小人さんと神々の晩餐 ななつめ
ある所で、これっ! と小人さんを推してくださる方をお見かけしました。力強い一言のみの。ありがとうございます。面映ゆく口がもにょもにょするワニがいます♪
「あれが最後の辺境の森かぁ」
遠目に見えるはトルゼビソント王国。辺境東東北の寒い国だ。乾期の長いドナウティル王国と違い湿度が高く、夏でも雪が残るような国と聞く。
微かに見える高い塔を眺めつつ、小人さんは最後の辺境の森へと降り立った。
低いブッシュが蔓延る深緑の森。針葉樹中心な森の木々は、固くささくれだった険しい印象を小人さんに与えた。
思ったよりも濃い植物群に安堵し、てちてちと森の奥へ進む小人さん。
なんかアレだね。森の熊さんを歌いたくなるね。
鬱蒼と繁る針葉樹や、その幹に蔓延り萌え捲る苔類。まるでピーターラビットの物語に出てくるような深い森に、ワクテカな顔で進む小人さん。
それを護衛しつつ周囲に散らばるフロンティア騎士達。ヒュリアやザックらはお留守番である。
もはや第二の我が家なモノノケ馬車の周辺を設え、しっかり生活圏を築き上げていた。
身だしなみ術で清潔は保たれるが、やはりお風呂や洗濯をやらないとスッキリしないらしく、三人は手分けして色々と雑事をこなしていく。残してきた数名の騎士らもまきこんで。
妙に生活感があって落ち着くのよねぇ。
馬車に帰ればきっと、はためく洗濯物に美味しい御飯の匂いがしているのだろう。タオルを構えて立つヒュリアとともに。
そんな他愛もない事を考えていた小人さんの前で森が途切れ、燦々と日射しの射し込む広場が現れる。
柔らかな草がそよそよと揺れる広場中央には、ポッカリと空いた穴。盛り上げた土があり、その真ん中に穴が空いている。
待てよ、見たことあるぞ、これ。
小さな頃、野山を駆け回り田んぼや川で遊びまくった小人さん。
軽く額に指を当てて思いだそうとする小人さんの目の前で、その穴から何かが出てきた。
にゅうっと突き出されたのは真っ白な棒。いや、ピコピコ動くその棒の下に大きな顔も見える。そして小人さんは、あんぐりと口を開け小さく呟いた。
「ウサギかぁ.....」
見覚えがあるはずだ。山に沢山あったウサギ穴の大きい版じゃないか。
ぬっと出てきた身の丈二メートルほどの巨大ウサギ。真ん丸な紅いお目々をキョロキョロとさせ、小人さんで視線を止める。
《王? 金色の王?》
「たぶん。あんたが、ここの主?」
《そうよぉぅぅっ! やっと逢えたぁぁっ!》
びょんっと飛び上がり小人さんに抱きつこうとした巨大ウサギ様から、ドルフェンが滑り込むように小人さんを奪取する。
べちょりと腹からダイブしたウサギは、強かに腹部を打ちつけたらしく、しばし手足を振り回して悶絶した。
《のおぉぉぉっ! 何で逃げるのぉぉ、酷いぃぃぃっ!》
「馬鹿者っ! そなたの体重で抱きつかれたらチヒロ様が潰れてしまうわっ!」
眼を見開いて叱咤するドルフェンを涙眼で見つめ、巨大ウサギ様は両脚を口元に当ててガジガジと爪を噛む。
《だあってぇぇ、ラゴンから連絡来てたのよぉぉ? 王が来られたってぇっ! 次は、アタイの番だとワクワクしてたのにぃぃ!》
くぅぅーっと爪を噛むウサギを見て、小人さんは、ああ、とばかりに納得した。
ラゴンとはスーキャラバ王国とトルゼビソント王国の間にある森の主。巨大鶏様だ。
小人さんの訪れをラゴンから聞いたウサギは、次に来るのはここの森だと思ったのだろう。
しかし、小人さん達は新年を迎えるためにフロンティアへ帰国してしまった。さらには反対回りで巡礼を続けたため、期待していただけに肩透かしと待ちぼうけを食った巨大ウサギ様。
よよよ、と泣き伏すウサギの頭を撫でて、小人さんは名前を尋ねる。
「アタシは千尋っていうの。アンタは?」
《オルガよっ!》
「おけっ♪ じゃ、盟約しよっか?」
左手を差し出した小人さんに頷こうと大きく顔を上向けたオルガは、ぴたっと止まり、ゆっくり顔を戻した。
《そうだわ、その前にやらないといけないことがあったんだわ》
やらないといけない事?
首を傾げる小人さんの両脇を掴み、よいしょっと背中におぶさると、オルガはそのまま小人さんを背負って走り出す。
「ヒーロっ?!」
「チヒロ様っ!!」
何故か二足歩行で駆け出したウサギを慌てて追いかけるフロンティアの面々。
大きなウサギ穴へ飛び込み、クネクネと曲がりクネった道を縦横無尽に走るオルガ様。
フロンティア勢を引き連れて彼女がやってきたのは、大きな洞穴。そしてそこにはフロンティア勢の見慣れた物があった。
「魔力循環装置.....」
《これが王には必要だと聞いているわぁ。盟約の前に精霊を手に入れないとね♪》
「へあ? なんで?」
フクフクとお髭を揺らすウサギを、不可思議そうに見上げる小人さん。
《あらぁ。だって金色環が完成するじゃない? 三つの精霊を持っていないと原初の森に行けないわよぅ?》
原初の森?
訳が分からないが、取り敢えず精霊は欲しい。
小人さんと千早は慣れた手つきで魔力を流し、風の精霊を手に入れた。
ポワンっと現れたのは小さな竜。西洋風のドラゴンが双子の肩にとまる。小さな羽根が背中に生えた、ちっこい竜だった。
だがそこで、千早の顔がするりと入れ替わりチェーザレが出てくる。
『待て、これがあると言うことは、もしや?』
《ああ、居候がいたんだったわね。そうようぅ。ここの地下に金色の魔結晶があるわぁ》
金色の魔結晶っ?!
《.....アルカディアの大地が育んだ、生粋の魔結晶よ。金色の王のためのね》
くふりと眼を細め、オルガは爆弾発言をかます。それに驚愕し、微動だに出来ないフロンティアの面々は彼女に急き立てられるよう、さらに地下へと続く道を進んでいった。
「うっわ..... マジだよ」
壁一面を多い尽くす蜂蜜色の魔結晶。きらきらと舞う金色の魔力を見つめ、あまりの絶景に言葉を失うドルフェン達。
《あなた達が魔力循環装置とか呼んでるモノは、魔力を集めるためのカラクリなのよぅ。原初の森へね。ここはその通過点。副産物のようなモノね》
オルガの説明によれば、遥か昔、神々がまだ頻繁に降臨していた頃。
世界に恵みを与える原初の森が作られた。そこへ魔力を送るため設置されたのが魔力循環装置。
アルカディアの大地から魔力を吸収し、集め、原初の森へと送っていたらしい。前にロメールの抱いた疑問の答えがここにあった。
魔力循環装置に注がれた魔力は、こうして魔結晶となり原初の森とやらへ送られている。
「でも、他の森は闇の魔結晶だったにょ?」
《それは、そこの居候のせいよぅ》
居候と呼ばれたチェーザレは、獰猛に眉を跳ね上げた。だが、辛辣な彼の視線をぺいっと弾き返し、オルガは鼻を鳴らす。
《そいつの仲間が闇の魔結晶の欠片を植えたせいで、金色の魔力が餌にされちゃったんだわぁ。んっとに迷惑ぅ》
なるほど。元々、他の魔力循環装置の下にも、蓄えられた金色の魔結晶があったということか。それが闇の魔結晶に染められ、今にいたると。
考え込む小人さんを余所に、チェーザレはペタペタと金色の魔結晶に触れる。そして薄い笑みをはき、うわ言のように呟いた。
『はは.....っ、そうか、ここにあったか。忌々しい高次の者らが、こちらに隠したのだなっ!』
チェーザレが全ての闇の魔結晶を回収したにもかかわらず、欠けていた神々の力。
魔力循環装置は各々繋がっている。それを利用して、高次の者達はチェーザレの神としての力をこちらに隠したのだ。
そう説明され、小人さんはきょんっと眼を丸くする。
「ってことは、今回の解放はアタシ?」
『そうだ。そして我が相殺する』
闇の魔力を溜めて構えるチェーザレ。
だが、それをオルガが止めた。
《その前にやるべき事があるわぁ。盟約しましょう? 王よ♪》
ニコニコ顔を差し出す巨大ウサギ様。
そういや待たせたんだもんね。
小人さんは快く盟約し、御互いの魔力を交換した時。
世界が揺れた。
「うえええぇぇぇっっ?!」
ぶうぅんっと空気が震え、凄まじい振動に視界の中の世界がぼやけていく。
《うふふ、いってらっしゃいませ、金色の王よ♪》
紅から変色し、キラリと光る金色の瞳。
その瞳に見送られ、双子の姿が洞穴から霧散するように掻き消えた。
驚愕の表情を顔にはき、ピクリとも動かないフロンティア騎士ら。そこで動けるのはオルガと、何処からともなく集まったオルガの子供達だけ。
《さあて..... どうなるかしらねぇ》
フクフクとお髭を揺らし、オルガは子供達と共に小人さんの帰還を待つ。
「ここは.....?」
全身を襲った凄まじいブレから回復した小人さんは、気づけば見知らぬ大地に立っていた。
豊かな緑に季節を問わぬ華々が咲き乱れ、多くの果樹が実り、まるで楽園のような風景。
まさに桃源郷。.....天国じゃあるまいな?
おっかなびっくり歩く小人さんと千早は、遠目に見えたガゼボに人影を確認した。
蔓薔薇で囲われた美しい意匠のガゼボ。誰かいるのは分かるが、風貌までは分からない。
いったい、誰だろう。
恐る恐る慎重に近づく双子に気付き、その人影は軽く手を振る。
「千尋、千早、こっちだ。おいで?」
そこに居たのは双子のよく知る男性。
「「.....ロメールっ?!」」
なんでこんなとこにロメールが?
顔一面に疑問符を浮かべる双子に苦笑し、ロメールは椅子を勧めた。しかしそこで小人さんの足が止まる。
「アンタはロメールじゃない。誰?」
小人さんの背筋にチリチリと走る静電気のような悪寒。たとえ姿形が同じであろうと、小人さんが彼を見間違う事はない。
千早とチェーザレのように、同じに見えて同じではないのだ。強いて言うなら魂の識別か。
ロメールがメルダとメリタを見分けられるのと同じこと。
目の前の男性は軽く眼を見開き、面白そうに口角を上げた。
「良い勘だ」
そう呟くと彼は頭を振り払う。
ざっと振り払われた髪から空気に溶けるかのように色が抜け、目の前の男性は金色に変貌する。
太陽のごとき金髪に蜂蜜色の瞳。まるでかつての小人さんみたいな色だった。
何が起きた?
ガン見している双子へ微笑み、金色の男性は口を開く。
『初めましてかな? 俺は、ずっと君らを見てきてたけどね。御初に御目もじ申す。我が名はサファード。建国の王と呼ばれる者よ』
思考がついていけない小人さん。
誰かーっ! 説明プリーズぅぅぅ!!
パニクった小人さんが脳内で絶叫するなか、その異変を感じ取った巨大蜜蜂様が神々のテーブルを目指して飛び出した。
これは.....? まさかっ!!
まだ視認も出来ない遥か彼方から感じる懐かしい魔力。
一心不乱に飛び続けるメルダが涙の邂逅を果たせるかは、小人さんにも分からない。
神の配剤か、悪魔の誘惑か。
こうして高次の者らに踊らされる三人が、ここに初めて顔を逢わせたのだった。