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小人さんと海辺の森 むっつめ

 眠い..... 寝ます。暖かくなってきて、やけに眠いワニがいまふ。

「何が原因?」


「..........ギリギリの魔力で生かされていた魔物が暴走した。これは、どこからか魔力の供給があった事を示しています。でなくば、暴走どころが動けるはずもないので」


 そう言えば商隊の兄ちゃんらも言ってたな。そんな体力が残ってたのかと。


 そして小人さんは、以前カストラートを訪れたときの違和感を思い出した。

 あの時、細く地面を這うように伸びていた無数の闇の魔力。地底湖の森から漏れだしていたのだろうと思っていたが、まさか?


「意図的に? 魔物に活力を与えるため、魔力を流していた?」


 顔を強張らせ、小人さんはその時の話を王太子に聞かせる。


「.....という事は、今のカストラートには闇の精霊に操られた魔物が跋扈しているということですか?」


「そうなるね。なんで暴れてるのかは知らないけど」


 わやわやと話をする二人の後ろで、千早が挙手し声をかけた。


『憶測の範囲だが、人間を絶望させるためでは? 苦難に瀕した所に甘い言葉を投げ掛け信用させる。奴等がよく用いる手段だ』


 何とはなしに話すチェーザレ。だが彼の言葉には重みがあった。

 なぜなら彼は、その闇の精霊らの被害者であり、奴等をよく知るはずなのだ。

 だからこそ地底湖の森でも一瞬で正体を見破り攻撃を仕掛けた。

 ヘイズレープを滅びに導いた元凶。ジョーカーから聞かされたアレコレに、小人さんは言葉もない。

 しかし、その暖かな憐憫を脳裏に浮かべつつも、千尋はスンっと顔から表情を消した。


 苦労したんだよね。でもアルカディアを食らおうとしたことは別の話だから。一生許さん。


 後に永遠を得る予定の小人さん。彼女の言う一生は未来永劫である。

 

 何処かで挽回せねば立場の危うい御兄様だった。




「なら魔物を止めないとね。どうするか」


『我が出よう。狂化した魔物は己より強いモノを徒党を組んで襲う習性がある。我が出れば多数の魔物を引き付けられようぞ』


 確かに。その理論で言えば、魔物はチェーザレに群がるはず。しかし小人さんは何か嫌な予感がした。


 魔物の周りを飛び交う闇の精霊達。


「ん~? 取り敢えず王宮前で迎撃してみよっか」


 小人さんの言葉に頷き、フロンティア騎士団が動き出す。




「た.....っ、助けっ、ぎゃああぁぁっ!」


 魔物から逃げてきたらしい男性が子供を胸に抱え込み甃に倒れる。その足元には狼系の魔物。

 真っ赤な眼をギラつかせ、大きな口で男性の脚に噛みついていた。

 ずぶりと牙が食い込み血がしたたる彼の脚。それを咥えたまま、狼は頭を振り回して男性を引きずっていく。

 

「うぎゃあぁぁっ、誰かっ! この子を.....、娘をーっ!」


 必死に腕で子供を抱き締めて泣き叫ぶ男性。

 みちみちと肉の千切れる音を楽しみながら、さも嬉しそうに噛みつく狼の口元は、べったりと血糊がついていた。

 生臭い血液の香りに引き寄せられ、周囲からも魔物が集まってくる。

 揃いも揃って真っ赤な瞳。狂化した魔物達に囲まれ、男性はガチガチと歯を鳴らして震え上がった。

 うっそりと嗤い長い舌を垂らして、狼は衂られた己の口元をベロリと舐め回す。

 自分の血を舐める魔物に顔を凍りつかせ、限界まで見開いた眼で、男性は喉が張り裂けんばかりに絶叫した。


 と、そこに風を割って何かが通りすぎる。


 パウンッと軽快な音をたて狼が弾け飛んだ。

 どっと建物の壁にぶつかり、ずるずる落ちる狼。その額に刺さる二本の矢が魔物の息を止めていた。


「あ~、殺っちゃったか。なるべく生け捕りの方向でね」


「無茶言わないでくださいっ! 当たっただけ御の字ですっ!」


 やや離れた遠方から叫ぶのはユーリス。ルーカスと双子の兄弟で、弓騎士筆頭の強者だ。この距離まで矢を飛ばせる腕は尋常ではない。

 

 小人さんは王宮前庭に陣を張り、逃げ惑う貴族達を救出していた。

 眼の良い弓騎士らが魔物を索敵し、カストラート兵士や騎士が人々を救出する。

 フロンティア騎士団は陣の周りに群がる魔物らを撃退していた。

 魔物討伐はフロンティアの十八番だ。しかも暴れている魔物の殆どは中型程度。並み居る騎士の中でも若手の精鋭で組まれた小人隊の敵ではない。

 怪我人や被害者の救助や火事の消火をカストラート兵とモノノケ隊に任せ、小人さんは街を駆け回る。


「おまえらーっ! やめろーっ!!」


 魔物を煽るように魔力を与える闇の精霊。それらを引っ掴み、小人さんはチェーザレから預かった闇魔法の水晶に閉じ込めていく。

 水晶に押し付けた精霊は、か細い悲鳴を上げて溶けるように消えた。

 チェーザレの記憶を封じていた闇の魔結晶は闇の魔力と相性が良く、その性質から貪欲に闇の魔力を吸い込んでくれるのだ。

 それを利用して闇の精霊捕獲をする小人さん。


 海蛇らが徘徊して確実に鎮火していく炎。助けが来るまで、怪我人らを防護するカエル達。その中でも重傷者や子供らを王宮まで運ぶ蜜蜂達。

 モノノケ隊の見事な連携で、みるみる騒ぎが収まっていく。


 そんななか、闇の精霊の数を減らすために飛び回る双子。

 どうやら、この精霊達は高い魔力がないと見えないようで、ドルフェンすら朧気な輪郭しか確認できない。他は御察しである。


 縦も横も関係なく飛び回る小人さんが一息ついたとき、近くから甲高い悲鳴が聞こえた。小さな子供の悲鳴や嗚咽。

 振り返った小人さんが駆けつけると、そこには多くの一団がいた。

 見覚えのある馬車と恐怖に震える人々。その中心には派手ななりの黒髪男性。


「怯むなっ! 魔法石を使えっ! 全て吐き出して構わんっ、子供らを守れーっ!」


 彼らが連れているのは十数人の子供達。どうやら馬車が魔物に壊されたようで、子供らを囲う大人達は、何かを遠くに投げている。

 その投げたモノに釣られてバラバラと離れていく魔物。

 

 投げられているのは魔法石。魔力の込められた宝石は魔物の大好物だ。至福の顔で魔法石を舐める魔物らを睨み付け、黒髪の男性は叫ぶ。


「今の隙だっ! 逃げるぞ? もうすぐ門だっ!!」


 飛びかかってくる魔物を撃退しつつ倒す傾奇者。荒削りな剣だが、なかなかの腕前だ。

 その彼等の背後を見て小人さんは眼を見張る。

 ガッガッと脚を駆るは大きな牛。研ぎ澄まされたように黒光りする角を持つソレは間違いなく魔物である。

 そして次の瞬間、真一文字に傾奇者の一団に向かい、牛の魔物は暴走した。


「伏せろーっ!!」


 その叫びに応じ、ばっと子供らに覆い被さって伏せる大人達。

 そこに突撃寸前の牛の足元を狙って、小人さんは魔力を放った。

 途端、湧き出でるは多くの植物。いきなり生えた植物群に脚を取られ、転んだ勢いのまま、牛の魔物は伏せた人間らの上をかっ飛んでいく。

 どすん.....っ! と大きな音とともにピクリとも動かない魔物。

 辺りに漂う砂ぼこりに咳き込みながら、傾奇者は恐る恐る頭を上げた。


「何が.....?」


 茫然とする大人達の横をすり抜けて、小人さんは牛の魔物にしがみついていた闇の精霊をひっぺがす。


「おまえーっ! 大概にしなさいよねっ!!」


 ぷんすかと捕獲する小人さんの後ろから、傾奇者は声をかけた。


「あんた、あん時の? 御嬢様が何やってんだっ! 逃げるぞ? 来いっ!」


 心配げに瞠目し、千尋に手を伸ばす黒髪男性。


「この子らは? 商品?」


「馬鹿言えっ! 俺は奴隷は扱わないっ! こいつらは通りかかった教会から頼まれたんだよ。神父様が死んじまったみたいで、下働きが泣きついてきたんだ」


 それを避難させようと?


 眼をパチクリさせ、小人さんは目の前の男性を凝視する。

 その眼差しに気付き、男性は何かを思い出したかのように馬車へ駆け込んでいった。


 そして、大きな皮袋を小人さんに差し出す。


「お釣りだ。あん時、駆け引きもしないとは思わなくてな。普通は値切り交渉があるもんだぞ? まさか言い値を払うとは..... 魔物の代金、檻込みで金貨五十枚だ」


 渡された袋を抱えて小人さんは黒髪男性を見上げた。

 彼は、にっと口角を上げて面白そうに千尋を見つめている。まるで子供のように煌めく瞳。


 そうだ、あの時も、こんな眼をしてたな、この人。


「俺は橘和樹。こちらで言うならカズキ・タチバナだ。お前は?」


「千尋・ラ・ジョルジェ。もう、あらかたの原因は片付くと思うから。王宮に来たら良いよ?」


「王宮に? それにチヒロって千に尋ねるって書くか? お前はキルファン系? 今、キルファンってどうなってるか知ってるか?」


 マシンガンのごとく捲し立てる和樹。

 それに苦虫を噛み潰しつつ、小人さんは質問に答えながら王宮に向かった。

 彼女が和樹達を連れだって王宮に向かう頃、魔物達も動き出す。


 カストラートを出て西北へと。


 砂漠を渡っていく魔物の群れに、今は誰も気づかない。


 渡る無数の魔物に気づいたのは小さなオアシスの村。

 遠目に動く影を見つけただけだが、大した関心もなく視線を外す。

 

 あれは魔物だ。近寄っちゃならねぇ。カストラートから逃げたしたのか。大変な事だな。

 だがそんなこった、俺たちにゃ関係ない。


 しばし魔物らの残像を瞳に映し、小さな村の人々は畑仕事に精を出す。

 彼等にとっては魔物の大移動より、収穫が減ることのほうが大ごとなのだ。


 後日、貴族らの飼っていた魔物の数と、討伐、捕獲した魔物の数が大幅に合わず、大混乱するカストラートである。


 ちなみにその時には、海辺の森を目指して出発していた小人さん。


 その大混乱の原因を片付けて再びカストラートを訪れる未来が来るのを、今の彼女はまだ知らない。


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