第21話
改稿版
――――地下迷宮編:2――――
一騒動をもたらしてくれたエリクション兄妹が去り、無事にセレンと合流することができた。
カール部長に長々と拘束されて若干疲れていたが。今回は頬ずりまでされかけたらしい。
とはいえ、こちらも精神的なダメージが大きかった。エリクション兄妹恐るべし。
そんな感じで、2人で受難を嘆き合いながら剣を注文した鍛冶屋へ向かった。
鍛冶屋へ到着し、先行してたカノンを迎え、いざ剣を受け取ろうとした際、問題発生。
「――なぁ、親方。もう一度言ってくれないか?」
おずおずと尋ねるフォルカに対し、鍛冶屋の親方が髭を扱きながら重々しく返す。
疲れ果てた顔には、何か大切なものを通り越した狂気が宿っていた。
そんな場の様子を、フォルカの頭の上からカノンは不思議そうに見守っていたが。
「うむ。お主の要望通りに剣を作ったのだが、想像以上に苦戦しての」
「そ、それで…?」
「満足する剣に至るまで失敗すること5回。
最高級の出来栄えになるなら金には拘らんというから、最高品質の材質で徹底的に挑んだ。
何でも真っ二つにできる剣が欲しいというから、岩だろうが魔術だろうが切り裂ける剣を創ってやったわ」
「おい、ちょっとまて! 俺は断じてそこまで言ってない。大体どんな鉱物を使ったんだ??」
どんどん話の雲行きが怪しくなり、背筋を襲う嫌な予感を抑えながら必死に問う。
これに対し、疲れきった表情ながらも親方が喜々として鍛えた剣の説明を滔々と始める。
「くくく、聞いて驚けよ、変態メガネ!
玉鋼にはオリハルコンを用い、魔術的なエンチャントを定着させるために純正ミスリル硬銀で鋼を覆った。
尚且つ、2つの材質の融合率を高めるために世界樹の炭で焼き入れ、そこから更に切れ味を高め刀身を守る魔術刻印を施した。
オリハルコンとミスリルの発する魔力は全て魔術刻印に流すよう細工しておいたから、折れぬ限り半永久的に使える品だ。
コイツができるまでの試作品でも、岩どころか展示品の剣でもまとめて10本叩き切ったんじゃから切れ味は最高じゃ。
あとな、柄の部分にも白金瑠璃を用いることで、オリハルコンとミスリルの余剰魔力を貯蔵できるようにもしておいてやったわ。
魔力が溜まっとれば魔術なしに斬撃の衝撃波が出せるというわけよ。感謝せい」
「ちょっと! それだけやって5回も失敗したの?!」
そのとんでもない失敗談の内容に、黙って傍聴していたセレンが悲鳴じみた声を上げる。
「正確には5本目はなかなか良い出来栄えだったが…、お主の身体に合わんと思うたから作りなおしたわけよ!」
唖然とするフォルカとセレンを余所に腰に手をあてて、がっはははと馬鹿笑いする親方。
コスト意識の欠片もない発言である。流石に文句を言わざるを得ない。
「おいおい…、確かに"叩きつける剣"じゃくて"切り裂く剣"を作ってくれって頼んだけどさ、
ちょっとはこちらの財布事情を考えて作ってくれてもいいんじゃ…」
「なんじゃとぉ!? まさかお主、我が生涯でも傑作になるかも知れぬという品を受け取れぬというのか?!」
「うおっ? お、親方怖いよ」『ぎゅぎゅッ?!』
そこで親方がググイッと身を乗り出して詰問してくる。その圧力に押されて思わずカノンと一緒にのけ反る。
鬼の形相というかなんというか。断ったら文字通り剣の錆びにされそうだ。その勢いのまま親方が口を開く。
「寝る間も費やしてこの剣に全てを捧げたのだ! 秘伝の刻印石版を何枚消費したと思っておるのだ。
なんとしても貰ってもらうぞ?!」
「オイィ! そんなに俺が注文した剣にのめり込んでて他の仕事はどうしたんだよ?!」
「なにを言う。そんなモノ全て後廻しに決まっておるではないか! この1ヶ月間、親戚弟子総出でお主の剣創りに注ぎ込んだわ!」
「それじゃ、仕事溜まってるんじゃないの?」
「大丈夫だ、仕事は全て断ってしまったからな! な~に、これで得た経験に比べれば安いものよ!」
俺の悲鳴じみた言葉やセレンの冷静な突っ込みにも一切動じない親方。付き合わされた親戚や弟子の方々も哀れだ。
全く後先考えていない。すでに開き直っていらっしゃるようだった。
…そもそも、なんでこんなことになったのか。
なんでここまで親方がヒートアップしたのかは置いておくとしても、理由は簡単。
自前の剣がなくなった、大まかに言えばその一言で事足りる。
ゲイルとの決闘後、使用したバスタードソードは砕けてしまった。
隊舎にはその剣以上に自分と合う剣はなく、買おうにも片刃の剣は売っていなかった。
両刃でも使えないことはないが、命を預けるなら少しでも馴染む武器が良い。
ならばオーダメイドで得物を持とうと思い、町でも名高いこの親方に剣をオーダーしたということだ。
本来なら予約制なのだが、お得意様であるトワネスティーの人間だからということで直ぐ作ってもらえることになった。
そこまでは普通に事を進めることができた。
――しかし、
具体的にどんな剣が欲しいかという話に及んだ時、自分が望む剣がこの世界にはないとわかったのだ。
ここにある剣は全て叩きつけることを主眼とした剣。日本刀のような"切る"剣ではない。
異世界は魔術の発展により切れ味は魔術付加で追及する傾向のため、刀剣の時点での切れ味は然程求められないということだった。
これじゃ困るということで、親方に即興の日本刀講座を開き、日本刀を作ってもらうことにした。
つまり、硬度の違う金属(玉鋼と鉄)を錬りあわせて強度と切れ味を両立させる刀剣を作ってくれと言ったわけである。
それを追求していけば刀剣は自然と反り返るから、それにあった片刃で仕上げてくれと頼んだ。
…今思えば、レクチャーを聞いているうちに目が爛々と輝き出した親方に警戒しておけばよかった。
金には拘らないから、完成度の高い剣を作ってくれと言ったのが間違いだった。
冗談で付けくわえた、エンチャントなしでも鉄の塊を余裕で切り裂ける剣という言葉を本気で実現するとは。
まさか、ここまでするとは誰が予想しようか。親方、調子に乗り過ぎだ。
そんなこちらの内心を代弁するかのようにセレンが言葉を紡ぐ。
「でも親方、剣のお代が共通純金貨500枚っておかしいよ! 普通の魔剣の200倍の値段じゃないか」
「それだけの価値はある! なにせ、それだけ貰っても儂は赤字なのだ。材料費にもならんわ」
セレンの指摘にも堂々として悪びれない。王国共通純金貨500枚で赤字ってヤバいでしょうに。
ちなみに王国共通金貨1枚を日本円に換算すると約100万円ほどになる。
つまり、100万円金貨×500=5億円。 ……剣一振りに払うには恐ろしい数字だ。財布が炎上しそうだ。
「セレン、落ち着け。…とりあえず現物を見せてくれないかな? 親方」
「うぅぅ~…」
怒りやら驚きやらで熱くなっているセレンの頭をポンポンと撫でて宥めつつ、剣を示してくれと頼む。
「おお、そうじゃな。――ほれ、この通り」
こちらの欲求に、そうだったと親方がポンと手の平を打つ。鍛冶屋の奥に立て掛けてあった剣の内の一つを手渡してくる。
その恐ろしく高い剣をおずおずと受け取り、剣に巻いてあった布を剥ぐ。
すると、純一無雑な意匠が施された芸術品が現れた。
鞘全体にアラベスク調の紋様と魔術刻印が施されている。その姿だけでも美麗極まりない。
これが自分専用に作られた剣だと思うと、心の隅から熱が込み上げてくるのを感じる。
感動と興奮に一息吐いて鞘に手をかけ、いざ鯉口を切ろうとした瞬間、警告された。
「…主よ、一つ忠告がある」
「何です? 親方」
「刃の部分には絶対に触れるなよ。触っただけで指なんぞ簡単に切り落としてしまうからの。
鞘も同類だ。魔術刻印されていない鞘に納めたら最後、鞘ごと身体を真っ二つにされても責任持てん」
「――っ、了解した」
またしても常軌を逸した言葉に一瞬絶句してから返す。
まるで何処かの血を吸いたがる妖刀を振るうかのようだ。
とはいえ、恐ろしい切れ味が半永久的に保証される剣となれば、魔剣に違いない。
そんな雑念を頭を一振りして追い払い、天の光に掲げんと柄に力を込める。
――居合のように一瞬で鞘から抜き放つ。
すると、ヒュンという風切音と、凛…という鈴のような涼やかな響きが空を震わせた。
抜き放った剣を構えなおし、そっと観察する。
…いや、観察するまでもなかった。刃に込められた技を吟味するまでもない質感を訴えてくる。
太陽の光を受けて輝く剣は、自分の想像を超えた美しさだった。
刃はオリハルコン特有の輝く仄かな金色であり、刃紋からはミスリル銀の煌めく白銀に覆われていた。
刃全体にびっしりと細かな刻印が施されており、素人目にも凄まじい労力が掛ったことは容易に知れた。
その刻印のせいか、光を反射するだけでなく剣自身も淡く光を放っているようにも思える。
間違いなく、匠の魂を込め、鍛え上げられた逸品。これほど魅了される業物は見たことがない。
そして、この剣は不思議なことに手にしっくりと馴染んだ。初めて手にするというのに。
剣自体は日本刀風のバスタードソードという大振の剣だが、驚くほどしなやかだ。
重量が減ったというわけではない。重さだけならば日本刀よりも確実に重い。それなのに軽いとさえ言っても良い。
剣が体の動きについてくるのだ。連続して振らなくともわかる。身体との一体感が桁違いだ。
剣を抜いた時から感じていた。そして今、確信に変わった。
一人の担い手のために作られた武器がこれ程の一体感を与えるとは予想外だった。
これは、自分が振るうためだけに存在しているとさえ言ってもいいのではないか。
剣全体に施された意匠は美しさを損なうどころか、崇高な清涼感さえ兼ね備えている。
切ることに特化した剣に魔術が加わると、これ程までの神秘を持つのか――。
それを思った時、自然と口が言葉を吐いていた。
「親方……、あなたは素晴らしい鍛冶職人だ。――ここまで使い手を思って作られる業物は、そうない」
「ははは、気に入ったか? この儂の傑作を!」
「勿論です。これほどの逸品を見せられて心動かない人間はいない。是非買わせてもらいたい」
そう口に出した途端、グイとセレンに襟首を強く引っ張られ、耳元でヒソヒソと囁かれる。
「ソウマ、それは拙いって…! こんな高い買い物したら一文なしになっちゃうよ…っ?!」
どうやら財布事情を心配てくれているようだった。
とはいえ、此方は既に買う気満々。全財産出せばどうにかなる域。
衝動買いと思われるかもしれないが、武器は自分が納得した物を使うのが一番だ。
「大丈夫だって。この前換金した世界樹のアイテムでギリギリ買える。
それにな、ここまで親方がしてくれたんだ。買ってあげないと、この鍛冶屋が潰れちゃうぞ?」
「そうだけど、流石に金貨500枚は高すぎるよ…! 考え直した方が――」
「――いや、これを買うよ。ここまで俺に馴染む武器を手にしたのは初めてだ。
絶対に買えないっていう水準じゃないなら買うべき品だと思う」
「でもでも、将来のことを考えたらもっと安めな剣を買うべきだよ」
「それでも、だ。…言い辛いけどさ、今まで俺のことを気遣って本格的な荒事は仕事に選ばなかっただろ?」
「それは…、そうだけど」
突然ともいえる此方の指摘に言葉を紡げないセレン。
薄々勘付いてはいた。自分の実力がハイレベルの戦力であるにもかかわらず、
団長であるセレンが請け負う仕事が軽い物ばかりだった理由は一つしか思い浮かばない。
「俺の、有限の武器を気遣ってくれてたんだろ? でも、この剣を買えばもうそんな遠慮はしなくていい。
これさえあれば実力以上の力さえ発揮できる。そうなれば少数精鋭で色んな仕事をこなせる筈だ」
「うぅ~、確かにソウマが完全に参戦出来るなら遠中近の戦力が整うからありがたいけど…」
「俺はセレンとエステルの足手まといになりたくない。これからは第一線を張れるようにしたいんだ」
「でも、やっぱり考え直した方が――」
「悪い。こいつを握ったら他の剣で戦うなんて考えられないよ」
尚も言いつのるセレンへ静かに言葉を重ね、親方に話しかける。
「親方! この剣のお代は金庫ギルドを通して後日支払ということで構わないかな?」
「ちょっと、話はまだ終――ッむがっ?!」
言葉を無視される形になったセレンが慌てて抗議してくるが、口を押さえて無理やり黙らせる。
そんな此方の遣り取りを見ながら親方が苦笑しつつも提案を呑む。
「ああ、それで構わん。純金貨500枚なんて即金でいきなり用意できるのは領主様くらいだからな。
馴染みのトワネスティーということで剣は先渡しにしておいてやる」
「ありがとうございます。
俺の貯金で賄えますから何とか一括で払えますよ。近日中に金は用意できるはず」
「ほう、若いのに大したもんだ。この町に来る前はゲイルを倒した腕前で散々稼いだのか?」
「…まあ、そんな所です」『きゅるるっ』
ゲイルとの決闘後、飽きるほど質問された類の質問へ適当に返す。何故かカノンは得意げにしていた。
手早く金融手続きの書類にサインし、トワネスティーが保証人となるよう手配した。
無理やり黙らせてしまった団長のセレンのご機嫌取りには苦労したが。
また我儘を言ってしまった形になったので、ますます頭が上がらなくなってしまった。
そんな感じで高い買い物を済ませ、新しい武器を受け取ることができた。
これからはセレンやエステルに遠慮されることはない。
それでも財布に虚しさは残るが。債務不履行宣言したい気分だ。
(ま、まぁ、衝動買いしたってことだけど、ここは高い金を払って得た価値に喜ぼう)
そう心の中で自分を説得しつつ、どことなく不機嫌なままのセレンを促して鍛冶屋を出る。
今回はカノンが暴れなかったがせめてもの救いだ。
――だが、鍛冶屋を出ると異様な光景が目に付いた。
店の前に軍用馬車が停泊している。数人の兵がその周りを固め、行き交う人々を威嚇している。
軍が町の中に出動するなど普通ではありえない。道行く人は皆、困惑している。
一体なにがあったのか…?
そんな疑問を感じる暇もなく、店を出てきた此方を確認するや否や、
代表格らしき褐色の肌を持つ鋭い目つきの女性兵が駆け寄ってきて敬礼してくる。
「失礼します! 私はタレス駐在軍北門歩兵師団四十人長のマリカ・サーリフと申します。
ギルド・トワネスティーの団長セレン・クリスティ殿とフォルカ・ソウマ・メンハード殿とお見受けいたしますが、
間違いございませんでしょうか?」
「…駐在軍が一体僕達に何の用なんだ? 町中に軍を派遣するなんてどういうつもり?」
唐突の事態に困惑して固まる此方はさて置いて、セレンが団長の顔になって話を進める。
それに対し、マリカとかいう女性兵が無言で懐から書状をさし出す。
その書状に押された捺印を確認した瞬間、セレンが驚愕の声を上げる。
「まさか、タレス領主の命令?! そこまでの非常時なのか?」
「はい。領主様は今回の問題を早急に解決すべき非常事態と判断されました。
故に、タレスでも名高いトワネスティーに出動命令を下しました。あなた方に拒否権はありません」
「場合によっては軍部の機密を民間に晒すことになる。それでも依頼するってこと?」
「はい。少数精鋭で鳴らすあなた方しか出来ないことです」
どうやら2人で重大な話を進めているようだが、此方は全く内容が掴めない。
置いてけぼりにされても困るので、説明してくれている女性兵へ尋ねかける。
「…ちょっといいかな、軍は俺達にどんな仕事をさせようというんだ?」
「地下鉱脈に発生したストーンルミナスの駆逐、それが与えられる任務です」
「なっ――」
俺の問へ事務的に答えたマリカ四十人長の返事に絶句するセレン。
驚愕から困惑、怒りへと表情が雪崩のように変化していく。
そして、抑えきれぬ怒りを表情に浮かべたまま言葉を紡ぐ。
「随分ふざけた命令だね。軍部の不祥事を傭兵ギルドに尻拭いさせようなんて」
「…繰り返し申しますが、あなた方に拒否権はありません。背く場合は造反罪に――」
「――そんなのわかってる! でも、軍部のプライドを疑うね。どうかしてるよ!」
…今のセレンの様子は怒り心頭というに相応しかった。
冷静に事を進めるはずの彼女がここまで我を忘れるなど只事ではない。嫌な予感がしてしょうがない。
原因を探るべく、なるべく刺激しないよう肩に手をかけ、そっと話しかける。
「なあセレン、何が起きてるんだ? できれば状況を説明してほしいんだけど」
こちらの問いかけへ振り向き様にセレンが即答する。瞳に冷めやらぬ怒りを込めて。
「決まってる! 軍は僕達を死地に送り込もうとしてるんだよ! 自分たちの犠牲が怖い臆病者さ!」
「死地へ送り込むだって?! 俺たちを?!」
この返事の内容は聞き捨てならないものだった。
一体、町の領主は自分たちに何をさせようというのか。死地に赴く命令とは何なのか。
未知へ相対する恐怖と困惑が心中に渦を巻き、とぐろのように積もり重なっていく。
「――タレス城へ御同行して頂けますね? クリスティ殿、メンハード殿」
…此方の困惑を遮るかのように、マリカ四十人長が淡々と声をかけてくる。
ただ任務に準じているだけなのだろうが、怖いほどの無表情だった。その手は馬車に乗れと指し示している。
――黒々と広がる馬車への入口は…、どこか地獄へ通じる門のようにも思えた。