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異境のテラン 〜live in another grand earth〜  作者: wahnfried
◇第弐部◇  『運否天賦の刻』  
23/24

第22話 (改稿終了)

改稿版


――――地下迷宮編:3――――





カチャカチャと武器や防具が擦れ合う音が静かに響く。

それぞれの得物を入念に手入れし、装備を整えていく。

タレス城内の一角にて、3人の男女が戦場へ向かう準備を整えていた。


「――随分な依頼が来たもんだな。こんな仕事じゃ武器の出し惜しみなんて出来ないっての」


「まったくよ、命懸けるっていうのにこれだけ金にならない仕事も珍しいわ。こういう時に限って他の奴等が動けないなんてさ」


「仕方がないよ、ゲイルもマルグリットも遠出してて戻れない。とりあえず、軍や貴族に貸しができるってことで納得するしかない」


2人の嘆きにセレンが淡々と返す。なんとも心もとない団長の言葉であった。


「…けどさぁ、やっぱりグッと燃える物がないのよね~」


エステルの力のない言葉に全員揃って大きな溜息を吐く。それを言ってしまったらお終いである。

確かにこれほど魅力がない仕事珍しい。トワネスティーほどのギルドに命を懸けさせるほどの仕事なら、普通は大きな金が動く。

しかし、今回は軍務。どうあがいても軍務。経費とわずかな慰労金で終わるのだから堪ったものではない。


とはいえ、3者3様に愚痴をこぼしながらも纏う空気に隙はない。間近に迫った戦闘を前に神経を高ぶらせていた。

これから始まる仕事は非常に苛酷な状況下で行われる。ミスは死に直結するかもしれないのだ。




――今回、彼等に課せられた任務は過酷なものだった。


馬車に揺られ、フォルカとセレンがタレス城へと連行された先にはすでにエステルも居た。

隊舎に居たところを同様に強制召喚されたとのことだった。

そして落ち着く間もなく、駐在軍将軍から直に状況説明がされた。


一昨日、地下鉱脈掘削中に大型のストーンルミナスを発見したが封印に失敗。暴走状態に陥った、と。


ストーンルミナスとは、地の魔力や精霊の力が凝縮した天然災害のようなものである。

地上、地下を問わず散在しているため滅多に出会わないが、出会えば大きな被害を被る。

厄介なことに防衛意識を持っており、危害を加えると一気に付近を侵食して攻撃してくるのだ。

通常ならば慎重に慎重を期して封印処置を施さなければならない。

もしくは、ストーンルミナスの魔力が尽きるまで暴れさせれば唯の石片に戻る。


だが、タレス地下で暴走を許してしまったことは大問題である。

この一帯には気脈が通っており、ストーンルミナスには魔力切れが起き得ない。

しかも、地下鉱脈の深部で暴走が起きたため、人海戦術での攻略は不可能なのだ。

落盤でも起こされればどうにもならないし、死んでしまうと操られて敵となるので厄介なことこの上ない。


その結果…、地下鉱脈の7割をストーンルミナスによって抑えられてしまったのである。

軍部の対応が後手に回ってしまったことも大きいが、気脈という補助を得たストーンルミナスの浸蝕力が尋常でないことも大きい。

魔道隊が総出で浸食を食い止めているものの、千日手で状況を打開できない。


…ならば少数精鋭をもってコアへ辿りつき、破壊するしかない。

だが、駐在軍の質ではほぼ不可能であった。軍部で唯一対抗できるのは王都から派遣されているヴィクトール率いる近衛隊のみ。

しかし、彼等を用いれば、王都の貴族に大きな貸しを作ってしまう。それでは城主の面子が潰れてしまう。

これ以上の不祥事を起こせない行政府は、プライドをねじ伏せて予備役である傭兵ギルドの徴用に踏み切ったわけである。


とはいえ、この任に最適とされたゲイルは盗賊討伐の遠征中であり、

槍術と魔術のエキスパートであるマルグリットもカーライル偵察の任に就いている。

どちらもすぐには帰還できない位置におり、消去法としてトワネスティーに白羽の矢が立ったわけである。




とまぁ大人的事情があるわけだが、新参者のフォルカとてそれくらいのことなら十分に察することができる。

しかし、権力に物を言わせた強引なやり方に恭順できない面も同時に在る。


というよりも、人の都合を無視したやり方の見本ともいえるものが目の前にデンと詰まれている。


この山のように雑然と積まれた武器や防具。これを見ている自分目のは死んだ魚のような感じに違いない。

この一角に運び込まれた武器・防具は全てトワネスティーの所有物。


即刻準備できるようにと気を利かせて運んだらしいのだが迷惑極まりない。

銃やら剣やらが乱雑に折り重なり、丁寧に扱われた形跡が微塵もない。


日頃から丹精込めて、愛情さえ込めて手入れしている武器達がギシギシと悲鳴を上げているようだ。

なんともいえない哀れな扱いを受けている得物達の様子には泣けてくる。


権力者に尻尾を振らなければ排除される。尽くしたからといっても失敗すれば使い捨てられる。

平穏無事に生きていきたいのならば妥協して従うしかない。


民主国家でない以上当然といえば当然のことだが、遣る瀬無いこの心情はどうするべきか。

そして、つい我慢できぬという体で憂鬱げに呟く。


「――しかしなぁ、隊舎から武器を根こそぎ城まで持ってくるってのは領主閣下も横暴だな。しかも持ち主の許可なしに。

 一品物の貴重品ばっかりなのに盗まれたらどうしてくれる」


「なくなったら経費ってことで請求できるわ。大事なものだけはあたしが目を光らせてたから盗まれてないと思う」


「それだけが軍務のありがたいところだけどね。赤字にはならないけど報償は勲章とわずかな報奨金だけさ」


此方の不満を余所に、割と楽観的に返してくる仲間であった。

とはいえ、体制云々の不満を差し置いたとしても問題の要はそこではない。


「でも俺の武器は補充できないんだよ…。仮にどれだけ金を積まれようが詰まる所は赤字にしかならない」


「あ、そっか。ソウマの武器は特別だもんね。でも使った方が生存率が上がるし、使わざるを得ないって感じ?」


「ツイントップで突入するエステルとソウマには負担が掛かるからね。出来る限りの装備で行かないと。

 …今回は後方支援しかできないのが悔しいけど」


セレンが悔しげに自分の身体を見下ろしながら呟く。

魔術の腕前は非凡でも体力は凡人の域を出ない。血盟の祝福で増した力を加味しても足手纏いになってしまう。

今回の作戦で重視されるのは人並みはずれた突破力とスピード。

加えて全方位からの奇襲が在り得る以上、非力な者では死ぬことが目に見えている。


「――それは言わない約束だ、セレン。俺の、いや、俺たちの力は知ってるだろう? 死ぬことはないさ。

 エステルも前より強くなってるし、2人で協力すればきっと上手くいく」


「そうそう。高レベルの魔術を唱えつつ突撃作戦に着いて来れるのはゲイルかマルグリットくらいなものよ?

 それに、コアが転位しないよう浸食を食い止めるのもあたし達の任務と同じくらい重要な任務だわ」


「うん…、そうだよね。僕にもやるべきことはちゃんとある」


「その通りだ」


「一人一人が全力を出さないと勝てないんだから。後方支援だからって怠けたら承知しないわよ?」


「…それはない。エステルじゃないんだから」


からかうように投げかけられた軽口にセレンが肩すくめながら返す。

そして、ふと真面目な表情になってフォルカとエステルの手を取り、自分の右手へそっと乗せた。

何事かと見つめてくる2人に真摯に語りかける。


「今回は、不可抗力とはいっても、危険な場所に2人だけ送り込むことになって申し訳なく思ってる。

 ソウマの初陣をこんな形で出させてしまうことも辛い」


「そんなことは――」


何を今さら。

そんなことは気にしないと続けようとしたエステルを視線で遮る。


「――聞いて。世界樹の森探索の次に舞い込んだ大きな作戦がストーンルミナスの駆逐。

 報償の差はあるけど、どちらも危険な仕事に変わりはないよ。

 世界樹では僕達以外全員死なせてしまった。油断が死を呼んでしまった。

 誰のせいでもない。だけど、みんな…、みんな死んじゃったんだ」


そこで一旦言葉を区切る。…いつしか彼女の手は震えだしていた。

辛い過去を思い出し、その耐え難い痛みに震えている。


「セレン…」


「油断するなって言うのは簡単だよ。

 でも、油断と余裕は紙一重。最近になってそれを嫌というほど痛烈に思い知った。

 だからといって気を張り詰め過ぎてもダメなんだ。皆、頭ではわかってるけど実行するのは難しい」


ほぅっと一息吐いてセレンは続ける。


「――2人はタレスの町を背負って戦うことになる。2人とも口には出さないけどすごく緊張してるのが僕にはわかるよ。

 浅い付き合いの人なら平然としてるように見えるだろうけど、こうやって直に触れてると重い緊張感が伝わってくる…。

 本当なら逃げ出してもおかしくない。だけど、自分の誇りと意地、人々を守るという責任感がそれを許さない」


出来るならそんなことはないと否定したかった。だが、フォルカもエステルも、その言葉を否定できなかった。

軽口で返して余裕を表したかった。だが、任務の重さが瘧の様に身体の芯を強張らせていた。

そんな2人の目をしっかりと見つめながらセレンは言葉を紡ぐ。


「…だから、僕は敢えてこう言うよ。

 ――厳しいと思ったらすぐに逃げるんだ。

 絶対に死んじゃダメ。2人の帰り道は僕の全てを賭けて守ってみせるから。

 逃げたからって、誰に何を言われようと気にしない。もし町に居られなくなったとしても本望だよ。

 僕はタレスの町よりもエステルとソウマの方が大切なんだ。だから…、絶対に死なないで。

 こんな稼業で言うのもおかしいけど、僕はもう二度と仲間の死に目に会いたくないんだ」


そこまで語り、セレンは口を噤んだ。場の空気が穏やかに静まりかえる。

誰も言葉を発しようとはしなかったが、心が触れ合うようなこそばゆさに似たものを感じていた。


…セレンの言葉は、彼女の願いとフォルカとエステルを案ずる心にほかならなかった。

その言葉は、聞く者に勇気を与え、荒む精神を癒す清廉な雫。


そして、沈黙破って次に言葉を発したのはフォルカだった。


「いやぁ~…。やっぱりいい子だね、我が師匠のセレンは」


言うなり空いた左手でセレンの頭を遠慮なしにぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でまわす。

その突拍子もない行動にセレンがじたばたと暴れ出す。


「ちょっ?! ソウマ! 僕は真面目にだな――むがっ」


「はいは~い、わかってるわかってる。あんたが心配してることはよくわかったから話を聞きましょうね~」


暴れるセレンの口ををエステルが空いた手でさらに抑え込み、此方に目配せしてくる。

どうやら此方の顔を立ててくれるようだった。軽く謝意を込めて頷きを返し、ふごむご唸っているセレンへ話しかける。


「なぁ、セレン。俺は今も緊張してる。こんな状況で緊張するなって言う方が無理だしな。

 それに俺自身、本格的な荒事の初陣でもある。だけどさ、セレンの言葉のおかげでいい感じに解れたよ」


「ふぇっ?」


相変わらず口をふさがれているセレンが首をかしげて続きを促してくる。

その姿はなんとなく小動物のようで愛くるしい。図らずも口元が緩んでしまう。


「だからさ、さっきのセレンの言葉を踏まえて俺も敢えて言う。

 ――俺は、引かない。ストーンルミナスのコアは俺の手で必ず破壊する」


「ひょっほ?! ほうあ、ひゃひほひいへはんらほ?!」


むが~っとジタバタ暴れ出すセレン。

笑いを誘われつつも何とか耐えながら言葉を続ける。


「いや、別に無理をするってわけじゃないさ。本当に無理だと思ったらちゃんと逃げる。

 ――だけどさ、さっきセレンの言葉を聞いて色々思い出したんだ。自分のことを」


「へぇ~、何を思い出したの? あたしの知らないこと?」


セレンと自分の遣り取りを面白そうに見ていたエステルが興味深げに尋ねてくる。

それに対し、ニヤリと不敵に笑ってみせる。


「決まってる。俺は詰まるところ強欲な男だってことさ。

 今まで細かい失敗は数多くしてきた。だけどな、ここ一番っていう時に失敗したことは一度もない。

 すべて成功させてきた。

 俺は一つだけを選ばない。欲したものは全て手に入れる。なに一つ諦めない。

 そのために誰よりも努力する」


そう、諦めからは何も生まれない。

どちらかを選ばないといけないと誰が決めたのか。欲しいなら、自分を信じ決意と共に全て抱えればいい。

成功と共に在った天性の役者の母、沙里奈の言葉。自分の原初の教えの一つ。

一つだけ選んでせせこましく生きるなんて性に合わないと言って、母はよく笑っていたものだ。


「だからさ、はっきりした根拠はないけど失敗する気がしないのさ。

 エステルを守り切る、生きて帰る、暴走したコアを破壊する、町の人々の暮らしを守る、

 そのどれも諦めるつもりはない。

 セレンだけじゃない、皆総出で俺たちの背中を支えてくれるんだ。必ず成功する。――そんな自信が俺にはある」


そこで言葉を区切り、どうだと言わんばかりに胸を張る。


「なんか随分無茶を言うわね。あたしが守られるだけの女だと思ってんの?」


「確かに。論理性を月まで吹っ飛ばした精神論だね。初陣だっていうのに可愛げがない」


とはいえ、なぜか女性陣には不評のようだった。

エステルはちょっと不満げに頬を膨らませているし、

ちゃっかり拘束から抜け出したセレンも諦念したかのような表情を浮かべている。

だが、彼女達の言葉には続きがあった。


「――でも、不思議と安心感が湧くよ。自信と集中力に満ちたソウマを見ていると」


「うん、なんかあたし達も何でもやれそうって気にさせるわよね。

 失ってた自信を取り戻していくっていうか何て言うか」


そう語る彼女達の表情、その中には失われていた自分への自信が蘇っていた。

仲間を信じるだけでなく、自分を信じる力を取り戻しつつあるようだった。

フォルカがこれを意図していたのかはわからない。だが、確かに彼等の心は暗いものから明るいものへと転じていた。



「Okey okey. Trust me, my dears」


「また変な言葉を使って…」


「今度はなんて言ったの?」


「俺を信じろって言ったのさ。親愛なる仲間たち」



――かくして、出撃の準備は整えられたのであった。











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