獣人の村と小人さん
うわあぁぁっ! 予約忘れてましたっ、すんませんっ!
「やっふぁいっ、順調かにょ?」
「ああ、王女殿下」
ここはキルファン西。西北にフラウワーズ国境の森が微かに見える位置の荒野。
小人さんが森を造り、その中央を伐採して拓けた場所を村に開拓していた。
カエル達が泉をよび、その流れはフラウワーズへと向かい、そこそこな河が出来る。その河を利用し、河の周辺には畑が作られつつあった。
獣人と難民らの村。
新たな村造りと聞き、馳せ参じるキルファンの職人群。生粋の作り手な彼等は、何かが必要とされれば嬉々として駆けつけてくる。
職人達の本気で、あっという間に建てられる家や施設。見たこともないような風車が高い位置に設置され、揚水を兼ねた水車がギッシャンギッシャンと回りだし、獣人も難民も口を開けたまま微動だにしなかった。
「これは..... え? 水が勝手に?」
「脱穀出来る? どうして? は? 粉も挽けるんですか?」
顔全面に疑問符を浮かべる新たな住民に苦笑顔な職人達。これはこうで、こうなるんだと説明するものの、基礎をしらない人々には理解出来ない。
「ダイジョブっ! そういうモノだと思っていたら良いにょっ!」
小人さんにだって理屈は分かるが原理は分からない。でも使い方は分かる。それで良いのだ。
そう宣う少女を納得顔で眺め、新たな村はスタートした。
獣人と難民達は全てフロンティアにやってきたが、神父様のみがカストラートに残る。カストラートには教会があり、教会は今回の事態に激怒し、大いに憤慨したからだ。
クラウディア中の教会に早馬をたて、即座に撤収するよう指示を飛ばしたらしい。もちろん孤児達も。全部、他の教会に受け入れると言う。
それならキルファンで受け入れようと克己が言ってくれたので、ただ今、民族大移動中。キルファンは日本人の国だ。何処の神様でも快く受け入れてくれた。
キルファンは神道や仏教を良いとこ取りし国教としている。そのため、何故か地球の神々の神託が降りる謎い国になってしまった。
キルファンに教会を建てる良いチャンスだと、アルカディアの教会も、かなり乗り気である。
それぞれの思惑が上手く噛み合わさり、キルファンに建てられた教会から、獣人らの村にも神父を派遣しようと決まった。
ちなみにフロンティアでやらかした教会各位もしばかれ済みだったりする。孤児の差別や孤児院への偏見、迫害があかるみになり、中央区域にある教会本部へ報告された。
信仰と慈悲を教えとする教会にとって、ありうべからぬ行為だとフロンティアの教会は酷く叱責され、関わった者ら全てが僻地の厳しい修道院へ蹴り飛ばされた。
教会に良い印象のない小人さんだが、どこだって末端は腐りやすいものだと、信用はしないものの、そこそこの信頼は持っている。
なので教会の事は教会に任せようと、丸投げした。
そして獣人らや難民達が落ち着いた頃。驚きの事実が判明する。
ライカンであり、娘であるサーシャと再会を果たしたマーリャ。なんと彼女の年齢は六十を越えているというではないか。
「ナーシャは私が四十の時の子供です」
まだまだ長生きしそうな老女は、元気溌剌に宣った。
「え? 獣人の平均寿命って五十前後なんじゃないの?」
「平均寿命なら、そのようなモノかと」
「たまに長生きな方々もおられますね」
すっとんきょうな顔で尋ねる小人さんに、サーシャとマーリャは顔を見合わせて首を傾げる。
そして、改めて詳しく聞く小人さん。
聞いた内容に頭を抱え、思わず踞った。
「平均年齢マジックぅぅ」
平均年齢とは生まれた人間達がどのくらい生き残ったかで計られる。つまり、一番多い死亡時期が平均の対象となるのだ。
中世初期の文明で栄養状態や衛生管理も悪いクラウディア。当然、子供の死亡率は高い。
さらには殆どの獣人は奴隷だった。戦場に駆り出され、重労働につかされ、多くが戦死し、病気や事故で亡くなる確率も高かった。
結果、五十歳あたりまでに大半の獣人は死亡する。それを乗り越えた僅かな者だけが天寿を全う出来る過酷さ。
それが獣人の平均寿命を大幅に下げていたのだ。
あああああ、日本の江戸時代とかもそうだったじゃんっ! 統計というカラクリが導きだした似非情報っ!!
.....って事は。
「戦もなくて、生活環境の良いフロンティアなら、サーシャ長生き出来るんじゃん?」
「そう..... なるんでしょうか?」
イマイチ理解出来ていないサーシャと違い、理屈を理解したドルフェンが大きく眼を見開いていた。
「んふ~♪ 今頃、何の話してるかなぁ?」
ドルフェンはサーシャを好いている。身分差もあるし種族の差もあり表に出してはいなかったが。ついでにサーシャの結婚願望が薄い事もあり、どうも言い出しあぐねいている感じがあったのだ。
獣人らの寿命の短さもネックだったのだろう。我が子が早死にする未来を望む親はいない。特に金色の魔力の影響下にあった世代は長生きだ。
徐々に短くなりつつあるようだが、それでも百歳くらいまで生きるだろう。
そんな諸々の葛藤から己の想いを口にも出さなかったドルフェン。
それが誤解だったと判明し、あとは御互いの気持ちしだい。積み重なった恋慕が堰を切ったのか、ドルフェンはサーシャを引きずるように何処かへと消えていった。
「幸せになれると良いにょん♪」
もしドルフェンとサーシャが両想いとなり、二人が結ばれたいと考えるなら、どんな敵も蹴倒す覚悟な小人さん。
その日遅くに戻ってきた二人は、然り気無さを装いつつも微かに頬を染め、チラチラと目配せをしていた。
生温い眼差しで口をニヨニヨさせる千尋を、周囲が不思議そうに見つめている。
察したのはアドリスとザック。二人と付き合いが長く適齢期な二人は敏感だった。
察せれないのは千早と騎士団。
「どうしたの? ヒーロ」
「んやぁ、もう春だなぁって。小人隊にも春が来たね。うん♪」
どこぞのおばちゃんみたく遠回しな小人さんの言葉に赤面するドルフェンとサーシャ。
「春ですか。たしかに。暖かくなりましたね」
「春が来たら、すぐに夏ですよ。甲冑の辛い季節です」
うんざりとした顔の騎士達に、得心顔で頷く千早。ユーリス達が地味に察したようで、脳筋思考な面々を呆れ気味に見ている。
「そうだ、巡礼後は休暇もらえますよね? 彼女に連絡してお土産持っていかないと」
以前彼女と揉めた彼は、小人さんの忠告に従い、最近は小まめな気配りを忘れない。愚痴が惚気に変わっただけで相変わらず賑やかな御仁だった。
「春はあけぼの.....か。また一年がはじまるね」
幸先の良いスタートとは言えないが、サーシャと家族が再会を果たせた新春。
終わり良ければ全てよし。
そう脳裏に思い浮かべ、くふんっと笑う小人さんだが、今が終わりの始まりの真っ最中だとは気づいていない。
最後の巡礼を終えたとき、初めて彼女は真実を知る。倒すべき相手は闇の精霊王ではなく、この世界そのものであったのだと。
いずれ高次の者達の仕掛けた罠が完成し、熾烈な戦いの火蓋が切られるのを、今の小人さんは知らなかった。
あーと、マーリャがサーシャの事をナーシャと呼ぶのはそれが本名だからです。紛らわしいですが、クラウディア編の本文にも出ています。なので誤字ではないです。はい。