今日の小人さん
思いつきの書き捨て、そっと置いておきますww
「おいでなすったな」
「応さ」
銀の褥に座っていた二人が獰猛に口角を歪める。
そこは綿密に編まれたクモの巣の上。深淵を見張る番人の待機場所だった。
天上界や深淵は全世界共通。深淵には全世界から追放された邪悪なモノが葬られている。
そして時折、それらが合わさり、とんでもない生き物が生まれる事もあるのだ。
そういったモノらは総じて強力な力を持ち、深淵から抜け出そうとする。
それらを撃退して再び深淵に突き落とすのが、番人らの仕事だった。
通称、銀の褥と呼ばれるクモの巣はアルカディアという世界に繋がる場所である。
ここを突破されると、深淵の化け物はアルカディアに顕現してしまう。なので、ここで撃退するのが二人の役目だった。
《あんたらに任すよ》
広々とした巣に蹲るのは巨大な蜘蛛。
身の丈五メートルほどの大きな蜘蛛は真っ黒で、全身毛むくじゃらなタランチュラのような容貌をしている。左右から目元に走る差し色の朱が綺麗な蜘蛛だった。
この銀の褥を張ったのも、この蜘蛛だ。元々は彼女が深淵の番人だった。
紆余曲折あり、深淵へと堕された二人の魂を銀の褥で救い、そのまま番人の手伝いをさせている。
「任された、いくぞ、チェーザレ」
「ああ、任せろ、サファード」
チェーザレと呼ばれた人物がニタリと笑った。
漆黒のサラサラな黒髪を肩で切り揃え、同じく黒曜石のような瞳を炯眼に煌めかせる美丈夫。年の頃は二十歳くらいか。
彼の細目の眉が挑戦的に跳ね上がり、手にした大弓をギリリっとつがえる。
それを見て、サファードと呼ばれた青年が銀の褥から飛び降りた。
緩やかにウェーブした金髪を軽く一つ結わきにした元気そうな若者。こちらも二十歳そこそこな容貌をしている。
悪戯っ子みたいに金色の眼を輝かせ、深淵深くから這いずる何かに突進していった。
眼をすがめて狙いを定めていたチェーザレが矢を放ち、それに怯んだ化け物へサファードが魔法を叩き込む。
放った魔法の反動を使い、宙を舞うサファード。
その間隙を突き、次々と矢を放つチェーザレ。
阿吽の呼吸で闘う二人に、蜘蛛は眼を細めた。
《変われば変わるものだねぇ》
蜘蛛の名前はジョーカー。波乱万丈な紆余曲折の果てにアルカディアへ棲みついた魔物である。ちなみに神の末席でもある。
深淵に堕ちる魂を救うため、救済の網を張って、アルカディアの人々を拾う彼女だが、その銀の褥にまさか神々が堕ちてくるとは思いもしなかった。
目の前で闘う二人は、元神であり人間でもある。
絶望に染まり神籍を剥奪され、人間に堕とされたチェーザレ。
神籍を賜ったにも関わらず、希望に飽いて神々に叛逆したサファード。
人間に近いチェーザレと神に近いサファードは、真逆の理由で神々の怒りを買い、深淵に堕とされた。
堕ちてきた当初、彼等は犬猿の仲で、いさかいが絶えず、ジョーカーを辟易とさせる。
しかしそんな二人に共通していのは、アルカディアを守るという気持ち。
「ボニーの世界を.....」
「ルクレッツィアの未来を.....」
固く拳を握り締め、二人は遥か彼方に浮かぶアルカディアの光を切なげに見つめる。
彼等は転生者。前世の記憶があり彼等の守りたい者は最愛の者である。
その人物を守るため、彼等はアルカディアを守るのだ。
二度と逢えはしないのだろうが。
複雑な心情のジョーカーの視界で、二人は苦戦していた。
「ちっ、しぶといなっ! サファード、御遣いは喚べないのかっ?!」
「喚べねーわっ! 今は地上も忙しいっ! お前だってだろうっ?!」
「間の悪いっ!!」
元神である彼等には僕たる御遣いがいた。
深淵に堕とされる前、二人は神々よりも高貴な高次の者達に謀られ、陥れられ、深淵に巣食う精霊王と戦わされたのだ。
神々と同等以上の力を持ち、人類を愛しすぎて狂ってしまった精霊達全てを打ち倒すため、高次の者らや神々の掌で、二人は駒として凄絶な転生を繰り返させられた。
未だに忘れられない。凄惨極まりない、あの闘いを.....
「.....っと」
せっせっと筆を走らせる小人さんを、じっとり見つめるロメール。
「君の想像力は豊か過ぎるね。.....深淵の彼等が見たら憤死するんじゃない? これ」
ロメールの手にはシンプルな装飾の施された本。タイトルは『深淵の双壁』
千尋がサファードとチェーザレを主人公にして書いた小説である。
日本的なファンタジー要素とアドベンチャー的なモノを盛り込み、なかなかの人気を博す作品だった。
「えー? 今度、舞台にもなるのに?」
あっけらかんと振り返る妙齢の女性。
今ではロメールの妻となり、密かに作家稼業をこなす小人さん。
紆余曲折のはてに平穏を手に入れた彼女は、人生のターニングポイントで物書きの道を選んだ。
前世の知識を元にしたオマージュなどではなく、自らの経験を糧にした物語を書く道を。
複雑怪奇ならぬ複雑骨折しまくった彼女の人生は、一周回って彼女の御飯のタネとなる。
地球じゃ、物書きの大半は人生を切り売りしてるとか言うしね。うん。
元々壮大な冒険だった小人さんの人生は、自らの手によって一大スペクタクル物語へと変貌し、ワンシーズン毎の出来事を一冊の小説にしてシリーズ化されていた。
今は番外編で、深淵のその後的な話を書いている。
呆れた顔で眼を据わらせるロメールは、チラリと時計を確認して千尋に声をかけた。
「そろそろ子供らを迎えにいかないと。また、伯爵家に泊まってしまうよ?」
「だめだよーっ、お父ちゃんってば、デロ甘なんだからっ! また調子良く財布にされちゃうっ!」
我が子に甘々だったドラゴは、孫にはさらにデロ甘である。眼に入れて持ち歩きたいくらい、孫らを溺愛していた。
強かな孫達は、そんなドラゴにつけいり、親にはねだれないモノをねだるのだ。
「ん、もうっ!」
千尋は慌ててペンを置き、ワンピースの裾を翻す。
「まあ、サクラもいるし、滅多なことにはならないよ」
ふくりと微笑むロメールに肩を抱かれ、二人は仲良く離宮を後にした。
カーテンの陰からにゅっと出てきた腕が、机に置かれていた『深淵の双壁』の本を、こっそり持ち去ったとも知らずに。
後日、黒い笑みをはいた深淵の二人に呼び出される愉快な未来を、今の小人さんは知らない。
その後ろで、うっそりと嗤う異形様。
今日も小人さんワールドは元気です♪