人外さんは存外献身的らしい
「これでよし」
今日は3月18日。
中学の卒業式である。
きちんとしなければならない。
(だらしないと思われるのは嫌。ちゃんと育ててもらったのだと、みんなに見てもらうんだ)
凪は気合を入れ、最後の点検にと、母の姿見の前に立った。
腰まである黒髪を2つに分け、きっちり三つ編み。野暮ったく見える三つ編みだが、160センチあるすらりと伸びた背がそれを感じさせない。また色白であるのも一役買っている。
凪は今、両親の部屋で寝起きをしている。
最初は2階にある自室で寝ていたのだが、どうも眠れない。
試しに、両親の部屋で布団を敷いて寝てみたら、眠れたので、それからずっと両親の部屋で寝ている。
両親の部屋は1階にあるので便利なのもある。
「この制服を着るのも最後ね」
凪は紺のセーラー服のスカートを撫で、白いスカーフを少し直す。
できれば、両親に出席して欲しかったが、それはもう叶わない。
凪は2階に上がり、仏壇に手を合わせた。
「おばあちゃん、お父さん、お母さん、中学最後の登校だよ。行ってきます。きちんとしてくるからね」
そう呟くと、凪はカバンを手に持ち、玄関の戸をあけた。
「あれ?」
凪は、玄関先の足もとに視線を落とす。
そこには、小さな赤い実を使ったかわいらしい模様が1つ。
自然にできたものでない。明らかに何者かによって作られたもの。
「人外さんかな?」
気づかなければ、蹴り飛ばしてしまうところだ。
凪はそれを崩さないようにそっとよけると、玄関のカギを締めて、しゃがみ込んだ。
小さいながらも懸命につくったのか細かい模様だ。これは崩してしまうにはあまりに忍びない。
しかし今これをどうにかする時間はない。
凪はスマホで写真を撮った後、帰って来るまで崩れませんようにと祈りながら、中学に向かった。
卒業式は体育館で行う。
予行演習通りに行進して、凪は席に着いた。
前方の壇上には、校章が入った大きな講演台。その脇には校旗が飾られている。
後方にちらりと視線を向ければ、来賓席は、卒業生の親で埋め尽くされていた。
凪の両親はいない。
皆が席につけば、校長の言葉や、送辞、答辞などと進行し、式は進んで行くだろう。
凪には役割はないので、座っているだけだ。
よぎった寂しさに蓋をして、凪は前に向き直った。
その時ふいに先程玄関先で見た、あの小さな模様を思い出した。
(どうしてあんなところに作ったのかしら?)
もし凪が寝坊して家を飛び出していたら、壊してしまったかもしれない。
もう少し安全な場所に作ってもよかった。
それでもきっと凪は気づいただろうに。
それになぜ今日だったのか。
(可愛い模様だったな)
凪好みの細かな模様。
刺繍の図案に丁度いいかもしれない。
その場で保存できなかったのが悔やまれる。
小さな小さな、赤い木の実の模様。
大きな人外さんだったら、小さい実を持ってきて作るのは難しくないだろう。
中くらいの大きさの人外さんだったら、まあ普通にできたかもしれない。
しかし、ちんまいちんまい人外さんだったなら。
(作るのかなり大変だったんじゃないかな)
小さい赤い実を一つ一つ抱えて並べる。
一人で作ったのか?
それともみんなで?
それも今は春と呼ぶには、まだまだ早い季節。
どこから持ってきたのか。
見つけるのも苦労したのではないか。
すごい時間がかかったのではないか。
(うう。けなげ。かわゆす)
(でも、本当なんのために作ったの?)
いたずら? 警告? それとも祝福か?
人外さんは語らない。ただ事象を起こすのみ。
(わからないあ。お話できる人外さんカム)
折角苦労して作ってくれたのだったら、それの意味が知りたい。
(うう、わからん)
うんうん悩みに悩む凪。
と、そんな凪の肩をポンっと叩く者がいた。
叩かれた方に顔を向けると、そこにはハンカチ片手に、べそをかいた友達の陽奈がいた。
「凪ぃ! あっと言う間の3年間だったねぇ! 凪のご両親もきっとどこかで卒業式見ててくれてたと思うよう!」
「え」
なんと。いつの間にやら卒業式は終わっていたらしい。
考えに没頭して、気もそぞろになっていて気づかなかった。
中学三年間の思い出や両親の事などに浸れなかった。
したがって凪の目には涙はない。
「凪ぃ。別々の高校になったけど、ラインちょうだいね」
「うん」
凪は、ぐしぐし泣く陽奈の後ろ、体育館の2階の窓を見上げた。
(まあ、いいか)
とりあえず、帰ったらちんまい人外さんが作ったであろう(もはや凪の中では決定事項)模様を綺麗な紙に移して取っておこうと決心する。
「卒業生退場!」
凪はさっと席を立つ。
そして出口を真っすぐ見て、体育館を後にした。
人外さんは、凪が卒業式であまり感慨に耽りすぎないように、気を逸らしたかったのかも。
それで一生懸命気を逸らす方法を考えたのかもです。いや、ただ単に凪の泣き顔を見たくなかっただけかな。
少しでも、あ、よかったと思ってもらえたら、嬉しいです。
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