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異境のテラン 〜live in another grand earth〜  作者: wahnfried
◇第壱部◇   『異境の門』
6/24

第6話

改稿版


――――邂逅編・裏――――







――こんな仕事受けるんじゃなかった!


何度そう思ったことだろうか。

でも後にはもう引けない。仲間をみんな無残に殺されてしまった。


ずっと一緒だった弟も死なせてしまった。

仇を打ちたい。だけど必死に逃げるしかない。


侵入者を排除せんと、虎と熊の姿を持つ狂獣が迫り来る。

援軍も無く、世界樹の森に逃げ続けるのは限界が近付きつつあった。



――この仕事を持ってきたのは団長だった。

   それが全ての始まりだった。


近頃はやけに不景気で、碌な仕事が回ってこなかった。

仕事がないわけではないが、上位ギルドに面々である自分たちが受けるに足る仕事がなかったということだ。


仕方なくタレスの町の酒場で景気のいい話はないかとだべっていると、

厳めしい顔をにやつかせて団長がやってきたというわけだ。

珍しいこともあるもんだと話を聞いていると、景気の良い話が舞い込んだようだった。


何かと思ったら、あの世界樹の果実をとってくるという。



――世界樹の果実


手に入る森はタレス北東部の山脈にある。巨大に広がるそれは帰らずの森とも言われている。

世界樹が支配する森は生きた神秘の森。常に動き回り、命を循環させ、その果実は万病に効くとされる。

純血種族発祥の地とも伝説でうたわれる地であり、獰猛な獣が犇めいている。

深部から帰ってきたものはいない。

迂闊に入ると死を招く禁断の森。


最初に聞いた時は正気かと疑った。

普通の神経を持っているならまず断る話だ。うける奴は相当の馬鹿か命知らずだけ。


「も~、団長ぉ~。最近いい仕事ないからってそれだと赤字ですよ~? 反故にしましょ~」


思わず酔った勢いでぶーたれる。まったく赤字どころか死ぬ可能性の方が高い。

だが団長は気にした様子もない。


「無理だ。第一違約金がもったいない。まぁ、とにかくこいつを見てみな!」


にべもなく返した団長は懐からマジックアイテムを取りだして皆へ見せた。

団長の手の中にある燦然と青白く輝くアミュレット。

複雑な刻印が施されている。見ただけで大きな力を秘めているのがわかる。


「――ッ?!」


それを見た団員達が息をのむ。酔いが吹き飛ぶのは一瞬だった。


"天空の雫"と誰ともなく呟く。


そう。

知識として知っていても、生涯目にすることはないと思っていたマジックアイテムだった。


個人レベルでは入手不可能といわれているアイテムがここにあった。

彼らが信を置く団長が持ってきた以上、これが偽物であるはずがない。

その程度出来ないようでは、このギルドの頭首は務まらない。


青白い輝きの刻印。大空と契約し、主へ澄心体認の英知を与えると言われるマジックアイテム。

あらゆる迷いに対し、最も高い効力を有する品。

その効果は解呪に止まらず、望む地へ主を導くことも可能だ。


血盟族か竜人族種が作ったであろう遺跡や廃墟にだけ見つかるというレアアイテム。

その価値は計りしれず、未知なるフロンティアへ挑む際にこれ程心強いアイテムはない。


そう、今回はわけが違った。

世界樹の森をも突破できるマジックアイテムが手に入ったのだ!


エルズルムの世界樹の森でその効力が証明されたという噂高い、超がつく一級品。

お陰で、かの森を有するアーネム島は、世界樹の果実で莫大な富を得ているらしい。


冒険者垂涎の一品がなぜここにあるのか。

なんでも、この町の流儀を知らない流れ者の商人のケツを焼いてやったら、命惜しさではき出したとか。

…気持ちはわからないでもない。

ウチの団長の脅迫の恐ろしさは折り紙つきだ。地獄の鬼も逃げ出すんじゃないかと思う。


一商人の分際でそんな物を持っていた理由が気になるが、今となってはそんなことはどうでもいい。


道がわかるなら世界樹の森の恐ろしさは半減する。

深部にさえ足を踏み込まなければ、警戒しなければならないのは獣だけになるのだ。


…ならば、この話は受けるべきだ。

この町で、他に誰も世界樹へ行けるギルドは存在しない。

世界樹の果実をウチだけで得ることができれば莫大な金が入る。

危険な深部へ踏み込まない限り戻ってこられるはずだ。


それに、ウチはここら一帯でも有数の武力を誇る。

多くの猛獣や賞金首、盗賊を相手にしてきた。今さら獣相手に引けはとらない。

目の前のチャンスを生かさずして何のギルドか――!


ギルドの皆も、その話で一気に燃え上がった。

一攫千金の夢が目の前に転がっている。そして誂えむきに荒事と来た。

荒事なら自分達は負けない。

自分たちにできないことはないと信じていた――




―――果たして、甘かった。


マジックアイテムの力は本物だった。

だが、道半ばでトラブルが発生した。マジックアイテムの力が何故か封じられてしまったのだ。


アミュレット自体の効果が消えたわけではない。

だが、自分たちの位置を伝えるはずのアミュレットは探知不能と返してくるだけだった。


全ての迷いを払うはずのアイテムが封じられるということ。

つまり、アミュレットの上位に在る力が働いたということ以外に考えられなかった。


魔道士達は解呪に必死になったが全て徒労に終わった。。

第一、アミュレットの上位にある呪いなど誰も知るはずがなかった。


とはいえ、拠点がないまま歩みを止めることが出来るはずもなく。

一時的な拠点を探すべく、危険を承知で探索を続行した。


…そして、いつしか禁断とされた森の深部へ踏み込んでしまっていた。



気付いたのはタイガーベアに襲撃されたた直後。

直感した。――世界樹の深部だ、と。

この襲撃の前にあたしたちは無力だった。


タイガーベア。獣の中では最強クラスの猛獣。獰猛な性格で、縄張りに入る者には容赦しない。

群で行動せず、単独で狩をする獣人のなりそこない。


確かにタイガーベアは強い。1対1で勝てるのは純血種族くらいだろう。

だが低い知性のため、人の敵では、あたし達の敵ではなかった。


でも、今度は勝手が違った。


奴等は大挙をなし、群で連携して襲いかかってきたのだ。

まるで人間のように。


どこでそんなことを覚えたのかわからない。

だけど、まんまと陽動に引っ掛かり、あたし達は攻撃の要としていた魔術師を奇襲された。

後ろから近付く気配に感づくことさえできなかった。


前衛の支援と大規模魔術に神経を集中させた魔術師が対応出来るはずもなく。

…5分経たずに全滅した。刃を返す勢いで今度は此方を挟撃すべく迫ってきていた。


怒涛のごとく押し寄せるタイガーベアを相手にしている最中で援護など出来なかった。

横目で一人一人息絶えていくのを見せつけられ、自分たちの無能さにどうしようもなく怒りを覚える。

魔術師へ敵の接近を許さないよう戦う前衛が、成す術なく翻弄された…!

慢心が大切な仲間を死へ追いやった。


彼らを失った以上、この世界樹の森から抜け出すことはできなくなった。

生き残りに、あのマジックアイテムを使いこなせる技量のあるものはいない。

アミュレットの導きなしに、うごめく森の中で迷わずタレスの町へ帰れるわけがない。


だが、生きる為にはここを切り抜けなければならない。

団長が自ら殿となり、命を犠牲にして突破口を開いたが、とても逃げきれるものではなかった。


必死に逃げながらも、一人、また一人と牙にとらわれ脱落していった。

20人もいた仲間が…、壊滅した。


だが、脱落した者もただ死んだわけではなく、必ずタイガーベアへ一矢報いていた。

歴戦の戦士らしく、何匹ものタイガーベアを道連れにしたのは流石だった。


おかげで追いすがってきた奴等も残すこと1匹しかいない。


とはいえ、こちらも生き残ったのはあたしだけ。得物も砕けた。加えて満身創痍。

一緒だった弟も自分の盾になって逝ってしまった。


「こいつらのせいで…! みんなは、みんなが――!」


それでも逃げ出すべく何とか勝ち目のない戦場から飛び出す。

ここを凌げばまだ生きる道はある。

でも、砕かれた足がいうことを聞かない。無様に目の前にあった広場へ転がり込む。


もう逃げれないという思いが頭に木霊する。

身体は限界で悲鳴を上げていた。生きるには何とか闘い抜くしかなかった。

折れた剣を握りなおし、残された力を振り絞って迫る狂獣へ相対する。


その瞬間だった。

最後まで自分の盾となって瀕死の重傷を負った弟が目の端に写る。

ごぼりと口から血を吐き出しつつも、眼は光を失っていなかった。


――まだ生きていたのか!


状況も忘れ、思わず助けに行こうとするが、その眼光に押しとどめられる。

口元が、詠唱を唱えている。


魔人系列特性の祝福を受けた弟ができる唯一の幻術、――石化――

死に瀕しつつも、命を削って成そうとしていた。


それに目だけで頷きを返し、一矢報いるべく折れた剣を構える。

タイガーベアをひきつけ、釘付けにする。


(チャンスは一度きり…。一瞬しかないタイミングを外せば死ぬってこと)


弟は…、あの状態ではもう助からない。

それでも諦めてはいなかった。家族を救うために全力を出し切り、燃え尽きるつもりなのだ。


…ならば、応える。


姉として。仲間として。 弟の意志を叶えて見せる…!


血まみれのあたしを追い、返り血にまみれたタイガーベアに焦りは見受けられなかった。

最早、此方が逃げれる状態ではないとわかっているのだろう。

ゆっくりと確実に間合いを詰めてくる。


それが仲間達の血だと思うと理性が吹き飛びそうになる。

感情が湧きたつ。それを今まで積んできた闘いの経験がギリギリと押さえつける。


(まだ…。弟が術を完成させるまで、まだ…!)


もうあたしが逃げられないと知っているのだろう。それこそ油断。

此方にはまだ一手残されている!


そして、


――弟の命がタイガーベアに絡み付く。

  動きを止め、狂獣が醜い咆哮をあげて凄まじい勢いで抵抗する。これこそ唯一残された勝機。


「無駄だよ! これで――!」



同時に最後の力を振り絞り、折れた剣を奴の心臓目がけて突きたてる!


――しかし、

  剣は砕け散った。無情だった。…もう為す術はない。

  砕けていく剣の破片は光を反射し、死に行くというのに美しく思えた。

  緩慢に動く世界の中、狂獣が此方へ止めを刺さんと歯を剥きだすのがわかる。  



「――ごめんね、ショウ」


(最後までたよりないお姉ちゃんで、…ごめん)


呆然と言葉が口をつく。


弟の幻術に縛られた狂獣が自由を取り戻す。


でも、どうしようもなく酷使された身体は限界だった。

迫る絶望という名の死を感じつつ、鈍く激しい衝撃と共に意識が遠のく。

何故か痛みは感じなかったが、自分は死んだのだと思った。



――最後に見たのは赤い、血のような深紅色の華だった。


   ・

   ・  

   ・

   ・

   ・


ギルド、トワネスティー。

それが僕の所属するギルドの名前。


この町じゃ有数のギルドの一つで少数精鋭で知られてる。

規模はともかく、チームワークと心意気じゃ町一だと自負してる。

このギルドは僕の家であり家族だ。


僕の生まれはどこかわからない。両親の顔はほとんど覚えていない。

つまり孤児。覚えているのは自分の名前だけ。


団長の話だと、盗賊に襲撃されて壊滅した移民団の落とし子だったようだ。

それを仕事で盗賊退治に来たトワネスティーの皆が助けてくれて、育ててくれた。

いろんな仕事で方々へ出かけるのに子供のころから一生懸命僕もついていった。

今から考えると迷惑だっただろうに、皆嫌な顔一つしなくて、面倒を見てくれた。


そんな環境にいると、物心ついたころから一生懸命戦う術を探していた。

そんな僕を心強いとか言ってみんな励ましてくれた。


自分が魔術や精霊魔法に優れた血統だっていうのは少し勉強したらすぐわかった。

お金がかかる魔術習得なのに少しも出し惜しみせずに協力してくれて、町の魔術学校に入門することができた。

ギルドの先輩の魔術師の皆も、内緒だぞ?って念押しながらも秘伝とかコッソリ教えてくれた。


もちろん辛いこともたくさんあった。

大人になっても小さい身体で体力もなかったし、体術なんてからっきしダメだった。

下手したら子供相手でも負けちゃうほどセンスがなかった。


それでも皆と一緒に仕事をするのは遣り甲斐があったし、楽しかった。

僕自身も、それなりの魔術師として成長できた。


(また終わったらいつもの酒場で騒ぐんだろうなぁ。仕方ないけど僕がしっかりしなくっちゃ。)


今度の仕事も無事に終わる。

そう思ってた。




だけど、肝心のマジックアイテムが封印されてしまった時から歯車が狂い始めた。

魔術師の一丸となって原因を探ったけど、空間そのものが封印しているとしかいいようがない。

手の出しようがない前代未聞の事態だった。


"天空の雫"とは大空との契約をもたらす。

空の眼という絆が断たれた以上、道のりは知れようはずもない。


だからなす術も無くて、

道なき道を、安全な場所を探して歩くことになった。



――そして、タイガーベアに襲われた。


何が起きたのか全然わからなかった。

獲物を見つけ、適切なフォーメーションで狩る。

いつも通りの陣形で順調に得物を追い詰めていったはずだった。軽口をたたく余裕さえあった。


だけど、いきなり後ろから襲われた。

何が起きたのか分かるはずもなく。

身体を殴り飛ばされる激しい衝撃。そこで僕の意識は途切れた。




「――うぅっ、いたたぁ…」


次に目を覚ました時、一帯は恐ろしい惨状だった。思わず息をのむ。

気を失っていた間に何があったのか。

屍、屍、屍。敵も仲間も皆死んでいた。


…こんな状況で、か弱い自分だけ、どうして生き残ったのかわからない。

 どうしようもなく吐き気を覚える。死臭と惨状に気絶したくなるが、


「みんな――、誰か――、生きてたら返事をして――」


軋む身体を押し、それでも誰か生きていないかと必死に探しまわる。

ちょっと前まで皆生きていたのに。

あまりの現実を受け入れることが出来ない。


そして仲間の遺体を追っているうちに、いつしか開けた場所へと足を踏み入れていた。

その広場にもやはり仲間の死体があって…、

血まみれのタイガーベアに押し潰された仲間が、エステルが目に入る。


タイガーベアの胸元から上が吹き飛んでいた。

何が起きたのかわからないが、敵を道連れに力尽きたのだろうか。

彼女もやはり死んでしまっていたようだった。

いつも一緒だった弟君も倒れていたのだ。容易に想像はついた。


だけど。


「――?!」


彼女は生きていた。

疲労に霞む目に、下敷きとなった身体がわずかに身じろぎするのを見逃すはず無く。

あわてて近寄ろうとするも、ある物が目に入った。



森色の"何か"がゆっくりとエステルへ近寄って行く。

それは人間に見えたが、この世界樹の森に自分たち以外に居るはずもなく。

人間以外が瀕死の者に近付く理由は一つしかない。


(エステルに止めをさすつもり?!)


…魔法使いは迷わず仲間を守ることを選んだ。


もし、魔法使いがいつも通り冷静で、精神的に追い詰められていなかったら近付く者が人間とわかったはず。

しかし、今の彼女には近寄るもの全てが敵にしか見えなかった。

仲間以外目に入っていなかった。

故に、選択を誤った。



闘いに高ぶり、惨状を目撃した精神では仲間を守ること以外考えられなかった。

自分ができうる限りの速さで詠唱し、容赦なくその背へ炎弾を叩き込むも…、


…避けられる。完全に此方へは無防備な状態だったはずだ。

 なのに、予知したかのように避けられた。


普通ではありえない動きだった。

この敵は油断ならないと思った。


事実、あちらも攻撃されてじっとしているほど腑抜けてはおらず、すぐさま岩陰に身を隠す。

追撃に放った炎弾は岩に命中しただけで敵に当たることはなかった。


そこで力が尽きかけ、膝から崩れ落ちそうになる。

意識が遠のいて、思考が白く染まっていく。


でも、


(倒れられない! ここで負ければエステルを見殺しにしちゃうんだ!)


僕より後から入ってきた癖に先輩面するし、酔っては絡む酔い癖の悪い女だ。

だけど、大切な仲間! 僕の家族!


身体は付いてこない。だけど心は屈しない。


(思考を闘いに。思考に詠唱を。詠唱に闘いを!)


自分の師、ギルドの仲間に教わった心得を必死に紡ぎ、更なる詠唱を導き出す。

ここからでは岩が邪魔をして直線的に狙えない。だけど、魔法はどの場所にも発生させられる!


そして、選んだのは風の精霊魔法。


――ウインドバースト

  風のエレメントを操り、相手を拘束しつつ持ち上げ、地へ叩きつける精霊魔法。


術の完成と同時に敵を排除せんと一気に解き放つ!

加えて落下する相手を確実に仕留めんと、アースニードルを同時詠唱していく。


うまく相手が捕まってくれるかは賭けだったが、今回はこちらに分があったようだった。

アースニードルをまともに喰らって生きていられるはずもない。


油断していたのか、敵は成す術もなく身体を持ち上げられていく。

岩にしがみついているが、飛ばされるのは時間の問題。

空から落ちてくるころにはアースニードルに貫かれ、勝敗は決している。



しかし、またしてもあり得ないことが起きる。


敵が何か叫んだかと思うと、敵を縛っていたエレメントが全て消えたのだ。

なにも無かったかのように、雲散霧消していく。


その異変は止まる所を知らず、

あろうことか、同時にアースニードルの術理をも一瞬で破壊していた。

致命的だった。



「えっ?」


ありえないことだった。


「うそうそ?! ちょっとまって!」


自分に従っていたエレメントの全てが力を失う。いや、自分に力を貸すことを拒む。

力ある言葉への隷従を拒否する。


「まって! お願いだからいうこときいて!」


絶対にありえないこと。

力ある言葉に拒否する意識など彼等は持ち合わせていない。

それなのに意志あるかのごとく、こちらを無視する。


それを無意識に手を動かして必死にかき集めようとする。でもエレメントは少しも応えてくれない。



でも、そんな自失は許されなかった。

慌てている間にも敵は見事な受け身を取って一瞬で立ち上がっていた。

それなりの高さから落ちたというのにダメージを負った様子がない。


そして何よりも、

にじみ出る、怒りのような殺意を感じる。


もう一刻の猶予もない。

今まで培ってきた経験が囁く。

敵は魔法が使えないと思われる。ならば距離がある今なら、あと1回だけチャンスがある!


最後まで諦めない。

気力だけを頼りに渾身の力で杖を地に突きたてる。


さらなる詠唱を紡ごうとした瞬間、轟音と共に愛用してきた杖が破壊された。

その衝撃に思わず尻もちをつく。


(なに?!なにが起きたんだ?!)


魔法も何も使ったようには見えなかった。

ただ、敵の手元が光ったかと思うと杖はすでに破壊されていた。

何が起きたのかわからなかった。

でも、この状況は命取りになる。


咄嗟に顔をあげると、敵が恐ろしい速度でこちらへ突進してきていた。

思わず目を見張る。


――このままでは殺される!


そう思わせるに十分な迫力だった。


慌てて幻惑の呪文を唱えるが――、間に合わない。

もう敵はいつでも僕を倒せる位置で。

相手の攻撃が首筋へ突き込まれるのを感じる。

その衝撃で最後のスペルが吐き出される。

だが、またしても魔術は意味をなさなかった。


せめて倒した敵を間近で確認すべく、意識を奪われつつも初めて敵へ焦点を合わせる。

深いフード越しに相手の姿を見る。




――人の顔。だが、それは普通ではありえなかった。

   闇よりも暗く輝く漆黒の髪。深く輝く緋色の瞳。


いつか本で読んだその姿が思い起こされる。




(っ?! まさか…、この人は)


言いようのない衝撃が魔法使いの心を襲う。


居るはずもない伝説の種族。知識の中だけの存在。

数多ある純血種族の中、唯一滅んだ種族。

運命に翻弄され、自らの業故に滅びの道を辿った悲劇の種族。

ここは彼らの領域だったのかという理解。


ならば、今までの異常は――?!


「血…の種…、生き……り…っ…」



その声は誰にも聞かれることなく…、ただ消えていった。


疲労と混乱に乱された心身では、なにも考えることは出来なかった。









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