表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異境のテラン 〜live in another grand earth〜  作者: wahnfried
◇第弐部◇  『運否天賦の刻』  
21/24

第20話

改稿版


――――地下迷宮編:1――――





ヴァルネスト王国領タレス第5南東防衛城塞都市。


この町は、ヴァルネスト王国領の難攻不落の要所として知られている。

地下に巨大な鉄鉱脈を有し、それから作られる製品の品質の高さは有名だ。

豊富な地下資源を利用し、ヴァルネスト王国は他国と比べて高い軍事力を誇っている。


とはいえ、タレスが要所とされているのは、地下資源があるからだけではない。

隣国のカーライル商国から穀倉地帯を守るという最重要の国防の役割が課せられている。


タレスの北西部には城塞都市ミレトスを中心とする豊潤な穀倉地帯が広がっているのだ。

"鉄のタレス"、"麦のミレトス"と表される姉妹都市であり、どちらか一方が欠けても機能を保てないほど依存し合っている。


タレスは町の周囲が栄養価の低いシラス台地であるため、農業生産力が極端に低い。

ミレトスが生命線であり、穀物の輸送が滞れば忽ちタレスは干上がってしまう。


ミレトスはタレスという盾をなくせば、容易に敵から蹂躙されてしまう。

タレスが抜かれることがあれば、ヴァルネスト王国はミレトスという穀倉地帯を放棄しなければならなくなる。

農地をもカバーする新城壁が作られてはいるが、完成には遠く、30年以上かかるとされている。


以上のように、タレスとミレトスは一蓮托生のような関係を結んでいる。

タレスとミレトスの北東部には世界樹の森と山脈、南西部には純血種族の里、南東部にはカーライル商国が広がり、

この2つの都市を失えばヴァルネスト王国は滅びるとさえ言われている。


その弱点を承知しているからこそ、王国は南西部に広がる純家種族と度々交戦している。

南西部の土地を奪うことができれば、タレスの負荷を軽減できる上に新たな穀倉地帯を手に入れることができるのだ。


とはいえ、純血種族の力は恐ろしく強大で全て撃退されているのが現状だった。

純血種族は他種族と決して連携しないことを逆手にとってはいるが、それでも圧倒されてしまう。

王国が大陸の覇者となれるかどうかは、純血種族との戦いに掛っていると言っても過言ではない。


武と食の生命線が一蓮托生であることはヴァルネスト王国の弱点となってしまっている。これは周知の事実。

しかし、他の町とは異なり、役割分担をしたことでタレスは難攻不落の城塞都市と知られている。

だからこそ、王国の守護者として世に名を轟かす城塞都市でもあるのだ。



――そんなタレスだが、最前線の辺境であるが故の特性があった。


かの地は隣国たるカーライル商国と唯一接する国境地帯。自ずと武芸者が流れてくる地となる。

土地柄故に良質な武器をすぐに調達でき、周囲には猛獣や盗賊が犇めいている。

数年毎に戦争があり、それ以外にも盗賊討伐や猛獣退治で荒事を生業とする者は食いはぐれることがない。


つまり、タレスは傭兵ギルドが活躍する上で最高の条件が整っている地ということだ。

それを証明するかのように、タレスにおける傭兵ギルドの練度は異常に高い。

常に様々な形で戦いに身を置いていることが、軍との最大の違いといえるのかもしれない。


極端な話ではあるが、

傭兵ギルドとタレス駐在軍が衝突すれば、数で下回っていても、傭兵ギルドが勝つとさえ言われている。

中でも、上位ギルドの精鋭は近衛軍をも上回るほどの力を誇る。このような優秀な人材が野に溢れている地は他にない。


それ故、傭兵ギルドから人材を引き抜こうとする動きもあるのだが、なかなか上手くいっていない。

金で無理やり買うことができれば話は早いのだろうが、それをすると周囲と軋轢を生む。

近衛軍や駐在軍にもプライドがあり、頭では納得しても感情が納得しない。無理を通して雇うと士気に乱れが生じてしまう。

加えて、ギルドに所属する者は基本的に堅苦しい宮仕えを嫌う。


結果として、タレスでは軍と傭兵ギルドの2分化が進んでしまっている。

傭兵ギルドを予備軍扱いにしてはいるが形だけの処置である。基本的に各ギルドは独自の判断で行動する。

だが、予備役とはいえ軍という国家直属の形を取っている故に、傭兵ギルドが完全に造反することはない。


皮肉なことに、それこそがタレスという町の強さの所以でもある。

例え敵が駐在軍との戦いに勝つことができようと、タレスを陥落させるには傭兵ギルドを排除しなければならない。

戦い慣れている彼等に籠城されると、一気に攻め落とすことは不可能に近い。


尚且つ、傭兵ギルドの面々は非常時になると一斉に団結する。

指揮系統が一つになるわけではないが、防衛箇所を分担して柔軟に対応していく。


これが、タレスが難攻不落たる所以。遊軍が絶対に出てしまうが、拠点は必ず守られる。

城外でどんな負け方をしようと、完全に負けることはないのだ。


結果として、カーライル商国はタレス攻略戦を全て失敗している。

傭兵ギルドの抵抗に苦戦している間に後詰が来て攻略失敗。そんな戦争を繰り返している。

タレスさえ攻略できれば、カーライル商国は圧倒的な力を手に入れることができよう。

それ故に流血を承知で何度も挑んでいるが、毎回屍山血河を築く結果に終わっている。



ヴァルネスト王国とタレスの関係について大まかに述べるならばこうなる。



…そして、フォルカがタレスの町へ移住して早一月近くが経とうとしていた。


ゲイルとの決闘に勝利した彼は、タレスで知らない者はいないというほどの知名度を得ていた。

その輝きにより、地に落ちたと言われたギルド・トワネスティーの名誉は回復されつつあった。


超新星の如く鮮烈な登場を果たしたフォルカに興味を抱く者は多い。

ゲイルを倒した戦いぶりから、今や町の最強候補者の一人として話題に上げる者も出始めた。

誰が一番強いかという話題は誰しも興味あるもの。世間を常に賑わせている。


強者が犇めき合っているタレスで最強の名を得ることは、世界に名を轟かすと言っても過言ではない。

ヴァルネスト王国、ひいては混血族の最強候補となることを意味する。


もし名実ともに王国最強の座を掴めたらなら、王族直属の騎士にもなれよう。

伯爵以上の爵位も望めるに違いない。栄耀栄華は思うがままだ。戦士として生きるなら一度は憧れる称号。


そんな凄まじい可能性を秘めている戦士に、人が興味が湧くのは当然のこと。


とはいえ、1対1で接触しようとする者は少ない。あのゲイルをも上回った男に対する恐れがあった。

故に、興味はあれど話せないという不可侵じみた暗黙の了解ができていた。


しかし、

そんな屁理屈なんて知ったことかという猛者がいるのも確か。

色々変なことに首を突っ込みたがる人間は何処にでもいるのものである。





――そんなある日の昼のこと、


ギルド傭兵部詰め所前にて。最近恒例となった出し物?が行われていた。

道行く人は苦笑しつつ、あるいは興味深げにそれを見ていく。



「――嗚呼、君はなんて美しいんだ…。顔立ちを隠していても、その美しさは滲みだすとはこのことか」


「――…」


詰め所前のラウンジで人を待つフォルカへ熱心に話しかける男。傍目からば麗人と見紛うほど容姿が整っている。

口説いている相手に完璧に無視されているが気にした様子もない。


そっぽを向くフォルカの正面へ必死に回り込み続けて熱っぽく言葉を紡ぐ。

膝をつき、両手を握りしめて囁くポーズはひどく絵になっている。…話す内容は困った内容だが。


「あぁ、フォルカ。君は美しいだけではない。その奥底に情熱と強さを秘めている…!

 あの方を打ち倒す君を見て、僕は君に一目惚れをしてしまったのだよ!」


「――…」


無言でガタッと椅子をソイツと正反対に向けて、話しかけてくんなと無言で意思表示する。

なんか耳障りな音が聞こえるが無視する。あんなのはカボチャだ。

あれは人間じゃない。最早生き物ですらないと念じる。告白っぽいこと言っているが男に告白されて喜ぶ性癖などない。


こんなのに構ってる場合じゃないんだ。暇だけど。

仕事の報酬を詰め所に受け取りに行ったセレンが、カール部長から解放されるのを待たなければ。

そのあと武器屋へ行ってオーダーメイドしてもらった特注品の剣を受け取らなければならない。


それに、武器屋でカノンが寂しがっているかもしれない。

伝書鳩みたいに、手紙を持たせて鍛冶屋に受け取りに行く旨を伝えさせたから、今も鍛冶屋で待っているはず。

武器の都であるタレスの町でも最高峰の職人に鍛えてもらった武器だ。いかなる出来栄えか気になる。

色々と注文を付けてしまったから時間がかかったが、やっとまともな武器を調達できる。期待に踊る心を抑えきれない。


だが、考えに浸る此方を無視して件の物体は正面へ回り込んでくる。

回り込んでまたしても耳障りな音を奏で出す。


「その連れない態度も僕の心を狂わせるんだよ…! 君のことが気になって夜も眠れないほどだ!」


「――…」


両手をバッと天に大きく広げて口説き文句を披露する超絶美男子。

そっぽを向いて無視する此方にめげることなく話しかけてくる。気持ち悪いことこの上ない。


横眼でちらっと様子を伺うと、こちらを期待した眼差しで見つめてきていた。

銀色の長髪を一本に後ろにまとめ、天使っぽい羽を2組とエルフっぽい耳を持っている。

純白のローブと、両手持ちの大きな杖から魔術師だと窺い知れる。が――、


こいつこそ今を輝く"今すぐ殺したいリスト"の筆頭。

隙あらば人を物陰に引きずり込もうとするヤバい男。いつか何とかしてデリートしなければピンチだ。


「そう、君はまさしく薔薇の華! 

 その美しさに魅かれて来る者を、簡単には受け入れない矜持を持つ一輪の薔薇だ!」


「――…」


延々と無視してやってるのに一人劇場は更に過熱している。

その才能は役者として活かしてほしい。まさか男を口説く時に使うとは…っ!


だが、その前に言ってやりたいことがある。大いにある。色々ある。


(そういう台詞は女にいえよ?! っていうか薔薇の華はお前だろうに。

 口説き台詞は同じ性癖を持つ人に限定して頂きたい。どうして普通に暮らす人間を巻き込むんだよ?!)


とりあえず心の中だけで叫んでおく。言っても逆効果でますます萌え?上がる。この辺は経験則である。

そんな台詞をこの半月の間に散々言ってやったが、全く無意味だったので黙るしかない。


本人いわく、障害があればあるほど恋は燃えるらしい。悪意じゃなくて好意で迫ってくるから性質が悪すぎる。

社会的に消し去ってやろうにも、開き直ってしまってるのでどうにもならない。

もう黙秘&無視だけが最後の壁。


…あ、あれ、結構追い詰められてないか俺?



「――そう黙っていないで甘美な美しい声を聞かせてくれたまえよ。我が愛しの君。

 僕に今日を生きる力を与えてくれないか?」


なんと今度は耳元まで回り込んで熱く囁いて来る。危うく抱きつかれるところだった。

身体を反らして辛うじて抱きつかれることだけは回避したが、これ以上は我慢の限界だ。

思わずゾワゾワゾワっと鳥肌が身体中に立った。

気持ち悪いわコンチクショウ的に思わず叫んでしまう。


「男が迫るな! 気色悪いわっ!」


「――ああぁ、やっと、やっと僕と話してくれるんだね、フォルカ」


それに対して恍惚とした表情で自分の体を抱えて悶える超絶美男子。

それを見てまたまたゾクッと来た。マゾっ気まで装備とはお手上げにも程がある。


ここまで聞けば誰でもおわかりだろう。

こいつは同性愛な世界の住人。名をミハエル・エリクションという。ゲイルとの決闘以来しつこく迫ってくる。

恋人はいないと漏らした時に鼻血を吹いて喜んだ生粋の人種だ。それ依頼ロックオンされてしまっている。


最早ストーキングなど日常茶飯事。いつか仕事で一緒になった日には知らない部屋へ監禁されそうで怖すぎる。

こんな大迷惑野郎だというのに、大手ギルド・トラブゾンの重鎮だというから手に負えない。

お陰で、徹底的に無碍にすることも出来ないから困る。


それに、この変態はどれだけ無視しようが追いすがってくる。

加えて、団長のマルグリット・メイロンとも肉体関係があるとかいう噂もあったり。

薔薇のくせになんて生意気な。薔薇と見せかけて実はバイとかもっと恐ろしい。

というか色々羨ましい。まぁ、顔だけ見れば超絶色男だから仕方ないのか。


それはともかく、決闘を観戦して以来ハートに火がついてしまったようで、とにかくしつこく絡んでくる。

性的に黙らせても意味がなさそうなので、バイオ的、フィジカル的に抹殺するしかないかもしれない。



――こちらが心の中で激しく嫌々コールしてるのに、色男はそれを察する様子もなく興奮して話しかけてくる。


「ねぇ、どうだい? いい店を知ってるんだ。今夜一緒に食事でも――」


「――生まれ変わって出直してこい、ミハエル。話はそれからだ」


「そ~かぁっ! 生まれ変わったら一緒になってくれるんだね?!

 ならその予行演習で今から一緒になろうじゃないか。何、結果が一緒なら関係ないさ!」


「意味が違うわ阿呆!! こっちに来るな!!」


言うなり此方の胸元めがけて飛び込んで来るミハエル。

こんな求愛など死んでも御免なのでテーブルを盾にして全力で回避する。

テーブル越しにジリジリと睨み合う。体術ダメなはずの魔術師の癖にとんでもないプレッシャーだ。


「――はぁ…はぁ…、今日こそは、今日こそは! 君のハートを見事手に入れてみせるよ!」


「手に入れられてたまるかぁ!」


「連れないことを言うなよ。愛しのフォルカ」


「"愛しの"なんて言うなよ?! 本気で鳥肌立ったじゃないか!」


こいつの頭の中はどうなってやがる?! 気持ち悪すぎるぞ?!

最初から性別的にアウトと断り続けているのに全く通じていない。どれだけポジティブなんだ。

それより、この場からそろそろ離脱しないと危険だ。このままでは会いたくない奴が来る。

こいつだけならまだしも、あいつがきたら――、



「――アタシがきたら、何?」


いきなり後ろから涼しげな声が響く。途端に身体がギクリと固まる。遂に嫌な片割れが来てしまったか。

ここまでずば抜けた気配遮断ができる人物は、この町で1人しか知らない。

同様に、ここまで人の心を読むことに長けた人物も。


仕方なくグルッと首だけを巡らして、その声へ苦笑交じりに答える。


「いきなり背後から人の心を読まないでほしいんだけど。腹黒ナニー」


見やれば、ミハエルとよく似た顔立ちをした超絶美少女がいた。

ただし、此方には羽がない代わりにウサギ耳がある。


見た目は素晴らしく可愛い。万人が認めるだろう。間違いなく一目惚れクラス。

しかし、絶対に関わりたくない人種でもある。この外見に騙されると痛い目を見る。


「腹黒って失礼ね。人の機微に敏感なだけよ」


「おお~、ナニー。僕の恋路を助けに来てくれたのかい?」


「兄貴の趣味は鬱陶しいだけ。さっさと玉砕すれば?」


「ひ、ひどい。なんて妹甲斐のない…」


ヒョイと肩をすくめながらナニーはミハエルの隣へスタスタ歩いていく。

ナイフのような毒舌でミハエルが撃沈されて項垂れているが、それはいつものこと。


ナニ―とミハエルは兄妹だ。エリクション兄妹といえば、それだけでタレスでは名が通る。色々有名なのだ。

エリクション兄妹はトラブゾンの筆頭格であり、ギルドの仕事に携われば絶対耳に入る。知らない奴などモグリ以下。

ついでに、兄は薔薇の変態で、妹は超ドSの腹黒だということもすぐわかる。


町では妙に敬遠されている自分に遠慮なく話しかけてくる人達でもある。


「――絶っ対にミハエルの手助けするなよ? お前に裏工作されたら人死が出そうだ」


「一文の得にならないことをしてどうすんのよ。そんなの無駄」


念のために釘を刺しておく。

反応を見る限り、彼女は興味なさそうで一安心だ。暇そうに欠伸までしてるし。

…実はフェイクで、此方を陥れる算段をしているとかじゃないよな?

ナニーに裏で暗躍されると勝てない自信がある。この手の人種は怖すぎる。


「…嘘じゃないよな? 俺の死ぬほど嫌そうな顔が見たいとか言って暗躍しそうで怖いんだけど」


「――それはそれでとっても魅力的だけどなぁ。

 兄貴の趣味の手伝いしたら色々調子に乗る奴が出たり、面倒な仕事が増えるからやらない」


一瞬だけだが、ナニーが恍惚とした表情を浮かべたのがわかった。背筋に粟肌が立つ。

さすがはドSの美少女。頭の中で此方が苦しむ様を想像して悦ぶとは…筋金入りだ。

これ以上この話題に触れていると、ナニーに凹まされているミハエルが復活しそうなので話題を切り替える。


「なぁ、何でナニーは俺の考えてることがわかるんだ?」


「最初のは今までの経験と情報から推察しただけ。アンタの場合、すぐに顔に出るから一目でわかるわ」


「メガネしてるのにわかるのか?」


「わかりやすい自分を恨みなさいよ。心情諸々を読むのは弓兵には必要なんだから」


「お前の場合、想像じゃなくて実際に読まれているような気がするんだけど」


「――まあ、大体わかるけど」


「ほ、本当にわかるのか…」


面倒くさそうに返してくるナニー。当たり前のことを聞くなとでも言いたげだった。

それより、人の心がわかるとか一体何者だと思う。テレパスの力でも持ってるのかと疑いたくなる。


実際、ナニーは弓兵としては超一流。加えて暗殺技術も一流レベル。


弓の遠当てとかは、相手の考えていることを読んで射るそうだ。銃弾と違い、初速が遅い弓を動く的に当てるのは困難だ。

目の前で見たことはないが、150m以上離れた人間へ、魔術の補助なしに直撃させたこともあるらしい。

通常の射程が100mというからその技量は推して知るべし。ナニーはこの世界のスナイパーということだ。


同時に彼女は気配遮断能力も高く、暗殺者や斥候としても有名な存在。

お陰で血盟の力をもってしても察知し難い。お陰で何度も後ろを取られている。


要約すると、ナニーは自分にとって天敵に部類される位置づけだった。

ゲイルとの決闘で、一人だけ俺に賭けて大儲けしたくせに分け前をくれなかったという恨みもあったりする。

それは置いておくとして、自分が殺されるとしたらナニーに背後からブサリと殺られそうな気がしてならない。



「…ほら、いつまでも寝てないで行くよ。ギルド会議ほったらかすな馬鹿兄」


「ああぁ?! ナ、ナニー、そこは、羽はダメだって! 止めてお願い敏感なんだよぅ」


「気持ち悪いこと言うな。また団長の寝床に放り込んであげようか?」


「――なぁっ?! それだけは! それだけは許してお願いナニー~! 怖いよぉ~」


オイオイと子供みたいに泣き喚くミハエルを強引にナニーが引きずっていく。兄の威厳なんて欠片もない。

…それより、彼女から殺気が滲み出てるのは気のせいだ、うん。


「うるさい黙れ、コイツに迷惑かけるのはいいけどアタシにまで面倒かけるな」


「そんな?! フォルカァ~、助けてよぉ! 後で何でも――っウグッ!!」


ミハエルが此方に助けを求めているがそんな義理も道理もない。


でもさ、ナニー。いくらなんでも泣き崩れている兄の羽を掴んで引きずるのは酷いような気が。

白いミハエルの羽が点々と散らばっているのは痛々しい。


最後には男の急所に蹴りを叩き込んで黙らせるていた。ミハエルが白目を剥いていた。情けも容赦もないとはこのことか。



「――あ、そうだ。変態メガネ」


「なに? あと変態って呼ぶのは止めて」


呆然と2人を見送る此方へ、ナニーが振り返って話しかけてくる。


「変態って呼ぶのが一番似合ってるじゃない。自覚ないの?

 それよりさ、ナタリアとはどうなったの? わざわざゲイルから奪ったくせに一緒に暮らさないってどういう了見よ?」


一番聞かれたくないことを聞いて来るとは。このレディ、そっとしておいてほしいのに無粋だ。


「ナタリアはな…、俺のことを嫌ってるから離れてるんだよ」


「それは嘘ね。

 この前様子を伺ったら寂しそうだったし、戦闘用の男物の服を繕ってたわよ?

 リカルドは戦いなんて出来ないし、アンタの為以外に考えられないじゃない」


「ぬぐっ…」


図らずも、その指摘に言葉を詰まらせる。

誤魔化そうとしたら痛いところを突かれた。なんてピンポイントな情報を知ってるんだ。


確かにナタリアとは悪くない関係を保っているような気はする。この前は隊舎まで押しかけて来た。

訓練に疲れて昼寝していたら、いつの間にか膝枕されていて驚いた。


実際のところ、自分としてもナタリアを嫌っているわけではない。

優しそうな綺麗な人だなと思っている。美人が嫌いな男など居ようはずもない。

しかし、あまり深く介入されると拙いことになる。血盟の力の絡みもあるのだ。


そもそも、此方はゲイルとの絡みで恨まれることしかしていないから引け目を感じている。

だというのに、3日に一度はナタリアとリカルドが経営する喫茶マカロフへ顔を見せに行かないと恨み事を言われる。


現状でこちらから明確な形で別れ話を切り出せない以上、愛想を尽かす形で離れてくれるのが一番いい。

しかし、彼女は何を思ったか別れる気はないようだった。


こんな状態では別れるどころの騒ぎではない。加えて、リカルドからのプレッシャーも高まっている。

"妹を泣かせたらぜったいに許さないからな"と無言で意思表示するのは怖いから止めてほしい。


とはいえ、仲良くしているとエステルとセレンは目に見えてわかるほど不機嫌になっていく。

これもとにかく心臓に悪い。ナタリアには申し訳ないが彼女達の方が優先順位は高い。


つまり、別れようにも別れさせてくれない。それが現状という名のジレンマ。

…男女関係のなんと難しいことか。蜘蛛の糸のように絡みついてくる。


絶句して考え込んでしまった此方へ、やれやれという感じで呆れたようにナニーが話しかけてくる。


「アンタのすることって今一掴めないわね。…お人よしでやってるなら早死するよ」


「――何のことだ?」


突然の確信を突いた警告に思わず身体が硬直する。桃色の思考が一瞬で消し飛ぶ。

言葉の綾で言ったとは思えない。無意識に懐のベレッタに手が伸びる。

彼女が裏の裏まで知っているならば、最悪排除しなければならないと思わせた。

彼女との対話は何時でも危機感を覚える。


…その様子を察したのか、ナニーがヒョイと肩を竦めながら言葉を紡ぐ。


「言わぬが花よ。――だから、そう気色ばまないで。

 ここでアンタと遣り合っても意味もないし、この装備でアタシに勝ち目もないわ」


「待て、お前は「さようなら」……ッ」


此方の言葉には耳を貸そうとしなかった。踵を返し、ミハエルを引きずって歩いていく。

言うべきことは言った。そう彼女の後ろ姿が語っていた。


(ナニー・エリクション、ギルド・トラブゾンの諜報担当。…どこまでも油断のならない女、ということか)


――颯爽とした後ろ姿を見送りながら、そう感じた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ