錬金ご飯 ~料理のできないパーティが迷宮で遭難した事件とその顛末~
「遂に最後の保存食も尽きたな……」
「ああ。〈サイト・トレース〉の魔術でここが1022階層だということは分かっているんだが……」
「誰がこんな深い階層に潜って救助してくれるよ?」
Sランク冒険者パーティ『紅蓮の翼』は、6人からなる精鋭だ。
アイテムバッグに十分な食料を用意して臨んだダンジョンアタックだったが、アビスサイクロプスとの戦いでバッグのひとつが破損。
食料の多くを失い、今、最後の保存食を食べ終わったところだった。
「…………なあ。その錬金釜、料理はできねえのか?」
フィロメーノの傍らにある愛用の錬金釜。
仲間たちの視線が一斉にそれに集まる。
フィロメーノは慌てて言った。
「おいおい、これは素材を加工したり、武器や防具に属性を付与したり、そういうことに使うものなんだけど」
「だけど料理に使えないってことはないだろう? ここに醤油がある。オークの肉をそれで煮込んでみたら、角煮ができたりしないのか?」
錬金釜に醤油を垂らすなんて。
冒涜だ……!!
錬金釜に対する冒涜だ……!!
フィロメーノはわなわなと震えながら聞き返した。
「醤油なんて入れるのか?! オークの肉と一緒に?! …………誰か試しているだろう、流石に」
Sランク錬金術師のフィロメーノが聞いたことのない錬金レシピである。
つまりは結果はゴミ、失敗したのだろう。
だが仲間たちは迫る。
「なあ、試してくれよ」
「い、嫌だ……!! あ、ちょ、やめろおい離せ!!」
チョロロロー。
「ああっ!! 醤油が!! 俺の錬金釜に醤油がっ!?」
「フィロメーノ、ちょっと暴れるな。もし成功したら、俺たち飢えずに済むんだぞッ」
「そんなこと言われても……ああ」
フィロメーノの目の前で、オーク肉が投入された。
ガクリとうなだれるフィロメーノ。
錬金釜には醤油に浸かったオーク肉が鎮座している。
「よし。フィロメーノ、後は頼むわ。Sランク錬金術師の実力、見せてくれよ」
「お前ら……成功しても失敗しても、恨むからなっ」
フィロメーノは錬金釜にかき混ぜ棒を入れて、ゆっくりとかき混ぜ始める。
果たして、オークの角煮は出来上がるのだろうか。
◆
通常、オーク肉を錬金釜で精製すると、ゼラチンが得られる。
そこに醤油を加えたら、醤油まみれのゼラチンができあがるだけじゃないか、とフィロメーノは考えながら混ぜていた。
しかし、結果はフィロメーノの予想を裏切るものだった。
オークの角煮が出来上がったのだ。
「嘘、だろ……」
「やったじゃねえかフィロメーノ! 流石はSランク錬金術師、やってくれると思ってたぜ!」
「味見、味見しようぜ!」
「くっそう、こんなことならバジリスクの卵もいくつか入れておくんだったなあ」
まさか煮玉子まで作る気か?!
フィロメーノは己の常識の壁をやすやすと破る発想に恐怖した。
「うわ、辛い!?」
「しょっぺえ……」
「しまった、味付けがマズかったのか!?」
本来、オークの角煮を作るには醤油以外に酒と砂糖を加えるものだが、いかんせん彼らは料理に関する知識が足りなかった。
しかし、「食べられる」という事実には変わらない。
ここいらでオーク肉をただ焼けばいいんじゃないのか、と読者諸賢らは思うかもしれない。
しかし料理人クラスをもたない素人が料理をすると、ゴミが出来上がるのだ。
そういう世界なのである。
だからこそ、錬金釜で料理ができあがるとはSランク錬金術師のフィロメーノですら見通せなかった。
いや、この世界の錬金術師はあくまで錬金術師であって、料理を錬金釜で作れるなどとはチリほども思っていないはずだ。
だが、今ここで世紀の大発見があった。
――錬金釜で、料理は作れる。
フィロメーノは卒倒しそうになる頭を抱えながら、その事実をなんとか受け入れた。
◆
その後、なんとか地上に戻った『紅蓮の翼』の面々。
フィロメーノは早速、錬金釜で料理が作れることを論文にしたためて、錬金術ギルドに提出した。
当初、その論文はデタラメかジョークだと思われた。
当然だ。
錬金術師が料理人の領分を侵せるはずがない。
しかし実験したギルドの錬金術師らは、みな仰天した。
料理はできる。
錬金釜で、料理はできるのだ。
フィロメーノの名前は一躍、有名になった。
元からSランク錬金術師だったフィロメーノだったが、このことが切っ掛けで歴史に名を残した。
――曰く、錬金釜に最初に醤油を垂らした男。
本人が聞いたら「俺じゃない」と否定するだろう、不名誉な風聞が残ったのだ。
◆
時として歴史は歪曲されて伝わる。
錬金釜に最初に醤油を垂らしたのはフィロメーノではなく彼の仲間であったことは、歴史の闇に消え、二度と浮上することはなかった――。
その後、常識にとらわれない発想による発明について「フィロメーノの錬金釜」という故事成語ができたとかできなかったとか。