歓迎
ーーー花籠。
山奥にある小さな集落。
そこには合掌造りの家が数十軒ほどが建ち並び、今の時代でも昔ながらの生活をしている住民たちに感銘を受ける。
この集落には麓の町と違い、商店街もなく、自給自足の生活をしている住民がほとんどなのだとか。
集落に唯一ある店は吉野商店である。
この吉野商店は吉野さんが経営しており、麓の町から仕入れた食糧や日用品雑貨など揃えていて、利用客も多いそうだ。
商店の脇に車を止め、吉野さんを先導に商店の中へと通される。
店の奥に、吉野さんと初瀬が暮らす自宅がある造りのようだ。
「どうぞ上がってください」
家へ上がるように吉野さんから促され、俺達は靴を脱ぎ、家の中へと上がる。
長い廊下を歩き、広い間へと通される。
和風モダンなデザインで、部屋の中央にテーブルとソファが置かれている。奥には台所があり、ここは居間のようである。
「今、お茶を用意しますのでどうぞお掛けください」
「あの私達のことはお構いなく」
台所に向かう吉野さんに蛍が申し訳なそうに頭を下げる。
「いいんですよ。私がお二人をお呼びしたんです。おもてなしぐらいさせてください」
吉野さんはふわりと微笑んで、台所に立ってお茶を用意する。
「長旅でしたよね。どうぞ、ここにいる間は家のようにくつろいでくださいね」
「色々とありがとう」
俺達は吉野さんに礼を述べた。
彼女の応対はとても丁寧で、まるで旅館にいるような気分となった。
でもここに訪れた理由はあくまでも仕事なのだ。
それは肝に命じておかなければ。
吉野さんは淹れたてのお茶を俺達に配ると、向かい側のソファへと座った。
ありがたく差し出されたお茶を一服し、俺は本題を切り出した。
「吉野さん。手紙読ませてもらいました。この集落にまつわる興味深い文献について取材させてもらいたく、今回は参りました」
「はい。その文献はこちらになります」
吉野さんは脇においてあった書物を机の上に提示した。
表紙は黄ばんでおり、かなり古いものであると見受けられる。
「先日、蔵で見つけたんです。蔵には年季の入った書物がいくつか置かれていたのは知っていたのですが、私は読み物が苦手で何が書いてあるのかさっぱり。それで隼人さんに見せたら顔色を変えて」
「この書物に初瀬さんはどのような内容が書かれていたのか、何かおっしゃっていたんですか?」
蛍が不思議がって吉野さんに質問すると、吉野さんは「いいえ」と首を振った。
「彼は人が変わったように口をきいてくれなくなりました。一人で部屋に籠もって、昼夜問わず書物にかじりついて」
吉野さんは俯きながら、話した。
「心配でもう読むのはやめてとお願いしたら、彼は突然襲い掛かってきました。本当はとても優しくて絶対に暴力はしないんです。この書物には何か呪いでもかかっているんじゃないかって思うようになって」
吉野さんの言う通り、初瀬は人に暴力を振るような奴じゃなかった。友人としても信頼できる奴で、卒業してからもちょくちょく会うこともあった。
最近は仕事も忙しいため顔を合わせなかったが、初瀬にそんなことがあったとは驚きであった。
「なるほど。この書物を読んでから初瀬は」
「来月には式を挙げる予定だったのに、このままでは私不安で。先生………どうか。彼が前の彼に戻れるように助けてほしいんです……」
吉野さんは涙を流し、訴えた。
吉野静季 30代……?
奏汰の友人である初瀬隼人の婚約者である。
花籠で生まれ育ち、吉野商店を経営している。