入山
集落の北にそびえ立つ花籠山。
吉野さんの好意に甘え、俺たちは花籠山へ行くことになった。
山の管理者である花邑さんに、取材のため山へ入ることの許可を取りに行くといい顔はされなかった。
今は立ち入り禁止にはしていないが、元々は花籠山は霊山として扱われていたため、何が起こっても責任は取らないときつく言われてしまった。
それを肝に命じて山へと向かう。
そして入山口の隧道が俺たちを出迎えてくれる。
「ここから花籠山に行くんですね」
蛍は持参したカメラを構え、ぱしゃりと隧道を撮っていた。
古い隧道で、レンガ造りであった。
隧道の中は暗く、ひんやりとした風が頬を撫でる。
暗闇の隧道へ誘われるように俺たちは足を踏み入れた。
車が通れるほどの幅はなく、人道として造られた隧道のようである。
隧道は長く、しばらく歩き進めると向こうに小さく光が見える。
出口を目指して俺たちは足早に隧道を歩く。
蛍と吉野さんが先に隧道の外へ出る。
俺は最後に隧道の外を出ようとすると、突然、脳裏にある映像が浮かんだ。
(………っ!)
それはいつもの夢で見る血だらけの女が深々と雪が降る中、咽び泣いている光景。
だが映像は一瞬にしてふつりと消えた。
今のは一体何だったのだろう。
「先生?」
蛍の声に正気を戻す。
「あ、いいや。何でもない」
俺は平常を装った。
そして足早に隧道を抜けると、そこには大きな鳥居があった。
くすんだ朱色の鳥居。
鳥居のしめ縄はかなり年季が入ったもので千切れて、地面に落ちていていた。
かつては霊山と崇められていた場所が荒れ果てており、見ていると切なくなる。
「とても荒れていますね…」
「祖父が生きていた頃はちゃんと手入れされて綺麗だったんですが、今のこの山は集落の人たちからは嫌厭されていますから、ね…」
吉野さんは寂しそうに言った。
少し離れたところで鳥居をカメラで撮っていた蛍が「ん?」と声を出した。
「今カメラ画面に何か映ったような気がしたんですけど」
「どれ見せてみろ」
俺は蛍の撮った写真を確認した。
「何も映ってないじゃないか」
「私の気のせいみたいですね。すみません」
蛍はそう言うが、納得いかない様子であった。