小人さんと神々の晩餐 ふたつめ
秋には双子の誕生日と芸術劇場完成。その次にはウィルフェの結婚式と、催し物が目白押しなフロンティアです。それを楽しみに、小人さんは新たな巡礼へ向かいます♪
「あの山に主の森か..... 無くはないだろうけどね」
どうやらロメールは件の霊峰を知っているらしい。
説明を求める小人さんに、彼は快く神々のテーブルの話をしてくれた。
彼は十代の頃に霊峰を訪れた。神話の時代から大陸に恩恵をもたらしていた霊峰に興味を持ち、二年をかけて中央区域の国々を回ってきたのだとか。
「なんというか。こう、かるく反り返った絶壁に囲まれた山でね。その遥か上方から水が滝のように落ちてきていて、山の周辺は深い湖になっているんだよ。その湖から四方八方へ河が流れている。なので、神々の恵みにあやかり、神々のテーブルとよばれているんだ」
どうやら詳しい高さは分からないが、上空から落ちる水流が大地を穿ち、周辺に深く大きな湖を形成しているらしい。もちろん登れるような高さでもなく、軽く反り返っている絶壁は前人未到の地。
登ることに挑戦した者がいないわけでもない。周囲が湖であることに傲ったのだろう。数十メートル上空から落下したあげく息絶えたとか。
現代でよく知られている、五十メートルも上から叩きつけられれば水面もコンクリートと変わらないという説。これは言い過ぎな部分もあるが、あながち間違いではない。
心得のある者なら叩きつけられる面積を最小にして飛び込み、難を逃れられる場合もあるが、大抵は身体全面を叩きつけられ人体が破損する。水とは結構な硬度を持つ質量なのだ。
そういった事故が相次ぎ、中央区域は霊峰に登る事を禁じたという。
軽くペンを指先で回しつつ、ロメールは思案するように小人さんを見つめた。
「でもね。その霊峰から人類が始まったという言い伝えもあるんだよ」
「ほに?」
聞けば、その壮大な滝からは多くの恵みがもたらされた。
木の実や花々、草の種や各種動物達などなど。今のアルカディア大陸に広がった生き物達の全てが、その霊峰からもたらされたという伝説があるのだとか。
実際、未だに多くの木の実などが流れ着き、湖の周りに豊かな自然を形成している。
それって、やっぱ主がいるよね?
中央区域の魔力は完全に枯渇した状態のはずだ。その土地に豊かな自然を形成出来るとなれば、その理由は主が居るからとしか思えない。
魔力枯渇した中央区域の国々が、未だに生き残っているのもその森の恩恵だろう。
皮肉な話だが、その霊峰が前人未到の標高にあったがため、誰にも手が出せない無敵の要塞の森と化したのだ。
失われた時代すらをも乗り越え、悠然とそびえる霊峰か。ロマンだにょ♪
俄然、興味の湧き出る小人さん。
それを溜め息まじりに見つめ、ロメールはしっかりと釘を刺す。
「ダルクだっけ? 平原の森の主。フラウワーズは望外の幸運に涙しているだろうね」
ひんやりと漂う冷気に肩を竦め、小人さんはギチギチとぎこちなく首を回してロメールに視線を向けた。
そこには朗らかな笑顔の暗黒大魔王。
ふわりふわりと漂う冷気が彼の周辺から煙のように醸し出されている。
あの時、小人さんはロメールに死ぬほど怒られたのだ。
「主の森を造れるって国外に知らしめてどうするんだいっ! マルチェロ王子が善からぬ事を企むとは思わないが、その周囲が何を考えるかは分からないんだよっ?!」
マルチェロ王子は秘匿してくれるだろう。しかし魔力が復活し魔法が使えるようになれば、その急変を訝しむ者も出てくる。
何故フラウワーズだけ?
そういった疑問から小人さんの存在に辿り着き、世界がフロンティアを目の敵にしてくる可能性もあるのだ。金色の王目的に善からぬ目論見が始まることだって考えられた。
「しかも王都の森だって? .....どれだけの人が主の降臨を目撃したか。どの国にも各国の間者は潜んでいるんだよっ?」
その通りである。
フロンティアとて例外ではない。日本の過去を遡っても、忍びと呼ばれた間者達が諜報合戦の時代に、どれだけ派手に暗躍したかは有名な話だ。
「だってぇ~っ、マルチェロ王子は頑張ったんだよ? 前世のアタシの言葉を忘れずに努力で森を再建したんだにょっ? あの森を見れば、ロメールだって分かるって! 努力は報われるべきなんだもんっ!!」
もんっじゃないよ、全く。
如何に可愛かろうと、言うべき事は言う。
その日ロメールはキャン×キャン喚く小人さんを正論で黙らせ、コンコンと数時間も御説教をかましたのである。
「あ~、元気そうだよ? こないだもマルチェロ王子が子ツバメに乗って飛んでたらしいし?」
「ちょっと待って! 初耳なんだけどっ?!それっ?!」
金色の王でもない人間が主の一族と懇意にしている? 有り得ないだろうっ!!
驚愕するロメールの顔に軽く溜め息をつく小人さん。彼のように博識な者すら知らないのである。.....かつての主らが人間と良好な共生関係であった事を。
疑心暗鬼から人間達が主らを忌避するようになるまで、両者は持ちつ持たれつな家族のように睦まじく暮らしていた事を。
金色の王が特別なのは確かだ。しかしそれは、神々に連なる者同士から生まれる忠誠心。過去の家族愛的な主らと人間達の交流とは全く別モノである。
だから心から真摯につとめれば、主も真摯に返してくれる。マルチェロ王子とダルクの関係がソレだろう。
真心には真心が返される。人間と違って主らは嘘をつかない。偽りを見破る。人間側の態度一つで両者の未来は確定するのだ。
人間は間違える生き物である。だが、ソレを知っているから、やり直せる生き物でもあった。試行錯誤し、右往左往し、最善を選び掴み取れる生き物だ。
小人さんは幸せな未来を自力で掴みとったマルチェロ王子を信じる。彼は過去の戒めを忘れはしないだろう。後の子弟にも伝え続けるに違いない。
「何か起きるならそれは、どうやっても起きるんだよ。マルチェロ王子が主と仲良くなったように。逆に、どうしても相容れない相手ってのも存在するにょ。それは仕方のないこと。万人仲良しこよしなんて有り得ないんだから」
すんっと表情を消して宣う小人さん。
「だけど、そういった事を回避すべく動くことも大切だろう? 自ら招き入れる必要もないと思うけど?」
それは確かに正論だ。だが.....
「そのために隣人の幸せを奪わなくちゃならないなら、アタシは喜んで揉め事を引き受けるし。幸せになれるチャンスを棒に振ってたら本末転倒、大車輪じゃない。後悔待ったなしな人生をアタシは選びたくないもん」
どちらにしたって心穏やかではいられない。ならば隣人の幸福を手伝い、揉め事バッチ来いっ! と割り切る方が楽である。
ふんすっと胸を張る小人さんの姿に、今回何度目か分からない溜め息をつき、ロメールは不承不承に頷いた。
「ほんと。君ってそう言う生き物だよねぇ」
「うんっ♪」
「言っとくけど誉めてないからねっ?!」
唯我独尊もここまで貫くなら、誉められたモノではないが感心する。己の不利益を天秤にかけてもいないその姿は、ある意味感嘆にも値するだろう。.....決して歓迎は出来ないが。
遠い眼で天井を見上げ、ロメールは巡礼に話を戻した。
「で? 次の巡礼は何時かな?」
「初夏を予定してるん。クラウディア王国まで蜜蜂馬車ですっ飛ばして、途中のチェチューリ王国の辺境の森を目指して行くつもり」
件の主の森はチェチューリ王国寄りな辺境にある。最後の辺境国だ。そこを経由してスーキャラバ王国を回り、ドナウティルからフラウワーズと、各主の森を確認して帰ってくる予定だ。
「最初のクラウディア王国を越えるまで一週間くらいでー、そこから陸路を回るからチェチューリ王国までは二週間くらいかな? あとは空を飛べるからぁ..... 各々二日ずつ滞在するとしてぇ..... 全部で二ヶ月くらいになるね。たぶん?」
軽ーく呟く小人さん。
うん、もう分かってたけどさ。
二ヶ月間を何でもない事のように感じているのは如何なものか。君って成人どころが立志もしていない子供なんだけどな。
フロンティアでは十三歳で立志、十五歳で成人と取り決められている。これは世界共通で、平民は働かなければいけない諸事情から立志と成人を同時に行う。
武芸や学術などなど。将来に向けた志を立志式で立て、各々それに向けて専攻に努力を重ねて成人するのだ。
そうしてようやく一人前の貴族と認められるのだが.....
それらをとうにすっ飛ばして、世界をまたに駆け巡る小人さん。
うん、考えるだけ無駄だよね。平穏に生きて欲しいと願った数年前が、まるで遥か彼方の遠い出来事のようだ。
胡乱な眼差しで宙を凝視するロメールを余所に、小人さんはアレコレと計画を立て、満面の笑みで顔を上げた。
「これなら秋までには決着がつくにょ。少なくとも巡礼は終わるね。秋には芸術劇場が完成するし、色々な御祭りが目白押しだから絶対に外せないのっ! うんっ♪」
結局はソレかっ!
にこにこと嬉しそうな小人さんに、思わず苦虫を噛み潰すロメール。
どんなにロメールが懇願しても滅多に曲がらない小人さんだが、美味しい、楽しいが絡めば、コロリと態度を変える。ある意味、絶対にブレない小人さんクオリティ。
私より食べ物や催し物なのかいっ? 君はっ!!
喉元まで出かかった言葉をグッと呑み込み、ロメールは寡黙につとめた。
寡黙とは無口という意味ではない。言いたい事は沢山あるのに、敢えて呑み込んでいる状況をさす。
それを全身で体現しつつ、それでも喜色満面な小人さんの無邪気な姿を見て、呑み込んでいた溜飲が溶けていくのを感じるロメール。
勝てないよなぁ。ほんと。
彼女が幸せならソレで良い。
ふくりと眼に弧を描きながら、ロメールは面倒な人に撤する。どんなに小人さんが楽しそうにしていても、誰かが釘を刺しておく必要はあるのだ。
その憎まれ役を自ら引き受け、今日も小人さんに、必要な小言を繰り返すロメールだった。