幼馴染 その2
「・・・あー、ひきこもりてぇ」そうつぶやくおれは目の前にいる人物を片目に、ため息をつかざるを得なかった。
かれこれ、小一時間、説教を受けていたおれは、今日の晩御飯どうしようかなとか、もうすぐ、みたかった再放送の刑事ドラマがもうすぐ始まるじゃんなんてどうでもいいことを考えていた。
「ちょっと!聞いてるの?あなたのために言っているのよ!引きこもりは社会問題なのよ!ちゃんと大学にも来なさいよ!単位足りてるの!?友達はいるの!?ご飯は食べているの!?」
いま、目を吊り上がらせて、鬼のような形相で怒るこの女が、宮田加奈子、同じ大学に通う同級生である。よく言えば面倒見の良い姉のような存在であり、悪く言えばなにかと文句をいって付きまとってくる嫌な女だ。幼稚園から小中高と同じ学校に通い続けていたおれたちは家もご近所さんということもあり、互いの両親も仲良かった。そうすれば、必然と会う機会も増えるわけで、社交的で、明るい加奈子はよく話しかけてくれた。
「・・・わかってるよー、いつも同じことばっかりだなあ」
そんなおれになぜ、ここまで関わってくるのかは未だにわからない。加奈子はよくモテると思う。一般的に見ても美人なレベルだし、話しかけられたら、おもわず勘違いする男子もたくさんいただろう。幼い時からこいつを知っている俺はもちろん恋愛対象としてみれるはずがない。
「加奈子、ところでさ、ひきこもりってなんで悪いんだ?」
「そりゃ、悪いでしょ!、わたしたちみたいな元気で溢れている大学生は、外との世界のかかわりをもつべきなのよ!サークル活動だったり、恋愛だったり、いまを楽しまないと後悔するよ!」
「おれは十分、いまを楽しんでるし、だれにも迷惑をかけていないよ。自分のしたいことができるってとても幸せな気がするね。」
まわりがやっているからって焦る必要はない。別に、テレビで恋愛ドラマが放送されるからって恋愛する理由にはならないし、大学でのサークル活動も一緒。つまり、オプションなのだ。選ぶだけでなく、選ばない選択肢もある。
おれは、加奈子の目を見て、幼い子供を諭すかのように言う。
「・・・な、なによ」
「つまり、ひきこもりは、正義」
渾身の一撃だったと思う。日本、いや、全世界のひきこもり代表としての責任を背負うかのような重みある言葉だったはずだ。届け!君に届け!この思い!
「・・・・・・あほ」
「・・・え?」
「このー!!あほー!!!」
そのときおれは加奈子の渾身の飛び蹴りを受けることを予想だにしなかった。加奈子は昔からそうだった。思いどうりにならなかったり、感情をコントロールできなくなると、言葉より先に手や足が出てしまう暴力女だった。それでも、加奈子の攻撃を警戒できなかったのは、白いtシャツにデニムのミニスカートという加奈子の服装から油断していたわけでもあり、もちろん、倒れざまに、わずかに一瞬、いけないものが見えたのだと思う。しかし、それは、男のロマンであり、おれは自分の鼻から出る鮮血を確認し、やっぱり、赤が最高だと思った。
「ひきこもりてぇ・・・」
そうつぶやく俺は、今日も送れる平和な一日に笑みをこぼしてしまうのだった。