人外さんは存外頑固らしい。
「ねえ、お願いします。昼の間だけでいいんだ。ここの席から離れてくれないかな」
放課後。
掃除も終わり、ある生徒は帰宅の途に、またある生徒は部活動に、それぞれの目的に向かった後の誰もいない教室。
凪は教室の中央の席の前の椅子に、後ろ向きに座っていた。
もちろんちゃんと椅子を整えてである。間違っても背もたれを前にして座ってはいない。
「夜は思う存分、ずっとここに座っていていいから。お願いします」
凪は頭を下げつつ、目の前にある、中央の席の机の上に、お水を入れたお猪口と小さいおむすびが乗った小皿を置く。
「これ。スタンダードで申し訳ないけど。よかったらどうぞ」
ずいっとお水とおむすびを少し押し出す。
「わかってるよ。君が先にずっとここにいたのは。そして今まで問題なかったのかもしれないのもね。でもね、どうやら彼は少し感じやすいみたいで。いや、へんな意味じゃないよ。君もわかってるよね。だって彼、昼頃になるとちょっと具合悪そうじゃない?」
ここまで話して、凪はそっと息をついた。
今お供えを上げている席。ここは凪が入学当日、決して関わるまいと決めた彼の席。
そう、貴本の席である。
本当にかかわる気はなかった。
けれど、彼は入学式からここ数日。日に日に元気がなくなっていくのだ。
それは凪が敢えて見ないふりをした件と関係しているような気がするのだ。
そう見ないふりしたもの。
それは人外さんである。
凪だってはっきり視えてる訳ではないのだ。
目の端にさっと見えたり。ぼんやり何かいるかなあ位なのだ。
音などは比較的はっきり聞こえたりはするが。
だから今もはっきり視えてる訳ではない。
彼の席に座っているであろう人外さんに話しかけて、説得しているのである。
もしかしたら、気のせいかもしれない。
人外さんなんていないのかもしれない。
ただ彼が、人外さんとは関係なく、ここ数日体調を崩しているだけだというのも十分に考えられる。
だからこの凪の行為が全く無駄だというのもあり得る。
それならそれで構わない。
凪の自己満足で終わっていい。
しなかった場合の罪悪感もしくは後ろめたさを感じるよりもずっといい。
これで改善されずとも、自分はできるだけやったのだとすっきりしたいのである。
とはいえ。
こうして彼の席をじっと視るとわかる。
(いるね。人外さんいるでしょ)
気のせいかと思うくらいの薄らとだが感じる人外さん。
動く気配が感じられない。
ぷいっと横を向いて拒否しているように感じる。
(結構頑固な人外さんだな)
まあ、先住権(?)があるのは人外さんだ。
ここはじっくり説得しないといけないのかもしれない。
そう思い、凪が口を開こうとしたその時。
「何をしている」
重低音。びくりと身体が震えた。
恐る恐る後ろを振り返ると、貴本が凪を見下ろしていた。
(目力すごっ!)
おいおい。同級生脅してどうするつもりか。
凪は慌てて席を立って、あたふたと彼から距離を取る。
刈られる前に逃げ出さなければ。
「な、何にもしてないよ。ただ、座っていただけ。もう帰るところ」
その凪の弁解に納得した風もなく、彼は自分の机をじっと見つめる。
「あ!」
凪は慌てて彼の机の上のお猪口とお皿を片づけた。
「ご、ごめんね。こんなところでお弁当広げて。自分の席で食べろってやつよね」
苦しい言い訳だ。どこをどう見てもお弁当には見えないだろう。
「お邪魔しましたあ!」
ハハアとむなしい笑いを顔に張り付け、彼の返事を待たずに凪は教室を走って後にした。
「はあ。怖かった」
下駄箱のところでやっと凪は一息ついた。
咄嗟のことだったのに、ちゃんとカバンも持ってきた自分をほめたい。
「人外さん、離れてくれないかなあ」
あの感じだと望みは薄そうだ。
「ま、しょうがない。様子をみよう」
凪は靴を履き替え、家路についた。
凪はお水はこぼさず走れたのでしょうか(笑)。
スローペースですが、気長に見守っていただけるとありがたいです(^^)/