小人さんと神々の晩餐
ちょいと本文に齟齬が出たので、『始まりの森~後編~』を変えました。主がやってきて半年な所を三ヶ月に。なので、こちらでは三ヶ月後の話になっています。ご了承ください。
「ヒーロがチェーザレの妹.....」
『魂が、だ。今のアレに我の記憶など無いであろうな』
千早はキルファンと馴染みが深い。輪廻転生も知っているし、因果応報も理解している。それを推しても酷くはないだろうか。
チェーザレは過去に大罪を犯した。
彼が生きていた時代ではそれが当たり前であり、殺るか殺られるかの生き馬の目を射抜くような時代だ。
特筆するべき悪事は、弟殺しくらいだろう。しかし大罪には違いない。
それをさらに増幅させるべく、高次の者という奴等がチェーザレに何度も過去を繰り返させて、あらゆる事象が最悪になるよう操ったという。
結果、彼は心を病むほどの傷を受け、死に場所を求めて戦場をさ迷った。
高次の者らの謀のために人生を蔑ろにされ、次には神として生まれ変わりヘイズレープを造ったチェーザレだが、それも高次の者らの実験のようなモノだった。
精霊と関わらぬよう、魔力を全く持たない世界として生まれたヘイズレープ。
それは精霊達の怒りを買い、天変地異の雨霰に見舞われ、疑心暗鬼の果てに人類自ら世界を崩壊させてしまう。
高次の者らの企みによって、あらゆる手段を用いて悪意に染められた魂。それがチェーザレだった。
何度も悪夢を繰り返す内に、チェーザレの魂は受けた傷の分、記憶の片鱗が残るようになる。それらを寄せ集めて大まかな状況を理解出来たチェーザレは愕然とした。弄ばれ続けた己の人生に。
だから彼は誓ったのだ。必ずや高次の者達に復讐すると。思い通りになんぞしてはやらない。絶対に眼にものを見せてくれようと。
『ある意味、僥倖だった..... 危うく我が手でルクレッツィアを再び失うところであったよ』
ヘイズレープの神だった時、万一賭けに勝利していれば、知らずアルカディア諸ともに妹の生まれ変わりを殺めてしまうところだった。
重い沈黙が千早の脳裏に横たわる。
「生まれ変わりかぁ。ヒーロは前は別の世界の人間だったんだよね? そこって、どんな世界?」
『地球か? 我が生きていた時代しか知らぬが。まあ、ここと変わらぬよ。魔法とやらは無かったが、精霊や妖精はいると思われていたな。我は見たことがないが。神々や天使も』
見たこともないのに、いると思われていた?
千早が不可思議そうに首を傾げる。
「見たこともないのに信じるの?」
『.....? 言われてみれば。.....そうだな、何故か信じていたな。多くの物語や伝説とかあってな。子供らはそういったモノを寝物語に聞いて育つのだよ』
識字率もフロンティアほど高くはなく、むしろフロンティアよりも酷い有り様な時代だったらしいのに、そういった信心深い人々が多い不思議な世界だったとか。
神や天使を信じ、精霊や妖精を信じ、病や災害は悪い霊が起こす災難だと思われていたらしい。
衛生観念も皆無で、そこここに汚物が投げ捨てられ、悪臭と疫病の蔓延る巣窟。
うへぇっと千早は開けた口を塞げない。
『今思うと、すごい世界であったよ。拷問も当たり前。勝手に捕まえた敵を死なせない程度に痛め付ける日々。指を潰そうが、眼をくり貫こうが、口さえ利ければ十分でな。.....うん。後先など考えた事はない』
戦争していない国の方が少なかったというチェーザレの過去。そんな苛烈な剣林弾雨の世界で、いったいどうやって彼が生き抜いて来たのか、聞かずとも推し量れる。
『だが、今は良い世界だ。争い事は絶えないが、多くの国々が戦を止めて平和な未来を勝ち取ったらしいぞ?』
それがヒーロの世界か?
アルカディアにも消失の時代と呼ばれた頃がある。大地から魔力が失われ、生産性の落ちた国々が糧を得るために火花を散らした時代。
多くの命が失われ、飢えと嘆きに支配された時代。そんな数々の困難を乗り越えて、人々は平穏な今を生きている。
地球とやらでもそうだったのだろう。
『我は守るよ。今度こそ妹を。だからハーヤ。そなたも誰かを娶れよ?』
「は? いきなり、何?」
『そなた、我が妹に懸想しておろう。ならぬぞ? 人としての一線を越えては』
至極真面目なチェーザレの言葉に、千早は真っ赤になって反論した。
「そんな事、考えたこともないよっ! 君じゃあるまいしっ!!」
『ぐ.....っ! アレは我の意思ではないっ! 高次の奴等に唆されて.....っ! ルクレッツィアは我が命だった!!』
「はあーん? その可愛い可愛い妹が目の前にいるわけですけどぉ? 御兄様ぁ?」
『そなた.....っ! 我を侮辱するかっ?!』
ぎゃんぎゃん一人脳内会議を繰り広げる千早の頭を誰かが掴む。
メリメリと食い込んだ指が地味に痛い。
「何の話してるのか分からないけど、少し黙ろうかぁ?」
可愛い妹を連呼され、張り付かせた笑顔でオドロ線を撒き散らす小人さん。
「いやっ、これはっ!」
『みよ、そなたが馬鹿な事を言うからだ』
「馬鹿を言い出したのは君じゃないかーっ!」
わちゃわちゃ暴れる千早をひょいっと持ち上げ、スタコラ逃げ出す太郎君。
「あっ、こらぁーっ!」
叫ぶ千尋を柔らかな瞳で見つめて千早は面映ゆそうに苦笑した。
可愛いよね?
『ああ、可愛いな』
ぷくっとふくれて恥ずかし紛れに足を踏み鳴らす妹が、めちゃくちゃ可愛くて仕方のないにぃーにぃズ。
『まあ、アレだ。魂はルクレッツィアであれど、今は別人なわけで我にとっては恋愛対象にしても構わぬしな』
「いやっ、それ構うからねっ? その場合、僕の身体を使うわけでしょっ? 立派な犯罪だからっ!!」
『ぬぅ..... 理不尽な』
「理不尽は君だよっ! やっぱ危ない人じゃんかーっ!」
『冗談だ、阿呆ぅ。我とて器が別人であれど魂がルクレッツィアな者に手を出せるわけ無かろうが』
亀の甲より年の功。チェーザレに遊ばれて、ジタバタする千早である。
溺愛妹を挟み、御互いに火花ビシバシなにぃーにぃズ。
そんな事とは露知らず、小人さんは新たな巡礼へと思いを馳せていた。
「最後の国かぁ。丁度クラウディア王国との間に主の森があるね」
地図を見つめてブツブツ呟く小人さん。
それに愛おしく眼を細め、ドラゴは愛娘を抱き上げる。
「ようやく終わるな。これでやっと静かにくらせるようになるか。長かったな」
神々から神託を受けて、はや六年。確かに長い月日であった。ドラゴのお髭をさすさすしつつ、小人さんもにっこりと微笑む。
「そうだね。魔法世界の始まりでもあるけど。中央区域優勢な今が覆されるから、まだまだ混乱が起きるかもしれない。でも巡礼は終わるね。あとは、なるようになるにょ」
そう。失われた魔法文明の復活だ。世界がガラリと変わるだろう。全ての森は辺境にしか存在しない。中央区域の国々に主の森はなく、魔力の循環は魔物の力に比例する。
強大な魔物が存在するほど大地を巡る魔力は高くなるし、人々の持つ魔力も強くなる。
今まで多くの文明や知識から優勢を誇っていた中央区域は、魔法文明において辺境に劣るようになるのだ。
地図と睨めっこしていた小人さんは、以前からずっと気になっていたモノを指差してドラゴを見る。
「金色の環が完成したらさ。アタシ、ここにも行ってみたいんだよね」
そこに鎮座するは大きな山。
フロンティア王国よりも大きな山が大陸のど真ん中にあり、その周辺を囲うように中央区域の国々が散らばっていた。
大陸を流れる大河の殆どがその山からもたらされており、地図には記されていないが、ここにも主の森があるのではなかろうかと小人さんは思っていた。
「霊峰神々のテーブルか。俺も見たことはないが、大きな山だと聞くな」
「この位置に主の森があれば、魔力も満遍なく行き渡る気がするの」
近場に主の森が存在するフロンティアやフラウワーズは規格外だが、国よりも大きなこの山が主の森であるならば、中央区域にも幾らかの恩恵をもたらすはずだ。
だけどそれなら、何故初代はこの森を地図に記さなかったのだろうか。
幾らかの疑問は浮かぶが、行ってみて確認しないことには始まらない。
てこてこと王宮に向かう小人さんを見送り、ドラゴは複雑な顔をする。
今までチィヒーロの予想が外れた事はない。きっと神々のテーブルと呼ばれる霊峰には主の森があるのだろう。そしてそれは新たな問題を生む。
アルカディア大陸中央に位置する広大な土地をフロンティアが所有するも同然の形になるからだ。
政治に疎いドラゴにだって、それが良くない結果を生み出す事は理解出来た。
遠く小さな影になった愛娘を見つめ、ドラゴは小さな嘆息をつく。
まあ、考えても仕方がないな。王弟殿下が上手くやってくださるだろう。
困った時の王弟殿下。無意識に頼る存在の大きさにドラゴは気づいていない。
前世と併せても十年以上。小人さん関係を否応なくこなしてきたロメールは、本人が思うより深くジョルジェ一家に浸透していた。
霊峰神々のテーブルの話を持ち込まれ、ロメールが頭を抱えるのも御愛嬌。
こうして、小人さんが予想もしていなかった終わりの始まりが幕を上げようとしていた。