クラウディア王国の秘密と小人さん よっつめ
色んな所で雪が凄いですねぇ。皆様もお気をつけください。ワニはコタツムリになります。はい♪
「うーん。ここまで来ちゃったかぁ」
「だね」
「先触れしますか?」
ここは王都端。あと半日も馬車を走らせればクラウディア王国王宮である。
途中、二つほど街を通りすぎたが、そこの何処にも神父様はいなかった。
残すは王都のみ。
「一応、先触れしといて。みんな準備よろしく」
遠目に見える王宮を鋭く一瞥し、小人さんは不均等に口角を上げた。それをゲンナリと見つめる千早。
..........なんで、そんな悪役顔が似合うかな? それでも可愛いんだから、質が悪いよね?
『良いではないか。あそこは悪党の巣なのだろう?』
まあ、そうかもだけど、開幕喧嘩腰とかさ。もう少し穏やかに行っても良くない?
『そなたとてフラウワーズで似たようなことをしていたではないか。忘れたか?』
え?
千早は記憶の網を辿る。そして、バストゥーク地下の洞窟で、狂化していた魔物らに問答無用で矢を撃ち込んだのを思い出した。
や、あれは魔物相手だし?
『同じ事よ。そなた申しておったではないか。チィヒーロの邪魔をするからだと。今回もアレの邪魔をしておるのだ。ほれ、矢を射かけてやるがよい』
脳内会話でいたたまれなくなり、どんよりと落ち込む千早を不思議そうに見つめるドルフェン。
モノノケ隊を装着して、警戒しつつ、フロンティア一行はクラウディア王宮へと入っていった。
「フロンティア王国から参った、チヒロ・ラ・ジョルジェ殿下です。国王陛下に御目通りを願います」
門に降り立ち、ドルフェンが声高に門兵へ声をかけると、それに応じて跳ね橋が下ろされ中から豪奢な制服を纏った騎士達が現れた。
ふんだんに金糸銀糸を使った真っ赤な制服。他の兵士らが濃い緑色の制服を纏っていることから、どうやら上級士官のようである。実戦向きではないきらびやかな衣装だ。
近衛とか、そういった連中かな?
フロンティア軍は末端まで盛装は白と決まっていた。フラウワーズは青。ドナウティルは黒。こうして制服で違いを出す騎士達は初めてかもしれない。
深緑の下士官達の中に映える真っ赤な制服は、どうにもチグハグな印象だった。
「遠路遙々、ようこそ御越しくださいました。ささ、国王陛下がお待ちです。御案内いたします」
無駄に朗らかな笑顔で迎える騎士らを余所に、小人さんと千早は馬車から降りる。
出てきた双子に一瞬瞠目し、赤い制服の騎士達は明らかな侮りを眼に浮かべた。
「これはまた可愛らしい御客様ですね。チィヒーロ殿下、お手をどうぞ」
差し出された手を一瞥し、小人さんはバッと音をたてて扇を開く。そしてそれを口元に当てて、ドルフェンを手招きすると、その耳元へボソボソと呟いた。
「そなたに名前を呼ぶ許可を与えていないはずとの事。控えられませい」
相手の騎士を居丈高に睨め下ろし、ドルフェンは千早のエスコートで歩く小人さんの横につく。
「な.....っ、あ、いや。.....御無礼を御許しください」
小さく頷き、そそと進む小人さん。
謝罪を口にしつつも藪睨みしてくる赤い制服の騎士達に、小人隊の面々が睨み返す。
触ららば切るぞと物語る獰猛な眼差しに、クラウディアの騎士達は背筋を凍りつかせた。
なんだ、こいつらっ! まるで戦闘態勢じゃないかっ?
ギスギスした不穏な空気を孕みながら、案内された謁見の間で、挨拶もそこそこに小人さんは本題を切り出す。
遠方よりの親善だ。多くの貴族らが呼ばれ、謁見の間にひしめいていた。それに臆することなく壇上の玉座を睨みつける小人さん。
「ここへ訪れる途中、多くの難民を目撃いたしまして」
「難民ですと?」
クラウディア王は訝しげに眉を寄せた。
「はい。貧しい身形の者らが百人ほど。教会に匿われておりましたが、それを匿った咎で神父様が捕縛され行方不明とか」
これ以上聞きたくはないとばかりに顔を歪めるクラウディア国王を黙殺し、にっこり微笑んで、小人さんは言葉を続ける。
周囲に集まっていた貴族達も、何事かとざわつき始めた。
「そのような話は聞いておりませぬな。今宵は歓迎の夜会を予定しております。御疲れでしょう、部屋を用意させておりますので、ゆっくりおくつろぎぐださい」
話はここまでとばかりに打ち切ろうとした国王は、目の前に並ぶフロンティア一行の空気が変わったのを感じ、思わず眼を見開いた。
「そうですか。つまりは無きモノということですね? ならば、わたくしが頂きますわ」
「.....頂く?」
「クラウディア王国からの難民として、フロンティア王国で引き取ります。知らない民ですもの。構いませんわよね?」
何の話か分からず、小人さんを凝視するクラウディア国王。
「あと、神父様がおられるのでしょう? この王宮に。そちらも引き渡していただきたいですわね」
ギンっと睨めつける少女。
クラウディア国王は玉座の手摺を握り締め、怒りに唇を震わせた。
なんだ、この子供はっ?! 偉そうにっ!
そしてそれは、不用意にも口を突く。
「誰かあるっ! 客人を部屋に案内せよっ!」
これは、小人さんを謁見の間から連れ出せという命令だった。
心得たように動く赤い制服の騎士らが、小人さんに手をかけようとした瞬間。
その騎士の腕がボトっと床に転がった。
「は?」
切り落とされた手首も腕も血は出ていない。キレイな切断痕はその切り口を凍らされていた。
「きゃああぁぁぁつ!!」
居並ぶクラウディア貴族達から悲鳴があがり、瞬く間に謁見の間は阿鼻叫喚の嵐。いきなりの出来事で言葉を失ったクラウディア国王の前で、小人さんは上掛けしていたドレスを脱いだ。
その下には当然いつものサロペットパンツ。
「交渉決裂ですわね。勝手に探させてもらいます。先に手を出したのは、そちらですからね?」
時間をかけている余裕はない。こんな殺伐とした世界だ。明日をも知れぬ命な神父様を救うには真っ向勝負しかないのである。
下手に時間をかけて手を拱いていては、あっという間に散らされてしまうだろう。
力及ばずならば仕方がない。だが、小人さんには覆す力がある。その使いどころを見誤ってはならない。
「力や権力ってのは、こういう時にこそ使うもんだにょっ! 行けっ、ポチ子さん達っ!!」
こんな殺伐とした世の中だ。我が儘には我が儘で対抗する。
モノノケ馬車から放たれた無数の魔物達がクラウディア王宮を暴れまわり、そこいら中から悲鳴や雄叫びがあがった。
腕組みしたまま微動だにしないフロンティア一行を睨み付け、クラウディア国王は騎士達を怒鳴り付ける。
「何をしておるかっ! 捕らえよっ!!」
飛び交う魔物に怯え、顔面蒼白な騎士らは、化け物でも見るかのような顔で小人さんをみていた。もちろん、誰一人として動けもしない。
そんななか、扉の陰から小人さんを羨望の眼差しで見つめる者がいる。
あれがフロンティアの王女殿下? 魔物を従えて..... まるで伝承にある金色の王のようではないか。
そこに居たのは弟王子。憧憬に瞳を煌めかせ、熱い視線を送っていた彼は、横を歩く蜘蛛に気がつき声をかけた。
「ねえっ、君っ! 彼女を案内したいところがあるんだ! 連れてきてくれないかな?」
必死に頼む弟王子に首を傾げ、蜘蛛はカサカサと小人さんの元に向かう。
そしてズボンの裾を引き、弟王子の所へ小人さんを連れていった。
「ああああ、ありがとうっ!」
魔物を恐れもせず、弟王子は頼み事を聞いてくれた蜘蛛の頭をわしわしと撫でた。それを見て、小人さんは軽く眼を見張る。
驚く少女の手を握り、弟王子は足早に階段を降りていった。
「ちょっ? どこ行くの?」
「話すより見てもらった方が早いかと。千載一遇のチャンスなのですっ!」
ドルフェンや千早が割り込む隙もなく、弟王子は小人さんを連れて、地下へと降りていく。
長い階段を降りた先にあったのは牢獄。じめじめとした無数の檻の中には何人もの人間が入れられていた。
「これは.....っ!」
「獣人.....っ?!」
檻の中に居たのは無数の獣人達。
そして一際眼を引く大きな檻に繋がれていたのは、幼児大のペンギンだった。
なんで、こんなとこにペンギンーーっ?!
獣人だけでも百人以上はいる。
「説明、プリーズっ!!」
手足をわちゃわちゃさせながら叫ぶ小人さん。そんな彼等の頭上から、不穏な足音が鳴り響き、クラウディア王国とフロンティア一行の闘いの火蓋が切られた。
「取り敢えず籠城。階段を潰してちょ」
小人さんの指示で、蜘蛛らが階段を糸で塞ぐ。そして蜜蜂らにも指示を出し、蜜蜂達は言われた通りに明かり取りの窓から飛び出していった。
「さあ、話してもらいましょーかっ?」
唖然としていた弟王子の前で、むんっと仁王立ちする小人さん。
ここで初めて小人さんは、過去数百年に亘るクラウディア王国の陰謀を知る。
事の起こりは先代の金色の王が亡くなった事だった。
その昔は、初代のようにメルダの協力を得て空を翔られる者ばかりではなく、むしろ陸路で何十年もかけて巡礼するのが普通だったらしい。
当然、巡礼の終わりには老いも加わり過酷な旅となる。そんな中、巡礼終盤に辿り着いたクラウディアでみまかった先代の金色の王。
遺体は丁重に弔われ、フロンティアへと送られたが、その時に何が起きたのか、クラウディア国王の命令に森の主らは従うようになったのだと言う。
「なんで?」
「わかりません。でも、そのせいで獣人らは全て狩られ、ここで商品として繁殖させられているのです」
隠れ棲む獣人達を追い詰め、見つけ出し、ここに監禁しているのだとか。
獣人は高値で売れるらしいし、分からなくはない。反吐が出るが。
「父王が言うには、純血種な獣人が必要なのだとか。それが生まれないと獣人らは滅んでしまうらしいのです」
聞けばライカンと呼ばれる純血種からは男性が生まれやすく、ほとんど女性主体の獣人の種を維持する要。そのライカンが生まれず、今の国王らは困り果てているという。
「ライカンは一世代に一人のみで、こんな所に監禁しているから生まれないのではと僕は思っています」
そりゃそうだ。お日様もろくに入らない不衛生な牢獄。健常な種の保存は望めない。弟王子の考えに小人さんも同感だった。
「それで、あのペンギンは?」
「平原の森の主の子供です」
これまた驚き、小人さんはペンギンをマジマジと見つめる。
聞けば、獣人を助けようと単身で乗り込んで来たらしい。結果、捕まり繋がれてしまい、主らを従わせる材料にされてしまった。
「何とか彼等を救いたくて..... お助けくださいっ!!」
「承知した。どうせ喧嘩売っちゃったしね」
にかっと笑う小人さん。
その牢獄階段では、クラウディア兵達が蜘蛛の糸を破ろうと四苦八苦している。
それを横目に小人さんはザックからもらった封じ玉を割った。すると中から溢れるほどの食べ物が出てくる。
思わず眼を見張る弟王子に微笑み、小人さんは檻の扉を開けて回った。ドルフェン達も加勢する。
「まあ、腹が減っては戦は出来ぬってね。御飯にしよ?」
「武士は食わねど高楊枝とも言うらしいよ?」
千早の突っ込みに苦虫を噛み潰す小人さん。
「そんな精神論はナンセンスにょっ、美味しい御飯は正義っ!!」
何処にあっても小人さんは小人さん。彼女にとっては牢獄もピクニックであった。