人外さんはめげないらしい
「おはよう。八代さん」
「おはよう。若宮くん」
ちょっとぽっちゃり小柄な若宮くん。
いつものように細めの目を柔和に曲げ、凪に挨拶をしてから、自分の席についた。
と、同時にぼーんと黒い影が教室の後ろのほうへと飛んでいく。
(あー)
貴本と若宮の席の交換が行われてから今日まで。
若宮が席に着くと、人外さんが教室後方へ飛ばされるのが、毎日の朝の光景になっていた。
(今日は瞬殺ね)
昨日はもう2、3秒、粘っていたと思ったが。
今日は昨日ほどの元気はなかったらしい。
再チャレンジする力もないのか、教室の後ろの壁上方に張り付いたまま、動く気配はない。
若宮はというと、全く気付いていないのか、昨日と同様、カバンから教科書やノートを取り出して授業の用意をしている。
全く不調はうかがえない。
何よりである。
(でも、人外さんには悪い事したかな)
こう、毎日吹っ飛ばされるのをみると、流石にすこーし罪悪感が生まれる。
となると、凪も学校生活が楽しめない。
(うむ。やはり、例の計画を実行するか)
授業開始のチャイムに凪は席に戻った。
放課後、1年C組の教室。
今日も誰もいなくなったのを見計らって、凪は制服のポケットからある物を取り出した。
シャリン。
「ほーら。人外さん、綺麗な音でしょう」
シャリン。
「疲れているところ悪いけど、ちょっと付き合ってくれない?」
シャリン。
凪は親指の爪ほどの鈴。綺麗な組みひもに3つ結われている。
凪は、それを振りながら、中央の席にいるだろう人外さんに呼びかけた。
「この鈴。いい音なるでしょ。人外さんの為に奮発したんだから」
倹約を旨とする凪だが、必要な出費は惜しまないのだ。
シャリン。
「さあ。行こう。いいとこに連れてってあげるからさ」
シャリン。
凪は再度鈴を響かせ、教室を出た。
廊下をゆっくりと歩き、階段を下り、校舎を出る。
そして、この学校自慢(?)の大きな森へと足を向けた。
そう、凪がこの学校に入学したいと思った深い森。
校舎を抜け、大きな中庭を通り、更に大きな体育館の更に先にある。
まだまだ踏破していない。
(ついてきてるかな)
シャリン。
凪はちらりと後ろに目を向けると、そこにはうっすらと黒いもの。
(よかった。来てる)
凪はほっと息をついた。
教室の中央席に固執する人外さんは、結構強気で頑固なのに、今日は素直だ。
連日の敗北に、疲れているのかもしれない。
どちらにしろ、付いて来てくれてよかった。
それから森の中を20分以上歩いただろうか。
凪が足を止めたのは、大きなケヤキの木の前。
木の前は少し開けている。
そのケヤキの木の根元に、おにぎりを少し縦長にしたような50センチ程の石があった。
シャリン。
凪はその石に、鈴をひっかける。
「クラスメイト優先とはいえ、人外さんを席から追い出すような事しちゃって、ごめんね」
凪はくるりと人外さんがいるであろう場所を振り返って、頭を下げる。
微かに影のようなものが揺れた気がする
凪は頭を上げて、両手を広げる。
「ここね。とっても気持ちがいいの」
凪はくるりとその場で回る。
「結構森の奥だし、滅多に誰も来ないよ。私が探検してても人に会わなかったし」
凪はケヤキを見上げる。
「だからね。席に戻れない間、ここで過ごすのどうかなあって」
凪は足もとに視線を落とす。
「本当勝手だよね。追い出すのかって思うかもしれない。でもさ、若宮くんに吹っ飛ばされるよりも、昼間はここにいたほうが、気持ちいいかなって。ほら、石も形のいいの探して配置したし。お水とおむすびも用意したよ。花瓶のお花はね、この森に咲いてたやつ。綺麗でしょ。毎日とはいかないけど、お水あげに来るし。ほら、今日はお菓子も付けちゃう」
凪は屈んで、石の前にポッキーを置いた。
「無理にとは言わないよ。気が向いた時に、ここを使ってくれればいいから」
影はじっと動かない。
石から数メートルのところにいる。
「じゃあ、私、行くね。また明日」
凪は立ち上がると、影を置いて歩き出した。
あれだけ、あの教室のあの席に、固執していた人外さんだ。
今日ついてきてくれただけでも、奇跡である。
明日の朝、またあの席に座っているかもしれない。
(でも、たまに、使ってくれるといいなあ)
凪もこんな事したのは初めてである。
(人外さん、怒ってないといいなあ)
凪が考えた精一杯の謝罪である。
(さて、帰るか)
気分を切り替えたところで、凪は悲鳴を上げた。
「ちょっ! そこで何しているの!?」
いつからいたのか、ケヤキから引き返して、数十メートル離れた先の木の陰に、貴本が立っていた。
「怖いから! 無言で近づくのやめて!」
でかいし、顔怖いし、圧が凄いし。
夕暮れとの相乗効果で、人外さんよりも怖い。
凪が叫ぶと、貴本は凪の方に歩いて来た。
が、そのまま凪の横を通り過ぎ、おにぎり型の石の前まで行った。
そしてポッキーの隣にプリッツを置いた。
凪が見つめる中、貴本がぽつりと、
「すまんな」
と、頭を下げた。
それから貴本は踵を返すと、凪のところまで戻って来た。
「世話をかけたな」
(あー。これは最初から最後まで見てたな)
ここ数日の凪の言動、若宮との席の交代と、今日。すべてを考え合わせて、答えを導き出したに違いない。
普通の反応なら、狼狽えたり、凪を非難したり、気味悪がったりする人が多いのだが。
「何かおごる」
貴本は当事者だからか、そういう事もあるかと納得したらしい。
もしかしたら、本人も何かしら感じていたのかもしれない。
これはラッキーな誤算である。
(クラスメイトに嫌われるのも、いやだしね)
「んー。じゃあ、ラーメン」
できれば、駅前の一度入ってみたいと思っていたラーメンそらどにしてもらいたい。
「餃子もつける」
「本当!? 太っ腹だね。そうと決まれば、早速行こう!」
凪は顔を全開に緩めると、先に歩き出した。
貴本がその隣に並ぶ。
(今日は夕飯作らなくていいなあっ)
凪は、くふふと小さく笑った。
後ろで、シャリンシャリンと、微かに鈴の音が響いた。
少し凪と貴本の距離が近づいたかな。
少しでもほっこりしてもらえたら、嬉しいです。
そして、評価やブクマをぽちっとしてくれたら、励みになります(*^-^*)