小人さんと神々晩餐 いつつめ
アレコレあって、御飯ください~の方の誤字報告をしめました。詳しくは活動報告に。これで安心して、ノタノタ書いていけます。うん。
《おお、ようこそ、金色の王よ》
「やっふぁい、レアンっ」
ポチ子さんにブラ下がって絶壁に降りてきた小人さんは、そのまま海辺の洞窟に入っていく。その後をロープでついてきたドルフェンが小脇に抱えているのは幼児サイズのペンギン。
しみったれた顔で器用に嘴をへの字にしていて、どことなく小人さんに似ていると、ドルフェンは心の中で小さく笑った。
「この子さぁ、ついてきちゃったんだよ」
いつの間にか馬車に潜り込み、フロンティアに到着するまで気づかなかった小人さん一行。どうやら馬車の箱が乗った大八車の中に潜んでいたらしく、モゾモゾと出てきたペンギンを見て、揃って眼が点になった小人隊である。
レアンの許可はあるのかと聞けば頷いた。しかしやはり、直接聞かねば落ち着かない小人さんは、レアンに確かめるべくこうして子ペンギンを連れてきたのだ。
話を聞き、眼を細める巨大ペンギン。
《許可は出しておりませぬな、確かに》
「にゅっ?! あんた、嘘ついたのっ?」
主らは嘘をつかないはずだ。それを知る小人さんは軽く眼を怒らせる。しかし、レアンは先を続けた。
《許可は出しておりません。だが、我はコレを見送りました。王に付いていくことを黙認しましたので、嘘は言っておりませぬ》
好好爺な眼差しのレアンは、しょんぼりと床を蹴る子ペンギンの頭を撫でる。子ペンギンはチラっと小人さんを見ては、ふいっとそっぽを向いた。
なん? いじけてるん?
あからさまな態度に思わず噴き出し、小人さんはレアンと視線だけで笑った。
「それならダイジョブだね。あんたも巡礼に来る?」
ぱあっと顔を明るくさせ、ペタペタと足踏みをする子ペンギン。
現金なものだと思いつつ、小人さんはレアンを振り返った。
「あれからどうよ? クラウディア国王は何かしてきた?」
《してきたと言いますか..... しようとしたので、海に沈めておきました》
にやりとほくそ笑むレアン。
聞けば、海側から十数隻の船がフロンティアに向かおうと出発したらしい。
陸路が難儀なため、アルカディアの移動は海路が主体だ。商人の多くも海路をつかい大まかな移動をしてから、陸路で世界を回る。
大陸中央に大きな山が存在するため、辺境の港から内陸部に向かうのが一番早い。
なので辺境は港町を所有する国として栄えているのだが、ここのように大きな山脈で内陸部と隔てられたクラウディアは、その恩恵を受けられず、海に面した国としてイマイチ旨味がなかった。
だが海に面しているのは利点だ。アルカディアが魔力枯渇している今現在、海路は魔物のいない速くて安全な道である。
何の思惑でフロンティアに向かおうとしたのかは知らないが、その船の幾つかをレアン達が沈めて通せんぼしたのだとか。
《完全に武装した船でござった。フロンティアが後れを取るとは思いませぬが、海は我らのモノと知らしめるためにも、ちょいと仕掛けておいたしだい》
如何にも嬉しそうなレアン。思うところが有りすぎて、小人さんも苦笑い。
海辺の森は洞窟を主体とした海の森だ。豊かな植物らが萌える断崖絶壁の一角。
辺境一帯をカバーしているが、クラウディア王国そのものにまでは届いていない。
平原の森が健在であれば王都南半分くらいは森の恩恵を受けられただろう。金色の環が復活しつつある今、穏やかな穀倉地帯も夢では無かったのに。
先祖代々馬鹿をやってきたため、魔力の範囲の恩恵を受けられないクラウディア。森の主まで敵に回してしまっては、もはや息の根を止められたも同然。
「それで相談があって来たさ。この国の人々は住みにくくなるかも知れない。逃げ出したい人達が辺境にやってくるかもなのね」
小人さんの説明にレアンは首を傾げた。
《それは..... まあ、有りうるでしょうな》
「だからさ、そういう人達がやってきたら、レアンの子供らでカストラートまで送って欲しいの」
そう言うと小人さんは懐に入れていた封じ玉を何個か海に叩きつけた。すると海に現れたのは数隻の舟。
人間が並んで十人ほど乗れそうな小型の舟が波に揺られて五つほどチャプチャプしている。
「これ置いていくから。逃げてきた人達を乗せて、子供らにカストラートまで送らせて」
カストラートには先の訪問で知らせた。三兄弟はクラウディア王国の有り様に絶句していたが、快く難民の受け入れを承知してくれる。
《承りました。惑う民がおれば案内してコレに乗せましょう》
納得顔で頷くレアンに御礼を言い、小人さんは辺境の街へ翔んでいった。
「ん~? やっぱ荒んだかな?」
あれから三ヶ月。眼に見えるほどではないが、辺境の街の人々にも疲れがみえる。春を迎え初夏ともなれば、何処の土地でも畑作業や何やらで活気づくものなのだが.....
街の人々に覇気はない。どことなく虚ろな眼差しで淡々と仕事をしている感じだ。
詳しい話を聞こうと、小人さんらは辺境伯の街へと向かった。
「これはまた.....」
こちらは、さらに酷い。
以前訪れた時に比べ、閑散とした街並み。僅かに通りすぎる人達に尋ねれば、王都が人々を連れていってしまったと言う。
何が起きたのか察しはつく小人さん。
たぶん、小人さんが獣人達を買い取った事で、王都は労働力が足りなくなったのだろう。
獣人らは身体能力に優れ、非常に高い労働力だった。簡単に数人分の仕事を賄える。
それを失った事で足りなくなった労働力を辺境に求めたのだ。王都周辺から奪うと、王都そのものにも影響が出るからだ。
「今年は何故か作付けがうまくいかなくて..... ただでさえ大変なのに、男手をもっていかれ、もう、どうしたら良いのか」
今にも泣き出しそうな顔で嗚咽を上げる御婦人。それを静かに見つめて、小人さんは小さな声で囁いた。
「いよいよとなったら、海辺の森に向かうと良いにょ。森の主が助けてくれるから。他の豊かな国に送ってくれるよ」
はっと顔を閃かせる御婦人。
他の国に移住する?
彼女は、ゆっくりと辺りを見渡して嘆息した。誰もが躊躇うだろう。生まれ故郷を捨てる判断は難しい。
だが、選択肢の一つとして持っておくのは大切だ。そのような方法もあるのだと。陸路が困難なため、そんな簡単な選択肢も浮かばないアルカディアの人々には思いもよらない言葉だったに違いない。
「皆にも知らせておいて? 森の主は人々の味方だにょ。この国から逃げ出したいなら手助けしてくれるから」
優しく微笑む少女を茫然と見送る御婦人。ここから、まことしやかな噂がクラウディア王国に拡がっていった。
いよいよとなれば、森の主様に助けを請えと。
小人さんは辺境伯邸を訪れ、詳しい話を聞いた。
「そうですか。お聞きになりましたか」
力なく椅子に座り、項垂れる辺境伯。
以前やってきた時も彼は王家に翻弄されていた。仕方がない、どうにもならないと。今回もきっと同じ心境なのだろう。
「今の王が国の役にたたないなら切り捨てるべきなんだけど。そういう発想はないのかなぁ、この国」
あっけらかんと不穏な呟きをもらす少女に、辺境伯は眼を見張る。
王を切り捨てる?
その疑問符を浮かべた視線に気付き、小人さんは、にっと口角を上げた。
「王は何のために存在するの? 民を守り、国を栄えさせるためでしょう? 王とは民に仕える者だよ。だから贅沢も出来るし、多大な権力を持つ。権利のみを享受し責務を果たさない者を王と呼べるのかな? そんな王は、フロンティアなら、とうに玉座から引きずり下ろされてるにょ」
少女の言葉に眼をしばたたかせ、辺境伯は信じられない言葉の数々を脳裏に反芻する。
王とは民を守る者。民に仕える者。
それゆえに臣民は王を敬い、支えるために仕え、税を納める。そんな当たり前の図式を忘れていた。
彼の眼から鱗がポロポロと零れ落ち、辺境伯の瞳に微かな光が宿る。
うん。この人ならそうなるだろうと思った。
柔らかな笑顔で、葛藤する辺境伯を眺めていた小人さん。
彼は優しい。それは誰に対しても同じだ。民にも王にも。困っていれば手を貸してしまう。特に王には逆らえないとの刷り込みが深く根付いていた。
アルカディアの世界観がそうなっているのだから仕方無い。
だが、民にも分け隔てない彼ならば気づいてくれると思ったのだ。王は地位であって、人間そのものを指している訳ではないと。
今の王が愚物ならば、別な人間を王にすれば良いのだと。民を幸せにしてくれる人物を。王は決して絶対的なモノではないと。
しかし、人の意識改革は出来ても、世論との衝突は避けられない。そう簡単に一般へと普及するモノでもない。
なので今は取っ掛かりで良い。少しでも現在のクラウディアに疑問を持ってくれれば、あとはなるようになるだろう。
葛藤する辺境伯を見つめて、小人さんは本題を切り出した。
「このままだと辺境は食い物にされるにょ。王家は森の主を蔑ろにして怒りを買った。主の森の一つを枯らしてしまった。森の主は今のクラウディア国王を許さない」
ぎょっと顔を上げて辺境伯は小人さんを凝視する。
「だけど、森の主も無慈悲ではないの。民に罪はないと思ってるから、逃げ出したい人らを助けてあげるよ? その架け橋になってもらえるかな?」
微笑む小人さんに一縷の希望を見出だし、辺境伯は詳しい話を聞いた。
「それは.....」
話を聞いて辺境伯は言葉を失う。
ようは逃げ出してきた民を引き受け、他国へと脱出させる手引きをしろとの事だった。
「この先どうなるかは分からない。クラウディア王国が持ち直せば良いけど、そうは上手くいかないと思うしね」
一時的な避難は必要だろう。すでにその片鱗が見えている。
作付けが上手くゆかず、男手も奪われ、このままでは不作間違いなし。他国から輸入するような余裕もないクラウディア王国には大規模な飢餓が発生する恐れがある。
多くの民が苦しみ、餓死にいたる可能性も。海に面しているため、そちらの恵みである程度は凌げるが、それにも限界があった。
懊悩する辺境伯。重い沈黙に満たされた応接室の外がにわかに騒がしくなり、次の瞬間、けたたましいノックが響きわたる。
その音に思考を中断され、やや厳めしい顔で辺境伯はノックに応じた。
「何事か?」
入ってきたのはクラウディア王国騎士団。ゾロゾロと応接室に並び、声高に持っていた書状を読み上げる。
「陛下からの命令です。王都に引き取った辺境伯領の民を養うため、今年の税を二割増やし、さらに即日、今までの生活費として金貨千枚を用意せよとの御言葉です」
「なっ!」
盗人猛々しいも、ここに極まれり。
ようは辺境伯領の民を人質にして、金や税を掠め取ろうという算段。よほど王宮は金策に困っているとみえる。
「.....なら、返してよ。辺境伯領の民全てをさ」
辺境伯しか見えていなかったのだろう。剣呑な口調の言葉を耳にして、騎士団は小さな少女がソファーに座っているのにようやく気がついた。
「何処の御令嬢か存ぜぬが、いきなり話に割り込むなど無礼だろう」
高飛車な物言いの騎士を睨めつけ、小人さんは呆れたかのように、ゆっくりと立ち上がる。
「無礼はそちらでしょう? わたくしが先に辺境伯と歓談していたのです。騎士風情が割り込んで良いとお思いか?」
今の小人さんは辺境伯に逢うため、御令嬢姿で武装している。そして、その姿に騎士団は見覚えがあった。
「.....っ! フロンティアの王女殿下っ? 何故、ここにっ?!」
揃って驚愕する騎士達をゆうるりと見渡して、小人さんは扇を広げ小さな嘆息をつく。
「それこそ貴方々には関係のない事。丁度今、辺境伯からうかがっておりましたのよ? 多くの領民を王都に連れていかれて男手が足りず困窮しておられると。そちらに養う気がないなら僥倖。すぐにでも民達を迎えに参りますわ」
ふくりと優美な笑みを浮かべる少女に反論も出来ず、クラウディア王国騎士は獰猛に眼を剥いた。
「国王陛下の民ですっ! どのように扱おうが、こちらの勝手でごさいますっ!」
その騎士の言葉に激しく反応したのは、小人さんではなくその背後に立っていたドルフェン。
一瞬で憤怒を顔にはき、クラウディア王国騎士団を一喝する。
「戯けがっ! おまえら、騎士の誓いを立てておらぬのかっ?! おまえらは誰に何の忠誠を立てたのだっ!!」
言われて思わず狼狽えるクラウディア王国騎士団。そして誰もが、はっと息を呑んだ。
アルカディアの騎士達は神々に誓いを立てるのだ。民を守るために剣を振るうと。そのためであらば、王の首とて刎ねると。
唖然とした一団を見据え、唸るように奥歯を噛み締めるドルフェンを制し、小人さんは呟いた。
「これがクラウディア王国の現状ですわ。いたわしや」
絶句して成り行きを見守っていた辺境伯は、ぐっと固唾を呑み込み、小さく呟いた。
辺境が食い物にされる。その意味を正しく理解した辺境伯は、覚悟を決めた。
私は民を守るためにここに在るのだ。
「王女殿下の御話、前向きに検討いたしたく存じます」
然もありなんと笑みを深ませ、小人さんはクラウディア王都へ向かう。事態は思ったより深刻だった。
深入りはしないが、忠告だけはしておこうと、王を無視してパスカールの元へ向かう小人さんである。