花巫女
「次に三の章についてですが、花籠山と巫女について記されていました」
俺は捲った頁を示す。
「一の章にて花籠山は神域とされ、穢れを持ち込まないように立ち入りは禁止されていると記してありましたが、三の章には山に唯一、入山することを許される者がいた、と」
「それは花巫女のことですね…」
吉野さんは俺の話を聞き、納得していた。
「ご存知なんですね。この花巫女とは一体何者なんですか?」
「花巫女はハナゴモリ様という山の神に仕える巫女のことです。祖父から聞いた話によると、花籠山のどこかにはあの世とこの世を繋ぐ狭間の門があるとされています。花巫女は死者を清め、狭間の門の先……あの世に死者を繋ぐという役目を持っています」
吉野さんの話を聞き、昨夜、抱いた花巫女についての疑問が少し明らかとなった。
花巫女は死者を清め、狭間の門の先にあるあの世に死者を繋ぐ。
つまり弔いのようなものだろうか。
俺は手帳に花巫女について書き留める。
「巫女にはどういった人がなれたんですか?」
蛍が吉野さんに質問する。
「昔は集落に住んでる若い娘から花巫女が選ばれていたと言われていますが、今ではその方法も廃止されていますので…」
「では現在、花巫女はいないということですか?」
「えぇ。所詮はただの言い伝えですので、今は集落長の花邑さんという方が山を管理されていますよ」
「なるほど…」
伝承として言い伝えられているものの、現在は花巫女もいなく、神を信仰する者もいない。
廃られた伝承というとこか。
俺は書物に目を落とした。
この書物には廃られた伝承が書かれており、それを見た初瀬は何を思い、感じたのだろうか。
分かることもあればまた分からないことが積もる。
ため息をしたい気分になる。
すると。
「あの。山は今でも立ち入り禁止なんでしょうか?」
蛍が思いついたかのように吉野さんに訊ねる。
「立ち入り禁止とまではいかないけど、自ら入ろうとする人はいないかもしれません」
「それはなぜ?」
「山に入って行った人は二度と帰って来られなくなるって噂があるからです。その噂が広がったのも、私の祖父の影響だとは思うのですが……」
吉野さんは言葉を濁らす。
「……私の祖父は山に入って行ったきり、帰らぬ人になりました。山は霧が立ち込めやすく、祖父は崖から足を踏み外して……亡くなったんです」
吉野さんは暗く、語った。
おじいさんのことの話をすると彼女は暗い顔をしていたが、その理由は亡くなったおじいさんのことを思い出し、辛くなってしまうからだろう。
俺は申し訳なくなる。
「ごめんなさい。辛い思いをさせましたね」
「いいえ…大丈夫です」
吉野さんは俺たちに気を遣うように言葉を掛けてくれる。
「山には嫌な思い出しかありませんが、先生たちが良ければ山までご案内しますよ。隼人さんのことで何か分かることもあるかもしれませんし」