小人さんの休息
ちょいとTwitterで良い話を見つけ、気分の上昇したワニがいます。分かってるじゃないか、ひろゆき氏♪
「あー..... もー..... 正気の沙汰じゃない」
国交断絶中のカストラートへ行ったまでは良い。その理由も知っている。なのに何故。
厄介事ばかり拾ってくるかなぁぁぁっ?!
ロメールは目の前に立つカストラートの兄弟を情けない眼で見上げた。
「狂気の沙汰ですよ。この人、人殺し、それも父親殺しですよ??」
バンっとテーブルに手を着き、千早はシャルルを指差す。
にぃーに..... 人に向かって指差すのはダメにょ。
少し遠い眼で現実逃避を試みる小人さん。
「それを言うなら地獄の沙汰でしたよ、地下の森は。全て、この男が仕出かした事です」
嫌悪の顔を隠しもせずドルフェンも千早の援護射撃をする。
それをアワアワと見つめるアウグフェルの肩を叩き、アドリスが口を挟んできた。
「地獄の沙汰なら金しだいだろ? 仮にも王族だ。しっかり払ってくれるさ」
「それは御嬢も得意分野じゃないか。何とかなるな」
ザックもしれっと参戦する。違いないと笑う小人隊の面々。
.....あんたら、喧し過ぎるよ?
好き勝手言う仲間を背後に、小人さんは無言でロメールの前に佇んでいた。
剣呑な雰囲気の千早達と、楽観的なアドリス達の温度差に苦虫を噛み潰し、ロメールは千尋に視線を振る。
居心地悪げに立っている小人さん。
まあ、仕方無いよね。こういうのを君が見捨てられないのは、よく知ってるし。
「そうだな。王宮内とはいかないが、貴族街に屋敷を手配しよう。半年ほどならば十分なはずだ。費用はきっちり頂くからね?」
ロメールの言葉に、アウグフェルは顔を明るくさせ、ブンブン頷いた。
「お嫁様は? 僕、チィヒーロ様と暮らすんでしょ?」
あ。とばかりに、小人さんとロメールを抜いた全員が不穏な空気を醸し出す。
これに関しては満場一致らしく、警戒心ビシバシな空気だった。
何の疑いもないシャルルの呟きを拾い、ロメールの顔が黒く染まる。
「どういう事かな? チィヒーロ?」
久し振りに見る暗黒笑顔のロメールに、ぴゃっと仰け反り、小人さんは斯々然々と理由を説明した。
「さっきのは白紙で。すぐにお引き取り願おうか」
話を聞いたロメールは、二人に即帰国するよう申し渡す。
それが当然だとばかりに大きく頷く小人隊。
「ちょっ! アタシが引き受けたんだにょっ! ロメールがダメだってんなら、家に滞在してもらうからっ!」
「馬鹿を言うんじゃないよっ?! 君ねぇっ? いい加減自覚してよねっ!!」
むくれる小人さんに、ロメールはコンコンと説明する。
千尋の正体がバレてから、ウィルフェだって妃に迎える事を諦めてはいない。
未だに婚約者を作らないテオドールだってそうだろう。
ドナウティルのマーロウが毎年のようにフロンティアを訪れている理由も同じ。
王族関係だけでもお腹一杯なのに、他にも多くの貴族らが小人さんに興味があるのは丸分かりなフロンティア社交界。
「これ以上、求婚者を増やさないでくれるっ? 私という歴とした婚約者がいるにも関わらず、この有り様なんだよっ?! 自覚してっ?!」
ロメールに半泣きで叫ばれ、ぐうの音も出ない小人さん。
「アタシのせいじゃないも」
だいたい恋愛とか、何さ。単なる熱病じゃない。時間がたてば薄れる、ペラい感情に意味なんか無いわよ。
斜に構えて仏頂面な千尋に溜め息をつき、ロメールは渋々アウグフェル達に貴族街の屋敷を用意した。
そして厳命する。
「君らは絶対にチィヒーロに近づくな。これを破るなら、即強制送還だ」
獣のように炯眼な眼で射竦められ、アウグフェルはコクコクと頷くしかない。
これが世界に名高いフロンティア国王の懐刀か。
駄々をこねるシャルルを宥めすかして、二人はロメールの部下に促されるまま執務室から出ていった。
それを据えた眼差しで見送り、ロメールは小人さんを抱き上げる。
いきなりアレやコレやと問題を投げ込まれて言い忘れていたっけ。
ふっと視線を和らげて、ロメールは千尋の頭を撫でた。
「お帰り、チィヒーロ」
「.....ただいま」
ウニウニと拗ねた仕種の御子様に苦笑し、部屋の中が笑顔で満たされる。
そうだ、帰ってきたのだ。
心の底からの安堵感。久し振りに羽根を伸ばそうと顔を見交わす騎士達だった。
しかし、これが別な問題を引き起こす。
「女なんてクソ食らえだぁーっ!!」
厨房の賄い部屋で、おーいおいおぃと泣き叫ぶ騎士が居た。
仲間に慰められながら涙にくれる彼はルーカス。小人さん部隊の一人である。
何事かと注視する人々にまじり、小人さんも聞き耳を欹だててみたところ、どうやら恋人にフラれたらしい。
「せっかく一緒に出掛けようと家を訪ねたのに、今日は用があるからって..........なんだよ、俺より用のが大事なのかよっ!」
えぐえぐと泣き伏すルーカスに、賄いを食べながら小人さんは疑問を呟く。
「前以て知らせてた?」
「え?」
「帰ってきたの一昨日じゃない? で、休暇の許可が下りて、その間に、帰ってきた事や休暇が取れた事をちゃんと知らせてたの?」
「あ..... いえ」
いきなり突撃かよ。まあ、男なんかそんなモンだよな。
小人さんは嘆息する。
「知らないなら仕方無いじゃない。先にした約束が優先でしょ?」
「でも滅多にない休暇なんですよ? 恋人なら、こっちを優先してくれても良くないですかっ? なのに着飾って一人で何処かに.......... あれは浮気に違いないです。別の男がいるに決まって..........」
忌々しげに指の爪を噛みつつ恋人を罵るルーカスの言葉を聞き、千尋は、どんっとカトラリーをテーブルに叩きつけた。
「証拠はあるの?」
「へ? いや.....」
「さっきからグチグチ言うの聞いてたけど。彼女が冷たいとか、怪しいとか。あんたは彼女を繋ぎ止める努力をしてた?」
「努力?」
「そう。こまめに様子を窺うとか、労うとか。ちゃんとやってたの?」
世の中には男を手玉に取る悪女だって存在する。だが彼の愚痴を聞いていた限り、その恋人は違うようだった。
前は優しくて、何時も笑顔で彼を慕ってくれていたという。ならば理由は後天的なモノのはずだ。
「労るって..... こっちは騎士の仕事があるんです。そうそう逢えないし、それは彼女も分かってるはずでしょ?」
「そんなの理由にはならないにょ。家のお父ちゃんやアドリスを見てみ? 仕事の合間を縫ってはアタシの様子を見に来るよ?」
いきなり話を振られ、二人は頭を掻いて頬に朱を走らせる。
「いや..... まあ.....な」
「気になるし..... うん」
種類は違えど、これが愛情というモノだ。
「彼女があんたを優しく労ってくれてたって言ったよね? あんたは何をしたの?」
..........何をした?
仕事が忙しくて何もしていなかった。誕生日とか特別な時にはお祝いなんかもしていたが、普段は脳裏に浮かぶ事も稀である。
たまの休みにも疲れていて、彼女と出掛けることもしなかった。
その事実に気づいて、ルーカスは呆然とする。
「アタシにしたら、構ってもくれない相手に情を維持するのは難しいと思うけど? 最初は惚れた弱味で尽くしても、どんどん枯れていくんだよね。特に他人同士なら、努力が必要でしょ? 彼女の努力にあんたは応えたの?」
小人さんの説明に、どんどん青ざめていくルーカス。
「大きな事でなくても良いのよ。ちょっとした手紙や贈り物とか。そんな暇すら無いほど騎士団って忙しかったっけ?」
小人さんは知っている。
空いた時間に談笑したり、ボードゲームに勤しんだりして楽しんでいる騎士達を。
そんな時間を使って手紙の一つや、遠征した時に贈り物の一つも用意出来ないのか。
それが届くだけで、彼女は幸せな気分になれるだろうに。
「思いっきり恋人を二の次にしておいて、自分は最優先してほしい? ちゃんちゃら可笑しいわよ」
愕然と凍りつくルーカス。
小人さんの話を静聴していた周囲も、やや俯いていた。
そわそわと落ち着かないような者もいる。たぶん似たような心当たりがあるのだろう。
蔑ろには蔑ろが返ってくる。当たり前の事だ。そんなんに狼狽えて、浮気してるとか何とか。馬鹿も休み休みに言え。
「情ってのはね、育てるものなの。光も水も与えられなかったら、萎びて枯れてしまうの。.....彼女の事が好きなら足掻きなさい。手遅れかもしれないけど、決着はつけなさい」
その言葉を耳にして、ルーカスはガタンっと立ち上がった。
それに倣い、何人かが立ち上がり、ルーカスと共に厨房から出ていく。
世はおしなべて悪循環に満ちている。その通りを良くするには、諦めるか、立ち向かうか。
ルーカスは立ち向かう事を選んだようだった。
にんまりとほくそ笑む小人さんの背後に誰かが立つ。
「キツいねー。あれって君の恋愛観?」
そこには呆れ顔のロメール。
なんで王族が賄いに顔を出すかな?
残りの御飯をモフモフと食べる小人さんの前に座り、ロメールは賄いを頼んだ。
それに頷きつつ、アドリスは満面の笑みを浮かべる。
チィヒーロは知らないんだろうな。王弟殿下が賄いを食べに来るのは、チィヒーロが王宮にいる時だけなんだって。
不器用な愛情の存在に彼女が気づく日は来るのだろうか。
軽く肩を竦めてアドリスは厨房に戻っていく。
そしてそこには娘の辛辣な言葉の数々に打ちのめされて丸まる森の熊さん。
「サクラに..... いや、チィヒーロとハーヤにも。何か作るか?」
ブツブツと呟くドラゴに大笑いするアドリス。
ああ、こんな日々が毎日続けば良い。
小人さんの束の間の休息を心の底から喜ぶアドリスである。