第23話
――――地下迷宮編:4――――
「――随分深く潜るんだな」
坑道への道のりは入口に達するだけでも1時間を要した。ここへと達するまでに実の5箇所もの拠点が展開されていた。
セレンとは第一駐屯基地、つまり最終防衛ラインでの別れとなったが、
詰めている者達の顔色は、いかにこの自体が深刻なのか容易に理解させるものだった。
「この一帯には幾重にも地下水脈が根を張ってる。地上から安全に鉱脈まで下る道はここしかないのよ。
迂闊に穴あけると地下水が溢れ出すし。最悪、地盤沈下を起こすこともあるって聞いたわ」
「なるほど。通りで入口に軍部の駐在基地があるわけだ。ここがタレスの生命線ということか」
「その通り。この道を確保するのに数十年の年月を要したっていう話だし」
「ここの構造の細部を晒してまで依頼しなければならない軍部というのも問題があるね」
「問題があるどころじゃないわ。腑抜けてるのよ」
道中延々とエステルと愚痴じみた問答をしていたが、お陰でこの坑道の重要さが再認識できた。
地下戦闘など御免被りたいが、どうしようもない。
武器としては先ほど仕上がった特注の剣、ベレッタ、デザートイーグル、ショットガンを選んで持ってきたが、
正直これらの火器がどこまで役立つのかというのは疑問だった。
密室戦でも扱えるフランジブル弾を無理してでも世界樹の森から持ってきたのは正解だったと思うが。
やはり、最後に頼りになるのは己の身体かもしれない。
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「やぁ、フォルカ。それにエステル。御苦労さま」
坑道の入り口へようやく到着した時、出迎えてくれたのは意外にもミハエルだった。
だが、まとう空気は普段タレスの街で見せるものとは別格だった。
高さ4メートルはありそうな巨大な坑道に設けられた巨大な鉄柵、トラブゾン傭兵を主要とした防御陣。
蟻1匹でさえ通さないような拠点。その様はまさに最前線。その中心に彼はいた。
軍師とでも形容すればいいのだろうか。泰然とした余裕が最前線という場に似つかわしくない。
思わず顔に浮かぶ驚きを隠せない。
「…まさかお前がこんなところまで出張ってるとは思わなかったよ。
セレンと同じように結界の全体補強と気脈の遮断に行ってると思ってた」
「いや、本当なら僕もそこへ行く予定だったんだけどね
他ならぬ君が行くという話だから最前線に出てきたんだ」
言い方はやはりいつも通りの優男だったが、トラブゾンの重鎮が最前線に立つのは疑問を感じざるを得なかった。
「いや、何か裏があるような気がしてならないんだけど」
「それになんでトラブゾンが最前線に出るリスクを犯す必要があるんだ?」
「はは、裏がないわけないじゃないか。色々トラブゾンとして出来ること、考えていることはあるさ。
だから此処の指揮はトラブゾンに一任されてるんだ」
エステルが胡乱気な瞳でミハエルを牽制するも、ミハエルは一切気にした素振りがない。
この重要な場面においても全く緊張した様子はなく、いつも通りの笑顔だった。
そういう人物が一番近いところにいるのは、前線で戦う者にはありがたいことこの上ない。
指揮官として引き際を見誤りそうもないから適任ではあるだろう。
「――それに、今回の事件は軍部に僕らを制することはできないと警告するいい機会だからね。
君らだけの手柄にするつもりはないさ。存分に僕らの力を見せてやろうと思う」
「ということは、何か他に手立てがあるということか?」
「もちろんあるさ。だけど当てにはしないで欲しい。ということで詳細は言えないかな」
何とも心強い言葉だった。奥の手もあるようだが、それを計算に入れれば失敗に繋がるだろうから期待はしていない。
とはいえ、軍部より傭兵の方が頼りになるという構図はよくないことだが。
しかし同時に、軍部に質の高い人材が致命的に不足しているというのも察せられた。
ここへ来るまでにヤルカンド所属の者も見かけたし、ある意味一番難しい判断を要する最前線の指揮にトラブゾンを
投入するなど、普通では考えられない。責任の丸投げにも等しい。
この状況で意味することは一つ。最早、軍部は自ら血を流すつもりはないのだ。
こちらの殺気だった空気を察してか、ミハエルが淡々と任務の最終確認をする。
「さて、わかりきってると思うけど作戦の再確認だ。君たちの任務はストーンルミナスのコア破壊になる。
坑道進行時には逃げ遅れた奴隷達、ルミナス封印に失敗した軍人達の一部が敵として襲いかかってくる。
知ってるだろうけど、彼らをを殺す…、いや、破壊する手段は2つ。
触媒になっているルミナスの一部をピンポイントで狙うか、動けなくなるまで解体するしかない。
どの道、操られる奴らは既に死んでいるから遠慮することはないよ。
だけど、身体や骨の可動域とか無視した動きをするから要注意なんだ」
要はゾンビを相手にしろということだ。
触媒を破壊する以外に相手を動けなくする方法。それは有機物である肉体を無機物にさせるのが理想的だろう。
つまり、燃やすということ。
「こういう局面だと、火系列の精霊力を持ってるエステルがコアにたどり着くまでの要だよ。
彼女が本気なれば人間を炭化させることもできる。たった2人だけど突破力重視で火力維持の布陣だね。
今タレスにいる人物でエステル以上の適任者はいないし、彼女がパートナーと認めるのはフォルカしかいない。
幸いフォルカの新武装も間に合ったようだし、戦力的に足を引っ張ることはない。
――この布陣に幻影石化が使えたショウが加わっていたら布陣はもっと固められたんだけどね」
「…ッ、弟の話はやめて。今は生きてる人間が動くしかないんだから」
エステルが食いしばるような声を引き出す。
弟が生き返ることなどありはしない
そう言うかのように。
「その通りだよ。だからこそ僕らが動く。
それから、ルミナス活動の影響で坑道の地図が変化している可能性がある。事実、何箇所か落盤して塞がっている
道もある。基本は地図通りで問題ないけど、何が起きても不思議じゃないんだ。気脈を断ってるから地下構造を変化
させるほどの力は今のルミナスにはないけど、坑道全体がルミナスのテリトリーだ。最悪退路を断たれる覚悟は
しておいた方がいい」
エステルの様子などミハエルは気にとめた様子もなかった。
事実を語る様は滔々と澄んでおり、一切の私心を感じさせない。彼もやはり魔術に携わる者なのだと感じさせた。
ミハエルは更に言葉を続ける。
「あと、これをお守り替わりに持っていくといい」
「なんだ? この変なタリスマンは」
「使い捨てのマジックアイテムよ。中央の結晶石を潰すことで色々効果が出るの。
これは通信系の亜種だと思う」
ミハエルから、自分とエステルに首に下げるようなお守りを渡される。
どうやら餞別をくれるようだった。
「ああ、エステルの言う通りさ。それは位置探査のマジックアイテムなんだ。
ストーンルミナスのコアまで辿りつけたら使うこと。助けに行くにも目印が必要だからね」
「確かにそうだな。ルミナスのコアを発見したら使わせてもらうよ」
その時、死に行く者の呻きとも岩の擦れるともわからない反響が洞窟へ響いた。
見遣れば、既に死を迎えたとしか思えない者達がこちらへと迫っていた。
内臓が腹から飛び出した者、頭が潰れている者、あるいは足を失いながら這いつくばっている者…、
それぞれが不気味に軋む岩に寄生され、この世の物とは思えない醜悪な姿を晒していた。
「――敵襲です!!」
洞窟に警戒兵の声が響いたのは同時だった。
エステルがすぐさま剣を抜き放ち臨戦態勢をとる。携えた剣には爆炎が集束していく。
「―――チッ!」
一瞬遅れて此方も舌打ちともにショットガンを構えるが前線の兵士が邪魔で照準できない。
ならばと、剣を抜き放ち前線へ往こうと試みる。
――だがミハエルの動きのほうが早かった。
短く鮮鋭に祝詞を唱え、同時に携えた杖からルミナスの支配をディスペルする白い閃光が迸り、視界を焼く。
その閃光を受けた死者達は憑きものが落ちたかのように脱力し、地へ這い蹲った。
前線の兵士たちが殺到し、無慈悲にまでに彼らを屠っていく。
凄惨な音を響かせ、それぞれの得物で兵士達が骨肉を磨り潰す姿は正視できるようなものではなかった。
だが、戦の実情を垣間見たことはフォルカにとっては代えがたい経験であったと言える。
図らずも一瞬自失して立ち尽くすフォルカへミハエルが鋭く声をかける。
「さぁ、話はここまで! これからは君達が主役だ。これで周囲の坑道の入り口付近の死人は一掃できる。
ルミナスの敵意は今こちらに集中しているはずだ。これ以上の好機はないよ。今のうちに進めるだけ進むんだ!
第2三叉路で、時間を短縮できるように地下坑道第2層へ通じる穴を開けておいた。そこから飛び降りるといい」
「ええ、わかったわ! フォルカ、行くわよ!」
「あぁ! 往くぞ!」
踵を返して駆けだす彼らを見つつ、ミハエルは冷静に考えていた。
フォルカの能力、判断力に申し分はない。見慣れない装備は多いが、相当の威力があるはず。
ナニーの情報収集で大体の戦力と能力は把握している。ゲイルを打ち負かしたこともそれを実証した。
しかし、彼の態度からこの類の戦慣れをしていないことがわかった。経験不足は実戦で言い訳になどならない。
先ほどの光景を踏み込む前にみせることが出来たのは存外の幸運だろう。
彼らだけでこの作戦を完遂できないとは言わないが、リスクが高すぎる。
そう分析していた。
だが今、あの男は死なせてはならない。この世界のために。
故に――、
「アイザック君、上にいるナニー達とヤルカンド駐屯地に至急連絡を取ってほしいんだ」
「駐屯基地のナニー様と? それにヤルカンド駐屯地へ、ですか?
ま、まさか、ミハエル様。街の内部で術式を展開させるおつもりですか?!」
「その通り。もう迷う時間が惜しい。僕たちは出遅れてしまった。
賽は投げられてしまった以上、今からできる手はすべて打つ」
「しかし、ここでは軍部が見ている前でトラブゾンの術理を晒してしまいます!
ヤルカンドの連中に借りを作ってしまうのも私は反対です! トラブゾンの未来のためには――」
「――このまま彼らを失うほうがリスクが高い。まだ彼らには、いや、フォルカには死なれては困る。
個人的な感情を抜きにしてもね。だからメイロン姐さんの力を借りるよ」
「なぜあの新参者に固執するのです?! 私には理解しかねます! 我らがそこまでする必要があるのですか?!」
「アイザック君、これはトラブゾン上意による決定なんだよ。
フォルカ・蒼麻・メンハードは死なせてはならない。彼の死はあまりに危険すぎるからね。
君もトラブゾンの一員なら、これがどういう意味かわかるだろう?」
「ッ………、わかりました。ミハエル様。今のトラブゾンの指揮権は貴方様にあります。
ご意向のままに」
「ありがとう、アイザック君。迷惑をかけるね。
だけど心配することはないさ。ヴァルネスト王国如きに我らトラブゾンの魔道を解析できはしない。
王宮魔道士共に見せてやるよ。生死の狭間で磨かれた魔道の真髄を…、ね」
――我らに遺された'唯一血盟の王'は生還させる。
ミハエル達が身を張って敵を引きつけてくれたお陰で、第2三叉路へたどり着くのは容易だった。
言葉通り、そこには人がようやく降りれるような穴があった。
そして、時間が惜しいとばかりに勢いのまま飛び込もうとするエステルの肩を掴んで制止する。
「待ってくれ、エステル。少し時間が欲しい」
「ソウマ、今は時間がないの! 危険があっても今は急がないと!」
振り向いたエステルは必死だった。
多くの修羅場を潜り抜けた彼女の勘、この状況からすれば安全策より速度を選ぶことが最善であるに異論はない。
…しかし、
「わかってる。だからこそ俺も全力を出さないといけない」
言うが早いか自らの変装を解いて洞窟の隅へ置き、努めて忘れていた世界へ天分を向けた。
全てを自身に集束させ、全てに自身を混濁させる。
首に下げたアミュレットへ'壊れろ'と強く念じ――
――果して、フォルカの純血の封印は一瞬にして解かれた。
解放された黒髪紅瞳が洞窟という暗闇の中にあってもなお煌めく。
瞬く間に溢れる力と同時に、この坑道という世界を意識する。
しかし、意識するまでもなかった。世界が坑道に満ちる敵意、死の気配を濃厚に伝えてくる。
まるで、敵意と死者の怨嗟が心臓を撫で、頭の中へ巣を張るかのような感触。終わりが見えない敵意という負の波動。
五感を通して感じるのとは全く異質な死臭に思わず足がよろめいてしまう。
「ちょっと! 大丈夫なの!? 今からそんな状態だと進めないわよ?」
ふらつくフォルカを案じ、すぐさまエステルがその肩を支える。
「ああ…、なんとか。久々に遠慮なしに展開したからだよ。もう慣れた」
正直強がりだった。しかし慣れる他ない。
「ソウマは初陣でしょう…? 周りのことがあたし達以上にわかるあなたに平気なわけないじゃない。
ここで封印を解いたことはあなたにとって自殺行為になるかもしれない」
エステルの瞳は冷静だった。初陣を耐えられる者なのか冷静に吟味するために。
血盟の力は確かに便利だ。しかし、過敏と言えるほど鋭敏化された力に耐える器がなければ逆効果でしかない。
「ああ、わかってるつもりだ。だけど今が力を解放する一番の好機だよ」
「そういう話じゃなくて――」
「エステルならコアまで行ける。その道をあら手段で守るのが俺の役目だ」
その視線に、負けじと気迫を込めて見返す。
持てる力にリスクがあろうと、いかに自分が未熟だろうと、この力なしに任務を完遂できないのだから。
……幾許か視線が交錯した後、折れたのはエステルだった。
「…わかったわ。今まで色んなことを乗り越えてきたあなたを信じてみる。
だから――」
言うが早いか、
エステルは手甲をつけた拳を振り上げ、容赦なくフォルカの頬を打ち抜く。
全くの想定外の一撃だった。
抵抗などできず、フォルカは頬を抑えてよろめく。
口の端から止めどなく滲む血が、どれだけの力を込めたのか想像させる。
「ッッッうぅ、いきなりなにをするんだ」
「忘れないこと、ソウマ。生きてることを。心で感じる痛みに引きずられちゃダメ。
今は全て闘いに向いてないといけないの。これが今あたしに出来る精一杯のことよ」
「…そうか、その通りだ。お陰で冷静になれた」
彼女の初陣者に対する処置は的確だった。信頼を寄せる者に対してのみ可能な荒療治ではあるが。
現実の痛みが内面の痛みから意識を逸らしてくれることは事実だった。
怯えと竦みは隙を生み、隙は死を招く。
単純なことではあるが、一番重要なことだ。
フォルカの様子に満足したのか、エステルが合格と言わんばかりに獰猛に笑み、すぐさま駆け出す。
「それじゃ往くわよ、ソウマ! 時間を潰したわ!」
「了解! 地下に敵意なし。今なら安全に行ける」
――彼らの闘いの幕は遂に上がったのだった。
2人は第2層へ飛び降りた。
ミハエルによってルミナスの敵意は坑道の入り口に集中していた。
持てる能力を完全解放したフォルカの直感力と地図を照らし合わせ、
最も安全なルートを選んで進めばコアまで辿り着くのは難しい話ではない。
他の者では時間と体力を奪われる選択の繰り返しであっても最小の消耗で進攻できる。
彼らに慢心があったわけではない。
しかし、ストーンルミナスは生物的な「現象」であり、「生態」のように活動を明確に定義づけることができるものではない。
地下に根差すストーンルミナスが、彼らを探知するのに多くの時間を要することはなかった。
「――この腐り外道共! 地獄へ帰れえぇ!!」
エステルの闘気のこもった叫びと共に、大上段に構えた剣から爆炎が解放される。
坑道の奴隷であった者に防ぐ手立てなどなく、一度に大量の死者達が消し炭となった。
力に制限のかかっているルミナスにそれ以上死者を動かす力はなく、彼らは骸へと帰る。
しかし、その後ろをさらなる死者が襲う――
「クソがッ、きりがないぞこいつらは!」
悪態をつきながらも、近づく死者に連続して容赦ない袈裟切りを見まう。
洞窟の壁に切っ先が擦れようと、壁ごと死者を両断する。
いくら斬ろうとも切れ味を失わないという切れ味に嘘偽りなく、
まるでバターでも切り取るかのように、人を、物を、次々と斬り裂いて行く。
だが、斬るだけでは死者は倒せない。
――故に、自らの意識を世界と同調させ、敵意を以て彼らの力を奪い、世界に晒す。
抗うことなど出来ず、急速に力を失いながらも彼らは蠢くことをやめない。
しかし「コア」の在り処は狩人に晒してしまっている。
そのコアへ懐から抜き放ったベレッタを照準し、迷わず打ち抜く。
或いは刃の鋒をコアへ突き立てる。
機動力を剣で奪い、血盟の力を以て確実に止めを刺す。
エステルのように効率よく倒せないが、確実に1体1体仕留めていく動作を繰り返す。
互いに立ち位置を入れ替えつつ、背中を守りあう。
終わりの見えないように思えた闘いを闘い抜き…、いつしか2人を阻む者は全滅していた。
「撃退成功だ。主だった敵意は退いたよ。今のところは」
「というより、ここら辺で動かせる死人がいなくなったからじゃない?」
周囲をにソナーのように意識を飛ばし、一帯に敵がいないことを確認する。
緊張を解いて武装を一旦元に戻すと、思わず身体から力が抜ける。
この死者共を相手に襲撃を許したのは4回目だ。これ以上繰り返されれば消耗戦になってしまう。
消耗戦が続けば此方に勝機のは加速度的に失われて行くが、今は打開策がない。
それに、動きが遅い死者とはいえ何人も相手にしていれば流石に精神的に疲労を覚える。
脳髄やら色々な血飛沫が飛び散る様は、見ていて気持ちの良いものでは決してない。
反面、エステルの方はいつも通りであり、そこまで疲弊した様子はない。というより妙に生き生きしている。
「まぁ、その通りかな。…でもエステルは元気だよなぁ。俺にも爆炎火葬スキル下さいよ」
「火の精霊と契約してくれば? 契約できても慣れてなかったら自分に跳ね返るらしいけど」
それは死ねということですか。エステル。
そもそも自分には魔法やら精霊への適正はないとセレンから明言されてるので無理な話である。
生まれつき炎と友達感覚なレディは優しくないようだった。
「いや、無理だってば。血盟の力は混濁した力だから特化はできないってセレンが言ってた」
「でも炎っていいわよ? 大抵の相手には有効で、直撃したら一撃必殺! 人に向かって打つと最高よねー」
「…なんかアブナイ女になってますよ? 一体どこのマーダークイーンだ」
「それはいい褒め言葉ね。近寄る奴らはイチコロみたいな」
「いやいや、全然褒めてないからな?!」
「まぁ、その称号はマルグリット姐さんの方が相応しいわ。まだ今は譲っとく」
「おいおい、トラブゾンってそんなに怖いところなのか?!
っていうか'まだ'ってなに?! 将来的には上回るとか勘弁してくれ!」
まったく、このバトルフリーク振りはどうしたものか。
付き合いが始まってから考えなしな所はあると思ってたけれど、いざ闘いとなれば迷いなく殲滅できるタイプだったようで。
下手に怒らせたら殺されると常々思ってたのは間違いないようだった。
あと、トラブゾンのマルグリット・メイロンには近付かないようにしよう。
関わったら問答無用で厄介事に巻き込まれる予感がある。
「――でも今回想定外だったわ。ストーンルミナスがこんな行動するなんて知らなかった」
「それは仕方ないさ。個体によって特性が異なる場合もあるって聞いてたし。
…だけどさ、今の俺だけじゃ道案内役としては力不足になるのは大誤算だった」
「そうね。でもこれ以上戦闘を繰り返して体力を消耗するのはよくない」
エステルが軽い空気を振り払い、腹立だし気に呟く。
とはいえ、エステルを責めることは出来ない。
地下のルミナスが岩盤に含まれた'魔力石'をブースターにして'疑似ソナー'を展開していたなど想像できようはずもない。
お陰で自分達は30分と進攻しない内に、前後から死者の大群に襲われる羽目になった。
あの時は流石に混乱してしまった。
敵意が前方にないルートを選んで進んでいたというのに、何か妙な波長が坑道全体を通り抜けたと感じた瞬間、
周囲から膨大な敵意が湧き起こったのだ。
その死者の群れを駆逐するのには時間が掛ったが、そのお陰でソナーの存在に気づくことができた。
最初こそ必死になって闇雲に戦っていたが、死者に敵意をもって意識すれば、
血盟の力は敵を無力化させ、コアの在り処を特定出来ることもわかった。
コアが特定できるのならば、操られた死者を撃破するのは容易だった。
中間戦闘は全てエステルに任せ、
炎剣の合間を潜りぬけた死者をフォルカが潰すという役割分担になったわけである。
だが、フォーメーションに隙がなくなくなったとはいえ、問題は山積している。
安全なルートを通ったとしてもルミナスに確実に探知され、周囲にいる死者がぞろぞろと集まってくる。
地下坑道では数千人の奴隷が使役され、ほとんどが内部で死んでいるという情報もある。
一々相手にしている余裕はあるはずもない。此方はたったの2人なのだ。
「とりあえず少しずつでも進むしかない。出発しよう」
「えぇ。進みながら打開策を探すしかないわね」
短く言葉を交わし、慎重に歩を進めていく――。
採るべき道は完全に依頼を放棄するか、完遂するという2択しかない。
そして、彼らは依頼を投げ出す選択をしなかった。
大地の気脈を断つ魔術がそれほど多くの時間を稼げないと知っていた。
時間切れはタレスの終焉を意味する。
この街で生きたいなら勝ち残らなければならないのだ、と。
*改稿も終わり、ようやく新話スタートです。遅いかもしれませんが更新頑張っていきたいと思います。