたてて扉をぶち破り、中に飛び込んできた騎士を見て、屯所の兵士らは震え上がった。
ふーっふーっと息を荒らげ、中の兵士達を見渡すドルフェン。
その獰猛な眼差しに怯え、カチカチと震える兵士達。まるで蛇に睨まれた蛙の如く微動だに出来ない。そんな彼等を見据え、ドルフェンは地を穿つかのように低い声で呟いた。
「サーシャは何処だ?」
「へ?」
剣呑な騎士の呟きに、思わず兵士らは間抜けな声をあげる。
「サーシャは何処だと聞いておろうがぁぁぁっ!!」
「「「「ひいぃーーーーっ!」」」」
憤怒も顕に雄叫びを上げるドルフェンに胸ぐらを掴まれ、屯所の中は兵士らの阿鼻叫喚が響きまくる大惨事となる。
罪もない兵士らに合掌。
「迎えを頼まれただけ?」
「そうですぅぅぅ、臨月になったので里帰りなさると申されてましたぁぁぁ」
なんでも王宮から指示があり、サーシャを連れていったのだと言う。渡された手紙を見て、サーシャも満面の笑みで付いていったとか。
里帰り.....? 母御の村だろうか?
色々な紆余曲折があり、サーシャの母親のマーリャは、ドルフェンの住む国の王都から、かなり遠方の村にいる。そこまで馬車二週間、昼夜馬をかっ飛ばしても五日はかかる距離だった。
そして彼の脳裡に過ったのは、とある馬車。
ここは剣と魔法で生きる世界。魔力があり、魔法があり、魔物もいる。
そんな魔物の中でも知性を備え、人に害を与えないモノもいて、そういった魔物を人々は総じてモノノケ様と呼んで慕っていた。
そのモノノケ様の一種である巨大蜜蜂達。人間の子供サイズな蜜蜂らは、空を翔る馬車を運行している。蜜蜂馬車を使えば、マーリャの村まで一っ飛びなのだ。
ドルフェンは蜜蜂馬車を使う許可を貰おうと、早速王宮へ先触れの文を出した。件の蜜蜂馬車の管理は王宮がしているからだ。
しかし、しばらくして届いたその返事はNo。
がくんっと顎を落としつつ、何度も理由を書き添えて王宮へ文を送ったものの、返事は全て不許可と書き綴られている。
「なぜだぁぁぁっ!!」
半べそ顔で泣き叫ぶドルフェン。そんな彼を知らず、サーシャは蜜蜂馬車に揺られてマーリャの村を目指していた。
「何も伝えておりませんが、良かったのかしら?」
大きな狐耳ともふもふな尻尾をピコピコさせ、コーラルピンクな髪と赤い瞳を持つ女性は、困ったかのようにやや眉を寄せる。
彼女の名前はサーシャ。ドルフェンが血眼になって探している最愛の妻だ。
「んなん、アレの自業自得だにょん。サーシャは元気な赤ちゃんを産む事だけを考えたら良いさぁ」
しれっと宣う少女。年の頃は十二か十三。緑目黒髪の可愛らしい見目をしている。
「いよいよとなれば別れれば良いし、あの分からんちんには良い薬だわ」
辛辣に眼をすがめて呟く姿に、やれやれと小さな嘆息をもらしつつも嬉しげなサーシャ。
彼は優しく何でもしてくれるが、それが彼女には重かった。ドルフェンは獣人というモノを知らない。きっと生まれた我が子に眼を疑うだろう。
そんな不安を抱いたまま、彼の傍で出産など出来なかった。陰鬱に悩むサーシャを見かね、小人さんが実家へと里帰りを提案してくれたのだ。
里帰りなど思いつきもしなかったサーシャ。普通、嫁いだ娘は嫁ぎ先を家とし、そこで産むものだ。だけど、精神が不安定だったサーシャは、それにすがりついた。
ドルフェンの愛情が重い。生まれた子供らを蔑まれるのが怖いなど贅沢な悩みだと思ったが、小人さんに、ドルフェンよりサーシャが大事だと言われて、彼女も里帰り出産を決心する。
妊婦をこんなに不安にさせるドルフェンが悪いにょ。胎教に良くない。だいたい、粘っこいのよ、アレは。
それは熊親父や千早にも当てはまるのだが、無意識に棚上げする小人さん。
こうして妻に逃げられたドルフェンの、必死な追跡劇が始まった。
「どっ.....けぇぇぇっ!!」
蜜蜂馬車不許可の連打を受けたドルフェンは埒があかず、馬で行くことを決め、旅支度を整えてから騎士団に暇を告げる。
しかしここで難題が持ち上がる。慌てふためく同僚達から足止めを食らったのだ。
騎士団側も寝耳に水で、何事かとドルフェンを馬から引きずり下ろし、話を聞く。
「サーシャがぁ.....っ! サーシャがぁぁぁっ!!」
サーシャ、サーシャと話にならない脳筋騎士様。その頭を騎士団長であるハロルドが思いきり殴りつけた。
筋骨逞しい男の渾身の一撃に、さすがのドルフェンも言葉を失う。
「~~~~っっ!!」
あまりの痛みで地面に踞るドルフェン。ようやく正気に返ったらしい彼から詳しく話を聞き、ハロルドは呆れたかのように眼を見開いた。
「それで職場放棄か? まあ、これまでの功績を鑑みれば、免職にはなるまいが。降格はありうるぞ?」
騎士爵を得る可能性を失うかもしれないと、それとなく諭すハロルド。
「それでも参りますっ! 我が子が産まれるのですよっ? お産は命懸けだと聞いております、そんな大事に夫が傍で支えずして、産まれてきた我が子に父と名乗れましょうやっ!!」
夫として父として鑑とも思えるドルフェンの熱弁。だがしかし、大半の騎士達は、そのような事をやっては来なかった。
困惑げに顔を見合わすドルフェンの同僚ら。
この世界は地球ではない。異世界アルカディアである。
剣と魔法で生きるアルカディアでは、近代文明の発達が遅れており、地球でいう中世観満載な世界だ。
当然、古めかしい因習も蔓延り放題。男は外で稼いで家族を養い、女は家を守り子供を育てるという図式があった。 それにかこつけて大抵の面倒事を妻に任せきりな男達の耳にドルフェンの熱弁は痛すぎる。
分からなくはない。だが、現実にやろうと思うと、とてつもなく大変だ。
お産、育児、家事、その他諸々。子供が成長すればするほど、多くの面倒がつきまとう。それら全てを手伝える訳もなく、むしろそれらを補うために男らは働き、乳母や家政婦を雇うため金を稼ぐのだ。
それがアルカディアの男性達が持つ価値観である。
ドルフェンの熱弁も、苦虫を噛み潰して己に言い訳する男性らの価値観も、どちらも間違っている訳ではない。
下手な男手より、慣れた女手のほうが産後の妻には助かるだろう。それが出来るのなら、それも一つの手だ。
だが、それが出来ない薄給の者もいる。
そういった者らにはドルフェンが眩しすぎて、その口から発せられる、妻が、妻の、妻を、との言葉が深々とぶっ刺さる。
俺だって怠けてる訳じゃ..... ちゃんと稼いでるし、家事だってやってるし。
手伝うと邪魔だって言われるんだよな..... 怖いんだよ、うちのかみさん。
お産に付き添うって..... 女の城だぞ? 殺されかねんぞ? 男は出ていけって言われるぞ? 少なくとも俺は言われた。
それぞれ思うところを脳裡に浮かべつつ、う~~んと顔をしかめる騎士団の面々。
ドルフェンには仕事が詰まっていた。その多くは誰かと交代が可能な仕事だが、それをすればドルフェンの失態になりかねない。
彼の言う村は、ここから馬で片道十日前後かかるのだ。お産を含めて滞在となれば、軽く一ヶ月は仕事に戻れないはずである。さすがに、それは見過ごされないだろう。
何の手だても浮かばす、行き詰まった人々を見渡して、ふと一人の若い騎士が何かを思い出したかのように挙手をした。
「あのっ! 有給が使えるのではないのでしょうか?」
ハッと顔を見合わせる騎士達。
有給。これは近年導入されたシステムだ。
半年ごとに真面目に勤めた騎士へ、国からの報奨として三日の休日が与えられる。何時でも使用可能で、弔辞や祝い事などで急な休みが必要な時に重宝していた。
何しろ、休んでも給金がつくのである。たった三日とはいえ、非常に有り難い好評なシステムだ。
半年に一度もらえる有給は溜めておくことが出来、ドルフェンは結婚式と新婚旅行以外で使っていない。このシステムが導入されて、早六年。彼の有給は溜まりに溜まっていた。
「すぐに計算しろっ! 有給なら欠勤扱いにならん、それなら仕事の割り振りを変えても構うまいっ!」
ざっと動き出した騎士らは、慌てて総務や経理に働きかけて話を通し、ドルフェンの有給全てを翌日から取らせる事に成功する。
なんとこの男、溜まっていた有給が四十日近くあったのだ。
誰もがちょこちょこ使うのに、ドルフェンは、本当に全く使っていなかった。
ドのつく真面目が勝利した瞬間である。
「まあ、気をつけてな。嫁さんに宜しく」
歯茎を浮かせて苦笑いな騎士団の面々に見送られ、ドルフェンは一つ目の難題をクリアした。
「ほーん。有給かぁ。想定外だったな」
サーシャと御茶をすすりつつ、小人さんは蜜蜂便で届いた報告書に眼を通した。
騎士団の仕事は激務である。それを放り出して来られる訳はないと高をくくっていたが、まさかの事態だった。
「有給入れたの間違いだったかなぁ? うーん、こうなるとは思わなかったなぁ」
そう。有給のシステムを王宮内に導入したのは、この少女だった。ドルフェンが所属する騎士団。その王宮の王女殿下である。
生まれる前から一緒にいたサーシャは、王女殿下にとって姉も同じ。その彼女が安心してお産に挑めるよう、夫のドルフェンに内緒でサーシャの母親の元へとやってきたのだが。
存外、ドルフェンが手強い。
「伊達にアタシと世界中を回ってきてはいないってことね。道理を引っ込めるなよな、全く」
当たり前に無理を押し通す御仁。そも多分に運が作用しているあたり侮れない。
次の手を打つべく、小人さんは蜜蜂らを呼び寄せた。
「なんだ、これは.....っ!」
昼夜構わず馬を走らせてきたドルフェンは、眼前に広がる光景を見て息を呑む。
見渡す限りの荒涼な大地。そこに横たわるのは、幅十メートル以上あろうかという大きな亀裂。こんな亀裂が出来ていたら、国境警備の者らから報告されない訳がない。
これは昨日、今日出来たモノだという事だった。
魔法や魔物が蔓延るアルカディアでは、たま~に不思議現象が起きる。これも、その一つだろう。左右見渡しても切れ目が見えない。まるで星そのものが割れてしまったかのように深い亀裂。
「こんなタイミングで.....っ、くそっ!!」
二日も寝食とらずに馬で駆け続けていたドルフェンは考えがまとまらず、致し方無しに夜営を始める。疲労困憊な身体が休息を欲してもいた。
それでも脳裡に浮かぶのは愛しい女性。
「サーシャ.....」
今頃、どうしているだろうか。心細くて泣いてはおらぬだろうか。食事はとれているか? 重い腹を抱えて疲れてはおらぬか?
傍にあれば抱き締めてマッサージでも、寝かしつけでも何でもしてやるモノを。
真面目な顔で考えているのがコレである。まるで幼子を庇護する父親の目線。心配性な父親のごとく溺愛され、サーシャが酸欠になっているなどとは知りもしない。
くっと奥歯を噛み締めて、ドルフェンは携帯食料を水と共に胃の腑へ流し込む。それでも疲労が溜まっていたのだろう。横になった途端、睡魔の誘いに身を委ねる彼だった。
そして翌朝。
休息が功を奏したのか、スッキリ冴え渡った彼の頭は、思いきり脳筋な解決策を思い付く。
前述にあったように、剣と魔法の生きるアルカディア。
元侯爵令息だった彼は王家に次ぐ魔力の持ち主で、しかも一芸特化。水の魔法であれば、専門の魔術師にも負けない力の持ち主なのだ。
巨大な亀裂を前にして、彼はありったけの魔力を使い、水を呼び寄せた。そしておもむろに亀裂へ水の橋をかけ、その上を馬で駆けていく。
水とは結構な固さを持った質量であり、圧縮すればその上を渡る事も可能。世界中を巡った冒険の旅で、そんな色々を学んできたドルフェンだった。
こうして次なる難題を乗り越え、一路、彼はサーシャが居るだろう村を目指す。
「普段、脳筋なくせに、なんでこういう時だけ頭を働かせるかなぁっ?!」
ぐしゃりと報告書を握りしめる小人さん。
モノノケらの力を借りて作った足止め用の罠を越えられて思わず苦虫を噛む。もはや、あの脳筋騎士を止める術はない。
彼女の予想どおり、たった五日で彼は獣人らの村にたどり着いた。
「サーシャぁぁぁっ!」
馬を逸らせ獣人らの村へと駆け込むドルフェン。
戦く人々を無視して疾走した彼は、マーリャの家の前で飛ぶように馬から降りた。
そして一度深呼吸をしてから、急かるる心を抑えつけつつ、あえて静かにノックする。
そして扉から現れた人物に言葉を失った。
「ほんとに来ちゃうんだから。まいるね」
剣呑に彼を見上げるのは小人さん。ぷくっと頬を膨らませて、腕を組み、仁王立ち。
「え? あ? サーシャは.....?」
あわあわと混乱するドルフェンの耳に、何処からかか細い声が聞こえた。ふゃぁぁ..... なぁぁ.....っと泣く輪唱。
はっ? と顔を上げたドルフェンは、仁王立ちする千尋を拝むように懇願する。
「チヒロ様っ! サーシャに.....っ、サーシャはいますかっ?!」
眼を血走らせて迫る美丈夫の顔。それに、ぴゃっと千尋が仰け反ったあたりで、リビング後ろの扉が開いた。
奥から出てきたのはマーリャ。呆れたような眼差しでドルフェンを見て、彼女は思わず噴き出した。
「サーシャの言ったとおりだね。本当にやってきたんだ。まあ良い。サーシャは奥だよ」
くっくっと笑いを噛み殺すマーリャを余所に、ドルフェンは部屋の中に飛び込んでいく。
そして奥に入った彼の視界に映ったものは、ベットに横たわるサーシャと、三匹の仔狐。まんま狐な姿の我が子に、ドルフェンは我が眼を疑った。
姿は仔狐なのに、鳴き声は人のそれに近い。両手で抱えられるサイズの仔狐にお乳をやりつつ、サーシャは少し俯いて呟く。
「驚いたでしょう? ライカンは最初、獣の姿なんです。ここから、人化や獣化などに変化していくのですわ」
通常の獣人は最初から獣寄りや人寄りの姿で生まれるが、ライカンだけは獣そのもので生まれてくるのだとサーシャは言う。
御腹で動く複数の子供を感じ、サーシャは、我が子がライカンであることを覚った。だからドルフェンを驚かせたくなくて、臨月に入ってから千尋に頼み、実家へ身を寄せたのだ。
三ヶ月もすればライカンも自然に人化を覚える。よっほど驚きでもしない限り、獣化はしない。
それまで、ひっそりと育てたかったのだが。
彼女はドルフェンが息せき切って、やってくるような気もしていた。
騎士団の仕事もあるし、真面目人間なドルフェンが、そう簡単には来られまいと、千尋は楽観していたが、侮るなかれ。
不可能を可能側に一本背負いの力業を小人さんから学んできたドルフェンである。
なせばなるっ! と、案の定かっ飛んできてしまった。
チラチラと愛する夫を窺うサーシャ。それを子供ごと抱き込み、ドルフェンは大きな溜め息をつく。
「心配したぞ。無事なら良いのだ。これが子供か? ひい、ふう..... 三人もいるではないか。でかしたぞ、サーシャ」
お疲れ様と労ってくれるドルフェン。
喜色満面な彼の笑顔に、サーシャは己の杞憂を知る。
ああ、私ったら.....
獣人だから、ライカンだからと、自らを貶めていた自分。
ドルフェンは何にも気にしていなかったのに。
こうして仔犬のように毛むくじゃらな赤子を見ても、彼の瞳には忌避感の欠片もない。心から我が子の誕生を喜んでくれている。
「.....愚かなのは私ね。ごめんなさい、ドルフェン」
「なぜ謝る? めでたい事だ。笑え?」
ドルフェンは抱き込んだ妻の頭を優しく撫でる。
こうして、地味に不協和音をたてていた夫婦の危機は去り、ドルフェンの家に賑やかな子供の声が増えた。
にんまり笑う小人さん。
後に娘にも恵まれ、ドルフェンがドラゴばりな親バカになるのも御愛嬌。
相変わらず悲喜交々が荒れ狂う小人さんワールドですが、優しい人の幸せが約束された国には、ハッピーエンド以外存在しない。
どこもかしこも、めでたし、めでたしが溢れるフロンティアだった♪
あちらはドルフェン中心の番外編を書き捨てております。御笑覧くださると嬉しいワニがいます。