人間さんも存在主張が激しい人もいる
中学を卒業し、やれやれと思いつつも、家のメンテナンスをせっせとしているうちにあっという間に4月なった。
「早いなあ」
今日は、もう高校の入学式。
母の姿見の前で、高校の制服を整える。
水宮森高校の制服は、中学と同じくセーラーである。
ただし、色は紺ではなく深い緑に赤いスカーフだ。
少し大人びた印象である。
「さてと、行きますか」
凪はカバンを持ち、玄関へ向かう。
ドアの先は、卒業式と違い、特に問題はなかった。
「行ってきます」
凪は扉に鍵をかけ、歩き出した。
「やれやれ」
体育館での入学式。
特出したものもなく、スタンダードな感じで終わり、凪は割り振られた1年C組の教室に入った。
凪が通う高校、水宮森高校には知り合いはいない。地元の駅から電車で40分。かなり離れているからだ。
凪がこの高校を受験した理由は、ふんわりした理由である。
学校の敷地がかなり広大で、緑が多い事。そして地元からある程度離れていたからだ。
別に地元が嫌いだった訳ではない。
ただ単に、
「学生の割安な定期を使って、途中下車して色々な町を見てみたいなあ」
なんて思っただけだ。
もちろん、学校見学をしてよさそうだなと思ったのももちろんある。
そんな安易な理由で決めた学校だったが、今の凪にはありがたかった。
もし知り合いがいたら、両親の事で気を遣わせてしまうに違いなかったから。
忙しさも一段落した今、まだ両親について持ち出されるのは、つらい。
だから誰も自分を知らないこの学校を選んでよかったと本当に思った。
(私の席はどこかなあ。あ、あそこか)
凪の席は窓際の列、後ろから2つ目。
理想の席である。
(うん。いいね)
入学したての席は、あいうえお順が多い。
凪の名字は八代。
廊下側の一番前から割り当てられるので、凪は教壇から離れた結構よい席になる場合が多い。
今回もその例にもれず、凪はほくほくと席に着いた。
(どんな子がいるのかなあ)
教室を見渡すと、少し男子率が高いようだ。
中学から一緒の子たちか2、3人で固まっているところもあるが、まだはっきりとグループ分けはされていないようである。
凪と同じで、皆、誰と仲良くなれるか、そわそわしている様子が見受けられる。
(早く友達ができるとよいな)
そして願わくば、平穏に過ごせれば幸いである。
「おーい。席付け~」
そうクラスを眺めていると、このクラスの担任と思われる男性が教室に入って来た。
ぎりぎりおにいさんで通りそうな見た目。何より体育会系ではなく、文科系の見た目なのが凪を安堵させた。
「一年間君たちを受け持つ、担任の白岩だ。よろしくな。よし、早速だが、自己紹介してもらおうかな。名前呼ばれたら、立って挨拶」
(ああ~。やっぱりやるんだあ)
この自己紹介。小心者には少し辛い儀式である。
自分の番が来るまで、ずっとどきどきして待たなければならない。また他の子たちの挨拶を聞きそびれ、友達になれそうな子を見逃しまう危険を多大に含む。
油断ならないのである。
意識して緊張を逃しつつ、他の子の自己紹介も聞かなければならないのである。
かなりの高等技術が必要となる。
自己紹介の順番は、教室の廊下側の一番前の席から始まる。
つまりあいうえお順である。
従って凪の番はまだ先。少しの猶予がある。
名字の八代、万歳ある。
(あ)
少しの安堵とともに、自己紹介する人物を眺めていた凪の目を引いたのは一人の男子。
教室の丁度中央の席に座っている男子である。
(目立ってるなあ。それも悪い意味で)
かなり身長が高いのだろう。座高が高い。
あれでは後ろの席の人、前が見えないのではないか。
しかもそんな文句は言えない雰囲気を醸し出している。
圧がすごい。あれでは周りの席の人は、自分の運の悪さを嘆いているのではないか。
(うわあ。なんだろう。ちらりとしか顔見えないけど、こわ)
不細工ではない。少しごついが整っている。
(でも、雰囲気が半端ない)
そう観察しているうちに、自己紹介が進み、その彼の番になった。
「貴本靖紘といいます。よろしく」
(わあ。すごい重低音)
姿と言い、声といい、迫力満点である。
彼がしゃべった途端、教室内の緊張がさっと高まった。
笑顔があれば、まだよかったのか。
(いや、逆に怖さが増すかも)
目つき顔つき身体つき、加えて圧。
どう考えても堅気に見えない。
また深緑の学ランが物々しさに一役買っている。
(近づかないようにしよう)
即決めである。
彼にしてみれば甚だ不本意な決定かもしれないが、君子危うきに近寄らずである。
(ん?)
そう凪が決心した矢先、彼の姿が一瞬ぶれた。
(んん~?)
面倒な予感。
(絶対近づかない)
凪はそう誓った。
やっと主人公以外の主要人物登場です。