クラウディア王国の秘密と小人さん
小人さんのキャラクター設定イラストを、なろうに掲載しようと思ったのですが、みてみん経由は難しいかもしれません。ちょいと編集様に相談してます。
「むーん.....」
宿屋で一息つき、食堂に訪れた小人さんは厳めしい顔でメニューと睨めっこをしていた。
「羊肉のオーブン焼き.....か、寒サバの揚げ焼き..... うにゅう、どっちにしよう?」
しかも添え物も焼きチーズか小エビのカクテルか。海が近いせいもあるのだろう。たぶん、クラウディア王都よりも充実したラインナップ。
「うああぁぁっ? 付け合わせは各種パンか、ミニオムライス? オムライスって、フロンティアだけじゃなかったん?」
パンもバターロールやバゲットなど五種類ほど籠にはいっている。思わずじゅるりと口元を拭う妹を呆れ気味に見つめ、千早が助け船を出した。
「そんなに食べきれないでしょ? 僕と半分こしようよ」
「ナイスアイデアっ! にぃーにっ!」
ぱあっと煌めく笑顔の小人さん。
こんなとこで無駄遣いするなと千早は妹の頭を軽くこづいた。
笑顔の無駄遣い?
何の事やらとメニューをガン見する小人さんは気づいていない。先ほどから善からぬ視線が双子に注がれている事に。
悪意はないな。でも、怪しい視線だ。
チラリとそれを一瞥し、千早が剣呑な眼差しをドルフェンに流すと、ドルフェンも小さく頷いた。
面白いくらい悪意には敏いのに、それ以外には全く無関心な小人さん。鉄壁過ぎるアウト・オブ・眼中。
今もメニューと睨めっこし、今度はデセールに悩んでいる。
辺境なのが幸いなのか、ここの領主が賢いのか。国境近い小さな村なのに、いやに美味そうな料理が揃っていた。
食堂から見える厨房の中には立派なコックコートの料理人。それも複数。こんな鄙な村にはコックそのものが珍しいだろうに。
そこまで考えて、千早は眼を見開いた。
あ~、そういう?
運ばれてきた料理をまぐまぐしながら、御満悦な小人さん。
「んっまーっっ! にぃーにも食べてみ? こんなとこで美味しい料理に出逢えるなんて、アタシ達、運が良いねぇ?」
「そうだね。多分.......」
.....に人為的な運だけどね。
後半は口から出さない千早。
こんなところで、一端のコックの上等な料理が提供されている事自体が不自然なのだ。そう気づけば、あとは自ずと答えが出る。
厨房の彼等はフロンティア一行のために用意されたのだろう。
王宮か、それに準ずる貴族あたりか。
シニカルに眼を細め、千早は食事を口に運んだ。
スパイスのきいた羊肉の香草焼き。うん、間違いないね。庶民の料理じゃない。
怪しげな視線の主はフロンティアの動向を窺う間者なのだろうか。良い風に捉えれば歓待されている。悪く捉えれば.....
辛辣な笑みを深める千早の前に、妹の皿が差し出された。そこには熱々の魚が半分載っている。
「にぃーに、早くっ、交換、交換っ!」
わきゃわきゃ暴れる小人さんに、千早は毒気を抜かれ顔が呆けた。
ああ、そうだね。君が楽しいなら何でも良いか。
皿を交換して微笑み合う双子。相変わらずの仲の良い兄妹を微笑ましそうに眺める小人隊の面々。至福の一時がそこにある。
小人さんがアルカディアに転生してから十年以上。飽食日本人の本懐を達し、キルファンの追い風も受け、フロンティアで魔改造されたメニューの数々は世界を席巻した。
レシピを隠す事もしない小人さん。
むしろ生めよ増やせよと押し付けていく始末。結果、どこでもそれなりな料理が御国柄を交えつつ進化していた。
千早はサバを口にして舌鼓を打つ。添えられたエビのカクテルも濃厚なエビ風味のソースで和えられ、とても美味しい。
「これは何だろう.....? 具材のエビより旨味があるね」
ソースを舐めながら首を傾げる千早。
「たぶん味噌。エビ味噌がベースになってるにょ。殻ごと炒めて出汁にしてるんだにょ」
地球で言うアメリケーヌ・ソースだ。
地球では大きなエビを使うことが多いが、別に小さいエビでも十分作れる。ソースにせず、野菜などを加えてポタージュにしても美味しい。こちらはビスクと呼ばれている。
どっちにしろ美味しいなら何でも良い。
満足げに御腹をさすっていた小人さんは、椅子から降りるとそのまま宿屋入り口に向かった。
「ヒーロ?」
訝しげに声をかける千早に振り返り、千尋は、にしししっと笑う。
「デザート買ってくるにょ。ここの料理も食べないとね。何があるかなぁ?」
その言葉を聞いて、千早が怪しんでいたテーブルの男性数人が、ガタッと立ち上がった。
バレてたのか。
ここはこの村で唯一の宿屋。ここを通るなら、この宿屋に泊まるだろうと、誰かに用意された晩餐に違いない。
フロンティア一行に満足してもらうため。好印象を抱いてもらうため。だが、そんなものは見抜いていた小人さん。
食いしん坊が料理の不自然さに気づかない訳がないのだ。
あきゃきゃきゃっと高笑いし、両手を振り回しながら宿から飛び出す小人さんに、怪しげな男性らは狼狽える。
その滑稽な姿に眼をすがめ、千早も妹の後を追ってドルフェンと宿を飛び出した。
そんな三人を見送り、頬に手を当てつつ嘆息するヒュリア。やれやれと顔を見合わせるアドリスとザック。
騎士団の面々は慣れたもので、食事の終わった者から仕事に取りかかる。
小人さんらを追っていく者。宿の周辺を警戒する者。各部屋をあらためる者。
そういった人々を真ん丸目玉で凝視し、和樹は絶句した。
なんともはや。御嬢さんは自由過ぎるな。
どこぞの深窓の令嬢かと思いきや、魔物を引き連れ主の森に突進するわ、宿屋に泊まりたいと暴れるわ、夜の町に飛び出していくわ、規格外も良いところだ。
気の毒げにヒュリア達を眺める和樹の耳に、狼狽した声が聞こえる。
「まさか、町に出るとは.....っ、不味い、貧民らは移動しておいたか?」
「してあるはずだ。店屋に根回しは?」
「してない。王女殿下が市井へ向かうなど思ってもいなかったから.....っ」
そこまで耳にして、和樹は思わず噎せた。
は? 王女殿下っ? えっ? えええっ?!
がふがふと噎せ、無理やり口の中の物を飲み込む和樹に首を傾げる仲間らと、和樹が耳にしたモノを同様に聞いていた幼馴染みの側仕え二人が驚愕に眼を見開いている。
「.....不敬はしてませんよね?」
「たぶん.....?」
「いや、それより魔物を率き連れるフロンティアの王族といえばっ?!」
全員瞠目。同じ人物の名前が脳裏に浮かぶ。
金色の王.....?
数百年に一度くらいしか降臨しないんじゃなかったのかっ?!
青を通り越して真っ白になった和樹と愉快な仲間達の事など余所に、小人さんは夜市を駆け回っていた。
「あれあれっ! ねぇ、美味しそうっ♪」
「ヒーロ、もう持てないよ?」
屋台を片っ端から飛び跳ね回り、買いまくる小人さん。
双子の両手には甘味だけでなく、軽食の袋も下がっている。ちゃっかり折り畳み式のバッグを複数持ち歩く妹に頭が痛い千早。
布製のズダ袋一杯な食べ物を抱えて、御満悦な千尋をドルフェンが抱き上げた。
「そろそろ戻りましょう。ヒュリア殿が微笑む前に帰らないと」
「あ~、そうだね」
優美に弧を描く笑っていない眼の微笑みは、心臓が逃げ出したくなる怖さである。
ヒュリアが怒ると手入れが増えるからなぁ。わしわし頭の天辺から爪先まで御手入れされるのは勘弁して欲しい。
これでもかと御手入れするのがヒュリアのストレス発散方法。その餌食になるのは御免被りたい双子である。
だが、こうして宿屋へと戻る小人さんが、道中で見た教会に寄っていくなど誰も思っていなかった。
「こんな大量の食べ物、アタシらだけで消費出来るわけないじゃない?」
三人が両手に抱えたズダ袋の半分は教会への差し入れだったらしい事を、しばらく後で知ったドルフェンと千早だった。
何処に居ても幸せの御裾分けを忘れない小人さんである。♪