クラウディア王国の秘密と小人さん みっつめ
昨日、Twitterで妙に親近感のある記事を見ました。人様のアカウントを成りすましに使うために個人的な情報を載せさせないようクレーム入れるとか。.....まさかね。
「アホだろう、おまえら」
いきなりの小人さん出立に狼狽え、あわあわしていた宿屋の怪しげな一団。
とうに気づいていたフロンティア側と違い、それに今さら気づいた和樹は、然り気無く近寄り、取っ捕まえ、話を聞き出した。
聞けば王宮の士官だという。
おそらくクラウディア王の差し金だとは思うが、秘密裏に貧民やそれに関係するみすぼらしいモノを撤去するよう言いつかっていた彼等は、その命令どおりにしたのだという。
こうして話してくれると言うことは、こういった事が珍しくはなく当たり前ということで、宿屋の方にも話は通っていた。
食堂の料理人も王宮からの派遣で、特に違和感もなく命令どおりにしている。
これがクラウディア王国の通常なのだ。王の横暴が罷り通り、それに疑問も抱かず言われたままに動く。
隠すこともなく、それが何か? 的な疑問符すら浮かべた国王の使者に、フロンティアの面々は天を仰いだ。
「フロンティアからの客人に最高のもてなしをと..... まさか、こんな辺鄙な村で一泊なさるとは思わず、慌てました」
そのために貧民を虐げ、村から叩き出してキレイにしたと?
頭が痛い。そんな見栄を張るために汚い部分を隠そうとしたって、アレは勝手に嗅ぎ付けるのに。
あの御仁は自らそういう処に赴く。村でいの一番に孤児院を見に行くように。そして芋づる式に揉め事を堀り当てるのだ。
そんな人間に弱者を虐げていると知られれば、こうなるのは当たり前だった。
そして彼女は準王族だ。強権発動の権利を持つ。フロンティア王宮は、それを認めている。
まあそれも、大抵小人さん本人が決着をつけるので、降りかかる火の粉も後始末程度の事だという確信を王宮側が持っているからなのだろうが。
和樹はクラウディア王宮から派遣されたという士官達を見る。
悪意は全くないのだろう。むしろ歓待するつもりでやらかしたに違いない。
その邪魔をしようとした神父を捕縛したのも、彼等にとっては当たり前なのだ。非人道的なんて言葉はアルカディアには存在しない。
フロンティアにとて存在しない。ただ、フロンティアには貴族も平民も法の元には平等とあるだけで、特に人道などと表現される言葉はないのだ。
ならばそれを逆手にとる小人さん。
気に入らないから貧民らを叩き出せとクラウディア王が言うのなら、それを気に入らないから返せと、アタシが貰うと小人さんはゴリ押しする。
「いらないんでしょ? なら、ちょうだいよ」
にぃ~っとほくそ笑む彼女が眼に浮かぶようだ。
王の命令とはいえ、村が叩き出した貧民だ。村に居場所はなくなってしまっただろう。それを庇おうとした神父も同様である。
ならば、その身柄ごと全て引き受ける。そういう生き物なのだ、あの少女は。
そしてまた何処かを開墾して村でも作ってしまうのだろう。土地だけなら幾らでも、あり余っているアルカディアである。
変則的にでも森を造ることの出来る金色の王だからこそ出来る荒業だ。
はあ~~~っと大仰に溜め息をつき、和樹とフロンティア騎士達は顔を見合わせて苦笑する。
「あの..... 御使者様は、どちらに?」
かっ飛んで走っていった馬車が何処へ行ってしまったのか分からず、右往左往していた士官達。たぶん、クラウディアの間者にも追跡は不可能だろう。
不安げな彼等に眼をすがめ、和樹は低く呟いた。
「お前らが捕らえていった神父とやらを迎えに行ったんじゃねーか? 何処か分からんが、見つけるまで帰ってこねーな」
ざーっと顔を青ざめさせる士官らに溜飲をおろし、和樹はテーブルを立った。
まるでそれが合図だったかのように士官達も立ち上がり、あちらこちらへと散っていく。
フロンティア騎士と和樹の間には見解の相違があるが、それでも似たような結末を脳裏に描いていた。
満面の笑みで神父を連れて帰ってくる小人さんの姿を。
そんな騒動が宿屋で起こっていた頃。
教会ではアドリスやザックが腕を奮っていた。
「覚えておけよ? 野菜の皮も細切れにし塩とかで味付けしてから、フライパンで炒って水気を飛ばすと..... ほら、香ばしいビッツになる。このままでも美味いが、スープや炒めモノに混ぜたり、パンの生地に混ぜたりと、色々使えるんだ」
おおーっとアドリスの料理を見学する教会の人々。ちらほら交じる子供らも、眼をキラキラさせている。
「保存もきくから、大量に皮が出た時はまとめて作っておくと良い」
ザックも簡単に作れるオヤツを教えていた。
「蒸かした芋を、こう.....な? 裏漉ししてペーストにしたら.....ゆるい小麦粉のタネに混ぜて..... あとはお湯にスプーンで落とす」
水とんの要領で作る小麦団子。雲のようにお湯に広がったタネがゆがかれ、浮き上がってくる。それを網杓子で取り上げ、そのままザルで水気を切れば出来上がりだ。
薩摩芋の小麦団子。それと同時に、タネに角切りした薩摩芋を混ぜて蒸した鬼饅頭も作り、はしゃぐ子供達にザックは眼を細める。
「要は工夫だ。.....がんばれな」
元々孤児院出身で兄貴気質なザックは、こういった事に慣れていた。如何にコストを下げて大量に食事を作るか。
懐かしいそれに触れて、ザックは顔に薄い笑みをはく。
ああ、そうだ。昔は、よくこんな事をやっていたっけな。
まるで遥か昔のようにも感じるが、ほんの十年ほど前の事だ。
楽しかった子供時代を思い出して淡い笑みを浮かべるザックを、嬉しそうにアドリスが見ていた。
モロトフらは人形劇や紙芝居を披露し、教会が思わぬ慰問状態になっていた頃。
辺境領主の街を闊歩する小人さん。
「口実、作れなかったねぇ」
「まあ、何事もなく来れたのは良かったんじゃない?」
武装した兵士による抵抗や戦闘を期待していた小人さんだが、やってきた領主の街は平穏そのもの。
むしろ、案内人が派遣されてきており、その先導で領主の屋敷へと向かっていた。
綺麗な街並みに穏やかな人々の顔。
見た感じ、上手く領地を治めているように見える。なら、なんで貧民を叩き出したりしたのか。
むーんっと口をへの字にしながら、小人さんは領主の屋敷へと招かれた。
「ようこそ御越しくださいました。当領地を治めるオーギュスト・フォン・カルバドスと申します」
「フロンティア王国、ジョルジェ伯爵が娘、千尋と申します。以後、よしなに」
戦闘服という名のドレスに身を包み、小人さんは優雅にカーテシーを決める。その後ろで千早も兄だと名乗った。
好好爺な顔つきのカルバドス伯は鷹揚に頷き、二人を歓迎してソファーを進めてくれる。
「いや、御客人を迎えるなどいつぶりだろうか。気兼ねなくおくつろぎください。こちらには何日ほど滞在な予定ですか? よろしければ当屋敷へお泊まりくださいな」
ほくほく顔で嬉しそうなカルバドス伯に毒気を抜かれ、双子は顔を見合わせた。
なんか、おかしくない?
辺境の村で起きた事を知らないのだろうか? 彼の領地で起きた事なのに?
わざわざ先触れまでして時間を与え、状況把握は出来ているはずだ。
イマイチ噛み合わない御互いの雰囲気を訝りつつも、小人さんはスパっと本題を切り出した。
「歓待、いたみいります。実はカルバドス伯に御話があって、私ども参りましたの」
「話.....とは?」
御茶を片手に疑問顔な御老体。その周囲の者達も不思議そうだ。
「実は辺境の村で、貧民らを村から叩き出して、それを守ろうとした神父様が捕縛され、行方知れずとなっているのです」
小人さんの言葉に、みるみる眼を見開いていくカルバドス伯。
「そんな無体を? いったい誰がっ?」
思わずといった感じにソーサーへカップを戻す老人。その甲高い音が、彼の憤慨を物語っている。
演技には見えないなぁ。彼の与り知らぬ処で事が起きた?
にょーんと考え込み、小人さんは千早に視線を振る。千早も同じ考えのようで、小さく首肯する。
「御存じありませんか?」
尋ねる小人さんに、カルバドス伯は大きく頷き、眼をしばたたかせた。
それを確認して、千尋は自分が見てきた辺境の村の出来事を話す。
事の一部始終を聞き、カルバドス伯は頭を抱えた。
「それは..... たぶん、国王からの命令でしょう。私にはどうにも出来ない問題です」
王の命令に逆らう術はない。中世なんて、そんなモンである。フロンティアが規格外なのだ。
言われれば唯々諾々と了承する他なく、さらには、その命令を完遂できねば一方的に処罰される。王の命令通りに出来ない方が悪いのだ。それがどんな無茶な命令であろうとも。
「捕らわれた神父様が連行されたらしいのです。そこから行方が分かりません。カルバドス伯にはお心当たりございませんか?」
しばしの沈黙のあと、老人は重い口を開いた。
「こちらには何の報せもございませんでした。我が領地の罪人は、この街に収監され裁かれます。.....此度の件は、たぶん、国王陛下の専横。なれば、罪人は..... 王都へ運ばれたか、途中の街に収監されたか」
ここには居ない。空振りか。
すうっと眼をすがめ、小人さんは貧民らや教会の話を纏める。
「村から叩き出された貧民達はどうなさいますの? それに関係した者達は?」
「国王陛下の不興を買う訳にはまいりません。.....そのままにするしかないかと」
つまりは見捨てるってことね。
言い淀む老人を辛辣に見据え、小人さんは薄くほくそ笑む。
「なれば、その全てを私が引き取っても宜しくて?」
「は? 引き取るとは?」
「あのままでは、寒さの残るこの土地で生きてはいけないでしょう? なのでクラウディア王国からの難民としてフロンティア王国が引き取ります」
難民?!
カルバドス伯は、ぎょっと顔を上げた。
そんな事が世間に知られようモノならクラウディア王国の恥である。難民が国外に流出するのは、その国に多大な問題があると知らしめるようなもの。
戦争、内乱、不作等々。そういった噂が世間を駆け巡るだろう。
それぞれの国が独立立地なため、滅多に難民などが流出することはないから、なおさら周りの眼を引いてしまう。
青を通り越して、真っ白になってしまったカルバドス伯を置き去りにし、小人さんは王都へと向かう。
そこまでの何処かで神父様が見つかると良いが、見つからねば王都に殴り込む気満々の小人隊。
「これだから、上が馬鹿野郎様だと困るんだにょっ」
ぷんすか頬を膨らます小人さんを乗せて、モノノケ馬車は、一路王都へと向かっていた。
あとに残されたカルバドス伯が、慌てて辺境の村へと駆けつけるのも知らず、小人さんは今日も我が道を征く♪