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異境のテラン 〜live in another grand earth〜  作者: wahnfried
◇第壱部◇   『異境の門』
7/24

第7話

改稿版


――――対話編――――







色々とやることができた。

腕にかかる重みを感じ、そう思った。




とりあえずエルフ(仮)は目につく範囲で一番安全そうな木陰に寝かしておく。

服装など色々確認したが、武器になるような物は一切持っていなかった。

しかし、また後ろから攻撃されては敵わないので猿轡をして手を縛っておいた。

気配は把握しているので足までは縛らなかった。

先の戦闘で、詠唱さえ防げるなら此方の方が早く対応可能だと判断した。


またとないチャンスなのだ。出来れば友好的に接したい。

油断と寛容のバランスを取るのが難しい所ではあるが、あまり害を加えるような扱いはしたくないから。



「この子はさておき、…改めて本題だ」


軽く呟き、改めてこの地へ来た目的へ向かう。


周囲を改めて警戒してみたが、特に何も感じられない。

超人じみた直感がそういうのならば恐らく安全なのだろう。

平時はパッシブセンサー、非常時にはアクティブセンサーへ勝手に切り替わってくれる優れものだ。

気味が悪いが、今までのところ信じて裏切られたことはない。


そして、森の中を含めて辺りを見渡してみれば、煙が昇っていたところが戦場だったのだとわかった。

獣と人が折り重なって倒れ…、すべて死んでいる。


付近には例の狂獣がいるかもしれなし、他にもまだ誰か生き残りがいるかもしれない。

だが、積極的に動き回る生き物の気配は周囲に感じられない。


「――全滅してしまったのか。彼女が最後の生き残りということか…?」


この推測は正しいように思えた。

彼女達を全員確認したいところであるが、今は後回しにせざるを得ない。

あの"同胞"を弔うことが、今の自分にとって区切りとして必要だった。



血の海の中へ足を踏み入れ、

胸部から頭部にかけて抉られるように吹き飛んだタイガーベアに手を掛ける。


――これでは、下の"同胞"も酷い死に方をしているだろうという嫌な予感が五感を巡る。


「―――スゥッ―」


深呼吸して覚悟を決める。何があろうと目をそらさないと気持を込め、

一気に死体を押しのけた。


…そこには見るも無残な"人だった物"があるはずだった。

 しかし、



「なんだと?! 銃弾が当たってない?!」



タイガーベアの下で、返り血にまみれつつも銃創はない。

苦しそうにではあるが、胸は薄く上下を繰り返している。

血の中でも映えるほど鮮やか赤髪の持ち主だった。

どこか、彼女の生き抜く力を彷彿とさせた。



だが、それ以上に意識を奪われる事態が起きた。

まとめて撃ち倒したはずの"同胞"に傷一つない。

一体どういうことなのか。


「……そんな馬鹿な。あの射線だ。銃弾は彼女の胴体を打ち抜いていたはずだ…」


こんなことは有り得ないはずだった。

射線軸のイメージ通りに銃弾は飛び、狂獣へ組みついていた彼女をまとめて殺していたはずなのだ。

非情なまでに放たれた必殺の一撃。しかし、彼女に銃創は全くなかった。


ならば、射線のイメージが相違していたのか。


その疑問もと、狂獣の死骸を改めて確認する。

同胞の救助よりも、想定外の事態に突き動かされていた。


だが、知りえたのは不気味な結論だった。



「馬鹿な、こんなこと有り得ない…。これではまるで――」



――体内で銃弾のベクトルが変わっている。



最後まで言葉を続けることができなかった。


狂獣への着弾箇所は背部であることが推測された。

しかし、おかしなことに胸部全面へ貫通痕がなく、着弾点より頭部にかけて弾通した破壊痕があった。

12,7㍉徹甲弾は、体内でレの字を描くかのように起動を変えていた。


これが意味すること。

銃弾は胸部を抜けることなく"体内でベクトルを変え、頭部へ抜けた"のだ。

結果、救うべき"同胞"は無傷だった。



またしても、フォルカのアイデンティティが揺らいでいた。

魔法使いの登場から始まり、地球の常識が全く通じない。


12,7㍉徹甲弾を防げる体組織が生物内にあるはずがない。

どうして体内で複合装甲など作れようか。

体内へ弾頭を留めるならまだしも、反射して頭部へ抜ける理屈が意味不明だ。


そもそも、以前フォルカがこの狂獣と戦闘に陥った際は散弾実包のショットガンで撃退したのだ。

今回はショットガンを上回る威力のアンチマテリアルライフルの直撃である。


弾道が体内で曲がることなど、外部から力が作用したようにしか思えない。

圧倒的運動エネルギーを持つ銃弾の軌道を一瞬で変化させるなど不可能なはずなのに。


そう、こんなことなど有り得ない。


理解を超えた事実に絶句して立ち尽くす。

何か不気味な力が働いているとしか思えない。


先ほど仕掛けられた魔法よりも遥かに異質な力を感じるのは何故なのか。

魔法使いがファンタジーな攻撃をしてきたのも、この世界の人々のスキルだと思えばまだ受け入れることが出来る。

しかし、自分は物理的に影響を与えるほどの力などない。あくまで目安を得る程度の力しかないはず。


気味が悪くて仕方がない。それが今の率直な感想だった。

思考が納得のいく結論を求め、逃れようのない迷路で迷っていく。



…だが、自失が許されたのも数秒であった。



「――ッ、うゥぅ」



生き残った"同胞"の掠れた呻き声に呼び戻される。

同時に、最優先すべきことを思い出す。この"同胞"の命を繋がなければならない。


「しまった。今は考えている時じゃない!――」


(なんて傷だ。傷口が多すぎる。早く止血しないと命にかかわるかもしれない)


素早く"同胞"の状態をチェックするが、容体は楽観視できるものではなかった。

動脈に達する傷や、大きな血管を傷つけているような傷がないのは不幸中の幸いだった。

致命傷だけは全て避けていたのだろう。彼女の戦闘センスを窺わせる。

しかし、傷口の出血度と傷口の多さを鑑みるに相当量の血液を失っていることが想像できた。

血止めと水分補給を急がなければならない。


思わず自分に対して苛立ちを覚えるが、そんなことを気にしたところで現状は変わらない。


事態は一刻を争う。このままでは危険だ。

傷口から病原菌に感染してしまえば、手遅れになる可能性が高い。

迷う暇などなかった。



日差しを避けて治療すべく、血まみれになることを厭わず軽い身体を抱き上げる。

するとターバンのような頭巻きがずり落ちた。

ついでに腰に添えた手にサワリと妙な、毛を触るような手触りを感じる。



…何故か無性に嫌な予感がした。

 まさかと思いつつ確認する。



「……虎の耳?? あと…犬の尻尾??」



――本日何度目かという未知との対面だった。

  しかも獣人に色々混ざっていた。意味不明なことこの上ない。今日何度目か数える気にもな入れない頭痛を覚える。


(まったくもって見事なパンチだ。ストレートに見せかけてフックとは異世界の神様もやってくれる。

 だけど、これ以上そんなことにかまってる暇はないね!)



だが、血みどろの相手へそれ以上意識を割くことはできなかった。


エルフ(仮)の隣まで運び、急いで止血処理を試みる。

応急医療用具で出来る限り消毒し、返り血と自らの血で汚れた身体を拭いていく。

最後に手持ちの布を包帯替わりに巻きつけたが、問題が発生した。

まったく布が全く足りなかったのだ。


どうするかと周りを見渡すと、エルフ(仮)が羽織っているローブが目に入る。

大きい布が有り余っており、包帯をつくるにはうってつけに思えた。


「う~ん…、あれを使うしかないか」


魔法使いにとってローブは大切な物であるという物語の常識は無視した。

貴重なものかもしれないが、わかりもしないことに迷っていても仕方がない。

何せ、彼女の仲間の命が掛っているのだ。納得してもらうより他にない。


気絶する魔法使いのローブをナイフで手早く切り裂き、獣人娘の包帯を量産していく。

しかし、粗方の傷口へ包帯を巻き終えたころには、魔法使いのローブは無残な有様になっていた。


「流石にやりすぎた…? これじゃあパーカーじゃないか」


仕方ないとは言え、気づけば彼女のローブは短くなりすぎていた。

言い訳することばかりが増えていくという現状に、頭をかきむしりたくなる様な衝動に駆られる。


しかし、どうしようもないと諦めて赤髪の獣人娘の容体を見守る。


――ふと気づく。

  体が発熱していた。心なしか息も荒くなっているように思える。


「この娘、やはり傷口が多すぎる。このままだと感染症にかかる危険性が高すぎる」


戦闘の疲労と出血で意識は混濁しており、容体が安定していない。

もう少し容体が落ち着けば水分補給もさせられるが、このまま傷口から感染症を発症すれば元も子もない。


この世界へ来てからまともな病気をしたことがないのが仇となった。

薬物の代わりとなる物が何一つわからない。発熱や怪我に対しての治療法がない。


…ならばどうするのか。


辿り着いた結論は一つ。


サバイバルキットの抗生剤と鎮痛剤の静脈注射。


これはある意味、命を天秤にかける非情な賭けでもあった。

実験例がない以上、獣人娘にとっては劇薬になる可能性もあったが、

こんな不衛生な環境で感染症を一度でも起こされれば救う手立てがない。


大体、包帯代りにしているローブも清潔な物とはとても言えない。

煮沸消毒すらままならない現状では、血止めと外部からの雑菌の侵入を防ぐ気休めでしかないのだから。



――覚悟を決めてからの行動は迅速だった。


なるべく獣人娘が楽な姿勢を取れるよう横たえ、静脈を探す。

人体構造は自分達とかわらないようで、見つけるのは容易だった。


細心の注意を払い、注射器のシリンダーを押し込んでいった。



「――なんだ…?」


だが、治療も終わるか否かという所で何とも言えない違和感を感じる。

そんな違和感を与えてくる存在には心当たりが一つしかなく。

どうにも嫌な予感が背中を伝い、エルフ(仮)の様子を窺うとバッチリ目が合ってしまった。

しかも、どうやったのか手枷と猿轡を自力で外していた。

完全に自由な身であり、魔法だろうが格闘だろうが何でもできそうな状態である。


……思わずブワっと嫌な汗が噴き出る。


(元気そうで何より。って、そんなことじゃないっ。 攻撃されたらどうするんだ!)


先ほどまで頼りになると思っていた直感は何をしていたのか。

働けよこの野郎と思う。

彼女はまだ味方と決まったわけではないのに。



注射器を未だ押しあてたまま硬直するフォルカ。


呆然と見やるエルフ(仮)。


気絶して寝込む赤髪獣人娘。


奇妙な3竦みだった。




――だけど、いつまでも固まっているわけにもいかず。

  先に行動を起こしたのはフォルカだった。


(彼女に攻撃の意思はないようだ…。なら、信じてみるしかない)


エルフ(仮)は何故か自由の身になっていたが、今は敵意というものが一切感じられなかった。

何かに驚いているのか、呆然として固まってはいたが。


先の戦闘では互いにわけもわからず闘いあったが、あの時のような剣呑な空気は形を収めている。

もしかしると、獣人娘を助けていると理解してくれたのかもしれない。

今を置かずして互いに歩みよる機会は訪れない。そう思った。



獣人娘から注射機を引き抜き、エルフ(仮)の少女へ正坐を作りながら向き直る。


その瞳にしっかりと目を合わせ――



「――救援間に合わず、本当に済まなかった」



少女へ向かい、額づくほど深々と頭を下げた。

ひたすら深く頭を下げ続ける。


この作法が異世界で通じるのかどうかはわからない。

だけど、この形が一番害意がないことを理解してくれるのではないかと思った。


自分は彼女達を決して傷つけようとしたのではない。

対話がしたいのだということを理解してほしかった。


言葉も文化も何もわからない彼女達。

そんな相手に歩み寄る為にも、此方から矛を収めて誠意を見せる。


今攻撃されれば避けきることは敵わないだろう。

もしかしたら命取りになるかもしれない。


でも、彼女を信じたかった。


仲間を守る為にボロボロになりながらも必死に戦っていたその姿は一入の情愛を感じさせた。

あの時の彼女は周りへ気遣う余裕なんてとてもなくて、仲間を救うのに必死だった。

此方へ攻撃してしまったのは余裕が全くなかったからに違いない。


そうでなければ、あんな立ち回りが出来るはずがない。


もちろん今の様子がフェイクだという可能性も捨てきれないだろう。

頭を下げた自分の息の根を止めようと画策しているかもしれない。


だけど、

そんな可能性を押しのけるほど彼女への信頼ともいえる気持ちは高まっていた。



――彼女は絶対に理解してくれる。



理由などないが、先の戦闘を通して得た結論に間違いはないと思った。



――果して、フォルカの結論は正しかった。


その姿に心打たれたのか、肩に軽く手が置かれる。


ッハっと期待を込めて、静かに期待を込めて相手の顔を窺うと、

頬を赤らめつつも何かを言ってくれていた。

何かわからないが、気にしていないということがどことなくジェスチャーでわかる。


…これには、本当に安堵した。彼女は期待に応えてくれた。

これ以上ないくらい溜息をつく。身体が安心感でふにゃりと脱力する。


しかし、同時にどうしようもない問題も解った。

覚悟はしていたが、越えなければならない壁であった。


どこか顔を赤らめているエルフ(仮)を見遣る。

偶に独り言をつぶやいているが、その端々を聞きとっても意味が全くわからない。


つまり、



―――言葉が通じていない。 言葉が、わからない。



やはりここは異世界に違いなかった。

人という形があり、文化もあるようだが、言葉は全くもって異質。


ならば、やることは一つしかなく。

これからこの世界で生き抜いていく為に。


「っ、やっぱりダメなのか。…こうなったら直に教えてもらうほかない、か。

 幸い賢そうな"先生"は傍にいるし…」


何故か、先ほどからこっちをジッと見続けるエルフっ娘に改めて正面からガッチリ目を合わせる。

何?っという感じでパチパチと瞬きしているが、とりあえずお願いしてみることにする。


――エルフ(仮)の手を握ってぐいと迫る。

  彼女がのけ反っているのは嫌がっているからじゃないと思いたい。

  

なんか動揺して色々言ってるけど聞こえないことにする。

第一わからない。言葉がだめなら気持ちだ。

駄目だとわかっていても試さずにはいられない。そんな感じだ。


「…君達の言葉、教えてくれないかな?」


エルフ(仮)へ振れそうなほど至近距離で、

心よ届けと言わんばかりに、心を込めて静かにお願いをする。 



………結果として、案の定通じなかったのは言うまでもない。

   とはいえ、どうしようもなく気落ちするものであった。


  ・

  ・

  ・

  ・

  ・


――目を覚ましたら、伝説の種族が目の前にいた。


目を覚ますと何故か手と口が縛られていて、

間接を外したりして何とか抜けだしたのはいいけれどそこから先が問題だった。


彼は、エステルを必死になって助けていた。


驚愕した。何が起きたのか、今まで色々なことが起き過ぎてわからない。

いつもは冴えている頭が熱暴走している。処理できない。連発する予想外の事態に限界を訴えてくる。

だが、見た事、起きた事、戦った事、仲間の事は全部覚えていて、ますます混乱する。幻だったのかと疑ってしまう。

身体も軋み、苦痛を訴えてくるが事実に圧倒されて自覚できない。


でも、彼の黒髪と緋色の瞳が真実なのだと伝えてくる。


…その全てが決定的だった。


自分の知識と今までの結果を考えれば彼と争っても無駄。自分も戦える状態ではない。

力尽きて魔術が使えない今、

本当に彼があの絶滅した純血種族、"血盟の種族"の生き残りならば…、彼に託すのが最善だ。


見れば見るほど確信を抱く。

彼を中心に無尽蔵といえるほどの力が溢れ出ている。

精霊魔法に長けている者なら感じるだけでわかる。

まるであらゆる力の泉だ。


あの様子だと知っているのだろう。

治療に加え、彼自身の力を分け与えることがエステルの命をつなぐ祝福だと――。

ここからでもわかる。彼女の容体が一気に回復していることが…!


今まで見たこともない彼の森色の服もまたセレンの確信を深めていく。

その身に纏う雰囲気にはどこか理知的で、決して野蛮人のような印象は受けない。

治療への姿勢も決して乱暴でなく、エステルを気遣っているのが端々に見て取れた。


しかし、同時に嘆願めいた願望を抱いてしまう。


(せめて、あと1日。あと1日早く巡り合えていたなら、みんな死ななかったかもしれない…)


交わることを是としていた血盟の種族という希望を前に、どうしようもない過去を嘆かざるを得なかった。

…しかし、伝わってくる"祝福"の強さに彼へ同情も覚える。

それは、どうしようもなく仲間が少ないことを示すモノだから。

自らの力の特性故に隠せないモノだったから。



――だが、


エステルの治療に専念していたはずの純血種族の様子がいきなりおかしくなる。

唐突に動きが固まり、額に汗をにじませる。


一瞬何かを考えていたようだが、

向き直り様いきなり土下座を始めた。

正直驚いた。身体が硬直する。


(えぇ? なんで? 主従の誓いを交わしてもない相手に土下座なんて。何でそんなことするの…?)


見も知らない相手にいきなり全服従のポーズをとる。


正直また混乱した。こんなことをするのは最下層の奴隷だけだと思っていた。

恐らく彼も純血種族だろうに。その誇りはないのだろうか。やはり伝承に在る通り特殊な種族だからだろうか。


それでも何かわからない言葉を発しながら土下座する姿に、徐々に頭が冷静になっていく。


やっと自分たちが先ほどまで戦っていたことを思い出し、何故か自分のローブが半分以下の短さになっているのに気づく。


(なんで僕のローブが切られてるんだよ?! 

 ―――あぁ、なるほど。エステルの包帯替わりにしたんだ。エステルが黒いミイラみたいになってる。

 なら…仕方ないかぁ。あれだけ怪我しちゃ包帯しないときついよね。……でもこのローブ高かったんだよなぁ)


だが、やっとそこまで考えたところで、先ほどから静かに土下座する彼に意識が向く。

なんか、額縁通り隷属する行為には思えない。どうも別の意味でやっているように思える。


…あー、なんだか違う。どちらかいうと謝罪に思える。

よくわからないけど許してあげることにする。


「気にしなくていいから。 何をそんなに気にしてるのかわからないけど僕は全然平気。安心して?」


――彼の肩をなでつつ、なるべく優しく声をかける。

  でも赤らんだ顔はどうしても隠せない。純血種との遭遇など初体験だったから。


パッと顔あげ、安堵した表情を見せる彼。――表情がどんどん晴れていく。

そんな様子に此方もどこか嬉しくなり、表情が和らいでいくのを感じる。


しかし、彼の様子が一変し、またしても空気が変わる。


何事かボソッっとつぶやいたと思った瞬間、

いきなり手を両手で痛いぐらい包み込まれた。しっかりと目を合わせて体が触れそうなほど近づいてくる。

その眼は真剣そのものだ。今度は一体何をされるのか。思わず体が強張る。


――止める間もなく拒否の言葉が口から飛び出す。


「だ、だめ! なんなのなんなの?!」


しかし、彼は止まらない。

身体が強張って逃げられない。明らかに何らかの意思を込めた強い瞳に動けなくなる。


そして、なぜか身体がポカポカと温もり、圧倒的なまでに力を取り戻していくのを感じる。

やはりそうなのかと同時に得心も得る。


だから、その得心がある故に彼の意図するところが曲解されてしまう。



一体なにを望んで僕に――!



とはいえ、結果として何もされなかった。

ただ何か囁いて、何を言ったのか聞き返したら何故か落ち込んでしまった。

まったく何がしたかったのだろうか。


変な人だ。でも、どこか温かい。今までこんな人と会ったことがない。

今や、怖い人とは全く思えなくなっていた。何でさっき確認せずに戦ったんだろうと思う。

だからこそ、今の自分も生きているんだろうけど。


この人になら…、託してもいいかもしれない。



……本当に不思議な人だった。


  ・

  ・

  ・

  ・

  ・


実のところ、フォルカはそれほど深く落ち込んでいた訳ではない。

ただ久々に人と会って、感情の揺れ幅が大きくなっていたという方が正しい。


自分が死なせたと思った人を救い出すことができ、戦った相手さえも自分を受け入れてくれている。

彼女等の打算を疑うなんて無粋な真似はしない。頼るに足りると認めてくれたことは素直に喜ぶべきだ。


過ちを清算し、新たな道を見つけ出した。

…確実に見え出した未来へ希望を見出していた。




―――意味もわからないのに言葉を交わす。

   身振り手振り、顔の表情だけを頼りに必死に対話する。お互いを理解しようとする。



本当に大変なことだ。時間がかかる。相手の言ってることが全くわからない。

風習も、感じ方も、伝えたいことに何一つ共通することがないこともある。

どれほど時間をかけてもただ回るだけで、納得できる結果を迎えないこともままある。


でも自分にとっては慣れたこと。

幼少の頃から数多の国を旅し、知らない人と対話するのは日常茶飯事。

助けてくれる人がいないことの方がむしろ多かった。

しかし、その度に自分は枠を広げ、理解しようとした。大きくなろうとした。

今回もその延長にすぎない。


じっくり諦めずに対話を続ければ、必ず人と人の交差路は見つかる。

思いを同じくすることは必ずある。


そのことを知っていた。

異世界であろうと、彼女のたちの生きる姿を見た時から思っていた。

理解できないなら、自分が歩み寄る。全てそこから始めなければならない。

今も自分が体得した経験を信じて疑っていない。




――彼女とは紆余曲折あったものの、結果として見事に基本的な意思疎通に成功した。


名前、挨拶、合図、地名、体のパーツ、服、数、季節、生き物のこと。

そうして話していくと、魔法使いのエルフの名前はセレン、獣人娘の名前はエステルと教えてもらえた。


名前を聞くのを基本としてどれも同じだ。対話に作法など気にしなくていい。

相手を理解したい。見下すのではなく、否定するのでもない。ありのままを受け止めていく。

その思いが何よりのコミュニケーションの礼儀だ。


セレンもそのことがわかっていたようだった。


それに、彼女は驚くほど頭がいい。

俺と同等、いや、それ以上にこちらのことをちゃんと吸収してくれる。

リラックスして話せるよう合わせてくれる。


自分の作った新たに拠点へ向い、エステルを背負って小柄なセレンの歩幅に合わせて導く。

すぐ横に並んで歩くセレンと延々と途切れることなく会話する。

とはいえ、こちらの配慮いらないと思うほど何故か元気だった。自分の怪我はどうしたのかと思えるほどに。


謎だ。転移してからずっと増えるだけの謎がまた増えた。

感覚が麻痺するのも時間の問題かもしれない。


セレンとは多くを会話できたが、残念ながらエステルは参加できなかった。

彼女がどんな人柄なのか知るのはまた追々のお楽しみとなったわけで、助ける理由がまた増えたわけだ。

血こそ止まっているものの、今も気絶し裂傷特有の発熱を発している。彼女には何より安全な場所と休息が必要だった。

勿論消化にいい滋養がある食べ物も。


何やらセレンには現状へ奥の手があるようなので、期待させてもらうことにする。

良い知恵があるならぜひ吸収させてもらいたい。


そんな対話の中でわかったこと。

言葉も地球と似通ったモノもあれば、まったく違うものもあった。

意識さえしなかった概念もあった。

だけど、楽しい。意志を交わせることが嬉しくて仕方がない。


気づけば2人とも積極的に対話していた。

ちょっとした目の動きにも敏感になり、感情をさらけ出している。…不思議なシンパシーを感じる。


親しい会話や、何故、どうやってこの森に来たのかなんてことは聞き出せない。

そんなことは追々明らかにしていけばいい。

俺には彼女達が必要で、彼女達も世界樹の森にあって俺を必要としている。


Give and Take.  どちらも気負う必要がない。そんな理想的な関係を目指せるかもしれない。


…自分には種族の違いなど気にならない。

それを改めて自覚できた日だった。




――彼女の笑顔を見つつも、ふと心が飛ぶ。

  長い、本当に長かった1日を思いつつ、感傷に浸る。



(得るもは多かったけど、わからないことがまた山積みになった。

 エステルが助かったのもおそらく自分に何らかの力があるからだ。だけど、それが全く分からない)


―――我が物とした力と、天に与えられし力の差とは?―――


その問を自分自身に向けた。

今まで汗を流し、或いは苦心して得た魂ともいうべき力。この異境へ舞い降りた時に備わり、己自身と化した異質な力。

どちらも強大で自分の力となってくれている。中でも後者は使いこなせていないと改めてわかった。

そう。まだ、何かある。剥き出しの本能のような勘がそう告げる。


自分の全てを発揮できたとしたならば、

魂と己。此処で、その一体どちらに本質的な価値があるのだろうか?


魂なくして己は成り立たず、己なくして魂は成り立たず。

…だが、並存する力は対極なのか?


答えの出ない問いかけだった。哲学じみた"在り方"への問。

思わず苦笑してしまう。自分自身わからないことだらけなのに、何がわかるというのか。


それでも、

悉く常識を覆したこの地。この身体。 そこに在るからこそ、いつか見定めてやりたい。

きっと、全て理解した時に見える世界は違う色なのだろう。そんな世界を見れるかもしれない。


もう一度地球で抱いた夢を追求するのも悪くないと思った。



――と、ここで、"何かあったのか"と誰何される。思わず思考が止まる。

  "何でもない"と、初歩の言葉を苦労しつつも返す。


いつしか止まってしまっていた歩みを再開する。


そして、

3人の影は世界樹の森、最深部へと消えていった…。











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