5.実りの秋
5.実りの秋
暑い季節が一段落して、少し寒い日がやってくるとホーリー郡ではそろそろお米の収穫の季節になります。
びっくり湖から少し丘を上がった辺りには沢山の田んぼがあって、金色に輝く稲穂が頭を下にして涼しくなった風に揺られています。
ツキノワグマのランディーさんの田んぼでも稲刈りの時期になっていました。
一人で広い広い田んぼの稲を刈り取るのは大変なことなので、近くの田んぼを作っている5人のクマ仲間が集まって、今日はランディーさんの田んぼ、明日はヒルズさんの田んぼというように、順番に助け合いながら稲を刈ります。
刈った稲はお日様でよく乾燥させてから稲穂からお米の粒をはずして貯蔵します。
今日はランディーさんの田んぼの稲刈りの日です。
二束刈ったらわらで縛って、置いていきます。
置かれている稲穂の束は、お隣のブラウンさんが稲穂を干す竿にぶら下げていきます。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザクザクと稲を刈り取り、バサリと重ねて、シュッシュッと縛り、ドサっと置きます。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
「ランディーさん、そろそろ休憩にしないかい?」
田んぼの反対側から同じように稲刈りをしていたマシューさんが声を掛けました。
「ふう、そうしますか。」
ランディーさんは一息つくと、背中を伸ばして腰をトントンと叩きました。
ランディーさんは自宅からコーヒーを入れたマグカップを5つ持ってくると、手伝ってくれている4人に手渡しました。
5人のクマは土手に並んで座りました。
「明日は誰のところだったかな?」
「たしか、ヒルズさんところだったんじゃないかな?」
「そうそう、うちが明日で、明後日がワトソンさんところでしたね。」
コーヒーを飲みながら一服して、空を見上げると、空が本当に高くなったとランディーさんは思いました。
魚が美味しい季節になると思い、ランディーさんはぺろりと舌で口の周りを舐めました。
「さあ、仕事を終わらせてしまいましょう。」
ブラウンさんが立ち上がって声を掛けると、みんなも立ち上がり、腰に手を当ててのばしたりしながら、仕事へと戻っていきました。
それから1時間ほどでランディーさんの田んぼはきれいに刈り取られ、竿には沢山の稲穂が吊されていました。
「今日はどうもお疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。」
日暮れ少し前に仕事が終わり、ランディーさんは一度家に戻ってから、みずがめ市場のジェスのバーへ出かけました。
ランディーさんが到着する頃には、みずがめ市場はもう夜の顔になっていました。
お昼に開けていたお店は閉店の準備をしています。そして、夕方から開店するレストランや、バー、サロンなどはこれからにぎやかになっていきます。
ジェスのお店に入ると、いつもの席にオオアリクイのトマソンさんが腰を掛けて、いつものマティーニを飲んでいました。
「やあ、ランディー。畑はどうだい?」
ランディーさんに気がつくと、トマソンさんはグラスを少し上げて挨拶をしながら言いました。
「まずまずなもんだよ。今日は刈り入れが済んで一段落と言ったところかな。」
トマソンさんの2つ隣に腰を下ろすとランディーさんは言いました。
二人はすごく大きかったので、隣の席では狭くて座れなかったのです。
「こんばんは、ランディーさん。今日は良い鮭が入りましたよ。バターソテーでいかがですか?」
ジェスが注文を取りに来ました。
「それは旨そうだな。それをもらおう。それと蜂蜜酒を出してくれるかな。」
「かしこまりました。飲み方はロックでよろしいですね?」
ジェスは奥に行くとお酒の瓶が沢山並んでいる中から、蜂蜜酒の瓶を抜き取り、丁寧に割った氷を入れたロックグラスに注ぎ入れバースプーンで5回ほど混ぜると、ランディーさんの前に置きました。
「どうぞ。蜂蜜酒のロックスタイルです。」
「ありがとう。うむ、良い香りだ。」
ランディーさんは甘い香りを楽しみながらチビリとグラスからお酒を飲みました。
「稲刈りは大変だったろう?」
「そうだなぁ、でもそれだけ稲穂が実ったってことだからうれしいよ。」
トマソンさんとランディーさんが話しているあいだにジェスはお店の奥で鮭のムニエルに取りかかっています。
鮭の切り身に塩コショウ、小麦粉を振りかけフライパンでバターソテーにします。
バターと小麦粉の良い香りがふわりとバーカウンターにいるランディーさんの鼻にまで届きます。
「ジェスの料理は舌だけでなく、鼻でも楽しませてくれるな。」
ランディーさんはうれしそうに言いました。
ソースはケチャップソースです。ケチャップにすり下ろしたニンニク、ウスターソース、少量の砂糖とお水を加えて、ソテーの終わったフライパンに入れて熱します。
何とも甘くて香ばしい香りが立ち上りたちまちソースが完成します。
お皿に鮭のバターソテー、付け合わせのたっぷりのクレソン、そして特製のソースを掛けたら出来上がり。
「お待たせしました、鮭のバターソテーケチャップソースです。」
ランディーさんの前に置かれたお皿からうっすらと湯気と食欲を誘う香りが立ち上っていました。
「これは旨そうだな。」
ランディーさんは舌なめずりをしながら、フォークとフイッシュナイフに手を伸ばしました。
「そう言えば、ビリーは来ていないかい?」
一口、鮭のムニエルを食べてからランディーさんは言いました。
「びっくり湖で大物用の毛針がまた少し欲しいんだが、昨日市場で通りかかったら、店を出していなかっただろ?」
「そうなんだ、一昨日から店を出していないから心配になってね。肉屋のエルザに聞いてみたんだ。知らなかったらしくて、ビリーの家まで飛んでいったよ。そしたらどうも風邪で寝込んでるんだそうで、肉屋の親父さんも心配してエルザを看病に行かせてるよ。」
トマソンさんが言いました。
「そうか、こりゃ畑でなにか体に良いものを見繕って持って行ってやらないといけないな。」
ランディさんは蜂蜜酒をすすりながら言いました。
「そうなんですか?それは大変ですねぇ。僕も何か作りに行ってやりますよ。」
ジェスがトマソンさんのマティーニのお代わりを作りながら言いました。
翌日、午前中にジェスが鶏肉のミンチとトマトを使ったリゾットとオレンジジュースを持ってビリーのお見舞いに行きました。
朝早くからエルザが看病に来ていて、ビリーの身の回りの世話をしていました。
「やあ、エルザ、ビリーの具合はどうだい?今は寝てるんだね?」
「うん、でも、ずいぶん良くなったのよ。昨日は熱が下がらなくて何も食べられなかったんだけど、今朝からはミルクを少しと柔らかいパンを少し食べれるようになったの」
「そう、これお見舞い。昼にでも食べてよ。」
「あら、ありがとう。ところでね、ジェス、なんでお見舞いに来るのに釣り竿持ってるの?」
「いや、まぁ、ほら、もののついでと言うことで・・・じゃ、ビリーによろしく。」
と、さっさと帰ってしまいました。
「エルザ、誰か来たのかい?」
扉の閉まる音で目を覚ましたビリーが声を掛けました。
「うん、ジェスがお料理を作って届けてくれたの。釣り竿持ってね。」
エルザは笑いながら言いました。
「そうか、みんなに気を遣ってもらって申し訳ないなぁ。」
「そうよ。そう思ったら早く治してね。」
二人はお昼にジェスが持ってきてくれたリゾットを食べて、エルザはお店の手伝いに返っていきました。
少し眠って、ずいぶんと調子が良くなったビリーは部屋を暖かくして、毛針を作り始めました。
これからの季節はびっくり湖での大物を狙う人が多くなるので、大きめの針を用意します。
10本ほど針を巻いて、一息ついたときにドアがノックされました。
気がつくともう夕方になろうとしていました。
「はぁい、どうぞ。」
「お邪魔するよ。ビリー、具合はどうかね?」
来てくれたのは、ランディーさんです。
「稲刈りの仕事が終わったんで、畑から色々持ってきてやったぞ」
「ありがとう、ランディーさん。お昼前にはジェスも来てくれて、ほんとに助かります。」
「うん、みんなビリーに早く治って欲しいんだよ。」
そう言うとランディーさんはにっこりと笑いました。
テーブルの上を見ると毛針が並んでいます。
「もう仕事をしても大丈夫なのかい?」
「ええ、ずいぶん楽になりました。熱も下がったみたいだし。」
そこへ、エルザがやってきました。
「こんにちはランディーさん。お見舞いに来てくれたの?」
「うむ、畑で取れた野菜を持ってきたんだ。なにか作ってやってくれ。それじゃビリー、お大事に。」
「あ、ランディーさんちょっと待ってください。今作ったばかりのだけど、この毛針、ジェスと二人で分けてください。」
そう言うと、作ったばかりの毛針を2つの箱に入れてランディーさんに手渡しました。
「ありがとう、遠慮なく頂いておくよ。それじゃ帰りにジェスのバーによって渡しておこう。」
そう言うと薄暗くなる山道をランディーさんは帰っていきました。
「さて、何を作ってあげましょうか?あら、色々お野菜が入っているわね。ニンジン、タマネギ、カブラ、ジャガイモ、あらちょうど良いわ。」
エルザはミルクとバター、小麦粉を用意すると手際よく野菜たっぷりのクリームシチューを作りはじめました。
ビリーはその様子を見ながら毛針を作っています。
毛針が15本出来上がった頃にシチューも出来上がりました。
「いただきます。うん、美味しいよ。エルザありがとう。」
ずいぶんと元気が出てきたビリーはシチューをお代わりしました。
「明日はお店を開けないと。」
「がんばってね。それじゃ、わたしは帰るわね。」
「ありがとうエルザ、これスチュワートさんに。」
ビリーが差し出したのは箱に入れた作ったばかりの毛針が5本。
「お父さんに?ありがとうビリーくん、渡しておくわ。きっと喜ぶと思うわ。」
「ぼくにはこれくらいしかできないから。」
「そんなことないよ。ビリーくんはすごく優しいから、みんなはビリーくんから優しさをいつももらってるんだよ。じゃあ、もう帰るね。」
エルザは手を振ってもう暗くなった山道を帰って行きました。
みんなのおかげでずいぶんと元気になったビリーはまた毛針を作り始めました。
「明日からまた、がんばらなきゃ。」
ホーリー郡は季節の変わり目、突然寒くなったり、少し暖かかったり、風邪の引きやすい季節。みんなの優しさがうれしい季節。
みなさんも風邪には気をつけてくださいね。