表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異境のテラン 〜live in another grand earth〜  作者: wahnfried
◇第壱部◇   『異境の門』
5/24

第5話

改稿版


――――邂逅編――――






己が分身の重い炸裂音から数秒後、大きな赤い華が咲いた。

大地へ見事に広がる様にジュワッという擬音さえ届いたように思えた。


そして、


2つのモノが、ゆっくりと、鮮血と肉片を吹き散らして倒れていく。

絶望的な光景を網膜が映し出していた。



脳裏でライフルの扱い方を手ほどきした教官の言葉が反芻された。


"アンチマテリアルライフル。文字通り、航空機や建造物を打ち抜く威力を誇っている。

 重戦車ならばともかく、生身の人間では助かりはしない。精度と威力を併せ持つ、携帯火器最高峰の一角だ"


その言違わず、まさしく必殺の破壊力を見せつけていた。





「Friendly Fires」


友軍誤射というおぞましい言葉が頭を割らんとすべく響き渡る。


「嘘だ! こんな結果は嘘だ! 

 あんな無茶を通したんだぞ? それを…、一体…、何のために……っ!」


ギリギリと噛みしめていた口を破り、喉の奥から言い訳じみた悲鳴がまたしても迸る。

頭の中で、重なった射線は狂獣と"同胞"へ直撃していると伝えているにも関わらず。

今更言い訳など意味がないというのに。


助けようとしたのに…、助けを求めていただろう人を、殺してしまった。

それが全てだった。



吐き気を堪えつつ、"同胞"を探すもこの位置では倒れていることしか確認できない。

だが、飛び散った肉片と一切動かない赤い肉塊が希望を否定する。


確かに素晴らしい狙撃だった。自分の過去最高を土壇場で引き出し、見事に直撃させた。


危機的状況を一瞬で理解し、救出を決断。

必殺の実弾を使用する恐怖の中で行う、初の対人射撃。

1回しか与えられなかった狙撃チャンス。


この全てを背負い立ち向かった。


どれほど精神的プレッシャーが掛ったか推して知る由もない。

ただ、すさまじい試練だったはずだ。


だが、フォルカは見事に"的"へ当てて見せた。

誰が見てもその華麗さに唸らざるを得ない、見事な狙撃だった。


…しかし、助けなければならなかった人を巻き添えにした。

離れ業を成功させた後に待っていたのは最低な結果だった。


どれほど悔もうと、

スコープ上に映ったその光景が、血走る目に真実だとはっきりと伝えていた。


あれほど集中力はそうそう出せるものではない。まさに乾坤一擲の一撃。

そして、それこそが仇となった。


集中力の極大化による思考の破棄。

フォルカには的以外何も見えなくなっていたのだ。


最後の拒絶の叫びに苦い慙愧の念が湧きおこる。


(…あんな言葉に意味などあるものか。

 本当に相手を大切に思う心があったのなら、目的を理解していたならこんなことはあり得なかったはずだ。

 弾丸は無慈悲に肉塊へと変えただけ。己を機械とし、心から耳を閉ざした結果がこれか・・・っ)


「な…んという……ことを、っ」


今更頬を涙が伝う。

これは悲しみの涙なのか、興奮の涙なのか、どちらでもあり、どちらでもないと言えた。



最悪の結果は、容赦なく自分を攻め立てる刃だった。



手段に集中し、追及し、固執した。そうでなければ決して当てられはしなかった。

だが、それ故に目的を見失った。

一番大切なことを忘れてしまった。思い出すのが遅すぎた。

目的を果たせない手段に意味などない。あるのはただの過程。


その事実を愕然としながらも受け止める。いや、押しつぶされる。


自らの手で同胞を殺めたという事実。

自分が熟練に域に達することはないと最悪の形で証明してしまった事実。


あらゆるものを習得する術には長けていても、追求し、昇華する術を持っていない。

優等生であったとしても、一点を貫く天才の域には決して届かない。


今まで目を逸らしてきたその事実が心を、魂を闇に染めようとする。

必死に耐えがたい重さにうめく。



――これが、今のフォルカの限界だった。





「まだだ…。少なくとも今は悔む時じゃない」



…だが、立て直す。


まだ残された大切なこと。最期を迎えた誰にとっても特別な儀式。

それが倒れそうな心と体を支える。


「死者への弔い、せめてもの懺悔をしなければ…、うかばれはしない」


逝った者へ残された最後の責任を果たさなくてはならなかった。

殺した者が弔うなど"同胞"も望まないだろうが、自分以外に弔うことが出来る者が居ない。


木を滑り降り、どうしても重くなる足を引きずって自らの罪へと歩き出す。

しかし、どれだけ足取りは重くとも目指す地点は明確に識らされて、


…思わず自分に芽生えた能力に苛立ちを覚える。

 絶対に迷わない能力。望めば確実にそこへ向かうことができる。

 これほど疎ましく思ったのは初めてだった。


しかし、事実と後悔は容赦なく攻め立てて逃げることを許さない。

一歩一歩近づくごとに重みは増していった。


狩りで命を奪う重さとは全く異なる同族殺しという名の重さ。


自分の在り方。芽生えた力。背負ってきた思い。誓い。その全てが悉く逃げ道をふさぐ。


罪から目をそらす行為を許さない。…ただ事実を背負うことを強要する。



罪を背負うこと。自分の限界を受け入れること。

後者は変えることができるかもしれないが、罪だけは消えることはない。

なんと重いことだろうか。

過去に遡ることができない以上、己が死ぬまでまとわりつくのだ。


結果として、生きるためでもなく身を守るためでもない。

ただ無闇に命を奪い去った。残されたマイナスは清算されることがない。


(人の命を奪うことがこれほど重いとは…。まるで生き地獄じゃないか)



その時、父であるスコットの言葉が唐突に去来した。

今は遠い思い出となった父の書斎。

そこで酒を酌み交わした時、スコットは珍しく弱音を吐いたのだった。


"フォルカよ、自分が導いた流れで人を殺めることほど苦しい物はない。

 だが、人はどうしようもなくなった時に気づくものだ。…だから、お前は私と同じ轍を踏むなよ"


まさしくその通りだった。

父が最後まで抱いていた哀しみと後悔の一旦を初めて垣間見たように思った。

規模は違えど、本質は変わらない。

父はこれを変えてほしいと自分に託したに違いなかった。



ならば今の自分に出来ることは一つ。


"同胞"を殺めたこと、自分の限界は決して忘れまいと心に刻みつける。

犯した罪を忘れないこと。二度と同じ過ちは繰り返さないという思い。

それだけであったが、辛い贖罪であった。





そして、フォルカはついに惨劇の地へ到達していた。



歩みつづければ旅は終わる。どんな旅でも。

どんな結末であろうと到着できるものなのだ。

それを知っているからこそ歩んでこれたし、これからも変わらない。


だから、意を決して悲劇の舞台となった竜の結界へと足を踏み入れた。



…迎えてくれたのは、異臭を放つ鮮血の華と肉片だった。


光景はスコープ越しに見た世界よりもずっとリアルで。

小さく見えた狂獣も、大地も、とても大きく見えた。


そして、助けようとした"同胞"は狂獣の下敷きになっていた。

血の池でもがき苦しんでいるようで目を背けたくなるが…、決して逸らさない。


最後の義務だけは果たさなければならないのだから。


だが、…哀切極まりなかった。とても見ていられない。

これ以上"同胞"を放置するのは侮辱に思えた。


「今弔いますから。待っていてください」


届くはずもない囁きをそっと呟き、

遺体を救い出そうと、覆いかぶさっている狂獣の死体を強引に押しのけようとする。



…が、




――離れよ!――



強化された直感が切迫感をもって頭蓋を貫いた。

平時とは違う、戦意ともいえる緊迫感。まるで獣に襲いかかられた時のような。

その明確な指示に咄嗟に遺体から飛び退く。



「―――っ?!」



炎弾が目の前を横切ったのはその直後だった。

炎はすぐ脇の木へと直撃し、燃え盛りながら一気に消し炭へと変えていく。


その光景は危機感を呼び起こすに十分なものであった。

追撃を回避すべく、射線の陰となる岩場へ急いで身を隠し、素早く思考を巡らす。


「なるほど。森の放火魔はこいつだったわけだ」


…強化された直感は恐ろしく鋭敏であるとの認識を再確認。

森で煙が上っていた理由もわかった。迷わず動いていなければ危ういところだった。


若木を燃やす威力は相当の物だった。

爆散こそしなかったが、威力はナパーム弾を彷彿とさせる。

加えて着弾までの速度は早く、視認してからの回避では間に合わないかもしれない。


目立った発砲音がしなかったことから投擲武器かと疑ったが、投擲武器ではありえない攻撃速度。


つまり相手はサイレンサー装備の銃火器を装備していることが予想される。

もしくは発砲音が届かないほどの遠距離から狙撃。

そして何より、警告なく攻撃してくるほどの敵意を有している。



結論にたどり着くのは一瞬だった。

銃器を持つ敵に容赦する余裕などないのは明白だった。


腰に携帯していたデザートイーグルを引き抜き、安全装置を解除。

慣れた手つきで遊底をスライドさせ、銃弾を装填する。


一撃必殺の火器を温存しているかもしれない相手に対して油断はできない。

ザイレンサー装備の火器であるなら、相手はスナイパーである可能性が高い。

先手を取られた上に相手も視認できていない。しかも複数人いる可能性もある。


遠距離狙撃なら森へ逃げ込めば何とかなるが、

視認可能な中距離からの攻撃だと本当の戦闘になる。



「――チッ、うまくいかないもんだ」


軽く舌打ちし、先までの沈鬱とした感情を一瞬で吹き飛ばす。

後悔や弔いをしたくとも、生き残らなければ全て終わりだ。

その程度に切り換えできるほどには成長しているのだ。


「残念だけど、異世界でのファーストコンタクトは失敗に終わるかな」


軽く独白し、今回の接触を諦めて撤退することを選ぶ。

生きるために必要であるなら、獣だろうが人間だろうが殺すことに躊躇うつもりはない。

だが、犠牲が出ないならばその方が良いに決まっている。


おそらく先の"同胞"の仲間であろうが、此方に幾許か咎があるとはいえ殺されるつもりは毛頭ない。

話を聞いてもらいたいところではあるが、警告もなし攻撃してくるのだから周りの全てが敵に見えているに違いない。

そんな気が立っている相手の前で武装解除など馬鹿がすることだ。危険すぎる。



静かにマグナムを顔の前へ構え、

相手の位置を探知すべく、強化された意識を張り巡らす。

自分が居る地点を"中心点"とし、球形に全空間を洗っていく…。

自分の力を自覚し、いつしかこの程度なら難なく行えるようになっていた。


相手の居場所を確認しなければ一方的に蹂躙されるだけである。

戦うもにしても逃げるにしても、闇雲に出るのは危険であった。

複数人いれば包囲される可能性も高い。



しかし、敵を見つけることは思ったよりも容易であった。

幸いなことに、探知できたのは一人きりであった。

しかし、間合いが最低だった。


相手はこれ見よがしに敵意をばらまいていた。

強い敵意の気配が拡大された意識へ引っかかったのだ。


それほどの意思を見せているのはこの一帯ではその者だけであり、先の攻撃の相手だと結論付けられた。

敵は姿を晒すことを厭わず、フォルカの方へ進んできていたのだ。


この意味を理解した時、思わずフォルカは天を仰いだ。


…最早、戦闘は避けられない、と。


言うまでもなく行動から伝わってきたのだ。

敵は身を呈して、此方が手をかけた"同胞"を守るつもりなのだろう。

守る為に、害意を抱く可能性がある者全てを消すつもりなのだ、と。



敵はすでに竜の結界へ足を踏み入れており、目視可能だった。

敵の攻撃手段を探るべく、岩の陰から油断なく姿を窺う。


逃げれば背中を狙われる中距離という間合い。

安全を確保するには、敵を何とかして無力化しなければならないのだから。




――だが、

  自分の目、いや、常識を疑うこととなる。




攻撃したと思しき敵は華奢な体に黒々としたローブを頭の先から爪先まで身にまとい、杖をこちらへと掲げていた。


一言で表して「魔法使い」使い魔こそいなかったが、疑いようもないほど魔法使いだった。

物語やゲームでは頻繁に出てくる方々をそのまま持ってきたかのようだった。


一瞬何かの冗談かと思ったが、その構えから主な武器が掲げている杖であることは明白だった。

ローブに中に何か隠しているのかもしれないが、この状況でそんな余裕を出せるはずもない。

つまりは、先ほどの炎はあの杖から発射されたという結論になる。


全く持って意味がわからない。


今まで身に纏っていた攻撃のオーラが消える。というよりも別の方向へ意識が向く。

想定外にも程があった。


「………、なんだアレは?」


思わず唖然とし、誰も答えるはずのない疑問がこぼれる。あまりのことに身体まで一瞬固まってしまう。

どこをどう見ても…魔法使い。典型的な魔術師。それ以外ない。

コスプレと思いたいが、コスプレよりコスプレらしい。

意味がわからないが、日常生活までコスプレに犯されるとああなるのかもしれない。


意味のない思考が頭をめぐるも、自失が許されたのも一瞬で、とんでもない命取りだった。

考えている間にも、相手は既に次の手を打つ準備へと入っていたのだ。

魔法使いの方に容赦する理由はどこにもないのだから。


≪―――ゴゥッ≫


口元が動いたと思うと、間髪入れずに先ほどと同じ炎弾がやってくる。

岩が先ほどと同じ炎で焼かれていく。直前に頭を伏せるも、今度はこれだけで終わりでなかった。


同時に足元を中心として風が渦を巻き始めたのだ。

本命はこれだと、一瞬で理解させられる。

逃げようとするも既に時遅く、圧倒的な風の力は身体を持ち上げつつあった。

まるで局地的な竜巻であった。


咄嗟に岩を掴むも、数秒もたずに天高く吹き飛ばされることが予想された。それほどの威力。

まさに繰り出される攻撃の全てが魔法。

繰り出される現象の全てがフォルカを排除せんと襲いかかってくる。

このまま空へ吹き飛ばされ、落ちたところを追撃されれば避けようもない。


マグナムで魔法使いを狙うも、暴風に押されて照準が定まらない。

地球の常識を超えた数々の攻撃に成す術がなかった。

勝敗は決したかのように思えた。



――だが、


「この野郎がぁ……っ!」


フォルカは言いようのない怒りが込み上げてくるのを感じていた。

歯を食いしばりながらも怒りは止まるところを知らなかった。


なす術もなく、未知の攻撃にさらされながら。

ひたすら耐えながら。

命の危機を覚える。冗談ではすまされないファンタジーを理解させられて。


耐えること。生き抜くこと。喜び。後悔。

そんなあらゆる環境にさらされ、怒涛の展開に抑えられていた感情が湧きおこる。

あまりの不条理に、遂に憤りは最高潮に達していた。


(前々から思っていた。転移やら色んな経験をさせられたんだ。

 一応何でもありとは覚悟している。覚悟しているんだ。

 …だがな、物事には限度って物があるんだ! 人生台無しにされた転移の次は魔法だって?

 いい加減にしろ貴様ら!!)


まとわりつく風が鬱陶しくて仕方がない。

とんでもないファンタジーな攻撃をされて追い詰められた自分に腹が立つ。

飛ばされそうになりながらも魔法使いを見やると、どこか勝ち誇ったかのように杖を回していた。


此方を小馬鹿にしたような、

勝ち名乗りのような姿を見た瞬間、フォルカの怒りは限界を超えた。


(ふざけるなよ、お前。まだ俺は負けていないんだ!!)


言いようのない怒りは魔法使いへ向けられた。

同時に自分を縛る竜巻にも遍く響く。

言葉と意思が同時に迸るのは当然で。


 「散れッ!!!」

――散れッ!!!――



そして、

世界は彼の意を是とした。害なす威を消滅させた。



フォルカを縛っていた風という魔法、その全てが消え去る。

まるで暴威などなかったかのように、世界は太極を取り戻す。

まさに、雲散霧消とでも表すべき現象だった。



「っ、なんだこれは?」


唐突に解放された身体を持て余し、受け身を取って立ち上がる。


何が起きたのか自分でも咄嗟に理解できなかった。

魔法により打つ手なく追い詰められていたはず。なのにいきなり魔法は消えた。

この状況で解放する理由などあるはずもない。



……しかし、それ以上に混乱しているのが魔法使いだった。


両手を振りまわしてワタワタする様は小動物的だったが、魔法使いの意図したものではないと如実に語っていた。

冷血な魔法使いのイメージが崩れていくが、どうやら相当想定外だったらしい。


とはいえ、魔法使いの自失は一瞬で、態勢を立て直すのも早かった。


フォルカへの警戒心は更に強まったようで、気迫がにじみ出ていく。

だが、改めてみる魔法使いは相当疲労しているようだった。ローブの所々が激しく破られており、激しい戦闘の後を感じさせる。

杖にあずける体はいまにもずり落ちそうだ。見ただけで最早立っているのが限界なのだろう。


だが、疲れを吹き飛ばすかのように、ズガッっと音がするほど激しく地面に杖を突き立てる…!

身体に残された意志という力を流し込む――!



その姿勢は戦う者として素晴らしい。

最後まであきらめない姿勢が勝利を呼ぶのだから。



しかし、時すでに遅し。

攻守逆転し、今やフォルカが攻める時だったのだ。


右手に構えられたデザートイーグルは、猛威を解き放たれるのを待っていた。


「――させるかよ、馬鹿が」


右指は容赦なく撃鉄を振り落とし、50口径を誇る銃口から轟音と共にマズルフラッシュが響き渡る。

マグナムの照準は完璧だった。狙い外さず、マグナム弾は魔法使いの杖を真っ二つに破壊した。

身体にあてなかったのはわざとだ。


しかし、人を即死させるほどの凄まじい衝撃に思わず尻もちをつく魔法使い。

この好機を逃す手はなかった。勝敗を決めんと一気に距離を詰める。


…走りながらも考える。

魔法使いに対するマニュアルなどお伽噺の中でしか知らない。

つまり、接近戦で詠唱を封じるということ。


相手がまだ何か奥の手を持っているかもしれない。

だが、どんな手を使ってこようとそれを凌駕するという気迫があった。

この強化された身体に出来ないことはない。


何より、この魔法使いに一発見舞わないと気が済まない。



いまや追い詰められているのは魔法使い。それはわかっていたはずだ。

だというのに魔法使いは逃げない。ローブや身体はズタズタにされており、嘘偽りなく疲労困憊の体だった。

もう体が限界でいうことを聞かないのだろう。


(護衛がいない魔術師が戦力的に半端ってのはホントみたいだな)


実際のところ、排除するだけなら簡単だった。

尻もちを吐いた瞬間に鉛玉を叩き込んでやればよかった。

それ以前に、杖でなく胴体に弾丸を当てていれば即死していたはず。

今や立場は逆転した。生殺与奪の権利は此方にある。


だが、そんなことをするつもりはなかった。

非常識の連発で怒りを覚えているのは確か。とはいえ、此方にも咎があるのも事実。


これ以上人を殺めて何になるのか。

なにより、二度と同じ過ちを繰り返す気はない。


何としても魔法使いは生かして捉えるべきだ。

自分が生きていく可能性のためにも。唯一生き残ったであろう魔法使いのためにも。



―――誤解を解き、話し合う。



その一念を携え、一気に踏み込む。


こちらの突進力に驚いている様子が顔を隠したフード越しから伝わってくる。

それでもわずかに見える口元が諦めず何かを高速で唱えているのがわかる。


(まったく、最後まで諦めない見上げた根性だ。しかし――)


最早魔法使いの居る場所は接近戦の間合いの中。チェックメイトだった。


迷わず首筋めがけて銃把を振りおろす。


決着は一瞬だった。


鈍い音と共に魔法使いは崩れ落ちた。

グシャリと糸が切れたマリオネットのような倒れ方をしそうになるのを何とか支える。


フォルカの勝利。

犠牲を出すことなく、魔法使いの無力化に成功。


こうして、波乱に満ちたファーストコンタクトは一段落を迎えることになった。






――――間幕――――






魔法使いとの戦闘は終わった。

我ながら良くやったと思う。


次にしなければならないこと。

それはもちろん異世界人の確認である。


しかし、それとは別に嫌な予感がしていた。今やフォルカの中では此方の方が重要だった。

崩れ落ちた時、腕に受け止めた感覚が妙に柔らかかったのだ。

とりあえず気絶している魔法使いのローブをバサッとめくってみる。


………結論からいうなれば、嫌な予感は的中していた。それもど真ん中に。


幼い顔立ちとはいえかなりの奇麗どころ。しかも耳が人間ではないほど長い。

髪の毛は金色でキラキラと輝いていた。肌も白磁のようであり、日に焼けているように見えない。


そして、まごうことなく女性だった。

理由やら過程は置いておくとして、フォルカは結果的に女性を殴ったということだった。


しかし……、


(おいおいおい…、あれだけ気合い入った立ち回りされたら手加減できないって。

 いや、でも、コレはなぁ…。そもそもこの人、全然人間っぽくないんだが…)


愚痴っぽい感想が胸中を満たしていく。納得できない。

口に出すのも阿呆らしく思ったが思わず滑り出す。正直いただけない。


「なにコレ? もしかしてエルフ??」


言ってからもあまりのことに眩暈を覚える。

意味不明のオンパレードである。この世界はフィクションを現実にする為に生れてきた世界なのかと疑いたくなった。

またしても天を仰ぐも、2つの太陽が綺麗に頬笑み返してくれただけだった。


(なに? 俺ってもしかして女の人に暴力振るった? …なんて格好悪い……。)


改めて気絶しているエルフと思われる女の子を見るも、事実は変わらなかった。

しかも、地球基準で成人しているかどうかも怪しい年齢に見える。

見れば見るほど嫌な罪悪感を駆り立てる。


経緯はどうあれ、そんな子に本気で怒って本気で戦ったのである。

締まらない。全然締まらない。大人げないことこの上ない。


数分前までのシリアスな空気を完全に破壊され、どうにも脱力感と自己嫌悪を覚える。



そんなこんなでまったく今さらな感想を抱きつつ、

ぐったりと気絶する小柄なエルフ(?)を見守る。


すぐに目を覚まさないのは運が良かった。

目を覚ましてまた命懸けで戦われたら此方の身が持たない。

とりあえず平和な場所に寝かせることで様子を見守ることにする。



奇縁ができてしまった竜の結界の外れへと彼女を運びながら、不思議と心が弾み出すのを感じる。

苦しいことに疲れきった心が癒されていく――。




――最初はすれ違いから争った。

   でも、その事実さえ尊い。


彼女の大切な戦友を見知らぬ人間から守ろうとした、そんな純粋な思い。

人を大切にする思いは時空を超えても人の根幹にある。


ならば、きっと解りあえる。例え、種族、生まれた星さえ違おうと。

綺麗事だと笑われるかもしれない。でも、そう信じたい。


わかりあえる人がすぐ傍にいる。手を伸ばせば届く距離にいる。

一度は永遠に失ったかもしれないから大切さがわかる。

まだ何も話していないのに傍にいるだけで笑みがこぼれ…、心が温かくなる。


戦友を殺したに等しい自分を許してくれないかもしれない。

でも、助けようとした心は伝えたい。

わかりあえるまで何でもしよう。何度でもトライしよう。

それができる幸せを又手に入れることができたのだから。



でも、今は彼女が起きるのを待つ。

すべてはそれからだから。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ